第51話 おもてなし
「よくぞお越しくださいました、マリーナ姫様」
長い黒髪の美女が、湖上コテージの船着き場で挨拶した。
副都心となりつつあるこの夏都の主、マロン夫人だ。
体のシルエットが浮かぶ、白いワンピースドレスを着ている。
アオザイのようにも見える恰好だ。同色の糸による刺繍が、派手に過ぎぬ程度に品の良い華美な風を出している。
(宝石マニアで派手好きと聞いたけど、お忍びのこちらに合わせたのね)
夫人と対になるような、黒いゴシック風なワンピースドレスを着ているプルムが思った。お忍びのため、姫にしては地味目の喪服のような姿だ。
(流石はサロンの華。陰キャの私と違って、社交性カンストしてるわ)
プルムが小舟の上で感心しながら、そう思った。
目上である第三王女が控えめな恰好をしているのに、伯爵夫人程度に過ぎぬマロンが派手な恰好をするわけにもいかない。恥をかかせることになる。
かと言って、姫を迎え入れるのに粗末な恰好でもいけない。
失礼にあたる。
マロン夫人の服装は、その条件を見事に達成していた。
プルムがどんな服で来るかもわからない上、急な来訪であるのにだ。
(場所が、ここなのも良いわね)
プルムが目の前の建物に目を向けた。
湖上コテージは、ラトビシュ湖の湖畔から500メートルほど沖合にある。
俗世から切り離された、静謐な空間だ。
小さくとも、お忍びの王族を迎えるに足る品格がある。
魔法使いの漕ぐボートで、その水上コテージまでやってきた。
「本来であれば、わたくしどもが赴くべきでありますのに」
「お気になさらないでください、マロン夫人」
そうプルムが優しい微笑みを浮かべる。
そして先に船着き場に下りた魔法使いから、手を引かれて彼女もコテージに上がった。人工湖ゆえに浅く、きっちりと杭を湖底に突き立てて固定しているので、水上であっても揺れることはない。
(湖底に固定…)
プルムが一瞬、頭に思い浮かんだことを言おうと思ったがやめた。
くだらねーこと考えたと思い、気を取り直してマロンに視線を向ける。
「わたくしも、貴族の方々の間で噂になってるこのコテージに、足を運んでみたかったので」
湖上に作られたゆえ、小さくとも王族を招く『格』があり、なおかつ湖の上ゆえに情報漏洩の心配も薄い。ゆえに、有力貴族間の秘密の会談に用いられている。
「それに……」
ふふっとプルムが、マロン夫人の隣でこちらに敬礼している少年を見た。
「キュロの戦いの英雄、ライオ工兵大佐にもお会いしたかったですし」
「はっ、光栄であります! マリーナ殿下!」
どこか焦点の合ってない目で、金髪の少年がそう言った。
リード王国第一軍の、純白の第二種軍装を着ている。
とりあえず軍人は、軍服さえ着ていればどんな場でも失礼に当たらない。
なので軍に籍があるものは、男女問わず重要な場で着用することが多かった。
学生服ならば、結婚式だろうが王族皇族に拝謁する時であろうが、第一種の礼装として扱われるようなものである。
「ここは小官にお任せあれ! 万億の敵が攻めてこようと、防衛します!」
「それじゃあボクも、大佐殿のご相伴にあずかろうかな」
少し崩した敬礼を、男装の麗人たる魔法使いがする。
下品さは感じさせず、瀟洒な舞台上の役者のような仕草だ。
大佐の少年と、男装の中佐が周囲を警戒する。
プルムには周囲の空気が、ぴしりと張りつめたように感じられた。
(……へぇ)
軍人モードの魔法使いを見て、プルムが少し感心する。
さきほどあんなにも興奮していたマロン夫人の黒髪に、見向きもしない。
普段の軽薄で緩んだ顔つきが引き締まり、鋭い目でこのコテージに近付くものはいないか見張っていた。
流石は勇者パーティー、砲兵中隊長相当官ね。
そうプルムが魔法使いに対して思った。
黙っていれば、マジでイケメンなのに。
「ん?」
プルムが、何かに気付いた。
今、評価を上方修正されつつあった魔法使いが、手をわきわき動かしてる。
そして、その手を傍らにいた少年の髪の毛の中に突っ込んだ。
「……中佐?」
ラトヴィシュ伯爵が不可解そうな顔をする。
「ああ、すみません大佐殿。髪に木の葉がついていたので」
そう言いながらも魔法使いは、少年の金髪の中で指をわきわき動かしていた。
「???」
少年が困惑しながらも、髪の毛をもみくちゃにされ続ける。
(なにやってんのよ、あいつ……)
そう思ったプルムが何か気付いた。
魔法使いの首が、プルプルと震えている。
かなり力が籠っているように見えた。
(マロン夫人の髪が見たいけど、必死で抑えてる……?)
プルムがそう思った。
代わりに魔法使いは、とりあえず近くにあったラトヴィシュ少年伯爵の髪を触ることで、抑えがたい欲求を少しでも発散しているらしい。
(くっ、あの髪フェチはさぁ……)
と、プルムが歯ぎしりしつつ、「中へどうぞ」と苦笑しながら誘うマロン夫人に言われるがままコテージの中にお邪魔する。
目を離した隙に、魔法使いが幼気な少年を襲わないか、少々の不安であった。
〇
「あっ、美味しい……」
プルムが本音という彼女にとって珍しいものを、思わず漏らす。
お茶菓子として出されたミルフィーユが、美味しかったからだ。
砂糖が貴重なイシュメイルの菓子は、日本の甘味になれたプルムの口に微妙に合わない。甘さが足りないか、贅沢に砂糖を使いすぎて異常に甘ったるすぎる。
だがこの場で出されたミルフィーユは、プルムの舌を唸らせる逸品だ。
プルムがあっという間に食べてしまう。
「マリーナ姫様。もしよろしければ、わたくしのもどうぞ」
そうマロン夫人が優しく微笑み、まだ口をつけていない菓子を差し出す。
「ああ、もう結構です。ですが本当に美味しかった」
内心、もう少し食べたかったプルムだが、彼女にも姫としての見栄がある。
残念に思いつつも、お断りした。
そのあとしばらくは、取り留めのない雑談をする。
室内は決して広いとは言えないが、品の良い調度品が並んでおり、配置のおかげか不思議と場に広がりを感じる。どれもこれも高級な品のはずだが「どうだ高そうだろう」という主張がなく、ごく自然にその場に鎮座ましましていた。
(戦国時代の茶の湯みたいね……)
そうプルムが思った。
情報漏洩への対策もあるのだろうが、従者ではなく貴族のマロン夫人自らが客であるプルムを手づからもてなしているところに、近いものを感じる。安土桃山時代の大名は、茶の湯の懐石において自ら調理した料理を出す包丁自慢も多かった。
話を聞けば、先ほど食べた干し柿入りのミルフィーユは、マロン夫人自ら作ったものらしい。
さらには伯爵であるライオ本人が、野外で歩哨に立つという『贅沢』。
このイシュメイルにおいて、姫であるプルムでもされたことのない『もてなし』であり、居心地が良いものであった。
なによりもそれらのもてなしに、無理がない。
ごく自然に、急な来客をその場にあるもの、創意工夫で精いっぱいもてなしているのが伝わってくる。豪勢に、派手に、もてなしてやろうという気負いがない。
そのため、もてなされている側も緊張せず、自然な気持ちになれる。
肩肘張らなくてよい気持ちの良さと、菓子で舌が甘くなったせいか、プルム自身でも思いもよらぬほど口が滑らかに動く。
(くっ、かまぼこでも出してくれれば、こっちも気が引き締まるのに……)
プルムが茶人、千利休の有名エピソードを思い出しながら、そう考えた。
急な利休の来訪に、とある商人が自然にもてなしていたと思っていたら、当時は高級品のかまぼこを出してきた話だ。実は数日前から気合をいれ準備していたというオチであり、かなり面倒くさい性格の利休が萎えちゃった逸話である。
その商人はまがいものであったが、マロン夫人は利休もニッコリのおもてなしが出来る人物であった。プルムですら、ニッコリになりかけている。
そのことにプルムの理性が、警戒と称賛入り混じった信号を出していた。
武力と同じように、これもまた一種の『力』だからである。
ある意味では、その力を使った戦い────クラウセヴィッツの『戦争論』における戦い定義であれば、『我が意を相手に強要する行為』の1つだ。
暴力で相手をボコして「くっ、仕方ない。貴様の言う通りにする」と言わせて、要求を通すのと変わらない。
もてなしで「うん、仕方ないね。じゃあ言う通りにしてあげちゃう!」と要求を通す行為。もっとも、相手側の心境に大いに差はあるが。
〇
「マリーナ姫様、それではそろそろ本題を」
程よく場が温まったところで、マロン夫人がそう促してきた。
「実は貴重な宝石を手に入れまして」
さて、これをいかに高く売りつけるか。
これが今回の私の『戦い』ね。
そうプルムが思い、人工ルビーを取り出した。
日本で買えば、2万円程度の品だろう。
「わたくしが持つよりも、宝石に造詣の深いマロン夫人の手にあった方が相応しいと思い、お売りしようかと思いまして」
「ほう、それは。拝見してもよろしいでしょうか、マリーナ姫様?」
「どうぞ遠慮なさらずに、マロン夫人」
プルムが手袋をはめたマロン夫人に、ルビーを手渡した。
夫人が窓から差し込む光にルビーをかざし、じっと見つめる。
「これは面白い。初めて見るルビーですね」
嬉しそうにそう言った。
「まるで木の年輪のよう……中に浮かぶ無数の泡も美しい」
「ええ、おっしゃる通りです夫人」
流石ね。
そうプルムが思う。
本来はイシュメイルに存在しない人工ルビーの特徴を、簡単に見極めた。
事前知識があった私と違い、知識ナシでも初見でわかっちゃうなんてね。
やっぱ、マニアってのはスゲーわ。
だけど、違いがわかるなら、結構よい値段もつけてくれそう。
「もしお気に召したのなら、金貨2000枚でいかがでしょう?」
プルムが金換算にして日本円で2億円相当の金貨を提示した。
元が2万円程度なので、1万倍以上のぼったくり価格である。
もちろん、この値段で売る気はない。
最初に無茶な1万倍という価格をふっかける、交渉という戦い──
片や『高く買わせることを相手に強要する』
片や『安く売らせることを相手に強要する』
その意思のぶつけ合いをするつもりであった。
「そうですねぇ……」
マロン夫人が困ったように苦笑し、こう続けた。
「金貨1万枚でいかがでしょう?」
「ええ、2000枚が高すぎるとはいえ、流石にその額は安すぎま……ん?」
マロン夫人が値切るかと思ってたプルムが、肩を透かされたような顔をした。
「1万枚で。2万枚でも構いませんよ姫様?」
「あっ、いえ……では金貨1万枚で」
日本円にして10億円である。
元値2万円程度であろう人工ルビーが、5万倍の値で売れた。
「それでは交渉成立ですね」
にっこりと、マロン夫人が微笑む。
しかし、その顔にすぐさま一筋の影が落ちた。
「ああ、しかし……また散財してしまいました。ルアム王子殿下に付き従って戦った夫は英雄と称えられているものの、今は責務を果たせぬ有様ですし」
「ああ、それに関してなのですがマロン夫人」
プルムが、真面目な顔をして背筋を糺した。
「現在の外務大臣が、病を得て職を辞すことが決まっておりまして。もし、夫人さえよろしければ、貴女を次期外務大臣へとお兄様に推しておきましょう」
「まぁ、それは大役ですね。このわたくしに勤まりましょうや? 他にもっと適した方がいらっしゃるのでは」
マロン夫人が、形式的に一度断ってみせる。
「いえ、貴女なればこそと思ったからです」
そうプルムが改めて言った。
「なれば、全身全霊をかけてお受けいたしましょう」
夫人が立ち上がり、腰を深々と折って礼をする。
その姿を見て、プルムが「上手いな」と思った。
そして先ほどの夫人の言葉を1つずつ思い返す。
匂わせるのが、うまい。
そうプルムが考えた。
ラトヴィシュ家はお兄様のルアム派だけど、私にもワンチャンあるかもって思わせられた。お兄様批判ではないものの、恨みがあるかもと匂わせた。
お兄様に付き従って戦ったせいて、当主のライオ少年は心が壊れた。
あけすけじゃないが、マロン夫人は言った言葉はそう解釈も可能。
なればこそ、要求以上の金貨1万枚の負い目と共に「私側に引きこめるかも」という気持ちで、外務大臣という重要ポストを与えさせた。
実際はどうなのかは、わからないけど。
ふふ、でもいいわ。
この人が外務大臣になれば、間違いなく国益の増大に貢献するだろうし。
ま、ちょっとしてやられたって気持ちはあるけどね。
でも結果的に、予想以上のお金ゲット出来たし万々歳でしょう。
「……ん?」
プルムがそう思った時、小さな破裂音が聞こえた。
防音機能がしっかりしているこのコテージ内でも聞こえるということは、外ではさらに激しい爆音が響いているということだ。
〇
敵襲?
そうプルムが思い身体が軽くぶるりと震えたが、それにしてはおかしい。
魔法使いかライオ伯爵のどちらかが、報告に来てもよさそうである。
「…………」
プルムが立ち上がり、ドアをそーっと開けた。
「もう一度! もう一度やって!」
ドアの隙間から、楽しそうな少年の声が響く。
ライオ伯爵の声だ。
「大佐殿のご要望とあれば何度でも」
魔法使いがそう言って、右手を上45度の角度に向ける。
そして、5秒ほど集中し魔力を溜めた。
「目標、行軍中の魔王軍重砲大隊! 100号炸裂弾相当魔法弾! 方位角3809、射角800! ……敵部隊、標準射撃痕に到達! 撃てぇ!」
魔法使いが腹の底に響く声でそう叫び、右手から魔法弾を発射する。
「15、14、13、12……」
そして懐中時計を見ながら、正確なカウントダウンをした。
その間も、空中をキラキラと光る魔法弾が飛翔する。
「7、6、5…………ちゃくだーん、今!」
魔法使いのその声と同時に、湖中央で水柱が上がる。
魔法使いの放った炸裂魔法弾が、水面で爆発したのだ。
「おお、すごい! すごい! ああ、やっぱり味方の砲撃は安心するぅ……」
じーん、と心地よさそうにライオ伯爵が目を瞑る。
感慨深そうに、鼓膜の奥でいまだに響く砲撃音に酔いしれていた。
「こうやって勇者パーティーが、敵の重砲を潰してくれなかったら、今頃は僕……あっ、吾輩は生きてなかっただろう。感謝する中佐!」
「いやいや、あのキュロの戦いは大佐たちの奮戦あってこそ。あの戦いこそが、我らリード王国の勝利を決定づけた英雄的行為さ」
魔王軍との戦争経験者同士、なんだか楽しそうに語り合っていた。
だが、談笑する二人が背後に気配を感じ、恐る恐る振り返る。
そこにはドアを開けて、じーっとこっちを見ているプルムと、部屋の奥から座りながら見ているマロン夫人の姿があった。
「うぇッ?」「あ……これは……そのー……」
少年大佐の伯爵と、男装の麗人の中佐が気まずそうな顔をする。
が、すぐに魔法使いがすっとぼけた顔をした。
「そ、そうだ! 何か怪しげな気配がしたから、威嚇射撃をしたんだよ!」
「そ、そう……そうだったね! それで吾輩が撃てーって!」
そんな二人の嘘丸わかりの言い訳に、プルムは何も言わなかった。
「……………………」
「うっ……」「あ、あの……」
プルムの沈黙に、二人がどんどん焦燥していく。
「……近所迷惑にならないよう、気を付けてくださいね」
「はい……」「はい……」
イタズラを叱られた子供のように、ライオも魔法使いもしゅんとした。
まったく、男ってのはいくつになっても馬鹿ねぇ。
あっ、魔法使いは女だったか。たまに忘れそうになるわ。
仲の良い馬鹿兄弟のようだった二人に対して、プルムがそう思う。
そしてドアを閉めた時、意外なものが目に入った。
マロン夫人が、とても上機嫌に見える。それが不思議だった。
「あんなに楽しそうな夫は、本当久しぶりです」
微かに目に涙を溜めながら、マロン夫人がそう呟いた。
「失礼……お見苦しいものをお見せしてしまいました」
「いえ、お気になさらず」
ハンカチで涙を拭うマロン夫人を見て、プルムが初めて彼女の本当の顔を見た気がした。もっとも、これも演技かもと疑う気持ちはあったが。
「ご存じかも知れませんが、夫は魔王軍との戦いで心を病みまして……」
「……」
その言葉に、プルムは静かに頷いた。リード政界では有名な話だからだ。
彼、ライオ伯爵以外にも、キュロの戦いで心を病んだものはリード王国軍、魔王軍問わず多い。双方にとって地獄のような砲撃戦であったからだ。
「ですので、帰国後は出来るだけ戦争から遠ざけていたのですが……もしかしたら逆に多少触れさせることが、心を癒す方法なのでしょうか?」
「かもしれません、マロン夫人」
専門家ではないので、明言はさけた形でプルムが答えた。
戦場から兵士を一気に日常に戻すと、その落差に心が病みやすいと聞いたことはある。しかし、すでに病んでる者の場合、どうするのが正解か知らなかった。
「癒すと言えば、マリーナ姫様。『ガニュメデス』という薬はご存じですか?」
「…………ッ!」
突然出たその言葉に、プルムが演技する暇も余裕もなく、顔を強張らせた。
「ああ、ご存じのようですね」
そう言って、マロン夫人が小さなビニール袋に入った白い粉を取り出した。
「どこでこれを?」
駆け引きなどせず、プルムが直球に尋ねる。
「エンザーハ子爵からです。心を癒す薬だということで、渡されました」
「なるほど……」
エンザーハ────お兄様派の貴族ね。
ただ、昔堅気の軍人貴族で、悪い噂は聞いたことないけど。
そうプルムが考える。
悪意であればまだマシだけど、もしこれが善意で渡されたものだとしたら……
私が思っている以上に、事態は深刻ね。
「新薬というものは思わぬ副作用がありますし、私も立場上色々と情報が入ってきます。何やら悪い噂も聞きましたし、夫への使用は躊躇ってしました。しかし、もしこれで夫が救われるなら、と悩んでもいましたが……」
そう言ってマロン夫人が、プルムの顔をじっと見た。
「姫様のその反応、使わぬが吉のようですね」
「ええ、絶対に使ってはいけません」
そう言ってプルムが、『ガニュメデス』──ヘロインを睨んだ。
プルムが考える。
私は、今までガニュメデスことヘロインを使っている人間に対して、少し小馬鹿にしたような気持ちがあった。
しょうもない連中が、目先の快楽目的で使っているのだと。
麻薬で苦しんだとしても、自業自得だと。
でも、それは現代日本的な考えだったわ。
私が麻薬の危険性を十分知っていて、それを常識と思っていたから。
でも、この世界は違う。
イシュメイルだと、麻薬が危険だという発想すらない。
麻薬が危険だっていうのは、地球だとここ200年でゆっくりと作られた価値観だ。いや、完全に定着したのはマジで最近ね。
1960年代に、ハーバード大学の教授がLSDを「精神的自由のため」と広めようとしたことさえあったんだから。
そんな感覚のないイシュメイルだと、さらに悪意なく広がる。
家族や友人の、戦争で受けた心の傷を癒すため、助けるために使わせようとすることだってあるだろう。
未遂で済んだけど、聡明なこのマロン夫人ですら一歩間違えば夫である少年に、ヘロインを使わせようとしていたくらいだ。
心傷ついた軍人の、日常に戻りたいという切なる願い。
そんな者を救いたいという、身内や家族の優しさ。
それらを食い物にして、ガニュメデスは広がっているのだ。
「許せないわね……」
プルムが、小さくそう呟いた。
今初めて、自分は今回の麻薬問題と向き合った。
そんな自覚が、怒りと共にプルムの中に芽生えたのであった。
面白かったらモチベと励みになりますので
ブクマや★評価してくださるとうれしいです。




