第52話 カーバンクル
(豆10粒分の宝石が、人間1人分の金に変わるなんてね)
馬車に詰め込まれる麻袋に入った金貨を見ながら、プルムがそう思った。
王族がお忍びで来訪したことを隠すため、装飾のない無紋の馬車だ。
湖畔にあるラトヴィシュ伯爵の、下屋敷の敷地内に停めてある。
(まっ、即日現金払いなのはありがたいわ)
あとは、これを無事にハニールー商会まで持ち帰るだけだ。
そうプルムが「金貨って意外と嵩張るなぁ」と思いつつ考える。
この日本円にしておよそ10億円分の金貨を、持ち帰るだけ。
それで、ミッションコンプリートだ。
人質の太郎を解放し、闇ギルドのハニールーに鑑定士として入団出来る。
そういえば、私は何も言ってないのにマロン夫人は即金で払った。
気が利くわね。
まぁ、サロンを渡り歩いた夫人なら、この程度の気遣い余裕か。
お姫様がわざわざお忍びで、宝石を売りに来たんだ。
後ろめたい部分や緊急性があっても、おかしくないと思う。
証拠になるし、関わる人間が増える小切手とかにはしないわよね。
ああ、そうか。
だからこそ、私の要求額以上の金を渡してきたんだ。
恩を売るチャンスってことでね。
藤海からのまた聞きだから、本当か知らないけど──
昭和の辣腕政治家が語った、裏金の渡し方ってのがあったわね。
『頭を下げてでも、金を受け取ってもらう』
『相手に金を受け取らせたら勝ち』
『少しでも「くれてやる」という上から目線を出したら、全てが台無し』
ってやつね。
ふふ、日本の漫画やアニメの悪役は、この昭和の大物から学ぶべきね。
あいつら上から目線で金を主人公に押し付けて、味方に引き込もうとして、毎回失敗してるんだもん。ああ、藤海が「小説でそんな悪役出そうとしたら、主人公側がどうしようもなくなった」って言ってたか。悪党は交渉下手じゃなくちゃね。
それほど、金を受け取ったという負い目は大きい。
そこらの連中は知らんけど、上に立つ人間ほどそうだ。
善意の欠片なんてないサイコ野郎でも、賢ければこれは無視できない。
無視すれば、投資された金を持ち逃げするに等しい行為だからだ。
大金を投じてくれた相手の意向を無視したり、恩を仇で返すことがあれば、今後誰がそいつに協力したり金を出してくれるだろうか。政治の世界では致命的。
人から受け取るだけのテイカーが、出世出来ない理由ね。
そういうサイコの利己的な考えじゃなくても、普通は強い負い目を感じる。
ああ、これも一種のポトラッチか……受け取りっぱなしでは立場が弱くなる。
私も普段は不用意に金を受け取らないけど、今回は闇ギルドに潜り込むために珍しくお金が必要だった。とにかく1円でも多く大金が欲しい。
ただ普通の取引なら、別に何億円もらっても負い目は感じなかったろう。
対等だからだ。コンビニでコーヒー買うのと何も変わらない。
だけど、今回マロン夫人は明らかにこちらの要求額以上の金額を、被せて差し出してきた。普段なら断って適正価格で取引する私も、今回は断れない。
とにかく闇ギルド『ハニールー商会』に、出来るだけ多くの金を収めたいから。
今の私はリード王国第三王女マリーナ・リードじゃあない。
少しでもお金を集めたい、一文無しのプルム・アンシャールちゃんだし。
そういう意味では、マロン夫人にはこちらに負い目が出来るほど金を押し付けられるボーナスタイムだったってことね。そして、ちゃんとそれを見抜いてた。
負い目という負債があるなら、私はマロン夫人に強く言えない。
ほんの少し、ほんのちょっとだけ、今後の交渉でマロン夫人が有利になる。
無茶な要求はしない。それは負い目という『元金』を返済させちゃうから。
だからちょっと。ほんのちょっとだけ、有利に傾かせるだけ。
それで長い時間をかけて、元金以上に利子をたっぷりと取るだろう。
あっぶね、こりゃ藤海の言う通りどうしようもないわ。
外務大臣のポストを与えたのは、やりすぎかと思ったけどナイスだった。
あれで私は負い目という負債を、一括返還出来たんだから。
ふぅ、無意識だったけどこの前魔王城でポトラッチの話していたおかげか、反射的に最適解やれてたわ。甘い話には気を付けないとね。
「マリーナ姫様」
プルムが思いを巡らせた人物本人、マロン夫人が声をかけてきた。
手に何か包みを持っている。
そして、夫人がさらに『甘い話』を持ち掛けてきた。
「お荷物になりますが、どうぞ」
それは先ほどプルムが湖上コテージで食べた、夫人お手製のお菓子だ。
「ありがとうございます」
演技ではな純粋な感謝の言葉を、プルムが述べた。
本当に美味しかったし、太郎やビネに良い土産になると思ったからだ。
正直言って、他の様々な心遣いよりも嬉しい。
「魔法使い様も、また遊びに来てくださいね」
マロン夫人が、にっこり微笑んで魔法使いの手を取った。
普通の男であれば、その笑顔と手の感触にやられてしまうだろう。
「夫があれほど楽しそうだったのは、本当久しぶり。また勇者パーティーの冒険譚をお聞かせください」
「おっと、しかしこんな格好とは言えボクも女。妻のいる男と二人っきりで……というのは、よろしくありませんね。美しい貴女に、不安の影は落としたくない」
相変わらず魔法使いが、芝居が懸かった大仰な動きとセリフを述べる。
「ですので、ボクは貴女と大佐殿二人の吟遊詩人になりますよ。大佐殿が眠りにつくまで、勇者パーティーの寝物語をこの喉が裂けるまで語りましょう」
(おいおいおい、人妻ナンパするなよ……)
プルムがそう思った。
ライオ伯爵とマロン夫人の二人に語る……と言っておいて、寝物語の際に眠りにつくのはライオ伯爵のみに限定して言っていた。
つまりは、伯爵が眠りについたそのあとは、自分と……とも受け取れる言い方。
夫が寝てる横で、奥さん寝取るタイプのシチュエーションかよ。
「まぁ、それは楽しみですね」
プルムが魔法使いを止めようとする前に、マロン夫人がそう言った。
そして、自分の美しい黒髪を一房つまむ。
「その時は、わたくしの髪を梳ってくださいね」
「ふぁっ!?」
マロン夫人が、その黒髪で魔法使いの鼻をふわりと撫でた。
「え、えっと……あう……」
女たらし気取っていた魔法使いは突然の性癖ド真ん中な出来事に、急なエロに遭遇した童貞のごとく、びくりと固まってしまう。
(こりゃあ夫人の方が一枚上手ねぇ……)
呆れたような関心したような気持ちのまま、プルムが魔法使いを馬車まで引っ張る。そして、御者台に押し込み、曇りつつある『夏都』から出発させた。
〇
「中佐、あなたもマロン夫人のお菓子食べますか?」
プルムが相変わらず魔法使いを中佐と呼びながら尋ねた。
馬車が走る山道は、行きと違って霧が立ち込め始めている。
「嬉しい提案だが、今はお断りするよ」
そう魔法使いが言った。
「天気も悪くなってきたし早く抜けたい。……山道は怖いからね」
軍人としての色を強めた声で、そう魔法使いが伝える。
「わかりました」
普段チャラついている男装の麗人の、緊張した声。その声にプルムが、馬車ではあるがちゃんと装備されているシートベルトを自分につける。
次の瞬間だった。
「くっ……」
魔法使いが声を漏らすと同時に、手綱を引いて馬を止める。
そして、御者台の急ブレーキをかけた。
慣性の法則で進む馬車に、馬が押し出されないようにするためだ。
「わわっ!?」
急ブレーキをかけられた馬車の中で、プルムがつんのめる。
シートベルトを締めておいてよかったと思った。
「……撥ねた」
魔法使いが、静かにそう呟いた。
人を? 交通事故? こんな山の中で?
とプルムの脳裏に様々な考えが浮かぶ中、魔法使いが言葉を続ける。
「カーバンクルだ」
「……ですね」
シートベルト外して立ち上がり、前方の覗き窓からプルムが確認する。
馬車の前方8メートルほど。
地面についた血の筋の先に、柴犬ほどで緑の毛の生物が痙攣している。
馬の前脚に蹴飛ばされたらしい。
「言い訳ではないが、あきらにおかしな飛び出し方をした」
魔法使いの声色が、普段と明らかに変わっている。
おふざけも何もない、静かで冷たいものにだ。
馬車の中からは御者をしている魔法使いは、後ろ姿しか見えない。
しかし、おそらくその顔はプルムが見たことのないものとなっているだろう。
誰かが、意図的にカーバンクルを投げ込んで馬車を止めた?
魔法使いの言葉と雰囲気から、プルムがそう判断した。
そんなことに為に、馬に向かって投げられるなんて。
プルムがそう思い、思わずカーバンクルに対する感情を口にする。
「かわいそうに……」
「あのカーバンクルを、助けてもいいかいお姫様?」
プルムの言葉に、魔法使いがそう口を開いた。
「ええ、私から言おうと思っていました」
プルムが、魔法使いの言葉に今までで一番嬉しそうにそう答えた。
あきらかに罠である。
だが、魔法使いは躊躇わなかった。
「ボクに何かあったら、お姫様は、に……逃げるため、迷わずこの馬車で突っ切ってくれ」
そう言って御者台から飛び降り、魔法使いが純白の軍服を脱ぐ。
シャツ姿の魔法使いは、意外と女性らしいシルエットだった。
今までは、軍服で胸をキツく抑えられていたらしい。
男装の麗人と言えなくなった魔法使いが、周囲を警戒しながらカーバンクルに近付いた。
「あ……」
プルムが思わず声を漏らす。
魔法使いが大切にしているであろう、美しい刺繍の入った特製の軍服で血まみれのカーバンクルを優しく包んだからだ。そのお包みを、優しく左手で抱く。
そして、カーバンクルに右手で治癒魔法をかけた。
「うーん、やっぱり魔法生物に治癒魔法は効きづらい。命は取り留めたけど、骨折までは治せないか……ん」
魔法使いが何かに気付く。
6人か7人ほどの男たちが、道を塞ぐように森の中から出てきたからだ。
みな、2メートルほどの槍を持ち、こちらに向けている。
みな目が血走っていた。そして全員、上に何も着ていない。
「さ、寒い……」
服を脱いでいるくせに、男たちが震える。
それなのに、水を被ったように頭から汗をたっぷりかいていた。
「砲兵中佐殿、命までは取りません。大人しく、有り金全部置いていっちゃくれませんか? 魔力を溜めた時点で、刺し殺します」
男たちの1人が槍を構えたまま、そう魔法使いに言った。
特に意外性のないセリフである。
「馬が怖いのかい? さっきまでは、ボクを恐れていたのに」
くく、と魔法使いが笑いを押し殺した声でそう言った。
そして、男たちが穂先を並べる槍衾を指さす。
「ああ、女なら勝てると思ったのかな。出てくるタイミングがおかしいもんね」
魔法使いの言っていることは、当たっている。
カーバンクルを拾い上げて治療するまで、男たちはなかなか出てこなかった。
魔法使いの『中佐の制服』に、ビビッていたからだ。
金を持っていそうな馬車に、捕まえたカーバンクルを投げ込んでみたものの、その馬車の御者は近衛中佐の制服を着ている。
正直なところ男たちは「やっちまった」と思った。
車上荒らししようとした車が、パトカーだったようなものだ。
だが、魔法使いが上着を脱ぎ、女性であることが判明する。
それでもすぐに姿を見せなかった。おそらく仲間内で襲うか、止めるかで意見が分かれていたのだろう。しばらくグダグダしていた。
そのことを魔法使いは、男たちが出てきたタイミングで見破っている。
そして「男の軍人だったら襲うのを止める程度の相手」と言っていた。
魔法使いの推理に、男たちが少しざわつく。
「ああ、君たちはキュロの戦いで生き残った、軍人冒険者か」
ふっ、と魔法使いが憐憫の声で呟いた。
「な、なんで……」
男たちの動揺が大きくなる。図星だったようだ。
「軍事訓練を受けた者特有の歩幅。そして、こちらの馬に対する異様な怯え。囲わずに、正面に槍衾を作っているくらいだしね」
綺麗に揃えられた槍に穂先の『壁』を、魔法使いが指さした。
馬は本能的に、先端が尖ったものを嫌がる。
こうやって槍を並べ立てておけば、馬の突進を止められるのだ。
「それだけ馬を恐れるのは、戦慣れした歩兵か軽歩兵の冒険者。ふっ、ボクみたいな砲兵は騎兵に強いし、騎兵もそこまで馬を恐れないからね」
「だったら、歩兵の可能性も……」
思わず男たちが、魔法使いの推理に付き合ってしまう。
悉く図星をつかれて、動揺していたこともあった。
「それはない。指の形でわかるさ」
右手の人差し指を立てながら、魔法使いが語った。
「長柄の武器を長年使い慣れた人間にはね、人差し指の付け根、親指側の面にタコが出来るんだ。柄をしごくからね。でも、君たちの指は綺麗なもんさ」
特に素手で得物を扱う杖術だと、この独特のタコが出来やすい。
薙刀だと小手のおかげか、出来にくいが。
「槍衾はそこそこ様になってるけど、使い慣れた武器じゃあないってことだ。馬車を襲いたかったけど、馬が怖い。突っ込んでこられたらどうしようってことで、槍を急遽用意したんだね」
よく見れば真新しい槍を見て、魔法使いが諧謔的な笑みを見せる。
「こうなったら残るのは冒険者。あとはまぁ、単純にキュロの戦いで大量の冒険者が魔王軍の騎兵にやられたから、カマかけてみたけど……正解で良かったよ」
(こいつ、結構やるわね……)
馬車の中から、魔法使いの推理ショーを聞いていたプルムがそう思った。
シャーロックホームズも、手から相手の職業を見極めたというが、魔法使いがやってることも似たようなものだった。
「何をベラベラと……」
男たちが苛ついたような声を漏らす。
こちらを見透かすような魔法使いの声に、不安を感じていた。
そして不安と認めたくないゆえ、それを不快に変換し苛ついている。
「ああ、すまないね。せっかくあのキュロの戦いという地獄を、生き延びたんだ。ここで死ぬことはないと思ったのさ。それに……」
とぼけた声で、魔法使いが言った。
「ボクと戦うなら、君たちは跡形もなく消滅しちゃうから。だから、生きているうちに、強盗犯の情報収集しておかなきゃなあって思ったんだよ」
ぞっとする声。
強い言葉を使って、相手を脅そうとしているのではない。
本当に、当たり前に、そうなってしまうと確信している声だった。
「君たちに騎兵中隊の突撃すら止める、『魔法使いの槍』を見せてあげよう」
素手の魔法使いが、朗かとも言える表情を浮かべた。
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