第8話 暗殺の少年と暗躍の姫
「着物姿だったら、因習村で不吉なこと言ってくる謎の子供って感じよねぇ」
プルムが自分を見つめる影法師に対し、そう言った。
「……………………」
黒髪の子供だ。年は10かそこらか。
人の立ち入らぬ奥深き山で、小さな子供が無言でじっとプルムを見ている。
その瞳は、傍らにある玄武岩に似ていた。
戸隠の山、それも逢魔が時にこの子供に出くわせば、多くの者は家を失った野良の座敷童か、鬼女紅葉と源経基との間に出来た鬼の子と思うに違いない。
一見しても、二度見しても、性別が判断つかぬ顔であった。そもそも人か妖怪かすら特定困難なので、性別がわからなくても仕方ないのかも知れない。
性別定からぬのは二次性徴前なのもあるが、その子供が美しすぎるからだ。
目元まで伸びている黒髪はぼさぼさだが、気品と高貴さがあった。
黒いだぼだぼのパーカーを着ている。そのパーカーの裾が腿のなかほどまで伸びており、その下に半ズボンを履いているのか、何も履いてないのか見えない。
「ちょっと、太郎~。見てないで手ぇ貸してよ」
そうプルムが、子供の名とおぼわしきものを呼んだ。
一般的には男の子の名前なので、この子供は少年なのであろう。
「…………」
少年が無言でプルムに近づき、その手を取って引っ張った。
プルムは小さく「ありがと」と言ったのち、視線を聖剣に向ける。
「太郎、これあんたの先祖の聖剣でしょ。だったら、あんたが持ってよ」
「…………」
太郎と呼ばれた少年が、落ちていた聖剣を拾い上げる。
その際、プルムほどではないがやはり重さによろけた。
「聖剣が本来の持ち主の元へ戻った感動の瞬間のはずなんだけど、なんかパッとしないなぁ。500年ぶりなのに映えないというか、地味というか」
スマホのカメラを太郎に向けながら、プルムがうーんと唸る。
そして、何か思いついた顔をした。
「そうだ! せっかくだから、聖剣抜いてなんか斬ってみてよ。宇宙で一番硬い金属カッチン鋼はないけど、そこの玄武岩が見た目的にそれっぽいし」
「…………(こくん)」
プルムの言葉に、太郎が無言でうなずく。
そして鞘から聖剣を抜いた。
「……大丈夫?」
プルムが近くにあった木にもたれかかりながら、不安そうな声を漏らす。
自分のセリフが、何かフラグになってる気がした。
聖剣は小さな少年にすぎない太郎の身長よりも長く、振りかぶるだけで一苦労のようだった。そして、振り上げたはいいものの、その重さにフラフラしている。
「危なっかしいし、無理しなくていいよ……って、ああ!」
太郎がプルムの忠告を無視し、聖剣をへろへろと振り下ろす。
しかし、あっさり玄武岩に弾かれた。
弾かれた聖剣の勢いに太郎がのけぞり、そのままふらふらと後退した。
「……あっぶね」
そのまま聖剣の先端がプルムが顔をかすめて、寄りかかってた木に刺さる。
太郎が後ろに転んで頭をぶつけないよう、両手で支えてたプルムが青白い顔で、たっぷり冷や汗をかいた。
「いくら聖剣とは言ってもこの程度の速度じゃ、木には刺さっても玄武岩は切れないみたいねぇ。赤熱化してる様子も、魔力反応もないし」
太郎の両肩を抱えたまま、プルムが横移動して聖剣から離れる。
聖剣は魔王が龍鱗甲を切断した時と、輝きがまるで違った。
速く振れば赤熱化し、高い魔力を発揮するが、太郎のへろへろの斬撃と呼ぶのもおこがましい動きでは、ただの剣とあまり変わらないようだ。
そもそも幼い少年に、重さ10キロを超える剣が扱えるわけがない。
日本刀ですら、鍛えてなければ大人ですら扱いきれないのに、その10倍近くの重量がある大剣を子供が扱えというのは無茶である。
「聖剣王の末裔だけど、これじゃあ魔王を倒して仇を討つのは無理ねぇ太郎」
「…………なんで」
自分を優しく後ろから抱きしめるプルムに対し、太郎が短く呟いた。
二人が重なると、その身長差がよくわかる。
高校一年の女子の中では小柄なプルムより、太郎は15センチは低い。
「なんで魔王城に侵入した時、私がおじ……魔王を殺さなかったのかって?」
「…………(こくん)」
あの短い言葉だけで、意図を読み取ってくれたプルムに対して太郎が頷く。
その視線の先には、プルムのスキルでブロック状にされた玄武岩があった。
このスキルを人間に対して、『攻撃』に使ったと考えると恐ろしい。
人間の腰のあたりに空間の断裂を発生させた場合、その上半身だけ異世界のどこかに落ちていく。こちらの世界には、輪切りにされ横断面を晒した───医学用語でいうトランスアキシャル面切断された、下半身だけ残ることになる。
プルムのスキルは、ただ空間移動をするだけではない。
聖剣を超える魔剣と言えよう。
それなのに、魔王城へ潜入し、あまつさえ魔王が寝室で就寝したことすら確認したのに、何故ゆえ手を出さなかったのか。疑問に思うのは当然であった。
「それはね……ってあれ?」
無表情だが悔しそうな太郎の頭をなでなでしながら、プルムが振り返る。
獣臭────
クマだ。
プルムの視線の先には、ツキノワグマがいる。
本来ツキノワグマは真っ黒な毛並みなのだが、そのクマの毛は赤かった。
異様なのは、毛の色だけではない。体長は200センチ近くあり。体重は250キロをゆうに超えるだろう。ヒグマに近いサイズの個体だ。
能楽の『紅葉狩』に登場する、鬼女紅葉がごとき赤毛を逆立てている。
マタギの伝承に、ヒグマと血が混じった赤毛のツキノワグマの話があるが、仮に実在したとしても、蝦夷から遠く離れたこの信濃の土地に現れるものだろうか?
紅葉がクマの姿を借りて顕現した、と言われた方がまだ納得出来る。
「あら、紅葉ちゃん。玄武岩の不法投棄に対するクレームに来たのかしら?」
プルムもそう思ったのか、クマを鬼女の名で読んだ。
クマが唸りながら、後ろ脚で立ち上がると、威圧感がさらに増す。
戌の刻の三日月に似た胸の白毛が、禍々しく輝いていた。
名の由来になった月輪である。
体長は鼻先から尻までの長さなので、体長200センチのクマが立ち上がると、その高さは240センチを超した。
「さっきの質問の答えはね、太郎……私自身がクソ雑魚だからよ」
クマを見上げながら、プルムが答えた。
プルムのスキルは、指先で空間に裂け目を作るか、接触している物体の一部に空間の裂け目を作るものだ。
目の前のクマを触ってスキルで両断したくとも、おそらく触れる前にクマのその太い爪で、プルムの頭部は柘榴のようにぐちゃぐちゃになるだろう。
(うーん……空間の裂け目作って、紅葉ちゃんから逃げる時間あるかな?)
クマに勝手に名前をつけたプルムが、そう思った時であった。
ゆらり……と太郎が、プルムとクマの間に割って入る。
その手には、刃渡り5センチほどのちっぽけなポケットナイフがあった。
「プルムは……下がってて……」
「うん」
太郎の言葉に素直に従い、プルムがクマを刺激しないよう、目をそらさず、背を向けず後退する。
周囲の確認が終わったクマは、再び四つ足に戻ってこちらを向いた。
もういつ襲い掛かってきても、おかしくない状況だ。
「これじゃ……長さが足りない……」
攻撃態勢に入っているクマを前にして、太郎がそんなことを呟く。
そしてクマから目をそらして、その場にゆっくりとしゃがみ込んだ。
それと同時であった。
クマが最高速度50キロに達する脚力で、一気に突っ込んできた。
小さな少年の身体など、次の瞬間吹き飛ばされるだろう。
だが……
クマの全身から、急に力が抜けた。
そしてフラフラと、プルムの前まで進むと、そこで伏せて動かなくなった。
絶命している。
逆立った毛も落ち着き、ピクリとも動かない。おそらくは永遠に……
「おー……」
プルムが赤い血泡で口元を濡らしているクマから、太郎に視線を移す。
太郎のナイフに、クマの赤い血と、黄の混じった白い脂が付着していた。
刃渡り5センチに満たない刃物でも、クマの命を奪うことは可能である。
実際に北海道では成人男性1人食い殺した若いヒグマが、消防士に襲い掛かったが、彼の持っていたポケットナイフで返り討ちにされ殺された。
消防士は、その小さなナイフでヒグマの目と首を突いただけに過ぎない。
金属の刃という野生にはない人の叡智は、短くともおそるべき凶器なのだ。
昨今のフィクションで、野生動物の毛皮が刃の通らぬ恐るべき防御力を誇るものと扱われることもあるが、そもそも原始人の石槍すら防げぬ程度の存在だ。
ヘラクレスの弓矢が通じなかった、ネメアーの獅子とは違う。
しかし、その実例があっても、今回のことは説明がつかない。
件の北海道のヒグマは、首を刺されたあと逃げ出し、後日出血多量で死亡しているのが発見された。致命の一撃を受けても、野生動物はしばらく動ける。
よく拳銃で撃たれてもクマは死なないというが、それは誤りだ。
拳銃の弾というものは思ったより威力があり、9ミリ弾であれば至近距離なら肉を180センチは掻き分けてぐちゃぐちゃにする。毛皮でも筋肉でも防げない。
撃たれた箇所にもよるが、肉や臓器をえぐられたクマはそのあと死ぬのだ。
だが、死ぬ前に動いて射手を殺せる時間が、十分ある。
今回も、太郎のナイフが致命の一撃を与えたとしても、クマには逃げ出す気力も太郎を殺す時間もあっただろう。
何故、このクマはこの場でほぼ即死したのか。
「枝が……生えてる?」
プルムがその答えに気付いた。
クマの後頭部と首の付け根から、若木が生えるがごとく『枝』が伸びている。
先ほど、太郎がしゃがんだ際に拾った岳樺の枝だ。
亜高山帯でよく見かける、木製バットにも使われる重く硬い木である。
だがしかし、いかに金属の刃には無力な毛皮といえど、硬い岳樺の枝であってもたかが木の枝がそう簡単にクマの身体に突き刺さるとは思えない。
「ということは、つまり……」
プルムが血脂のついた太郎のナイフを見て考える。
クマの首の後ろ。そこの毛皮と肉を、ナイフで切り裂いたのね。
だが、刃渡り5センチのナイフでは脳に届かない。
そこで、拾った枝を切り裂かれた肉のクレバスに、ずぶりと突き立てた。
そのまま木の枝は脳幹をえぐり、大脳まで突き進み、黒糖タピオカミルクティーを太いストローでよく混ぜるように、脳をぐちゃぐちゃとかき回したんだ。
しかし、太郎の動きがわかっても、なお異常性が際立つ。
時速50キロに達するクマが至近距離から迫る中、
『その攻撃をかわし』
『首の付け根の毛皮と肉を切り裂き』
『傷口から枝を突き刺して』
『脳みそをぐちゃぐちゃにシェイクする』
という、4アクションを太郎は取ったことになる。
「神速……聖剣王のスキル」
そうプルムが、太郎を見ながら言った。
「500年後の末裔の太郎にも、ちゃあんと受け継がれてるのね。いや、私がいうのもなんだけど。まぁ、それでも魔王を倒すのは『今は』無理そうね」
「…………」
「だから、無理だって」
木に突き刺さっていた聖剣を抜き、ふらふらしている太郎にプルムが言った。
クマの毛皮より遥かに強靭な魔族、それも魔王の肉体には、そもそもポケットナイフでは傷すらつけられないからだ。
聖剣を使いこなせれば問題ないが、今の太郎の体格と筋力では不可能である。
プルムもそうだが、スキルは決して無敵の能力ではない。
「それより、日が暮れそうだから今日はここで夜を明かすわよ。夜の山は危険だって、なんか漫画で読んだことあるし、動かない方がいいみたいだし」
この場所は直線距離では鬼女紅葉の岩屋、その駐車場まで2キロメートルも離れてない。だが、奥深き山の道なき道なので登山経験も体力も不足しているプルムの足では、そこまで2時間はかかる。今戻れば、途中で日が暮れて危険だった。
プルムが玄武岩のブロックの1つに近づく。
そして、その中身の一部を空間の断裂で削り取った。
あっというまに、玄武岩の中に居住スペースが出来ていく。クマなどの生物相手には無力だが、静物相手には好き放題出来るスキルだった。
ご丁寧にテーブルや椅子、ベッドまでプルムが玄武岩を削り出して用意する。
風と夜露をしのぐには十分すぎる居住性であった。
「寝袋とはいえ、流石に石のベッドに直接寝ると痛いし冷たいから、落ち葉集めて敷いておきましょう太郎。あとさ、戸隠の夜は冷えるから同じベッドでくっついて寝よーね。そういや私、男の子と同じ部屋で一夜過ごすの初めてだわ」
「…………」
プルムの言葉に太郎がそっぽ向きながら、黙々と落ち葉を集めた。
目は見えないが、顔が僅かに紅潮しているのがわかる。
(照れてる……かわいい)
太郎を見守りながら、プルムがそう思った。
表情が乏しいだけで、感情がないわけでも心が壊れているわけでもない。
そのことを確認出来たのが、うれしかった。
「とりあえず、1つパーツが揃ったわね」
岩屋のテーブルの上に置いた聖剣を見て、プルムが呟いた。
「なん……の?」
と、太郎が首を傾げて尋ねた。
「平和なスローライフを実現するために、最高の『魔王の死』を作り上げる、そのパーツがこの聖剣よ。おっと、そのまんまじゃあダメだけどね」
そう言って、プルムが聖剣を鞘から抜き、剣の側面に指先を当てた。
「……ッ」
無症状な太郎が、思わず目を見開く。
プルムがスキルで、貴重な聖剣をバラバラに分解したからだ。
サイズに大小はあれど、100以上の金属片に変えてしまっている。
いや、大部分は金属片だが、その中の1つだけはナイフの形状になっていた。
「これを使って、太郎には魔王を『暗殺』……っぽいことしてほしいの」
聖剣を削り出したナイフを太郎に手渡し、プルムが言った。
太郎の手でも、無理なく振れるサイズで出によく馴染む。
「でも、ぶっちゃけ目立ちたくはないのよねぇ。魔王城にはまだ色々と手下が結構残ってるしね。『暗躍』こそが私のスタイルだからねぇ」
そう言ってプルムがふふっと諧謔的に微笑んだ。
「表向きの名誉は『勇者』に譲りましょう。私と真逆で正面から正々堂々魔王軍と戦ってくれるでしょう。だからこそ、最高の陽動になるわ」
「その裏で……魔王を……?」
「うん」
プルムが頷く。
「勇者という眩い光が、私が暗躍出来る闇を作り出してくれるわ。その闇の中で、私とあなたのスローライフのための『魔王の死』を作り出しましょう」
次回も朝7時すぎに4話分更新していきます。
今度はなんと全話、異世界が舞台です。やはりハイファンタジー。
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