休憩①
「……痛え……頭がクラクラする」
昼飯ができた頃に気絶していたルードに意識が戻った。
「お前、あの小娘にのされたんだぜ」
そう言って小馬鹿にしたような笑いを浮かべて、弓使いのモーリスが木の器に水を汲んで持ってきた。ルードはぼんやりと放牧された羊たちを眺め続けた。やがて、モーリスが差し出した水を飲み干したルード。だんだんと記憶が戻ってきたようだ。
「あ、あ、あの小娘め!」
急に怒りが沸騰して怒鳴り声を出す。ルードは怒鳴ると同時に立ち上がろうとしたが、まだ足がふらつき尻餅を着いた。
「ルード、飯でも食って今は休め。出発は1時間後だ。それにあの娘にちょっかいをかけるな。羊飼いがいなければこの任務は達成できない」
スープの器とパンを差し出したのは隊長のナダルだ。ルードは忌々しそうにスープの入った器とパンを受け取る。自分が受けたダメージの大きさを知って、ルードは、ここは大人しく隊長の言うことを聞いた方がよいと判断したのだ。
「分かったよ、隊長。だが、任務終了後、あの娘は許さない。徹底的に犯して犯し尽くしてやる。このルード様に恥をかかせやがった償いはさせてやる]
ルードは遠くで羊の群れを監視しているアリエスをにらみつけた。ナダルはそんなルードをたしなめることすらしない。彼にとっては任務達成が第一の目標であり、任務達成後のことは自分には関係ないと思っている。こういう狂気な人間を御するのは面倒だと思っているのだ。
自分の見ていないところで犯行に及んでくれれば、自分には関係のないことだとこの隊長は考えていた。それに羊飼いの娘は、家令のフェルナンドがなんとかすると楽観視していた。
伯爵家の家令が娘を庇護すれば、ルードは手出しできないだろう。ナダルはフェルナンドのアリエスへの態度を見ると、単に雇用関係だけとは違う感情があると推測していた。
そんな彼らから遠く離れた場所にアリエスと俺はいる。
「上手なものですね。その笛で犬を操り、羊たちを移動させるのですね」
俺はアリエスの傍に来て、スープの入った器とチーズを挟んだパンを差し出した。アリエスはお礼を言い、それらを受け取って、その場に座る。
「そうですよ。あの子たち、食事に夢中だとはぐれてしまうから、それだけは注意しないと。あと、広がりすぎるのも集めるのに苦労しますから」
羊たちはのんびりと草を食んでいる。時折、余所へ行こうとする羊を犬たちが牽制して阻止する。そうやって羊の群れはおおよそ固まりとなって平原にいる。
「あの犬たち、こうしてみると普通の犬みたいですね」
腰掛けてスープを飲んでいるアリエスの隣にさりげなく座った俺は、そう話を続ける。アリエスと話に来たのだ。この時間は俺にはやることがない。食事を作ってしまえば、あとは片付けを適当にするだけ。移動まで暇になる。
「天丸も地丸も優秀な子たちです。本物の犬と遜色ありませんわ」
「そうですね」
吠え声も動きも本物とは変わらない。強いて言えば、時々、足下が透けて見ることだろう。精霊だから疲れも知らないし、走るスピードも本物の犬より早いという。
「このスープ、野外で調理したものにしては、大変美味しかったです。パンにもチーズやハムが挟んであって、味付けもいいですね」
「それはありがとうございます。でも、スープはともかく、パンの方は内緒でお願いします。彼らにはチーズのみなのです。ハムのトッピングとドレッシングの味付けはアリエスさんだけですよ」
「ふふふ……。私だけ特別ですか?」
「はい。この危険な任務を引き受けていただきましたので。それに彼らには粗食で十分です。彼らには僕の作る料理は贅沢です」
「あらまあ。お仲間なのに辛辣な言葉ですね」
アリエスはスープを飲み干し、パンを平らげると茶目っ気たっぷりにウインクした。
「礼儀のない彼らにはそれで十分ですよ。傭兵とは乱暴で粗雑で快楽主義者です。平時では犯罪予備軍ですよ。まだ冒険者たちの方がいい」
「犯罪予備軍ですか……。それは怖いですね」
アリエスはそう言いながら、遠くで食事をしている傭兵たちを見ている。
「大丈夫ですよ。あなたの安全は僕が守ります」
「フェルナンドさんが……ですか?」
その言葉に若干の皮肉を感じた俺は慌てて訂正する。
「あ、僕は戦闘向きじゃないので、オオカミからは守れませんが。傭兵たちの無法からは守れます。僕には伯爵家の権力がありますので」
「ナダル隊長は傭兵さんたちを抑えられないのですか?」
「……隊長は戦いでは優秀ですが、どうも傭兵たちの動向までは関心がないようで、勝手気ままにさせています。おかげで彼らの無法の尻拭いをする僕の方がいい迷惑です。帰ったら彼らはクビにします。伯爵家の仕事を請け負うにはふさわしくありません」




