第9話 勇者
今回も4話分更新します。
この4話の間はプルムは暗躍中。
「おはようございまあああああああああすッッッ!!」
夜明けと同時であった。
魔王城に、号砲のごとき大音声が響き渡る。
この世界では高価な、一枚ガラスで出来た窓にヒビが入り、城全体が震度2の地震かのように揺れた。
夜警明けの若い兵士たちを眠りの世界に誘っていた睡魔たちは、一匹残らず駆逐され、寝ていた兵たちも全員飛び起きる。
「朝から失礼します! 勇者です! 魔王城の皆さん、おはようございます!」
東門を前にし、朝日と森を背負った少女が、三千世界の鴉を音で殺さんばかりの声をあげる。事実、何羽かの夜明け鴉が彼女の大声で気絶し、木の枝からボロボロと落ちていた。
勇者と名乗った声の主は、16か17ほどの純朴そうな若い娘だ。
黄金色に輝く、くせっ毛のショートカットに、黒いベレー帽をかぶっている。
防具はかなりの軽装であった。鎧は白銀の薄い胸甲のみで、その上に深紅のミドルコートを着ている。アンダーもブーツも、黒で統一されていた。
コートの右胸には、リード王国王家の紋章が金駒刺繍で入れられていた。
黄金の剣とピッケルが交差している意匠で、本来であれば王家の者しか身に着けることを許されない。
「リード王国第三王女マリーナ・リードの名代として、いと高きところにおわしまする魔王陛下と、古式に則った正々堂々の一騎打ちをしに参上仕りました! 不躾ではありますが、城門を開けていただきたく存じます!」
大音声が、凝灰岩で出来た城壁を震わせる。古代ローマのセルウィウス城壁と同じ素材だが、築城から500年も経って老朽化しているため、勇者の声だけで崩れそうであった。経済が貧弱な魔王国では、改修も追いついていない。
〇
「ええっとこれでもない、このページでもない……」
城壁の上にいた白い髪の少年が、本をめくりながら何かを必死で探していた。まだ10歳を少し超えた程度の、あどけない顔をしている美少年だ。ほぼ人間と変わらぬ姿だが、その額からは8センチほどの角が一本伸びていた。
角が生えた少年が、何度も勇者の姿を見ては、本のページをめくっている。
「ありました大尉殿! このページです。間違いなく勇者です!」
ユニコーンの角を持つ少尉候補生の少年が、興奮気味に叫んだ。その興奮が初めての実戦の恐怖に由来するのか、期待に由来するのか、本人にもわからない。
「うわ……マジじゃないっすか……」
大尉と呼ばれた青髪の少女が、ユニコーン族の少尉候補生に見せられたページに視線を落とす。少女からは、ユニコーンとは違う種類の馬の耳が生えていた。
『イシュメイル兵事図譜大全~498年版~』──帝国図書審議会刊行。
この世界ほぼ全ての軍服、軍艦、軍獣鎧、軍属腕章が掲載されている本だ。
勇者も正規のリード王国軍人である以上、その姿は軍服として載っている。ちなみに勇者の現階級は、特務軽歩兵少佐である。軍職俸給規定に則った給料が、陸軍省が主要株主のリード軍用銀行の口座に、毎月振り込まれていた。
「あれ? でも勇者って、4人パーティーじゃなかったっけ?」
単身、魔王城に来た勇者を見て、同い年くらいの青髪の大尉が首を傾げた。
「如何しますか、大尉殿!」
「え、ええっと……」
勇者ほど大きな声ではないが、それでもしっかり体重乗った声で少尉候補生に尋ねられ、上官である大尉の少女がたじろぐ。女の子みたいな透き通る白い肌と顔してるけど、ちゃんと男の子なんだなぁ、と少し呑気なことを考えてしまった。
え……私の命令で、この子たちの命運決まるの……?
ま、マジで無理だし、責任取れないんですけど……
外見年齢は女子中学生ほどの青髪の大尉が、目の前のユニコーンの少尉候補生だけでなく、他の兵士や将校を見回す。
誰も彼も自分と同じか、それよりも若い少年少女ばかりだった。敗戦間近で大人の兵がほぼ残っておらず、学徒動員された貴族の子女ばかりである。
みな紺色の士官候補生の制服を着ていた。玉砕した第一嚮導近衛師団、唯一の生き残りである大尉の少女だけ、暗紅色の制服なので、どうしても目立つ。
「わ、わわわ、私は魔王様に勇者襲来を報告にいくから……あ、あとは少尉候補生くん、君に全部任せたからね。危なそうなら降伏してもいいから、命大事に」
そう言って、この場の最上位者である大尉は、そそくさとその場を離れた。
「…………」
ユニコーンの少年が、10秒ほど沈黙する。
そして、次の瞬間自分の右手で思いっきり自分の右頬を殴った。
「うわぁ、なにしてんのロロ!?」
すぐそばにいた同じ少尉候補生のスライム少年の同期が、慌てて駆け寄る。
「僕は自分が恥ずかしいよ。だから自分を殴ったんだ……」
ロロと呼ばれたユニコーンの少年が、口から血を流しつつ呟いた。
「一瞬、大尉殿が逃げたのかと疑ってしまった。誇り高き魔王軍の近衛将校が、そんなことするはずないのに……」
「…………」
いや、絶対逃げただろ、アレ。
上官をアレ扱いしながら、スライム少年がそう思う。
しかし、それを言ったら殴られそうなので、心に思うだけにしておいた。
というか、あの年で嚮導の近衛大尉なんて超エリートのはずなんだけど、あんまりそうは見えないんだよなぁ、アレ。色々と胡散臭い女だと思う。
〇
「むむむっ? 何やら城壁の上が騒がしいですね?」
一番、騒々しかった勇者が魔王城の城壁の上がドタバタしているのを見て、首を傾げる。
すると、東門の上に一人の少年が姿を現した。その白い髪の生え際から伸びているユニコーンの角が朝日を反射し、輝いている。
「小官は魔王城護衛大隊所属、ロロ・ユニコーン少尉候補生であります。叙爵も済ませておらぬ若輩者ではありますが、先ほど大隊長殿より、指揮権を委譲されました。少佐殿の単身で参られた勇気、まこと勇者と呼ぶに相応しきものであり、弓矢の家に生まれし男子として感服の極みであります。ですが、魔王陛下に仕える者として、藩塀とならずして貴官を易々と拝謁の栄に浴することは能わず。これも戦場の倣い。多勢にてお相手する無作法をお赦しあれ」
幼い子供ながら、貴族しか将校になれない旧体制の国の少尉候補生らしく、また理性と武勇を重んじる魔族らしい言葉を、勇者に向かって投げかけた。
「返答感謝します、ロロ・ユニコーン少尉候補生殿」
勇者がそのアメジストの瞳を、まっすぐロロに向ける。
そして敬礼をした。
「貴官らの義と忠こそ、この城門城壁より強固に聳え立つ鋼鐵の城です! いかなる武器も! 魔術も! 万の軍も! 貴官らの守るこの城は攻め落とすことは叶わぬでしょう! ですが、この勇者! いかなるものも攻略出来ぬ、この不落の城を落とし、魔王陛下の御前へまかり通らせていただきます!」
そう言って勇者が剣を抜き、鞘を投げ捨てた。
「鞘を捨てるは、不退転の覚悟と心得たであります」
相手に掴まれぬよう、鞘を捨てるのは戦場の定石ではあるが、今回の勇者の行為は、ロロたちを生き返れぬ強者と評する敬意の現れだった。
幼き頃から貴族として、武人の教育を受けてきたロロもそれを理解する。
「負けることは許されぬ身なれど、返礼いたします」
ロロが前歯で、自分の右手の指を嚙んだ。
そして、にじみ出た血を自らの唇に塗る。
「見事な死に化粧! 古式に則った返礼、痛み入ります!」
ロロの行為を、勇者が称賛した。
相手に首を獲られた時、その顔色が見苦しくならぬようあらかじめ死に化粧を施しておくのは、武門の嗜みである。自らの首を敵将に供される覚悟と風体の執行なくしては、子供といえど貴族将校の資格はない。そう教育されてきた。
誇りと覚悟と武力こそが、魔族において貴族を貴族たらしめる根拠である。
「それでは勇者と呼ばれる者の戦い、目に焼き付けさせてもらうであります」
「それは違います、ロロ少尉候補生!!」
「?」
「貴官らもです! この場にいる者、戦う者! 全員が勇者です!」
その勇者の言葉に、ロロ以下防衛隊の少尉候補生たちがざわつく。
「勇者……」
「私たちも勇者」
「やるぞ、やるぞ、やるぞ、僕だって勇者だ」
「死ぬのなんて怖くない!」
「お家のため、父母のためにも立派に散ってみせる!」
城壁の上や、城門内の中庭からそんな声が響いた。
魔王軍の少年兵たちの目が輝き、明らかに戦意が上がっている。
その様子を好ましいものとして受け取り、ロロが勇者に言った。
「世に聞こえし本家よりのありがたき言葉、恐悦至極であります。なれば我らも、勇者の名に恥じぬ戦働きをしなくては」
「では、参ります! 存分に、戦いましょう!」
魔王軍の勇者、少尉候補生ロロが待ち構える城門に、リード王国の勇者がずんと足を前に踏み出す。
それと同時に、魔王城から少年少女たちの閧の声があがった。
〇
「盛り上がってるなぁ……」
魔王城の暗い廊下を進みながら、青髪の大尉がそう呟いた。
ロロの声は聞こえないが、勇者の大声や友軍の歓声のような閧の声はここにも十分響いており、どんなやり取りが行われているか想像出来た。
「勇者だのなんだの言われても、死んだら結局おしまいなのにね。私には理解出来ないノリっすわ」
呆れ9割の中に、かすかな羨望と疎外感が混じった声。ああいう武人のノリに多少の憧れがないわけではないが、それよりも生きることが大切だった。
しかし、人生経験浅い子供ってのは純真だが────怖い。
そして哀れだ。
特に貴族の子女……みんなあんな感じで、簡単に命を投げ捨てちゃうのかな?
親から教えられてきた、くだらない武人としての生き方以外を知らないのかな?
その誇り高く死ねと教えてきた大人たちの多くは、とっくに降伏したり逃げちゃってるのに。未来のある子供の方が、死に向かっていくのは酷い話だと思う。
生きてさえいれば、もっと色々楽しいことあるのにね。
逃げたい時には逃げればいいし、死にたくないならそれこそ子供らしく泣きわめけばいいと思う。家とか親の教えとかほっといて、自由に生きればいいのに。
第三身分の私には、よくわかんない感覚だし、わかりたくもない。
貴族、王族ってのもラクそうに見えて色々大変だなぁ……
「まっ、私は勇者になんてなれないし、ならなくていいや」
城を枕に討ち死になんて、絶対に嫌! それ以外でも死ぬのがそもそも嫌!
そんなことより、数日前に魔王が玉座の下の隠し階段から出てくるのを見た。
もしかしたら、あそこに脱出口や隠し財産があるのかも……
偽物の怪盗イシュカに落書きされたあと、その場所へ魔王の奴が確認に行ったってことは宝物庫の可能性高いな。
勇者が来たドタバタに乗じて、金目のものパクれたらいいんだけど。
敗戦後はご飯にも困りそうだし。
そんなことを大尉の少女が考え、玉座の間に向かう。
「あれ……?」
そこで、信じられぬものを見た。




