ムルナウの森へ④
「我が仕えし、裁きの神、正義の神ジャスティス。我に力を与え給え。我が下僕、我が友。我が家族。1つは黒き光にて敵を恐れさせ、1つは白き光で魔を払う。来たれ、我に忠実である精霊たちよ。我に従い、その力を発揮せよ。シアン・ヴェ・ネズイン」
町を出るとアリエスは右手の親指、人差し指と中指を立てて、目の前に運び、目を閉じて祝詞を唱えた。アリエスの腰に着けた2本の筒から黒と白の煙が吹き出し、それは小さく渦を巻くとやがて犬の形となった。
「天丸は右、地丸は左」
アリエスは現れた精霊にそう命令した。天丸は白い犬。地丸は黒い犬に姿である。2匹とも『ワン』『ワオン』と吠える。現れた精霊はどこをどう見ても現実の犬と違いがない。フェルナンドは、クンクンと鼻を鳴らしてアリエスに甘えている天丸と地丸に近づく。
「触ってみてもいいですか?」
好奇心から俺はそうアリエスに尋ねた。アリエスはにっこりと微笑んだ。
「いいですよ。天丸、地丸、フェルナンドさんに挨拶をしなさい」
精霊の犬たちは、アリエスの言葉が分かるのか、俺の方に近寄り、そしてうれしそうに尻尾を振ると俺の手を舐める。
俺はそんな犬たちの頭をなでる。撫でた感触、そして舐められる感触。すべてが現実の犬。しかし、よくよく見ると地面に足が着いていない、厳密に言えば、足先に行くほど陰のように薄くなっているのだ。
実に不思議な感じである。アリエスはそんな2頭の精霊犬に命令をする。
「天丸、地丸、お仕事ですよ」
そう言って杖で羊たちの群れを指し示す。それだけで理解した2頭の精霊犬は羊たちの左右に分かれて誘導し始めた。
護衛の傭兵たちも精霊犬の召喚には驚いたらしく、今まで何となくアリエスのことを馬鹿にしていた雰囲気が少し変わった。ルードを一撃で気絶させたことといい、この精霊犬の召喚といい、少なくとも、アリエスが普通の羊飼いではないことは分かったようだ。
アリエスが元々連れていた10頭の羊は先頭と左右後方にばらばらに位置している。パルフェ産の羊とは違い、黒い色をしているからまるで護衛のように見える。
「さあ、ナダル隊長、出発しますよ」
アリエスはそう言って杖で進行方向を指し示した。予定より2時間遅れてムルナウの森へ出発である。
一行は城壁を出てしばらくは西に向かう。ムルナウの森に通じる街道では、人を見ることはなかった。先頭を2人の傭兵。次にアリエスに率いられた羊の群れ。後方に荷車を牽いた馬が続く。荷車には予備の武器に3日分の食料と羊の餌である藁が大量に積まれていた。
4時間ほどの進み、やがて集団はムルナウが見える平原に到着した。時刻は2時。ここで羊たちを放牧するのだ。予定より2時間遅れていたが、ここで羊たちに草を食べさせる。そして傭兵たちも休憩を取る。
元々の計画ではここで十分な休憩を取り、森の中へ突入するはずであったが、出発の遅れから、その休憩も縮小するしかない。
天丸と名付けられた白い犬の精霊……見た目は大型の牧羊犬が、遠くの羊を見守り、地丸と名付けられた黒い犬がバラバラになる羊たちを意図的に固まるように動き回っている。
傭兵たちは荷車から、道具を降ろして食事の準備を手伝う。食事を作るのは俺の仕事だ。屋敷では次席家令をしている俺は、その地位を得るまで料理番の仕事も経験していた。俺の腕にかかれば、野外でも傭兵たちを満足させる料理作ることくらいは、手慣れたものだ。
まずは火をおこして、ベーコンとタマネギを主体にしたスープを作る。これにチーズとパンを挟んだものが昼の食事だ。




