羊飼いの少女⑤
教皇庁公認羊飼いを名乗る目の前の少女に期待するのは、羊を連れて移動することだ。誰もが尻込みするムルナウの森に行くと言うのならば問題ない。
「分かりました。アリエスさん。報酬は成功報酬でダカット金貨10枚。準備金として今、1枚渡します。それで旅の準備をしてください。出発は明日の朝7時。羊を中央広場13番の囲いに入れてあります。そこで合流しましょう」
手早く俺は明日の予定を説明した。アリエスは頷く。そして、こんなことを言った。
「よろしいですか。今回、私たちが通るムルナウの森は、黄泉比良坂です」
「なんだ、その(よもつひらさか)って?」
傭兵たちが聞き慣れない言葉に反応を示す。
「黄泉比良坂とは、東方の国で使われる「死者の国へ行く道」のことです」
「死者の国へ行く道だと。縁起でもない」
坊主頭の傭兵が鼻で笑う。アリエスのような美少女が口にすると、そのギャップから、なんとなく不気味な響きがする。
「私の役目は全ての羊たちを黄泉比良坂から脱出させること。羊たちの命には責任を持ちますが、傭兵さんたちの命の保証はいたしません。保証するのは羊のような無垢で罪のないもの、もしくは神様のご加護で罪を許されたものだけ。黄泉比良坂を突き抜けて、生者の国へ生還するのはそういうものだけです。罪なきものを先導する。それがグレゴリオ教皇庁公認羊飼いの役割です」
「はははっ……」
「面白いぜ!」
「これは参った。俺たちのような人殺しの罪深い人間の命は守れないってか!」
周りで聞いていた傭兵たちが笑う。華奢な少女が自分たちのような屈強な男たちをまるで守れるような言い草だ。守ってもらうのは自分ということが分かっていない。
「くくくっ……あんたにオオカミから守ってもらう必要はない」
入れ墨坊主のルードが机を叩きながら、わざと笑いを堪えてそう答えた。
「アリエスさんは羊たちの世話をしてくれればいい。道中の安全は僕たちが守りますよ」
俺はそうアリエスに約束したが、当のアリエスは自分の安否の事などは意に返していないようであった。
「……オオカミたちを侮らないほうがよいです。あと皆さんの様子から心配しているのですが……。明日の出発時間は必ず守ってください。数分の遅れが命取りになることもあるのです」
アリエスはそう俺たちに忠告した。年端もいかない小娘の言葉に傭兵たちは苦笑した。これが男だった生意気だと突っかかっただろう。
「はいはい、分かったよ、お嬢ちゃん」
「時間は守りますよ。修道僧みたいにね」
「オオカミは時計を持ってないぞ」
傭兵たちは酒をあおりながら、アリエスの言葉を茶化す。それを苦々しい表情で見ている隊長のナダル。そしてずっと黙ったままの頬に傷のあるヘッセン。
「アリエスさん、これは前金です。明日の朝、羊飼い広場でお会いしましょう」
俺はジャケットの内ポケットから1枚の金貨を取り出した。先ほど約束した前金である。それをアリエスに差し出す。
アリエスは俺から金貨を受け取るとぺこりと頭を下げて立ち去った。後には笑いを堪えた傭兵たちと少し怪訝な表情をした俺が残された。




