第13話 泣いた魔王
今回から1話ずつの投稿になります。毎朝7時すぎ(7時10分)の投稿です。
その姫君は、魔王の玉座に我が物顔で腰かけていた。
まるで彼女自身が、真の魔王であるかのように。
「リード王国第三王女マリーナ・リードです。ご機嫌麗しゅう、魔王陛下」
青のドレスに身を包んだプルムが、この世界での身分、姓名を名乗る。
足を組んでのけぞり、右の人差し指を立てて、サファイアの入ったプラチナのティアラを揺らしていた。プルムの、マリーナ姫としての正装である。
「これは、これはマリーナ姫。お久しゅうござる。十年ぶりですかな」
魔王が、いつの間にか自分の玉座に腰かけていたプルムことマリーナ姫を見て、丁寧な言葉遣いで返す。内心、動揺していたが、王たる者として狼狽えた姿は見せられなかった。それが魔王としての意地と、矜持である。
(魔王と、なんか知らん姫系の女が話してる……)
扉を少し開け、玉座の間を覗いていた青髪の少女がそう思った。
先ほど勇者を恐れて敵前逃亡した、近衛大尉の制服を着た女である。
勇者とロロたち少年兵が東門で相対している頃、魔王と隣国のお姫さまが玉座の間で、久闊を叙す姿を目撃してしまった。
「ええ、貴方が帝国より、正式にこのトライ島の王と公認されて以来ですね。それもまた陛下の人徳の賜物。寿ぎのため、この島に赴いたのを覚えています」
玉座より2メートルは低い謁見の間の、赤い絨毯の上にいる魔王を見下ろしながら、プルムが微笑んだ。二人の距離は、およそ10mは離れている。
大きな声ではないのに、この距離で互いに声がよく通るのは王族たるゆえか。
(ことほぎ……ってなに? 流れ的に、おめでとハッピー的なこと? 普通に、お祝いの言葉でいいじゃん。面倒くさいなぁ王族の会話ってのは……)
さらに離れた場所で覗き見ている青髪の少女にも、声は届いていた。
難しい言葉を使われると、魔法材料力学の授業の時のように眠くなる。
「そうですな。祝いの詩を吟じてくれた可愛らしい御子が、立派な淑女になられたようで。戦しか頭にない我が娘にも、見習わせたいものだ」
魔王が久方ぶりに会った、年嵩の親戚のようなことを言った。
「ふふ、そういえばあの時、わたくしは陛下のことを『犬のおじ様』と呼んで、お父様に叱られて泣いちゃいましたっけ。ですが、陛下は『犬のおじ様で良いよ』とおっしゃってくださった。その御恩と心遣い、忘れたことはありません」
プルムが、幼き頃の思い出を懐かしむ。父に無礼を叱られて泣いてた幼女プルムの頭を撫で、優しく微笑んでくれた魔王の顔が思い浮かぶ。
魔王の瞼の裏にもまた、あの日の美しき景色が浮かんだ。
(魔王を犬のおじ様って……う、うぷぷ……確かにそうだけど、そんな風に言われると笑いが……だ、ダメだ、堪えなきゃ……でも、犬おじって……)
青髪の少女が、両手で口を押さえ、笑い声が漏れるのに抗った。
「犬のおじ様の儂としては、これで平和が訪れると思ったのだが……」
狼の耳を、ぺたんとイカ耳状にしながら、フェンリルの血を引く魔王が呟く。
「ええ、陛下。私もそう信じていました。残念なことです」
「過去を懐かしみ、ありえなかった未来を思い描くのはここまでにしよう、マリーナ姫。それで、本日はどのような用向きかな?」
魔王の言葉に、プルムが少し逡巡する。
そして、この玉座の間を形作る大理石のように、冷たく重い声で告げた。
「優しいおじ様の死を、見届けに参りました」
「我が娘の差し金かな?」
「…………」
魔王のその言葉に、プルムが小さく首を横に振る。
「違ったか。最初に実の娘を疑うようであれば、儂は魔王としても、子を持つ親としても終わりのようだな……」
魔王が、もの悲しそうな顔をする。
この数秒で、ずいぶんと老け込んだように見えた。
「おじ様、この状況では仕方ないことです。あまり自分を責めないでください」
「しかし姫よ。そちらの剣は、まだ外のようだ。拙宅の戸板の立て付けが悪く、開けるのに難儀させて大変申し訳ない」
魔王が、勇者が城へ侵入するのを阻む少年兵たちを、歪曲表現で賛辞する。
(立て付け悪いのかぁ。まぁボロいしね魔王城。メンテ不足なのかなぁ)
青髪の少女は、魔王の言葉を直球の意味で受け取ってた。
(…………あっ、ロロくんたちのことか。あの子たちが城門守って侵入を阻止してることを、入りづらいって意味の『立て付け悪い』って言い換えてるのかぁ……って、わかりづらっ! 普通に言ってよ、もぉ~。っていうか、こいつらずっと遠回しだし、もやもやする~)
少し間をおいてから、少女がようやく意味に気付く。そして持ち前のカスさで、自分の理解力の無さではなく魔王やプルムに他責した。
「お気になさらず。それより、勇者とは別におじ様に会わせたい者が……おや?」
その時、入り口付近から物音がした。
プルムは玉座に腰かけたまま視線を向け、魔王は振り返る。
そこには、青い髪の少女が立っていた。
〇
「ラピスウィル大尉……」
魔王が少女の名を呼んだ。
身長は小柄なプルムよりわずかに高いが、顔つきは高校生のプルムより幼く、魔王軍の近衛大尉の制服を着ている。
「これはこれは、ちょうどいい。可愛らしい立会人が現れてくれましたね」
プルムが突然の闖入者に、楽しそうな顔をした。
「ええっとぉ、下っ端の私なんかが言うのもアレなんすけど……」
おずおずと、ラピスウィルと呼ばれた少女の大尉が近づいてくる。
ビビってはいるが、あまり王族に敬意を感じない歩の進め方だった。
「なんかもう、いいんじゃないっすかね、お姫様」
「?」
プルムの時はさておき、マリーナ姫をしている時はあまり取られたことのない態度と言葉に、きょとんとする。だが、不快感はあまり感じなかった。
「今の時点で、リード王国の勝ち確じゃないですか。もうやめましょうよぅ。なんか見ている限り、魔王様もお姫様も、お互いそんな憎み合ってるわけじゃなさそうですし、殺し合いなんてしてもいいことないですってぇ。ふたりとも遠回しな表現してるから、余計面倒なことになってんすよ」
ラピスウィルが次に魔王へ視線を向けて、すぐそばまで近づいた。
「ほら、魔王様も謝りましょうよ。誠心誠意、謝罪すれば真心は相手に通じますって。私も一緒に謝りますから。すみませぇん、サーセンっした!」
「ちょ、た、大尉? 頭を押すな、押すな! 王冠落ちちゃうから!」
ぐいぐいと強引に頭を下げさせようとする大尉に、魔王が困惑する。
「いいから謝って、犬おじ」
「い、犬おじぃ?」
「やばっ、頭の中で思ってた呼び方出ちゃった」
「マリーナ姫から言われるならまだしも、お前から言われると本気でムカつくな」
「面白い子ですね」
プルムがクスクスと笑う。嫌味ではなく、本当に面白がっていた。
ふう、とため息をついて、ラピスウィルが魔王の王冠を指で小突く。
「とにかく、無理に魔王なんか続けて死ぬことないですって」
「お前なぁ……ってか、大尉? 儂が負ける前提で話してないか?」
「えっ、だって無理でしょ?」
ラピスウィル大尉が、問われたこと自体に不思議そうな顔をする。
「あの女、ヤベー奴っすよ。目ぇ見ればわかりますって。それに対して、魔王様は優しいけどヘタレ臭する目してるでしょ? もう、おじいちゃんだし。やる前からあのドブみてぇな腐った目してる女に、眼光で負けてるんですって」
「…………」
「…………」
二国の王族にナチュラル失礼なこと言いまくるラピスウィルに、魔王もマリーナ姫ことプルムも、なんとも言えない顔をしてしまった。
「あの……ラピスウィル大尉でしたっけ? 少しよろしいでしょうか?」
プルムが何かに気付いて、尋ねた。
「もしかして、今回の戦争の原因や、政治情勢をわかってらっしゃらない?」
「えっ?」
プルムの質問に、ラピスウィルが首を傾げる。
「500年前に負けたリベンジマッチじゃないんですか? イシュメイル戦記の時の雪辱晴らすぜー的な、侵略戦争だと思ってたんすけど……」
「いや、全然違いますけど……貴官はお若いですが近衛の大尉ですよね?」
「すまん、マリーナ姫。うちの教育不足だ……」
ラピスウィルは間抜け面をし、プルムは困惑し、魔王は赤面していた。
先ほどまでの高貴だが緊迫感のあるやり取りからガラリと変わり、微妙で気まずい空気が場を満たす。
ふぅ、とプルムが溜息をついて、仕方ないなぁといった顔をする。少し母性寄りになっているのは、ラピスウィルの幼稚さゆえか。
「立会人が何も知らないのであれば、問題ですね。少し授業をしますか」
「え……歴史と社会の授業嫌いなんですけど、工業系だから」
「いや、そこは素直に聞きなさいよ!」
「それに、外で政治の話ってあんまりしない方がいいですよ」
「ここがもう、その政治の場なのよ!」
思わずプルムが素を出してツッコむ。
「うう……」と魔王が嗚咽を漏らす。部下のあまりのアレっぷり、羞恥で真っ赤になった顔を両手で覆った。ちょっと涙まで出てきている。
「おじ様……心中お察しします」
プルムが心からの同情を、泣いた魔王にした。




