羊飼いの少女④
「これは……?」
羊飼いの少女は指を差してこう堂々と傭兵隊長に説明した。
「先ほど話したオオカミたちを欺くことができる可能性があるルートです。実際に私が歩いて確かめたものです」
「実際に歩いた?」
(それはあり得ないだろう)と俺も、そしてきっとナダル隊長も心の中で思ったに違いない。全てのルートを歩くのは、途方もない時間がかかるのだ。実際に歩いた道は1つだけで、あとはその周辺を見た程度であろう。
「はい。半年前は凶暴なオオカミたちは住み着いていませんでしたから。私はこのルートで、この森を通り抜けた経験があるのです」
事もなげに羊飼いの少女は答える。グレゴリオ教皇庁公認羊飼いとして、実地経験をこの地方で積んできたという話だったので、それは事実であろう。そこでナダル隊長は少女に質問を重ねる。
「では、お嬢さんなら1日目の宿泊地はどこにする?」
ムルナウの森を最速で突破するのなら、1泊2日はかかる。羊を連れてなら2泊3日というのが現実的だ。そうなると夜の森に二晩も滞在することになる。オオカミは夜行性なので、夜、寝ているときが一番危ない。オオカミたちから身を守れるセーフティゾーンが必要なのである。
ナダル隊長は17歳の小娘がそこまで考えた計画は立てられないと考えているようだ。しかし、その侮りは次の瞬間に簡単に覆された。アリエスはゆっくりと地図を指さしたのだ。
「ここです。朝出発し、西から森へ入ります。そこから4時間でこのポイントには十分行けるはずです」
アリエスが示した宿泊候補地は、メインルートから少し離れた西の端。森の西側にある岩山地帯であった。
「ふむ。ここにした理由は?」
「ここは森の中で唯一、大きくて広い岩場があるところです。そこには岩に囲まれた通路と広い場所があります。入り口を補強すれば一晩は耐えられる簡易な砦になるでしょう」
ナダル隊長は頷いた。彼もここしかないと思っていたのだ。さらにナダル隊長は質問を続ける。岩場地帯を砦にして一晩過ごすという計画なら、ここにいる傭兵たちでも答えられる。
「では2日目は?」
「朝から行動します。この川の上流を目指して北上します。北のこの橋を渡りますが、場合によっては、この辺りで川を横断して、その後、ここまで進みます」
「なぜ、川の上流を目指す。それより、メイン道路の橋を目指して北進した方が時を稼げる。川の幅も20mはある。流れも速い。いくつかの橋もあるのに使わずに羊を渡らせることができるのか。それにこの宿泊地の選定理由は?」
「渡れる場所もいくつか把握しています。橋を使わない理由。オオカミは川を渡れません。水は彼らの恐れるものの一つです。渡ってしまえば、そこからは、後ろから襲われないということです。私たちをつけてきた群れはここで終わりです。迂回して私たちを追ってきても時間を稼ぐことができるでしょう。そしてこの宿泊地は旧廃村です。廃村になった時期が浅く、まだある建物は十分利用できます。元は村ですから、オオカミたちに対する防御に使えるでしょう」
「なるほど……」
少女の言葉に俺はナダル隊長と顔を見合わせた。確かに何もない森の中よりも廃村の方が守りやすい。建物の中ならオオカミも簡単には襲ってはこられない。
「隊長、このルートは有効でしょうか?」
俺は一応確認のため隊長に聞いた。2日目の廃村までたどり着き、籠城に成功したら、後は最速で森を駆け抜ける。その先には伯爵領の騎兵が待っているはずだ。
「有効どころか、我々が考えていたルートだ」
ナダル隊長はそう言って説明をした。ナダル率いる傭兵たちは、ここの来る前にムルナウの森を通ってきた。途中、宿泊地を設定。ある程度の準備をしてきた。1日目の岩場の洞窟は木で柵を作って砦にしてあるし、廃村の建物も補強してきた。オオカミの攻撃は十分に防げる。
道からは少し外れるが、森の真ん中を突き切るルートでは、前後左右、後ろからも襲われるリスクがある。この羊飼い娘が示した道は、常に包囲されないように気を配り、最も危険な夜を凌ぐためのベストな提案である。
いずれにしてもグズグズしていては婚礼に間に合わない。羊の世話ができれば、オオカミは傭兵が対応するつもりだったのだ。




