第11話 戦乙女とユニコーン
※暴力描写と、流血シーンがあります
年頃の乙女──勇者の露出した心臓が、鼓動を刻むのが見えた。
だが、骨と肉がその上に作られてゆき、白い肌がそれらを覆い隠す。
傷など最初からなかったように、全てが元通りになった。
「あー! あー! よし! ちゃんと声が出せるのは、気持ちがいいです!」
そう言って不死身の勇者が、悠々と吹き飛ばした魔王城の東門を通り抜ける。
「枡形虎口ですか!」
東門を抜けた先の場所を見て、勇者がそう言った。
穴の開いた肺が治ったので、元通り無駄に大きい声に戻っている。
その眼前には四方を壁に囲まれた、30メートル四方の正方形の空間が広がっていた。東門から入って右の壁に二の門があり、魔王城本丸はそちらのようだ。
虎口。
城に攻め込んできた敵を、四方から攻撃するための火制区域だ。
その中でも正方形か、それに近い形の虎口を舛形と呼ぶ。
「しかし、虎ってどんな生物なんでしょうか!? 虎の口って言うのだから、おそらく生き物なんですよね! だって口があるんですから!」
「勇者殿、きっとあなたのように、強い生き物だと思うのであります」
勇者の背後から、そんな声が響いた。
東門の城壁から飛び降りたユニコーン族の少尉候補生ロロが、朝日を背にしている。そしてボリボリと、赤い宝石のようなものを食べ始めた。
「カーバンクルの結晶ですか! 魔力補充とは感心です! 腹が減っては戦は出来ませんから! ですが、それ以上食べると、魔力過剰で死にますよ!」
つーっと一筋の鼻血を流すロロを見て、勇者が言った。
「ええ、自分だけ安楽な任務を引き受け、同期のみんなに申し訳ないです」
「長き過酷な生よりも、一時の修羅を道を安楽とは……良き哉です! 我らは牙なき人のために、散るべき徒花! 生の長きを知らず、明日という遥けき未来は見えず、眼前の敵打ち砕きしために刹那の生を燃やす者よ! いざ尋常に勝負!」
虎口という、一刻も早く抜けねばならぬキルゾーンだったが、ロロの命がけの覚悟を見て勇者が応える。ゆらりと、剣を構えた。
「この死に化粧の首、見事獲って死に花を咲かせてみろであります!」
「よくぞ吠えました! 委細承知です、少尉候補生!」
ロロの言葉に、勇者が剣を担ぐ。
「その首、頂戴いたします!」
相手が子供だから、命がけだからと言って手心を加えるつもりは一切ない、本気の殺気だった。むしろロロの覚悟に、全力で応えるつもりである。
殺気にたじろぐことなく、ロロが一歩前に踏み出す。
武器も持たず、素手のまま勇者に向かっていった。
「蛮勇ですか! ロロ少尉候補生!」
こちらを勇者と知った上で、これほど無防備かつ無造作に接近する敵は初めてである。あの勇者に、わずかな困惑の色が浮かんだ。
「勝利の女神は九分九厘、前方の敵を切り抜けた先にいるものであります」
「それは死神かも知れませんよ!」
「ならば、死神を組み伏せるまでであります!」
「その意気や良しです!」
地面を思いっきり蹴って、ロロが勇者へ踏み込む。
ロロの首が剣の間合いに入った瞬間。勇者は、一切の迷いも容赦もなく横一文字に薙ぎ払った。まさに、命を刈り取る死神の鎌のごとき一撃である。
ここであります。
ロロが思った。
一瞬、走馬灯が流れかけたが、戦いの邪魔なので強制停止させる。
この一瞬に、全てを賭ける!
必死の一撃を避け、勝利の女神を掴むであります!
「……ッ!」
勇者の剣が空振る。
ロロが体勢をさらに低くし、剣を潜り抜けていた。
少年が勇者の本気の一撃を避けられたのは、太陽を背にした逆光の位置を取ったことと、首を切り落とすよう攻撃位置の誘導に成功したからであろう。
そしてなによりも、強運によるものが大きかった。
そのままロロは、死神の先にいた勝利の女神に抱きつく。
「むむ!」
勇者が、腰に抱きつかれて思わず声を出した。
ロロの、ユニコーンの角が勇者のへそのすぐ横をへこましている。
「我が渾身の一撃をかわすとは、見事です! ですが、その小さき角では命に届くどころか、私の肉すら搔き分けられません!」
バリスタが勇者を貫けたのは、単純に威力が凄まじかったからだ。小さな少年が体重を乗せて突っ込んできた程度では、尖ったユニコーンの角であっても勇者の皮すら傷つけられなかった。
「…………」
普通の女性と変わらぬ柔らかさであるのに、角が通らぬ奇妙な感覚。
勇者から良い匂いがし、ロロの鼻腔をくすぐったが、少年の脳にはそれを認識する余裕などない。
魔力を……
ありったけの魔力を、角に……ッ!
「むむむ!?」
剣を逆手に持ち替えて、ロロの背中を突き刺そうとした勇者の網膜に、眩い光が飛び込んでくる。
ロロの角が激しく発光していた。
そして……
「がはっ…………ッッッッ!」
ロロの角が高速回転し、さらには巨大化し、ドリルのようになって勇者の腹を貫いていた。その腹の肉の三分の二をえぐり取って、吹き飛ばす。
先ほどのバリスタより、傷が大きい。
そう勇者が思った。
脊椎の第二腰髄も吹き飛ばされました!
そこが壊れると歩行困難、というか不可能です!
そして何よりも……先ほどのバリスタの矢より遥かに……
「重い……?」
ぐらり、と勇者の身体が巨大化した角の重さに倒れかける。
下半身の機能がほぼ停止した状態では、怪力と言えど体勢を維持出来なかった。
「駄目であります!」
だが、ロロがその腰をさらに強く抱きしめ、倒れないよう支えた。
優しさではない。勇者に倒れられると、狙いにくくなるからだ。
「今だッ! 僕ごと撃てッッッッ!」
ロロが叫ぶ。
その言葉に四方の壁の裏に待機していた魔族の少年兵たちが、一瞬戸惑う。
「迷うなッッ! みんな撃てぇええええええええええッッ!」
そう言って口火を切ったのは、同期で親友のスライム少尉候補生だった。
槍を勇者とロロに向かって、投げ放つ。液体状の身体であったが、その頬が身体を構築しているものとは、別の液体で濡れていた。
すぐさま、四方から矢と投げ槍、さらには魔法弾が放たれる。
飛び道具を持たぬものは、煉瓦やその尖った破片を握りしめていた。
無数の死が、全方位から勇者に向かってくる。
だが、勇者は微笑み、ロロの頭を優しく撫でた。
見事です、ロロ少尉候補生。
このまま貴官の覚悟と捨て身に、殺されても良いのですが……
マリーナ姫様の名代として立つ以上、そういうわけにはいきません。
「…………ッ」
矢が届くまで、1秒もなかったが、そんな声を確かにロロは聞いた。
────────光。
その場にいた全員が、まず感じたのは光だった。
続いて衝撃。
「な……え……ああ?」
スライムの少年が、意味をなさない言葉を漏らす。
周囲の仲間は、全員倒れている。息はあるようだが、意識を残しているものはいなかった。
鼓膜は元から存在しないが、音を感じとれるスライムだけが理解していた。
勇者が何をしたのかを。
「今回は、肺に穴が開けられてなくて良かったです!」
そんな勇者の呟きというには大きな声を、スライムだけが拾っていた。
声だ。
勇者は矢や槍が届く前に、ただ大きい声を出しただけだ。
「わ」か「あ」かわかないが、とにかく大きな音だった。
その爆発にも似た轟音で、周囲の仲間たちの意識は全員飛ばされた。
天地開闢の唸りのごとき巨大な音だったので、音ではなく光としか認識出来なかったのだ。
いかなる不可思議な現象が働いたのであろうか。
音波で物は大きく動かせないはずなのに、矢や槍も弾き飛ばされていた。
衝撃波に似た何かが発生したようだ。
魔法弾もかき消されている。
その衝撃波は、スライムの液状の身体も大きく揺さぶっていた。
意識の保持が困難になったスライムの少年が、ふらりと倒れる。意識が闇に落ちる前に、目の前で起きた出来事に思考を巡らせた。
あまりに理不尽。
あまりに強すぎる。
こちらの想いも、命がけの覚悟も、武器も、策も、多勢も、運も、
全てを叩き潰す圧倒的な力。
まるで前に読んだイシュメイル戦記に出てきた、500年前の初代リード王のような『スキル』だ。あの歴史書の名を騙ったおとぎ話が、現実に起こるなんて悪夢以外なにものでもない。
そして、離れた場所にいた自分らでも、鼓膜が破け、衝撃に意識が弾き飛ばされたのだ。
この破滅の『音』を、至近距離で浴びせられたアイツは……
「ロロ……」
勇者の前で倒れている友人の名を呼び、スライムの意識も闇へ落ちた。
〇
「良い一撃でした! 此度の戦で、膝に土をつけたのは初めてです!」
そう言葉通り右膝を地面につきながら、勇者が言った。
腹にはもう角は刺さっておらず、再生を阻害するものはない。
腹の風穴を半分に分けるように、脊椎が再生する。歩行機能が回復した勇者が、何事もなかったように立ち上がった。
吹き飛ばされた子宮や腎臓、腸を復元しながら勇者が視線を落とす。
そこには、左腕が吹き飛んだロロ少尉候補生の身体があった。
角は元のサイズに戻っている。
爆弾の衝撃波を至近距離で食らったかのごとく身体がひしゃげ、全身の穴という穴から血が溢れ、両の眼球は破裂し中の水晶体が漏れ出していた。
だが生きていた。
身体を微かに、痙攣させている。
運良く……いや、運悪く生き残ってしまったが、間もなく死ぬだろう。
他の者たちは距離もあり、両の鼓膜を破壊され、意識が飛ぶ程度で済んだが、ロロだけは至近距離で勇者の声を浴びてしまった。
人より強靭な魔族の肉体を、ただ『声』だけでここまで破壊しつくす。
勇者たる者の恐ろしさを、如実に物語っていた。
「これぞ戦い抜いた兵士の姿! 軍神かくあるべし! 美事です!」
勇者が5m先に落ちていたロロの左手を拾い上げ、戻ってくる。そして、その左腕をロロの傷口に合わせてから、自らの右手をロロの身体に添えた。
「誇り高き名誉の戦死を、穢す無作法お赦しあれ!」
その言葉と同時に、勇者の右手が光る。
同時に、ロロの身体がまるで勇者の身体のように、再生していった。
「ふぅ……」
ロロの身体が再生し、鼓動と呼吸力強きこと確認してから、勇者がふらりと体勢を崩す。疲労だけでなく、痛みやダメージも感じているようだった。
「同じ相手に……二度も膝をつかされたのも初めてです……」
両膝をついて、正座のような形になりながら勇者が呟く。
自らの肉体であれば苦も無く再生出来るのだが、他者に自分のスキルを一時的に共有させるのは、かなり大変なことらしい。
「これは……勇敢なる少年へのご褒美です……」
そう言って、勇者がロロに膝枕をする。
瀕死の痙攣から一転、すやすやと安らかな寝息をたてるロロを見て、勇者が疲労にふらめきながらも、優しく微笑んだ。




