羊飼いの少女②
『A級グレゴリオ教皇庁公認羊飼い アリエス・グレインヴィル 大陸歴233年生まれ 女性』
そう金属プレートに刻まれている。後ろにはグレゴリオ教皇国の紋章とともに、羊の顔とその周りにローブをまとった骸骨が2体大鎌をもって舞っているデザインの紋章が刻まれている。
(どうやら、公認羊飼いというのは本当そうだ)
(それにしても不気味な紋章は何だ……。どこかの貴族の紋章だろうか)
(しかし、教皇の紋章が刻まれているということは……)
俺の頭の中で様々な疑問が渦巻く。しかし、1つの事実は明らかになった。それは『教皇の紋章』である。
教皇の紋章が刻まれているのは、教皇が許可したということである。許可も受けずにこの紋章を掲げたら、教皇を侮辱したことで極刑となる。堂々と示す以上、これは彼女の正当な身分を証明するものであろう。
「お嬢さん……」
「アリエスで結構です」
「では、アリエスさん。グレゴリオ教皇庁公認羊飼いとはどういう職業ですか。恥ずかしながら、僕は聞いたことがないのです。それに羊飼いは経験が必要な職業。一人前になるには10年以上の経験がいると聞きます。アリエスさんは見たところ、お若いようですが……」
俺はそう言いながら、先ほど見たプレートからアリエスの年齢を計算する。(17歳……か)一人前の羊飼いになるのに10年の経験がいるならば、この娘は7歳から羊飼いをしていることになる。(ありえない……)
「17歳です。グレゴリオ教皇庁公認羊飼いは文字通り、教皇猊下の羊の世話をする公職です。世界各地から幼少の頃に集められ、羊飼い養成学校で学ぶのです。私は6歳の頃から学びました」
アリエスはよどみなくそう答えた。そして俺たちの疑問に答える。
「養成学校に入っても卒業できるまで9年間。無事卒業できるのは10人に一人と言われています。卒業するとグレゴリオ教皇庁公認羊飼い見習いとなれるのですが、一人前である一番下のD級になるまでに3年ほど修行を義務付けられているのです。私は特別試験に合格してグレゴリオ教皇庁公認羊飼いの資格を得ていますが、実際に勤務するには、市井で流しの羊飼いとしてさらに実績を積む必要があるのです」
「今の話を聞くとアリエスさんは随分早く出世をしたということですね。D級まで順調にいって15歳。そこから3階級もあげるとは……」
「たまたまです。資格は経験だけではありません。努力と能力で補うことができます。私はたまたまA級を取得する能力があっただけです」
「能力と言うと?」
「いわゆる神の加護といわれるものです」
「なるほど……」
神の加護とは何か分からなかったが、それを質問しているとは話は進まない。俺は質問を止めて、傭兵隊長ナダルの表情を伺う。
ナダルは俺を見て小さく頷いた。これはナダルの知っていることと一致したという合図だ。彼ら傭兵からしたら、羊の扱いの問題さえ解決できれば、オオカミは自分たちで対処する。グレゴリオ教皇庁公認羊飼いの能力や神の加護はともかく、羊の世話とその移動をしてくれれば、問題はない。
「ムルナウの森を通ってバインド伯爵領へ行くことは知っていますね」
「はい。承知しています」
「アリエスさんは地元の人間ではないから、もしかしたら知らないのかもしれない。そこには最近、凶暴なオオカミの群れが住み着付き、人を襲っているという。この町のベテラン羊飼いたちは全員この仕事を断ったのです。それでもアリエスさんはこの危険な仕事を引き受けるのですか?」
俺はそう念を押した。傭兵がいるとはいえ、人々が恐れるオオカミである。普通に考えて、こんな美少女が行くべきところではない。
「はい。ピピンという名前のリーダーに率いられた危険なオオカミの群れが、この住み着いたことは聞いています。私も半年前にムルナウの森を通ったことがあります。だから、道も知っています。確かに危険ですが、オオカミたちから逃げながら突破することができると思います」




