羊飼いの少女③
「ほう……」
ここで傭兵隊長ナダルが会話に入って来た。今まで黙って俺とこの羊飼い娘の会話を聞いていたのに、言葉を発したのは理由がある。このグレゴリオ教皇庁公認羊飼いを名乗る少女の力量を確かめようと思ったのだろう。
「こちらの方々は?」
アリエスは俺に聞いてきた。俺は傭兵たちに目で合図した。4人の兵士がだるそうに椅子から立ち上がる。
「今回の旅の護衛をする傭兵隊のナダル隊長です」
そう俺に紹介されて、ナダルは右手を胸に当てて軽く会釈した。
「後方にいるのがその部下の兵士。銀髪がモーリス。右頬に十字傷があるのがヘッセン。入れ墨坊主がルード。熊みたいなのがゴードン」
「おい家令の坊ちゃん、紹介の仕方が雑だな。お嬢ちゃんが怖がって、声も出ないぞ」
舌を出してからかったのがルード。アリエスは5人の傭兵の顔をじっと見ている。声が出ないのは、ルードが指摘したとおり、今まで接したことのない人物なのだろうと俺は思った。
しかし、どことなく違和感もある。アリエスの視線は一人一人の特徴を観察しているかのように俺は感じたのだ。
「お嬢さん、1つ聞いてもいいだろうか。ムルナウの森には恐ろしいオオカミの群れがたむろしているのだ。ベテランの羊飼いの大人が怖がって近づかない森を、お嬢さんはどうやって突破すると言うのだね?」
ナダルはそう尋ねた。経験豊富な傭兵の自分が納得するだけの回答を、この羊飼いができるのか確かめたのだ。美少女は微笑んだ。
「オオカミが襲って来る場所をあらかじめ想定しています。要はオオカミがいないところを通ればよいのです。オオカミがいなければ問題ないでしょう」
「オオカミにとって羊はごちそうだ。臭いを嗅ぎつけて近づいてくるものだ」
「臭いはごまかすことができます。それに近づいてきたのなら、それをかわすように移動します。状況によっては最初のルートとは違う道を通ることになるでしょう」
ナダルは羊飼いの娘の言っていることが理解できないようだ。それは俺も同じこと。(臭いをごまかす?)(香でも焚くのか?)(オオカミが近づいて来ることがどうして分かるのだ?)
様々な疑問が沸き起こる。神がお与えになった奇跡。魔法の力がなければ無理な話だ。
「グレゴリオ教皇庁公認羊飼いというのは、魔法が使えるとのことですが、臭いを消す魔法があるということですか?」
俺はそう少女に聞いてみた。そんなことができる魔法なんて聞いたこともないが、自信たっぷりに答える娘ならばなんらかの神の奇跡が使えるのであろう。
「グレゴリオ教皇庁公認羊飼いには、正義の神ジャスティス様のご加護があるとだけ答えましょう。実際に見ていただく方が分かるでしょうから」
アリエスはニコニコしながらも、どんな加護があるかは説明しない。俺はまたしても、そこに若干の違和感を覚えたが、アリエスの笑顔を見てその違和感を忘れた。若い女の子の天然な笑顔は癒やされる。
「森には何本かのかつて整備された道、そして枝分かれのよう整備されていない獣道がある。だがバインド伯爵領へ通じる最短ルートはオオカミたちの狩り場になっているだろう。羊を連れてそこを突破するのは、狼に食われに行くようなものだ。だからと言って、最短ルートを避けて編み目のようなルートを行くにしても、森の中では方向が分からなくなってしまう。道に迷えば、オオカミの餌食になるだろう」
ナダル隊長の指摘はもっともであった。森の中を闇雲に動き回るのは危険な行為だ。深い森で迷うことは、ベテラン冒険者でもよくあることだ.
「ちゃんと計画的にルートを選定すれば大丈夫です。隊長さんのご指摘のとおり、獣道はいくつもありますし、昔、軍隊が行軍した旧道もあります。それを組み合わせてオオカミたちを欺く。例えば、この西側の岩山沿いのルートをご覧ください」
アリエスはそう言うとカバンから地図を出した。そこにはムルナウの森の正規ルートといくつか手書きでかき込んだ道が示されている。




