第53話 アマリンの槍
「さぁ、お立合い。『魔法使い』の、消失マジックの始まり始まり」
やけに明るいおどけた声で、魔法使いがそう言った。
「あっとビックリ! 人間を跡も形もなく、この世から消滅させよう」
魔法使いが、怪我をしたカーバンクルを左手で抱きながら、右手の人差し指と中指を槍に見立てて、不逞の冒険者たちに向ける。
相変わらず、芝居が懸かった動きと声であった。
「それが嫌ならば即刻立ち去り給え。貴人の瞳に、死の穢れを映すのは不調法だからね。まぁ、血の一滴も流さずに消してあげるけど」
その言葉に槍衾の冒険者たちが、背筋にぞくぞくとしたものを感じる。
と、同時にハッタリだとも思った。
魔法使いとの距離が、あまりに近すぎるからだ。
この距離だと、この人数をまとめて葬れるほどの魔力を溜める時間がない。
赤魔導士の釘玉は、一瞬の魔力チャージで使えるが、あれは釘玉という武器を使ってこそ、あの殺傷力なのだ。釘玉の中に入れる炸裂魔法は、それ単体ならば殺傷範囲50センチほどでしかない。
シャツ姿の魔法使いは、釘玉を持っているように見えなかった。
ならば、この槍衾という剣の達人ですら対処不可能な槍の突撃を、押しとどめる術など────ない!
冒険者たちは槍の初心であったが、連携は取れていた。
綺麗に槍の穂先を揃えながら、一気に魔法使いに突っ込んでくる。
「バカだねぇ……」
はぁ、と魔法使いが呆れたような声を出す。
そして、虫を払うかのように右手を振った。
「なっ……!?」
思わず冒険者たちが、声を上げて足を止める。
目の前に突然、炎の壁が出現したからだ。
魔力を溜めた気配などない。
本当に突然、視界が血のような赤い炎で覆われた。
「くっ……どこだ!?」
炎が燃えたあとの邪魔な煙をかき消そうと、男たちがぶんぶん槍を振る。
その時、ちょうどタイミングよく風が吹いた。
「……え?」
真ん中にいた男が、奇妙なものに気付く。
自分の胸元に、緑色の点があるのだ。
他の男たちも、その『緑の光』に気付いた。
薄まった煙と霧で、光の軌道が空気中に線になっている。
そして、その光源に魔法使いがいた。
レーザーポインターを持っている。
その緑色のレーザーを、真ん中の男に当てているのだ。
「あ……あ……あ……」
男たちが、カチカチと歯を鳴らして声を漏らした。
初めてお目にかかる緑色のレーザーにではない。少なくともそれを当てられている仲間は、どうということも起こってはいなかった。少なくとも今のところは。
男たちが恐れたのは、魔法使い自身である。
炎の壁に足止めされた僅かな時間で、恐ろしいほど魔力を溜めていた。
「死ね」
シンプルな言葉。
真っすぐな殺意。
今まではあれほど芝居じみた長台詞を吐いていたのに、殺せる準備が完了したら魔法使いには迷いも遊びもない。
敵を殺せる時は、即殺す。それが身体に、沁みついているようだった。
「殺してはダメッ!」
「……ッ!」
プルムの声に、魔法使いがとっさにレーザーポインターを上に傾ける。
次の瞬間、眩いばかりに輝く、巨大な緑の柱が出現した。
極太のレーザーだ。
霧を蒸発させ、木々の上部を一瞬で焼き消し、雲に大穴を開けた。
雲の水滴が、水蒸気爆発のようなものを起こしたのであろうか。
魔法使いがレーザーで貫いた穴から、雲が一気に文字通り霧散して晴れ間が広がった。
〇
「…………」
その輝く美しい死の光を、冒険者たちはあんぐりと口を開けて見ていた。
先ほど魔法使いが言った通り、食らえば自分らは『消滅』する威力であることを確信していたからだ。
チャージした魔力を消費したが、誰も魔法使いに近付こうとはしなかった。
そもそも一瞬で炎の壁を作り出せる相手に、どう近づけと言うのだ。
逃げることも不可能だ。
光速で貫いてくるあの緑閃の『槍』から、どう逃げろと言うのだ。
道に沿って全力で走っても無駄。
森に飛び込んでも、遮蔽物の木々ごとぶち抜いてくるだろう。
「アマリンの槍」
そう魔法使いが呟いた。どうやら今のレーザーのことらしい。
(さすがは、勇者パーティーの魔法使い。火力だけなら勇者ちゃんより上ね)
そうプルムが、評価する。
魔法使いの放った破滅の光、アマリンの槍にプルムは美しさと恐怖を覚えた。
(軍の書類上は、1個砲兵中隊扱いされるわけだわ……)
そう勇者パーティーの火力支援担当の魔法使いを見て、プルムが思った。
〇
4名で構成される勇者パーティー。
その正式名称は、舌を噛みそうな長ったらしいものであった。
『近衛独立特務軽歩兵第103増強大隊』
もっとも書類上の文字としてのみ存在し、口頭で呼ばれることはないが。
増強──他兵科の砲兵や騎兵を加え
独立──支援なく一定の期間、独自に戦闘可能
以上の要素がある、軽歩兵を中核とする特殊任務の大隊というわけだ。
他の同規模とされる独立軽歩兵増強大隊の編成は──
前衛の猟兵1個中隊
主力の歩兵2個中隊
支援火力の砲兵1個中隊
騎兵1個中隊と、なっている。
指揮官の勇者は、この中の主力たる『歩兵2個中隊』に相当した。
そして魔法使いは、『砲兵1個中隊』部分に相当する戦力であり、火力だ。
ゆえに、戦時中は中隊長ということで、魔法使いは『大尉』の階級にあった。
戦後、2階級特進して現在は中佐というわけだ(同じように戦時中は少佐であった勇者は、現在では大佐となっている)。
なお軍人としての俸給に関しては、勇者は少佐、魔法使いは大尉として、他の者と変わらぬ基本給と共に、『特殊戦技手当』がプラスされていた。
当時のリード王国軍の、給与規程(規定)によれば────
『指揮相当部隊の兵科を歩兵と仮定し、その平均人員数の正の平方根より1を減算したのち、給与等級に乗算した額を俸給に加算する』とされている。
なんだかややこしいが、100人の部隊に匹敵するような特殊な軍人は、100の√……つまりは10人分のお給料支払いますよってことだ。
なお「√100なら±10ですぅ~」と思った子は、義務教育からやり直すように(√の定義は「正の平方根」だが、稀に勘違いする人がいる)。
実際は4人だが、名目上は増強独立大隊800名相当指揮官の勇者のお給料は、一般的な少佐の28倍以上である。√800は、およそ28だからだ。
日本で言えば、年収2億円ほど。
これを高いと考えるか、勇者なのに日本の人気プロ野球選手くらいか、と考えるかは人によるだろう。ただし税金を引かれた手取りで、この額だ。羨ましい。
ただまぁ、同規模の軍隊を動かすよりは、遥かに安く済むことは間違いない。
2億円程度では、実際の増強独立大隊は1週間も稼働させられないからだ。
結局のところ勇者と言っても軍人であり、軍人である以上は勇者は『公務員』なので、こういうところはちゃんとしている。
『闇』ヒーラーなのも、公務員ゆえ副業が禁止されてるからだ。
少し話は逸れたが、この魔法使いは砲兵中隊相当──リード王国における編成では、160名の砲兵と8門の魔導砲に匹敵する。
いや、純粋な火力だけならばそれ以上であった。
ちなみに魔法使いのお給料は、日本の物価換算で年収8500万円ほどだった。
ただし、今は勇者も魔法使いも、予備役に編入されている。
なので、戦時中ほどの高給取りではない。
また『猟兵』と『騎兵』、各中隊に相当する残り2名は、退役している。
〇
「見事です、中佐」
馬車から降りながら、プルムが魔法使いを称賛する。
その声、姿に冒険者たちが目を見開いた。
そして、今まで恐怖で固まっていたのに、訓練された機械的な動きで背筋を糺して、薪に振り下ろす斧のごとく勢いよく、深く頭を下げる。
王族に対する最敬礼だ。
「ご無礼を働き、誠に申し訳ございません。マリ……」
「今はお忍び中なので、みなまで言わなくて良いですよ」
丁寧だが、突き刺すような声でプルムが冒険者たちを制する。
「はっ!」
引きつった悲鳴のような声で、冒険者がプルムに答えた。
魔法使いのアマリンの槍以上の、恐怖を感じているようである。
王族とは本来、これほど畏れ多いものであった。
お忍び用の無紋の馬車ゆえ、冒険者たちは強盗しようとしていた相手が、プルムことマリーナ姫だとは思っていなかったらしい。
正直なところ、かなり「やらかした」と後悔していた。
いや、元々貴族の多い夏都と王都を繋ぐ馬車を襲うということは、王族でなくとも貴族を襲うリスクが高い。しかし、それでも冒険者たちは、やらなければなかった。自分たちを止めることが、出来なかった。
冒険者たちが、灼熱の砂漠にいるかのごとく大量の汗をかき、極寒の極地にいるがごとくガタガタと震え続けている。
プルムはそれを、自分に対する畏れだけではないことを察していた。
「コールドターキー……」
男たちの肌を見て、プルムがそう呟く。
コールドターキー、日本語で『冷たい七面鳥』という意味だ。
ジョン・レノンの曲名にもなっている言葉で、薬物中毒──特にヘロインの禁断症状を表すスラングである。言葉どおり、男たちの肌は羽を毟られた七面鳥のような青白い鳥肌が立ち、体毛が直立している。よく見れば、注射痕も腕にあった。
ヘロインの禁断症状、コールドターキーはあらゆる薬物の中でも、もっとも苦しいと言われている。
灼熱地獄のような暑さと、氷結地獄のような寒さを交互に繰り返し、全身の骨がバラバラに吹っ飛んだかと錯覚する激痛が全身を襲う。まさに生き地獄だ。
この苦痛から逃れたくても、新たなヘロイン──この世界ではガニュメデスと呼ばれる薬物を買う金がない。だから、金持ちが多く通るこの場所で、冒険者たちは山賊の真似事をしていたのだ。
「名乗れませんが、わたくしはお忍び中なので、大事にはしたくありません」
そうプルムが、人ならざる存在の天啓がごとく伝えた。
ガチのお姫様モードだ。
「ははっ」
名前を言ってはいけないあの人状態のプルムに、冒険者たちが祈るかのように頭を深く下げたまま答えた。直視してはいけないとすら、思っているようだ。
「大事にしたくないなら、『消しちゃう』かい?」
そう魔法使いが、小声でプルムに囁いた。
冒険者とは正反対に、魔法使いは王族相手でも馴れ馴れしい。
消す、とは無論眼前の冒険者たちのことだ。
魔法使いが再び、レーザーポインターを冒険者たちに向ける。
アマリンの槍ならば、死体どころか血の跡すら残らないだろう。
「……」
「おっと失礼。差し出がましかったかな」
プルムの不快感を敏感に感じ取り、今回は魔法使いがあっさり引く。
「……すみません」
プルムが魔法使いに、小さく謝罪した。
不快感を示したことに、プルムが罪悪感を覚えていたからだ。
「ああ、いいよ。ボクがおかしかった。人の命を軽く扱いすぎた」
魔法使いが自虐的に、少し弱々しく笑う。
許してもらえたが、プルムの中の魔法使いに対する負い目はむしろ強まった。
〇
たぶん、魔法使いは元々は『こういう人間』ではない。
そうプルムが思った。
軽薄な女好きの髪フェチではあるが、決して悪い人間ではない。
先ほどのライオ少年とのやり取りや、カーバンクルを助けようとしたこと、そしてその際に自らの服が血で汚れるのも厭わなかったこと。
本来は、優しい人間なのだろう。
しかし、戦争経験が彼女のどこかを壊した。
ライオ少年ほどではないが、やはりどこか壊れている。
同じ戦争経験者の勇者やプルムの兄ルアムもそうであるが、『殺人』に対して何の躊躇もない。特に敵対者に対しては、その傾向が著しい。
常に選択肢の1つとして、『殺す』という文字が浮かんでいるようだ。
優しい笑顔から、シームレスに殺人者になれる。
兄はさておき、勇者や魔法使いがこうなったのは、戦争が起こる原因になった自分ら王族にも、幾分か責任があると思ったのだ。
そんな彼女らの殺意に対して、戦時中は安全な場所で過ごしていた自分が「人殺しを躊躇わないなんて、ひどいよ!」と嫌悪感を示すなど、偽善そのものに感じたからだ。それも、やらない方が良いタイプとして分別ごみに出される偽善だ。
同じく、今回自分らを襲った軍隊経験のある冒険者たちにも負い目があった。
彼らがヘロイン──ガニュメデス中毒になったのは、自分が責任の一端を負うべき戦争による要因があったのでは? そう考えてしまう。
〇
「キュウ……」
魔法使いの手の中のカーバンクルが、力なく鳴いた。
それを見て、プルムの瞳に微かに怒りの炎が灯る。
不快を隠さぬ顔で、プルムが考えた。
まぁ、それはそれとして、カーバンクルを馬車に投げ込んだことは、許せないけどね。この子は何も悪くないし、普通にムカついている。
前脚折れちゃって、可哀想に……
かと言って「お前も同じ目に遭わせてやるー」って、安易に冒険者たちの手足を折ってやるのもなんか違うのよねぇ。そういう下品な暴力、嫌いだし。
ってか、自分が痛いの嫌すぎて、人に痛み与えるのも嫌いなんよね私。
そもそも個人としてどんなにムカついても、この国の公人として人間より動物を重んじるわけにはいけないしねぇ。動物愛護法もないし、わたしん国。
いや、個人的にはこいつらより、怪我したカーバンクルの方が大切だけどね。
「あなた方の罪を不問にする代わりに、ある実験に付き合ってもらいます」
様々な思考、感情が混濁した末に、プルムがそう告げた。
「あなた方のその症状、それをいかに治療するか、その実験検証です」
プルムのその言葉に、冒険者たちがざわついた。
しかし、少なくとも不安よりも安堵が伝わってくる。
どんな非人道的な人体実験の材料にされるかと思ったら、拍子抜けだった。
なんなら、治療さえしてもらえてありがたいと感じる。
(おめでたいわねぇ)
そうプルムが、呑気な冒険者を見て考える。
少なくとも、有意義な治療法が見つかるまでは、何度もその地獄のコールドターキーを繰り返し経験させられるのよ。ある意味、死んだ方がマシレベルの拷問。
ちょっと可哀想だけど、これで罪を免除してもらえるのなら、安いもんよね。
最終的には、麻薬抜けて治るんだし。
なんか『結果的に相手のためになる痛み』って、あんま罪悪感なく与えられるわね。幼児にただ激痛を与えるのはお金もらっても無理だけど、転んで出来た擦り傷を綺麗にするために水洗いするのは、わりと誰でもイケるようなもんかしら。
幼児が傷口を洗われる痛みに、怪獣みたいな声で泣き叫んでも
「ごめんね、痛いよねー。でも我慢してねー」って感じで出来るようなもんね。
おかげで私も、まったく辛くないわ。
「しかし、どうやって連行しましょうか……」
プルムがうーん、と悩む。
早めにハニールー商会に金を納めたいのに、冒険者たちを縛り上げて徒歩で王都までのんびり行くわけにもいかない。
かと言って、二頭立て馬車にこいつら全員収容出来るわけがない。
「ああ、そうだお姫様」
急に魔法使いが、手をぽんと叩きながら話しかけてきた。
「さっきの件だけど、悪いと思っているなら髪の毛数本もらっていいかい?」
「えっ?」
何で急にここで髪フェチモードに?
そうプルムが思ったが、負い目もあり断るほどでもないと思った。
「ええ、いいですけど…………んぎゃーっ!!」
プルムが思わず、怪獣みたいな泣き声を出す。
魔法使いがプルムの髪を5、6本つまんで、一気に引き抜いたからだ。
「ふっ」
と魔法使いが、銀色の髪に息を吹きかけて飛ばした。
すると、まるで『西遊記』の孫悟空か髪の毛から分身を生み出すがごとく、髪の毛が魔法使いの姿に変化していく。
その光景を、冒険者たちも涙目のプルムもあんぐりと見ていた。
髪の毛から生み出された魔法使いの分身は、冒険者と同数。そして大量生産された魔法使いたちが、冒険者たちを後ろからしっかり拘束した。
「ボクの分身にこいつらを連行させよう。お姫様はお忙しいようだしね」
「ちゅ、中佐あなたねぇ……」
痛みに弱いプルムが、涙目で魔法使いを睨んだ。
くっ、かわいくない声が出ちゃったじゃない!
は、はずかしい……
そうプルムが、顔を真っ赤にしながら思った。
一気に数本の髪を抜かれた部分が、まだじんじん痛む。
だが、髪をあげるのを許可した以上、睨む以上のことは出来なかった。
「おっと、レディを泣かせてしまうとは、ボクはなんて罪深いんだろう」
ふふっ、と相変わらず芝居がかかった声を出し、大仰な動作をする。
そして右手に持ったハンカチで、プルムの涙を拭いながら笑顔を見せた。
「うん、影の無い綺麗な瞳だ。女の子は、こうじゃあなくっちゃ」
「あ……」
魔法使いの言葉に、プルムが自分の中の変化に遅ればせながら気付いた。
先ほど魔法使いに抱いていた後ろめたさ、負い目。
それらが、雲散霧消しているのだ。
「可愛い女の子の負い目につけ込むのは、趣味じゃあないんでね、お姫様」
相変わらず王族に対して無礼な馴れ馴れしさで、魔法使いが諧謔的に言った。
だが、プルムにはその『無礼』が、どんなもてなしや礼よりも、心地いい。
人の負い目を利用して当たり前の政界に生きてきたプルムに、負い目を感じさせなくする魔法使いの無礼と馴れ馴れしさは、真摯にすら思えたからだ。
「ボクは、純粋に女の子に愛してもらいたいのさ!」
「私には、もう心に決めた人がいますよ」
魔法使いを一刀両断するような言葉を、プルムが真顔で伝える。
「残念でしたね、魔法使いさん」
そう言ってプルムも、諧謔的な笑顔を浮かべた。
その言葉に「おっとそれくらいじゃあボクは諦めないよ」と、魔法使いがプルムの髪を撫でながら答える。そんな魔法使いの手の甲を、プルムがつねった。
「…………」
そんな百合百合した光景を、拘束されてる冒険者たちが「俺たちは何を見せられているんだろう」と言った顔で、口を半開きにして見ていた。
が、「女同士も悪くない」「いい……」と呟き始める。
そのうち1名が「間に挟まりてぇ」と口走ったので、腕を拘束されてる他の仲間が礼儀正しく集団で蹴りをお見舞いした。
「ああ、そうだ。さっきのアマリンの槍なんですが」
プルムが、少し気になっていたことを尋ねた。
「その時使った不思議なもの……聖剣のような特殊な魔道具なのかしら? どこで手に入れたんです?」
レーザーポインターと知っているのに、プルムがすっとぼけながら言った。
「ああ、これかい?」
魔法使いが、緑の光が出るレーザーポインターを取り出す。
「お姫様の前で不法行為を言うのは憚られるけど、昔ハニールーって闇ギルドで手に入れてね。ボクの魔力との相性良くて、使っているんだ。おっと国の英雄のボクが闇ギルドに関わっていたなんて、風体が悪いからね。秘密にしてくれよ」
「なるほど、そうでしたか」
納得したように、プルムが頷く。
じっとレーザーポインターを見つめるが、特にこれが麻薬密輸組織と関りがある品には見えなかった。
この世界の魔法は、0から1を生み出すのは苦手だ。だが、1のものを10にしたり、100や1000に『強化』するのは容易だった。
魔法使いは、その膨大な魔力でレーザーポインターの光を、人間が消し飛ぶほどに強化した。それを『アマリンの槍』と名付けたらしい。
(だったら、私の髪の毛の何を強化して分身を作ったのかしら?)
そうプルムが、少し疑問に思った。
その視線の先には、本体の魔法使いと顔だけなら見分けがつかぬが、髪型は丁寧に全員変えてある分身が並んでいる。
右から2番目の、内ハネのセミロングになってる子がタイプだった。
(まぁ、いいわ……)
そうプルムが微笑み、今回は理屈を投げ捨てる。
魔法使いの『魔法』なんだもん。
タネを考えるのも、野暮ってもんね。
〇
「……かわいい」
太郎が、そう呟いた。
場所はハニールーから与えられた、集合住宅の一室である。
4LDKはあり、プルムが通学用に買った日本のマンションより広い。
太郎の視線の先には、ペット用のベッドで寝ているカーバンクルの姿がある。
右前脚が折れたので添え木をしてあり、怪我した部分を舐めたり、添え木を噛んでズらさないようエリザベスカラーを巻かれていた。
「名前つけちゃダメよ、太郎」
近くの椅子に座っていたプルムが、そう言った。
「怪我治ったら、その子は自然に返すからね。名前つけちゃったら、情が移って別れが辛くなるから」
「うん……」
プルムの言葉に太郎が素直に頷き、テーブルまで歩みを寄せる。
そして、机の上に無造作に置かれた大量の金貨を見た。
日本円にして、5億円ほどの大金だ。
「勇者パーティー丸ごと、1年雇えるお金ね」
人工ルビーの売り上げ、その半分を見てプルムが微笑んだ。
そして、懐中時計を取り出して時刻を見た。
お昼を少し過ぎた時間だ。
「王都に出て、今がちょうど24時間」
懐中時計を仕舞い、プルムが金貨を掴み上げては、ジャラジャラと落とした。
「調査資金5億円と、闇ギルド『ハニールー商会』の幹部の地位。そして活動拠点になる部屋。ま、調査1日目の成果としては悪くないわね……あら?」
太郎に言ったつもりだったが、太郎はお金にあまり興味がないのか、再びカーバンクルを見に行ってしまっていた。
プルムがそんな太郎の後ろ姿を、微笑ましく見守ったあと、真逆の負の感情溢れた目であるものを睨む。
マロン夫人から回収した、ガニュメデス──ヘロインだ。
「それじゃあ今から、麻薬密輸犯の調査を本格的に始めるわよ」
笑顔を作り直し、プルムが決意も新たに宣言する。
「絶対に、犯人見つけてやるんだから!」
面白かったらモチベと励みになりますので
ブクマや★評価してくださるとうれしいです。




