第12話 おとぎ話
「道に迷いました! 少し泣きそうです!」
そんな勇者の声が、魔王城の静寂の中に木霊した。
「でも私は泣きません! 勇者ですから!」
魔王城の城内へ踏み込んだ勇者が、ロロを右脇に抱えて進んでいるのだが、構造が複雑すぎてなかなか魔王にたどり着けない。見ようによっては、気絶した美少年を拐しながら、不法侵入している不届きな変態コスプレ女である。
魔王城は魔物たちの伏魔殿というよりは、荘厳な聖堂といった趣であった。
実際、魔王は魔族の創造主として、神に近い扱いを受けているので、この場所も城という軍事施設より、宗教施設的な意味合いが強い。
もっとも、最近ではその信仰心もかなり薄まってはいた。
「…………」
「起きていますね、ロロ少尉候補生! おはようごさいます!」
呼吸音の変化で、勇者がロロの覚醒に気付く。
「しかし、目が覚めたのになぜ、抵抗しないのですか!?」
「貴官相手には無駄だと悟ったからであります……」
「それは良い心がけではありませんね! 最後まで抵抗しなくては! 所属する軍は違えど、階級上位者としてお説教です!」
「教官気取りですが、おっしゃることはもっともであります」
勇者にそう説教され、ロロが首をふって、自らの角を勇者の腹に突き刺そうとする。しかし、魔力がほぼ枯渇し、角も20センチほどしか伸びない。
肌にかすり傷つけることすらかなわなかった。
「……ダメでした、教官殿」
「ならば、仕方ありません!」
ロロの無抵抗を許し、勇者が広い魔王城を駆け巡る。
「ロロ少尉候補生! 抵抗を諦めたのであれば、魔王陛下の御座所を教えてはいただけないでしょうか! 実は私は方向音痴なのです!」
「そこまでは協力できません。貴官とは、あくまで敵同士であります」
「その通りですね! 私の甘えでした!」
とはいえロロは、さっきからずっと同じ場所をぐるぐるしている勇者に、多少やきもきした気持ちを感じないでもなかった。思わず指示厨になってしまいそうなので、ロロが別のことで口を開いた。
「何故、自分を助けたのでありますか?」
「継戦能力を喪失した者を、なお苛むは武の恥だからです!」
「情けでありますか?」
「戦場において、そのようなものはありません! 私は全力で貴官を殺そうとしていました! 貴官が生き残ったのは、貴官自らの武運によるものでしょう!」
事実、ロロが無力化する直前までは、勇者は本気でロロを殺そうとしていた。それは、その強烈な殺気を真正面から受けていた、ロロ自身が一番知っている。
「それに、武運つよくして威猛き貴官には、立会人をつとめてほしいのです!」
「立会人?」
「魔王陛下と私の、古式に則った正々堂々の一騎打ちの立会人です!」
そう勇者が言った。
「500年前に初代魔王も立会人のもと、聖剣王ワタライとの一騎打ちに勝利し、この地の支配権を得たとイシュメイル戦記にも残されてします! その法は今も有効なはずです!」
「ええ、我々魔族にも、そう伝わっているであります。初代魔王のツチサト様に関して、そちらにはなんと伝わっているのでありますか?」
「こんな感じです!」
そう言って、勇者がイシュメイル戦記の該当部分を諳んじ始めた。
〇
ツチサトなる弱輩の者、自らを追放せし暴虐の聖剣王ワタライのもとへ翻りて戻り、これを打ち倒し、追い棄つ。ツチサト、神狼を供に魔族の国を興す。帝国これを許さず、和せしリード王国の勇者王に討伐命ずるが、彼の地に溢れん忌まわしき魔物ども、ツチサトのスキルによりことごとく人型となりてこれを阻む。人理を得た魔物、これを魔族と呼ぶなり。勇者王の大力要無く、衆寡敵せず罷づ。爾後、ツチサトは帝国にまつろわぬ者の巨魁となりて、彼の地に君臨し魔王を僭称す。帝国の威光及ばぬ外界の島なれど、あなおそろしきツチサト、ワタライ両名の朝敵を残すは口惜しや。天網恢恢疎にして漏らさず。この族ながく絶たむ。
〇
「そう、こちらのイシュメイル戦記には書かれてます!」
「ひどい書かれ方であります……」
少し不満そうにロロが呟いた。
現代語に意訳すると────
悪い聖剣王ワタライって奴に、クソ雑魚少年ツチサトくんが追放された。
でも実はツチサト君には、モンスターを人型の魔族にするスキルがあって、最終的に聖剣王をやっつけて、追放し返して国を支配した。
でも、帝国的にはそれはぶっちゃけ気に食わねー。魔族とかキモいし。
帝国の手下になったリード王国くんさぁ、ツチサトをやっつけてくんない?
でも、魔族強いし、数多いしでリード王国は負けて撤退しちゃった。
使えねーな、筋肉バカは。勇者王(笑)。
そんで調子乗ったツチサトくんは、自認魔王になっちった。
ツチサトくんだろうが、元の聖剣王のワタライだろうが帝国に従わねー問題児だから、いつかぎゃふんと言わせたる。覚えてろよ、クソ田舎の島民ども!
死ね、ボケ!
──という内容である。
なお、このイシュメイル戦記は歴史書ではあるが、魔力魔法ではないスキルなる荒唐無稽な能力が数多登場するため、近年ではおとぎ話の類とされていた。
「帝国主観の本だから仕方ありません! リード王国の書かれ方もあまり良いものではありません! 理解しても納得してないので、不満を顔で表明します!」
むー、と勇者が怒ったような顔をした。
魔族側に伝っているイシュメイル戦記は、かなり魔族よりに内容が改編されているが、帝国の属国であるリード王国のものは、あまり改編されてないらしい。
「しかし、勇者殿の恐るべき力……イシュメイル戦記に出てきた怪力の勇者王たる初代リード王のようでありました。もしや、王家の血筋の御方でありますか?」
「そんな私などが恐れ多い! 私は、ただの羊飼いの娘です!」
「そうでありますか……」
ロロが少し考える。
幼きころ読んだイシュメイル戦記、読み物としては面白かったであります。
何度も読み返しては、興奮したであります。
500年前にこの世界で起きた大戦乱の時代を舞台にし、何十人ものスキルを持つ者たちが織り成し、群雄割拠するストーリー。
ある者はスキルの武力で王となり、ある者はスキルの知識で内政を進めて国を豊かにし、ある者はスキルを持つ者同士で殺し合って打ち倒される。
まぁ、最後の最後は個人の武勇ではなく、国を最も豊かにした内政チートを持つナナシ率いる帝国が、天下統一するのがちょっと生々しいでありますが。
だが成長するにつれて、あまりに非現実的すぎて、子供向けのおとぎ話に準ずるものと思うようになり、読み返すこともなくなったであります。
異世界を自由に移動出来る魔女とか、心を自在に読む騎士とか……
そんな者が、いるわけがないのに。
500年前に、初代魔王ツチサト様がスキルを使ってモンスターから自分ら魔族を生み出したとされていますが、流石に今は老人くらいしか信じてないし、自分もありえないと思っているであります。各地にいた魔族の部族を、味方に引き入れたことを、人理を得たと表現したのだと思います。
でも、今日そのおとぎ話だと思っていた、スキルを持つ者に出会えました。
初代リード王の武勇そのままの怪力と不死性を持つ者────
勇者。
自分が知らないだけで、この世にはあの本に出てきたようなスキルを持つ者が、幾人も存在するかも知れないであります。
「…………」
勇者の右脇に抱えられたまま、ロロがまるで戯画本の中の憧れのフィクションのキャラに向けるような視線を勇者に向けた。
が、何かに気付いて慌ててプイっとそっぽを向いた。
「どうしましたか、ロロ少尉候補生?」
勇者がロロの奇妙な動きに気付き、尋ねる。
顔を背けていて表情は見えないが、ロロは耳まで真っ赤にしていた。
「その、自分がやったこと故、あまり強くは言えないのでありますが……」
もごもごとロロが口ごもりつつ、言葉を続けた。
「神聖なる魔王城に登殿し、魔王陛下に拝謁するのであれば……む、胸元は隠してください。破廉恥であります……ッ!」
「むむむ!」
勇者が自分の胸に視線を落とすと、バリスタにより貫かれたせいで、肌が大きく露わになっていた。下腹部も、きわどいところまで見えている。
「これは気付きませんでした! 私としたことが、はしたなかったです!」
そう言って、勇者が深紅のコートの前を閉じ、露出していた肌を隠した。
と、同時であった。
「わわわっ?」
勇者が急ブレーキをかけたので、小脇に抱えられていたロロにGがかかる。
「むむむ?」
勇者がじーっと大理石の壁を見た。
抱えていたロロをおろし、さらに壁を念入りに観察する。
そこには、親指ほどの穴が開いており、壁の向こう側まで貫通していた。
(壁の一部が生石灰になっている? 超高温になったでありますか?)
穴の入り口や、中が白い粉状に変化しているのを見て、ロロがそう思った。
大理石などの炭酸カルシウムは、千度以上の高温で熱すると、酸化カルシウム────別名、生石灰となる。高温で焼くと「生」になるのは奇妙な感じだが、そういう名前なので仕方ない。
異議申し立てある場合は、和名をつけた江戸時代の蘭学者の宇田川榕菴へ。
「50センチはある大理石の壁を穿つとは! 一体、いかなる強力な兵器を用いたのでしょうか! 気になります! 攻撃は向こう側から行われたようです!」
そう言って、勇者が壁を思いっきり蹴った。
分厚く硬い大理石の壁が、空っぽの段ボールを積み重ねてたかのように、軽々と弾けて吹き飛ぶ。
「さて、謎の強力な武器の正体如何に!」
「…………」
ロロが大理石の壁に空いた小さな穴と、勇者が今作った巨大な穴を見比べる。
もはや、ツッコむ気力も起こらなかった。
〇
「壁の向こうから失礼します! 勇者です! おはようございます!」
「ひえええええええええええッッッッ!!」
壁の穴を抜けた先は玉座の間であった。そこにいた、青い髪の少女が壁をぶち抜いてきた勇者を見て、当然ながら化け物を見たかのような悲鳴をあげる。
「大尉殿……そ、それは……」
ロロが青髪の大尉の足元にあるものを見て、目を見開く。
「むむむ!」
勇者も、それをじっと睨んでいた。
その視線の先には────俯せに横たわる魔王の体があった。
「主君殺しですか! 許せません! 成敗します!」
そう言って勇者がずんずんと大尉の元へ進む。
「ち、違いますぅ! わ、私が殺ったんじゃないんですぅ……ッ!」
ぶんぶんと、頭が取れそうな勢いで青い髪の少女大尉が首を横に振る。
「そうですか! 主君を失った悲しみいかほどか! お悔やみ申し上げます! 主君の死に殉ずるのであれば、介錯つかまつります!」
「結局、殺されるじゃないですかぁ私ぃ~!」
ひいい、と怯える大尉ともう剣を抜いている勇者の間にロロが入り込む。
「すみません、勇者殿……ちょっと黙ってほしいであります」
「わかりました! 黙ります!」
この短時間で、勇者の扱い方を少しわかってきたロロが魔王に近づいた。
首筋を確認すると確かに脈はなく、間違いなく死んでいる。
両手両足の腱が斬られているが、出血はそれほどでもなく、この傷のせいで出血死したのではなさそうだ。
ロロが魔王の身体を仰向けにし、瞳孔を確認しようとする。
「う……っ」
だが、両目を真一文字に抉られており、瞳孔反応を確認出来なかった。
さらに傷口は焼け爛れており、見るも無残な相貌になっている。
ロロがそっと、自らの軍服の上着を脱いで、魔王の顔に被せた。
本来なら魔王の死に狼狽するはずだが、上官の大尉は頼りにならず、勇者はぶっ飛んでいるので最年少のロロは少尉候補生ながら冷静にならざるを得なかった。
「大尉殿」
「ひゃ、ひゃい!?」
「落ち着いてください。ここで何があったのでありますか? 何者が、魔王陛下を弑し奉ったのでありますか?」
ロロに淡々と尋ねられたおかげで、少し頭が冷えたのか大尉が深呼吸をする。
そして、「え……えへへ……」と何故か下卑たへつらう笑みを見せ、言った。
「ま、魔王陛下は……自害しちゃった……かな?」
次回から1話ずつの更新になります。
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※予定変更 朝7時10分に更新します。
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