第7話 玄武岩
「本物の怪盗イシュカだったら、華麗に鮮やかに盗みだすんだろうけど」
金銀輝き、宝石踊る魔王城の宝物庫。
そこでプルムが、右手でスマホを持ちながら呟いた。
冒険者であれば、人生をかけて追い求め、またその後の人生が丸ごと買えるほどの価値がある秘宝が、溢れんばかりに並んでいる。
まばゆい金銀宝石は彩りにすぎない。
朔月の夜より暗き海に潜む深淵龍の鱗で作った龍鱗甲の鎧。
雷霆の魔術師ホーザック・カテス・ラーの魔導書「冥界直流概論」の原本。
異世界の邪神像とされているアメコミヴィランのガレージキット。
淡海に沈む古代都市の浮上装置たるティアマトの角笛。
なんと浮世絵まであった。
明治の浮世絵師、月岡芳年の「平 維茂 戸隠山 鬼女退治之図」である。
だがスマホの灯りに照らされたあらゆる金銀財宝には目もくれず、プルムは最奥の壁に仰々しくかけられた『あるもの』を見つめていた。
聖剣────その昔、この地を治めていた王の剣だ。
「あいにく、私は偽物の怪盗だけど、お姫様としては本物だからね。お姫様らしく華麗に、そしてド派手に壁をぶち抜かせてもらうわ」
プルムが黒く硬い玄武岩の壁に、そっと左手を添える。
そして、とても有名な呪文を唱えた。
「افتح يا سمسم」
イフタフ ヤー シムシム
──────アラビア語で「開けゴマ」という意味の言葉だ。
すると硬い玄武岩の壁が、ずずずっと沈み込んで、消えていく。
壁のサイズに比較して、小さな音と振動である。まるで、壁の真下に底なし沼が出来て、そこにゆっくりと沈み込んでいくようであった。
先ほどまで壁があった場所が、大きく刳り抜かれる。
6メートル四方の穴が、ぽっかりと口を開けていた。
この場にあった物質は、こことは別の異世界へ「落ちて」消えたのだ。
「おー、単なる玄武岩を積み上げた壁じゃなくて、あんこたっぷりのたい焼きみたいに、尻尾の奥まで玄武岩が詰まってるのねぇ」
プルムが予想外の光景に、興味深そうな声を出す。
玄武岩の一枚岩の壁を「落とした」先には、土が見えると思っていた。宝物庫の丈夫な壁とはいえ、せいぜい1メートルかそこらの厚さだろうと。
だが実際には、6メートル抉った先の一番奥も、その左右も上下も、全て玄武岩で出来ている。
もし、道具を用いて掘り進めなければならないなら、ドワーフの坑夫でも絶望する光景だろう。純鉄よりも硬い玄武岩の岩盤が、延々と続くのだ。
だが、プルムは興味とは違う嬉しそうな顔をする。
「崩落の危険が減って助かるわ。土だったら、崩れやすいしね」
強固な玄武岩の穴の先に悠々とプルムが進み、最奥の壁に再び手を触れた。
「افتح يا سمسم」
再びプルムが、唱える必要のない呪文を唱える。
同じように、その先に玄武岩が6メートル四方沈んで消えていった。
そしてまたプルムが奥に進み、玄武岩を刳り抜いていく。
その作業を十回ほど繰り返すと、外の光が飛び込んできた。
もう日没近く、しかも山を背にした北側なので明るさは弱々しいが、それでもプルムのスマホのライトしか光源がない宝物庫よりは、明るかった。
眼下に広がる途切れ途切れの針葉低木の森。その先には平原が続く。
天気が良く空気が澄んでいるからか、地図上は50キロ先の海とその水平線がかろうじて確認出来る。
景色からみるに魔王城は、山の山頂部にあったようだ。
山頂付近ゆえ厚みはそれほどないとはいえ、プルムは山の南側にあった魔王城から、北側まで山を丸々貫いて道を作ったことになる。
「この山自体が、玄武岩で出来ていたのね。洪水玄武岩ってやつかしら?」
爽やかな外気を浴びて、プルムが振り返る。
最後の数メートルの土をのぞいて、坑道は全て玄武岩で出来ていた。
洪水玄武岩────洪水とつくが、水は関係ない。文字通り、マグマが洪水のように地表にあふれ出し、それが冷却固化して玄武岩になったものである。
大量のマグマによって、山どころか広大な台地が作られることもあった。インドのデカン高原には、50万平方キロメートルに及ぶ玄武岩の台地が存在する。
日本の国土面積の、37万平方キロメートルを超える広さである。
「これが、元々この地を支配してた聖剣王の岩屋の正体かぁ。そりゃ頑強で丈夫な城なわけだわ。結局、初代魔王に負けて、聖剣も岩屋も奪われちゃったけど」
歴史書で読んだ時は、岩屋という名の原始的な穴倉暮らしだと思ってたわ。
そうプルムが思う。
でも、この宝物庫がその岩屋の一部だとするなら、かなり荘厳で広大な山城だったようね。鉄よりもモース硬度の高い玄武岩の山そのものが、城になってた。
のちにこの岩屋を奪った初代魔王は、白い大理石で覆い、増築することで魔王城を作ったみたい。まぁ、山城なんて今じゃイシュメイルでも時代遅れだけど……
どうやって、この硬い玄武岩の山を掘り進めたのかな?って思ったけど、それこそ聖剣があるじゃない。聖剣王だからこそ、こんなものを築城出来たわけね。
逆に当時の魔王側には玄武岩の大規模な掘削や加工が困難だったから、柔らかい大理石でしか増築出来なかったってことかしら?
「おっと、こんなことしてる場合じゃないわね」
元来の知的好奇心で、この城の由来や標高やら、様々なことについて思いを巡らせていたプルムが、やるべきことを思い出した。
「とりあえず外まで穴作っておいたし、密室トリックじゃなくなったわねぇ。密室のままにしてたら、私のスキルがバレちゃうかも知れなかったし」
プルムはスキルをカモフラージュするためだけに、玄武岩の山を貫通させた。
本来であれば、恐ろしいほどの費用の労力と、そして時間がかかるだろう。だがプルムにとっては、数分でいとも容易く出来る行為でしかない。
『伝説の聖剣 確かに頂戴した 超絶天才美少女怪盗イシュカちゃん様』
プルムがそう書かれたメッセージカードを、そっと置く。
壁に大穴をあけたせいで風が吹き込み、カードが飛びそうになったので、金貨を文鎮替わりにしておいた。
プルムが、うーんと不思議そうな顔をする。
「そういえば、本物の怪盗イシュカって何者かしら? 今回は名前を勝手に使って美少女って設定にしたけど、実は筋骨隆々のおっさんだったりしてね」
怪盗イシュカの名を騙った、偽物であるプルムが考える。
だとしたら、怪盗イシュカにとってちょっとした尊厳破壊ね。別に泥棒の尊厳なんて、破壊してもいいけど。罪を押し付けたことだけは、申し訳ないかしら。
ああ、もしかして、うちの国の『測量局』あたりが、魔王軍の兵站破壊のために雇った冒険者がイシュカなのかな? なら味方だし、悪いことしたわね。
出来れば、クールで紳士なイケメン怪盗だといいなぁ。
やっぱタキシードとモノクルは必須よね。
プルムにとっても謎の怪盗イシュカに身勝手な想いを巡らせながら、空間の裂け目を作って日本へ移動した。
〇
「標高ある分、日本の方が寒いわね……」
長野県、戸隠連峰────標高1300メートル付近。
鬼女紅葉伝説で有名な鬼無里の地に、プルムが空間の裂け目から降り立った。
紅葉とは、平安時代に京からこの地に流れ着き、鬼と成り果てて人々を襲った女の名である。能楽では顰の面の、燃えるような赤い髪の鬼女として登場する。
実際に紅葉が住処にしてたと言われる岩屋も残っており、プルムが降り立ったのはそこから徒歩で2時間弱の山中だ。
「まったく、不便ねぇ。魔王城作るなら、もっと日本の都市部に近い場所に作っておいてよ。出来れば駅チカで。いや、あの座標に岩屋作ったのは聖剣王だから、そっちに文句言うべきかしら?」
山ガール姿のプルムが、ぶつぶつ言いながら考えた。
でも、鬼女紅葉の岩屋のすぐ近くに魔王の岩屋があるって、出来すぎた話ね。
何か関係があるのかしら? いや、流石に陰謀脳入ってるかな?
ふふ、でもさっきタクシーで駐車場まで送ってもらった時に見た紅葉の岩屋、なかなか凄かったわ。あれが聖剣や私と同じスキルで出来たものだとしたら、ちょっとロマンあるわよね。
プルムが右頬に沈みかけた夕陽を浴びながら、南に歩を進める。
その左側には、いくつもの巨大な玄武岩のブロックがあった。
プルムのスキルにより異世界イシュメイルから、日本のこの場所に『落ちて』きた魔王城の一部であり、聖剣王の岩屋を構成していた玄武岩の山の一部だ。
6メートル四方で、都市部のちょっとした建売の狭小住宅よりも大きい。
体積は一般的な小学校の25メートルプールの半分に等しかった。
質量は、およそ650トン。高層ビル建設に使われる巨大なクレーンで、ギリギリ吊り上げられる重さだ。そんな巨大な玄武岩のブロックが、南北約50メートルにわたって、十個近くも戸隠の山中に連なっている。
プルムが最南端のブロック、つまり一番最初にこの世界に転移させたブロックの元まで来た。その一面、先ほどまで魔王城の宝物庫の壁だった部分を見る。
「それじゃあ、聖剣を頂くとするわね……って、おっとっと」
ブロック化した壁にかかっている聖剣を手に取ったが、かなり重い。
山中で足場が悪いこともあり、プルムが尻もちをついた。
「いてて、これ持って山道戻んなきゃいけないの? だるぅ……ん?」
落ち葉を踏む音に、プルムが何者かの気配を感じる。
玄武岩のブロックの影から、何者かがこちらの様子を伺っていた。
「…………」
無言でプルムを見つめている。
誰そ彼時の夕陽が作る影に溶け込む、玄武岩より真黒き者であった。




