遭遇①
(主人様、オオカミが2頭、前方10m先にいる、ワオン)
(偵察のオオカミだ、ワン)
羊たちの列を走り回っていた天丸と地丸がアリエスにそう告げた。アリエスもその2頭が近づいてくることは分かっていた。
しかし、それを敢えて傭兵たちには告げない。森に入ってから1時間は歩いただろうか。予想よりも早い展開である。
アリエスは自分と同じく先頭を歩くモーリスを見る。この弓使いは遠くを見ることに長けているが、見通しの悪い森の中では10m先に潜むオオカミを見つけることは困難なようだ。そこでアリエスは口を動かした。(あ・そ・こ!)
そして手に持った杖でオオカミたちを指し示した。
その方向を凝視したモーリスの表情が変わった。
(オオカミだ!)
モーリスの言葉は聞こえない。モーリスは後ろに向かって手で合図をした。同時にアリエスも杖を高々と挙げた。それを合図に羊たちの群れが移動を停止する。
(オオカミが現れた!)傭兵たちはすぐに戦闘態勢に入る。さすがに戦闘慣れした傭兵たちである。恐怖よりも先に体が動く。
視認できたオオカミは2頭。すぐさま、モーリスは弓をつがえる。オオカミの偵察部隊だ。10m先の木陰でこちらの様子を伺っている。仲間に伝える前に始末する必要がある。
(死ね!)
モーリスは素早く2本の矢を放つ。一本は黒い生物の額を貫いた、即死である。しかし、もう1頭はくるりと背を向けたために背中に刺さっただけになった。致命傷ではないので走って逃走する。
(待ちやがれ!)
すぐさま、荷馬車から飛び降りたルードが追いかける。アリエスは2列縦隊だった羊たちを集めて、荷馬車を中心に防御態勢に入る。
手負いの生き物を追いかけたルードとモーリスは見事に仕留めた。黒い生物はやはりオオカミであった。モーリスが2本目の矢を放ち、オオカミを転倒させるとルードが斧で首を一撃で落とした。
「へっ、やはりオオカミなど、恐るるに足らず」
小さな手斧を両手で操るルードは、そう最初のバトルの感想を口にした。羊の中心から20m以上離れているので、ルードの声はモーリスに届く。
「ああ。これくらいの数なら楽勝だ。あいつら、こちらの無臭と無音で驚いていやがった。その隙をついて矢を当てたが、それがなかったらもう少し時間がかかったかもな」
モーリスの感想は実戦の振り返りに基づく。もし、臭いと音を消してなかったら、もっと離れたところでオオカミたちはこちらを認識していたにちがいない。そうなれば先制攻撃をされたのはこちらだ。
「こいつら、突然、俺たちが現れて驚いていたようだったからな」
モーリスはアイエスの神の奇跡の効果を実感した。この加護があれば、この困難で厄介な任務は楽かもしれない。
「ふん。そうでもないさ。無臭はゴードンの野郎の体臭をかがなくて済んだことくらいだ。むしろ、あの娘の臭いがかげないのが残念というものだ。おい、いい物見つけ!」
ルードは木の幹に突き刺さったナイフを見つけた。それは錆びてもおらず、なかなか仕様のよいハンティングナイフと呼ばれるものであった。柄は象牙でできており、大きな黒めのうが飾られている・
「いい物を見つけたぜ。こりゃ、売れば高く売れそうだ」
「斧使いのお前がナイフか。しかし、あの娘に忠告されただろう。森で物を拾うなと。そのナイフの臭いでオオカミが寄ってくるぞ」
「はん、そんなわけあるか。ナイフに臭いがあるかよ。あの女、俺たちが金目のものを拾って後れるのが嫌なだけだ。時間に厳しいお嬢さんだからよ」
ルードはナイフを布で包むと腰のベルトにはさんだ。鞘は落ちていなかったので、そうするしかない。
「戻るか……」
気楽なルードに比べてモーリスは森の奥に禍々しい気配を感じていた。それは、まだこちらを発見していないだけでやがて追ってくるような恐怖をモーリスに与えてくる。すぐに仲間の元に戻った方が良さそうだ。
(そういえば……)
モーリスは弓使いで視力には自信があった。そのモーリスよりも先にアリエスの方が右前方の2頭のオオカミを発見していたのだ。彼女はモーリスが見つける10秒前には杖で指してモーリスに注意を促していたのだ。
(あの娘、ただ者ではない……)
ルードを一撃で倒した技といい、不思議な神の奇跡を使うところといい、グレゴリオ教皇庁公認羊飼いというのは、侮れない職業なのだとモーリスは思わざるを得ない。




