第10話 怪力乱神
※暴力描写、流血シーンがあります
「あれ……?」
巨大な矢で胸を貫かれた勇者の少女が、不思議そうな顔をした。
矢というよりは槍だ。
長さは2メートルはあり、太さは大人の拳ほどだろうか。
その凶悪で巨大な狂気じみた強烈な兇器が、胸甲の中心を穿っている。
油断、ではなく完全に思考の外からの攻撃であった。
しかも、それは真正面から行われたものだ。
魔王城の東門。勇者が、その硬く重い樫の木で出来た城門を、こじ開けようとした時であった。その門をぶち抜いて、この矢が飛んできたのである。
巨大な設置型のクロスボウ──バリスタが城門の真裏にあったのだ。
サイズは軽自動車ほどもあり、重さもそれに匹敵する。
自分たちで、自分らを守る城門ごとバリスタで撃ち抜いてくるとは、流石の勇者も想像だにしなかった。
扉を挟んでたとはいえ、至近距離からの水平射をまともに受けてしまった。
バリスタの矢の巨大な運動量は、勇者の身体を百舌鳥の早贄のごとく貫いたまま飛び続ける。そして、その背後にあった巨大な楡の木に突き立った。
「やった……でありますか?」
この作戦を立案した張本人である、ユニコーンの少尉候補生ロロが信じられないといった顔をした。先ほどの勇者との口頭でのやり取りの間、バリスタを移動させておいたのだ。さらに魔力で威力を強化してある。
わぁ、と少年兵たちの歓声が上がる。
だが、ロロは嫌な予感が止まらなかった。
「まだであります。次弾をすぐに装填! 生死を確認するまでは油断は……」
「……良い心がけです」
「……ッ!!」
勇者の呟き声が聞こえる。小さな声であったのに、今までのどんな大きな声よりも、ハッキリと鼓膜に届き、その奥の脳まで揺さぶってくる。
「マリーナ姫様から拝領した『ちたん合金』と『けぶらあ積層材』の胸甲を貫くとは……良きバリスタです……久々に心臓を吹き飛ばされました……」
ごぼごぼと血を吐き出しながらも、勇者が普通に喋っている。
ダメージがあるようには見えなかった。
信じられぬ光景。
魔族のロロから見ても、人知や理解を超えた不可思議な現象である。しかし、彼には今、驚愕したり恐怖する『贅沢』は許されない。貴族将校である以上は、目の前の恐怖に現実的な手段を用いて対抗しなくてはならなかった。
ロロの脳内に、いくつかの数値がフラッシュのごとく浮かぶ。
先ほどは水平射撃。
勇者の位置はバリスタから20、いや21メートル離れている。
頭部は胸部より30センチ上方。
初速から考えうる重力偏差は、およそ4センチ。
「バリスタを仰角15ミルに修正。角度がつくから城門が邪魔だ! 30センチでいい! 開門次第発射であります!」
興奮状態ゆえ、荒い言葉と普段の丁寧な言葉が入り混じった指示を叫んだ。
ロロの指示のもと、1度に満たない精密な角度修正をされる。1ミルは1000分の1弧度であり、およそ1000分の57度のことだ。現代でも、ミル(mil=|milliradianの略)は、砲兵科がよく使う単位である。
バリスタから再び槍のごとき矢が発射される。そして、今度の矢はロロの計算通り、正確に勇者の頭部に向かって飛んだ。
人の頭蓋骨など、軽々と中の脳ごと吹き飛ばす威力である。
しかし……
「正確な射撃です……計算の早さも素晴らしい……」
勇者が左手で、バリスタの矢を掴んで止めていた。
発射から着弾まで、0コンマ1秒に満たない刹那の時間であるのにだ。
そして何よりも、巨大な矢を少女の細腕で軽々と片手で止めた異様な怪力。
「……逃げた方がいいですよ」
勇者が最初の矢で、楡の木に磔にされたまま言った。
掴み取った2本目の矢を、左手で持ったまま大きく振りかぶっている。
その姿を見て、ロロの背筋に冷たいものが走った。
「バリスタ分隊! 退避ッ! 退避ッ!」
ロロの叫びと同時に、バリスタの角度調整をしていた者、弦を滑車で引いていた者たちが左右に走って離れる。
次の瞬間、轟音と共に、バリスタが木っ端微塵に砕けて飛び散った。
勇者がぶん投げたバリスタの矢が、樫の木で出来た城門を吹き飛ばし、さらにはバリスタ本体を破壊したのだ。
楡の木に磔になった、力を込めにくい状態からの投擲。だが、本来のバリスタよりも数段上の威力であり、亜音速に達しててもおかしくなかった。
「流石に、ちょっと動きにくいですね……」
そう言って勇者が、右手に持っていた剣で自分を貫いていた矢のシャフトを切断する。そして、ずずっと前に出て、その拘束から逃れた。
胸の中央に、直径20cmほどの穴が開いており、向こう側の景色が見える。
だが、その傷痕がどんどん再生していった。
その姿を城壁から見ていた多くの魔族の少年兵が、戦意を失いかける。
これが勇者……
こちらの策も、攻撃も、なんの効果もない。通じない。意味もない。
怪力、不死身の怪物。
勝ち目など……どこにも……
だが、この悪夢のような光景を見て、まったく逆の考えをする者もいた。
「勇者は……無敵なんかじゃない」
そうロロが呟いた。
「えっ?」
同期のスライム少年が、何を言ってるんだこいつ?という顔をする。
「頭部への攻撃をわざわざ防いだんだよ。つまり、頭部が致命の急所である可能性は高い。それに再生能力だって、完璧じゃない。矢が抜けるまでは、傷は塞がってなかったし、声が小さくなってたってことは、傷がある部分の機能は低下する」
「そ、そうかもしれないけど……どうするんだよ、ロロ?」
「飛び道具で全身を、めった撃ちにする。出来れば魔法弾より、身体に異物が残る弓矢や投げ槍の方がいいかも。それがない者たちには、石か何かを持たせて」
「だったら、城壁補修用の煉瓦が、楼閣の中にあったと思うけど……」
兵站に強いスライムの少尉候補生が、そう言った。
「じゃあ、それで。傷に矢が埋まって動きが鈍った勇者の頭部を、みんなで煉瓦を叩きつけて破壊して。あと、頭部が急所じゃなかった場合は、とにかく傷口に煉瓦を詰め込もう。殺しきれなくても、再生を妨害出来て無力化出来るから」
「お、おう……」
こいつ可愛い顔してエグイこと考えるなぁ。
そうスライム少年が、同期のユニコーン少年を見て思ったが、すぐに頷く。
「わかった。勇者を赤ずきんのオオカミみたいにしてやろうぜ!」
「傷口に詰め込みやすいよう、いくつかの煉瓦はあらかじめ砕いておこう」
「だけどさ、ロロ。あの勇者にそう簡単に飛び道具が当たるの?」
スライム少年の不安は当然であった。
先ほどのバリスタは、不意打ちだからこそ勇者を貫けたのだ。
「……そこは、僕に考えがある」
そして、ロロが今まで以上にエグい作戦を、信頼している同期に伝えた。
敵視点で見る勇者って、本当こわいですよね……




