第14話 ポトラッチ
「魔王家は、裏で魔族をリード王家に渡していた……」
白い狼の耳と尾を持つ老齢の魔王が、苦々しい顔で言った。
その言葉を聞いていたリード王国の姫君であるプルムも、同じ表情だ。
「商品として……な」
「……え?」
青い髪に馬の耳を持つ典型的な魔族の風貌の少女、ラピスウィルが初めて正しい子供の作り方を知った時のような顔をする。
「あ、あの……そ、それって奴隷ってやつですよね?」
「ああ、人を『品』と見なす、おぞましい行為だ」
魔王が言う『人』とは、魔族のことも含む。
「えっ、でも奴隷制度なんて、私が子供の頃には……?」
「ええ、10年前におじ様が、魔王に即位すると同時に廃止しました」
プルムがマリーナ姫として頷く。
「同じ時期にリード王に即位した、我が友と打ち合わせてな」
そう魔王が言った。モンスターは人化して魔族になると、寿命も成長速度も人と等しくなる。この初老の魔王は、現リード王と年齢が近く、話が合った。
「そもそも、リード王国と魔王国の仲は、決して悪くなかったのです」
「そ、そりゃ魔王様が、リード王のことダチって言うくらいっすからねぇ……」
プルムの言葉に、ラピスウィルは異議を唱えなかった。
「帝国にまつろわぬ我が国と、帝国の属国とで表向きは敵対し合っていたのだが、裏では王家同士が取引関係にあったのだ。なぁ、マリーナ姫?」
「ええ、おじ様。お互い、『反帝国』として志をひとつにしていたので」
リード王国は、500年前に泣く泣く帝国の軍門に下ったに過ぎない。
本心で帝国に従属しているわけではなかった。
今でも叛の炎は、絶えず燃えている。
「ふふ、帝国皇女の娘で、今の皇帝の従妹の私が言うのもなんですがね」
リード王国と帝国が関係改善を求めた結果生まれたプルムが、母方の実家を仮想敵として扱ったことに、自虐にも似た笑みを見せる。
「実はめっちゃ偉い人じゃないっすか、お姫様!」
「いや、実はじゃなくて元から普通に偉い人なのよ」
ラピスウィルの単純な感想に、プルムも思わず単純に答えてしまった。
おほん、と魔王が空咳をして話を続ける。
「とにかく、帝国従属下の国は魔王国との取引は禁止されていたのだが、リード王国とは裏で密貿易していたのだ。王家で贈り物を贈りあうという形でな」
「それぞれの国では珍しいものが手に入りましたからね。お互いそれを転売することで、王室予算を確保していたのです」
「いい関係じゃないですか。誰も不幸になってないし。プレゼント交換なんて王様同士なのに、かわいくていいと思いますよ」
魔王とプルムの話に、相変わらずシンプルな感想をラピスウィルが述べる。
数百年前からの、王家同士の取引きが続いていた。
これが魔王城の宝物庫に、浮世絵があった理由である。
「だが、そのリード王国との関係が、150年前ほどから崩れだした……」
「…………」
プルムが魔王の言葉に、何か思うことがあったのか沈黙する。
150年前といえば、日本が明治となって文明開化し、近代国家へ変貌を遂げていたころである。
その日本の物資や知識を得たリード王国もまた、急速に発展していた。
「贈り物が、釣り合わなくなってきた」
そう魔王が言った。
「リード王国からの贈り物の質が、そのころから急激に高まり始めたのだ。ダゲレオタイプなる写し鏡は、100年以上前に贈られたのに、いまだに魔王国では作るどころか、原理すらわからん。それなのにリード王国の贈り物の質の向上は留まることを知らず、さらに上がっていく」
ダゲレオタイプ──初期の写真機である。
銀メッキした銅板などを用いるので、銀板写真とも呼ばれた。
「あっちの方が良いものくれるんだから、お得じゃないっすか魔王様」
「ラピスウィル、そういうわけにもいかないのだ。面子というものがある。もらうばかりでは、こちらの立場が弱くなってしまうのだ」
贈り物を贈りあう風習で、『ポトラッチ』というものがある。
たまごっちのパチモンみたいな響きだが、文化人類学的に重要な言葉だ。
それはカナダやアメリカの、先住民の一部にあった贈答慣行。
ただの好意による贈り物ではなく、相手部族との面子をかけた一種の戦いですらある。「俺たちの部族は、こんな凄いものを贈れるんだぜ」という、武器ではなく見栄と意地と財力の殴り合い。相手の贈り物と同等か、それ以上のものを贈り返すことが出来きなければ「負け」なのだ。敗者の立場は弱くなる。
エスカレートしていくと、相手部族の前で自分らの貴重なものをぶっ壊して「こんな大切なもの壊しても、自分ら全然平気ですけど?」という、謎のやせ我慢合戦にまでなっていったそうだ。その戦いを愚かと感じるか、実際に手足や人命を失う戦争の方を愚かと感じるかは、人それぞれであろう。
魔王国とリード王国はそこまでエスカレートしていなかったが、ポトラッチに近い関係にあった。反帝国の同士であっても、いや同士だからこそ序列を決する必要がある。そして、それには武力は使えない。
「だから……その頃から魔王家は、魔族の奴隷を『返礼品』にし始めた」
「スキルほど強力ではなくても、魔族の持つ固有能力は貴重ですからね……」
魔王もプルムも、芳しい表情ではない。
双方、この出来事を自国の汚点に感じているようだ。
「儂は国民を『品』として売り払うことが、許せなくてな。だから即位すると同時に奴隷解放の勅命を下し、奴隷の即日開放と新たな奴隷を禁じた」
「へー、えらいじゃないですか魔王様。やるぅ~」
相変わらず、どこか他人事というか、適当なラピスウィルの感想である。
「ええ、わたくしもおじ様は立派だと思います。そして、帝国もそう感じたようです。ですので帝国は奴隷解放の功績を人道的と讃えて、おじ様を正式に王と認め、この魔王国を主権国家として扱ったのです」
「ああ、だから10年前に普通にお姫様が来て、おめでとーしたんすね」
「ええ、そうです。帝国から公式に国家承認された以上、取引きや往来を禁ずるものは何一つありません。裏取引ではなく、正式に貿易も開始されました」
「えっ、なにもかも良いこと尽くしじゃないですか? 魔王様は帝国から敵扱いされなくなったし、リード王国も裏でこそこそじゃなくて普通に貿易していいし、奴隷たちも自由になって……えっ、なんで戦争なんてしてるんです?」
ラピスウィルが自身の大尉の軍服を見ながら、不思議そうな顔をした。
「貿易が自由化することは、リード王国の優れた工業品が我が国に大量に流れ込んでくるということ。魔王家ですら、奴隷を差し出さなければ釣り合いが取れなかったのにだ。当然、同種の商品を作る魔王国の業界は、大打撃を受ける」
「あっ……」
間抜けな声を、アホ面で、ラピスウィルがぽかんと開けたバカ口から漏らす。
そういえば最近出来た『新聞』とかいうもので、失業率が~とかガラス産業が壊滅の危機で~とか見た気がする。文字が多いから、見出し以外読んでないけど。
そうラピスウィルが、記憶の片隅に残ってる情報を引き出した。
その記事を書いた新聞社はさておき、印刷所の機械はリード王国製だし、技師もあっちの人間だったはず。手刷りの印刷業は、ほぼ壊滅しているからだ。怪盗イシュカの記事を確認するため、新聞社と印刷所について調べたから知っている。
「それに、奴隷解放も反発が大きかったそうですね、おじ様?」
プルムが魔王に尋ねるという形をとって、話を促す。
「ああ、大量の奴隷を使っていた農場主や資本家に貴族、そして中には奴隷自身からすらも強い反発があってな……特に娘の参謀長をしている元奴隷のキララ中将などは、強く儂を恨んでいたよ……」
「えっ、キララってあのやべぇメスガキ兎っすか? 何故かメイド服着てる」
魔王が呼んだ名に、ラピスウィルが反応する。
「そうだが知っているのか、ラピスウィル大尉?」
「え、ええまぁ……ちょい前に色々ありまして……」
大尉風情が中将をメスガキ呼ばわりしたことを、魔王は別に咎めなかった。
心優しきこの魔王ですら、あまり好ましく思っていない相手のようだ。
「あのキララ参謀長が儂の元へ来た時、この戦争が始まってしまったのだ……」
魔王が、慚愧に堪えない顔をする。
だが嫌いな相手とは言え、メスガキ呼ばわりしないところが紳士であった。
そして魔王が静かに、この戦争が始まるきっかけを話し始めた。
奴隷制アンチの魔王です。
あんま魔王向きじゃない人です。




