第50話 ラトヴィシュ家
「マリーナ姫様が、急にこの下屋敷にいらっしゃるなんて……」
14歳くらいの、気が弱そうな金髪の少年がそう呟いた。
背の高さはプルムほどなので、同世代の男子の中でもそこそこ小さい。
正面から見ると、フェイスラインの髪だけが少し長めのショートヘア。
しかし、後ろ髪は肩甲骨ほどまでの長さがあり、真ん中でお下げにしている。
赤いリボンがチャームポイントだ。
少年が、リード王国第三王女マリーナの名を聞いてワナワナ震える。
「戦争だ! 戦争だ! 武器を用意しろ! 王子殿下の敵を迎え撃て!」
火をつけた綿火薬がごとく、少年が一気に燃え上がる。
「ルアム王子殿下派である吾輩の屋敷に来るとは良い度胸だ! この伯爵工兵大佐ライオ・ラトヴィシュが相手になるぞーッ!」
そう叫んで、うわあああと両手をぶんぶん振り回した。
少年伯爵はこれから一戦おっぱじめようとでもいうのか、すでに完全軍装であり山のように武器を背負っている。白い軍服は、ルアム王子隷下の第一軍のものだ。
もっとも、リード王国第一軍は占領統治のために魔王領に駐屯している。
つまり、この少年はリード王国に置いていかれているということだ。
「どうぞ、伯爵」
銀髪の若いメイドが手慣れた感じで、少年伯爵に新たな武器を渡す。
刃引きした剣(刃を意図的に潰したり削った剣)で、切ることは難しい。
「これより逆襲を発起する! うおおおおお、突撃いいいい!」
「落ち着いてください、あなた」
そんな落ち着いた女性の声が響いた。
「なんで君がここに!?」
少年伯爵ライオが不思議そうな顔をする。
その視線は、少年より10歳は年上の淑女に向けられている。
マロン・ラトヴィシュ夫人。
イシュメイルでは珍しい長い黒髪を、おでこが見えるワンレンにしており、スパンコール輝くワインレッドとブラックの艶やかなドレスに身を包んでいた。
身体のラインに沿うスカートにはスリットが入っており、遠目に見るとチャイナドレスのようなシルエットになっていた。
「どうして、マロンがキュロの砦に!? この場所は危険だ! 100倍の魔王軍が攻めてくる! 今すぐ船に避難するんだ! 敵は王子と吾輩が引き受ける!」
ライオ伯爵が周囲を警戒するように見回し、見えない敵から年上の妻を守るように前に立った。二人が並ぶと、妻の方が10センチ弱背が高いのがわかる。
「あなた、ここはリード王国にある私たちの下屋敷で、ここに来るのは魔王軍ではなくマリーナ姫様。そして、姫様は敵ではありませんよ」
「…………あ」
ライオ伯爵が、はっとした顔をする。
そして、手に持っていた剣を力なく落とした。
「すまない……また吾輩は……」
「大丈夫ですよ、あなた」
そう言って、妻が夫を抱きしめる。
「もう、戦争は終わりました。軍を離れ、静かなこの場所で過ごせばきっと治るでしょう」
「…………」
戦争は終わった……?
そう14歳の少年は虚空を見ながら、考える。
違う戦争は終わってない。
吾輩の……僕の戦争は終わっていない。
終わってはいけない。
戦争が終わったら、自分は本当に壊れてしまう……
戦い続けないと、狂ってしまう……
そう思ったライオ少年伯爵が窓の外を見て、「ひっ」と身体を強張らせる。
外から見える位置で、身体を晒しておく状態が怖かった。
敵に観測され、砲弾の的にされる気がしたからだ。
すぐさま妻の手を引き、窓から見えない位置に移動する。
そして壁にくっつきながら、窓際までじりじりと進んだ。
「…………」
手鏡に景色を反射させ、窓の外を確認する。
比較的王都に近い土地であるのに、湖と森林と雪冠の美しい山々が見える自然豊かな風景が広がっていた。
〇
「これが水の都『夏都』か。初めて来たよ」
二頭立て馬車の御者をしている男装の麗人、魔法使いが弾んだ声で言った。
山道の森を抜けた先には、美しい光景が広がっていたからである。
大きな湖があった。
対岸までの距離は7キロメートルほどであろうか。
朝と昼の狭間の陽光を湖が反射し、キラキラと輝いている。
そのラトビシュ湖と呼ばれる湖の周囲には、広大な自然を背景にしつつ、壮麗だが華美に過ぎない館がいくつも立っていた。
リード王国有力貴族たちの下屋敷だ。
王都から馬車で北に向かい、2時間か3時間ほど。
周囲には山と森しかない場所だが、ここだけ突然華やかなで浮世離れした『街』がある。
標高900メートルの高原にも関わらずだ。
もっともリード王都自体、標高300メートルほどの盆地にあるので、高低差は600メートル程度だが。
「美しい湖だね。これが、100年前に人の手で作られたとは思えないよ」
「ええ、リード王国の叡智と先人たちの努力の成果です」
王族が乗るにしては質素で、無紋の馬車の中にいたプルムが答えた。
普段は魔法使いに塩対応なプルムだが、今回は声色が明るい。
技術者気質があるので、この手の話題は結構好きなのだ。
「しかし、お姫様? 何故、こんな場所にこれほどの湖を作ったんだい?」
「それはですね中佐。王都周囲の農地へ、温かい農業用水を確保するためです」
「温かい水?」
プルムの答えに、魔法使いが新たな疑問を口にする。
「王都に注ぐ川の水源は北天山脈の雪解け水。田植えの時期にその水を直接流してしまうと、温度が低すぎて苗が枯れるのです。だから一度この湖に水を貯めて、地熱と太陽の光で温めてから下流に流しているのです」
「なるほどね。それにしても、たいしたものだ」
普段の気取った感じではなく、素直に関心した声を魔法使いが漏らす。
品川区と同じ面積の湖が、重機のないこの世界で、しかも100年前に人工的に作られたとは、知識で存じていてもなかなか信じられなかった。
「100年前のリード王家は、食料に関してトラウマがありましたから……」
「旧都はそんなに、食糧事情が酷かったのかいお姫様?」
「ええ中佐、中国の長安みたいなものでしたから」
プルムが出した単語に、魔法使いが首を傾げる。
「ちうごく? ちょうあん?」
「おっと、今言った言葉は忘れてください、中佐」
ふふっとプルムが微笑み、誤魔化した。
●●●
中国の唐の時代(西暦618年─907年)。
当時の都である長安は、人口100万人を超える世界一の都市だった。
しかし長安がある漢中地域は四方を山に囲まれた狭く険しい天然の要害であり、戦争時に守るには良いが単純に狭い。鶏の肋骨のような土地だ。
100万の人口を支える食料生産が難しく、輸送に頼るしかなかった。
そのため、食料品の価格が狂ったように高騰してしまう。
結果、皇帝さえ都を離れなければいけない事態すら起きた。
リード王国の以前の首都、『旧都』も、その長安と同じルートを辿った。
要害の地で防衛には有利だが、普段の食料事情が厳しい。
帝国を恐れるがあまり選んだ人々守るための地が、王都の民や貴族を苦しめた。
そこで100年前に遷都したのが、現在の王都であった。
王都の周辺に、王都の3倍近い田園を確保できる土地を選んだのだ。
リード王国は500年前から日本と繋がりはあり、米食は一般的である。
だが、土地だけ見て焦って選定したからか、水事情を考えてなかった。
いや、きちんと十分な水源を確保できると見込んでいたのだが、その水の温度までは想定していなかった。水源は冷たい雪解け水で、農業に適さない。
だからこそ、これほど広い土地が農地として活用されずフリーだった。
雪解けの冷たい水という自然そのもの、ゆえに解決が難しい問題。
だが、当時は若い鍬兵の中尉に過ぎなかった下級貴族が解決策を提示する。
解決方法もまた、その偉大な自然を最大限に利用したものであった。
「北天山脈の雪解け水を、人工的に湖を作って貯めれば良い」
そこで天から降り注ぐ陽光と、地熱で温めれば農業用水として活用できる。
中尉の進言は、そういうものであった。
彼の出身は国境がある龍頸山脈の麓、極寒で有名なリード王国の極東部。
その過酷な土地の、農民と変わらぬ暮らしぶりをしている下級貴族の出である。
ゆえに地元で見た水温確保用の溜池や水路から、解決方法を導き出したのだ。
その下っ端中尉には知恵と技術以外に、運も揃っていたと言えよう。
当時のリード王はただちにその中尉を工事責任者にし、最大限の権限を与えた。
かくして品川区に匹敵する2300ヘクタールの面積を持つ、このラトヴィシュ湖は完成したのだ。
王の期待に、中尉は見事応えた。
中尉は伯爵に叙され、王都の生命線である人工湖を守るべく周辺の土地を与えられる。リード王国史において、戦争以外では最大の出世であった。
そして、さらには家名をその湖と同じものに変え、家は現在まで続いている。
〇〇〇
「ラトヴィシュ伯爵家、興味があるね」
魔法使いが、目に映る湖と同じ名を呟いた。
現在でもリード王国のインフラ事業等を担う貴族で、鍬兵──現在の工兵将校のエリート家系である。
「ええ、最近は景気が良い家ですからね」
プルムが警戒心を声に乗せぬよう努力し、そう言った。
ラトヴィシュ伯爵家は、筋金入りの第一王子ルアム派であるからだ。
兄妹の仲は良好だが、派閥の者たちはそうとも限らない。
しかも、近年ぐんぐんとリード王国政界で影響力を増している。
ラトヴィシュ伯爵家が勢力を増した原因は、伯爵家の作った水源で維持されている『農地』であった。
そして、その『農地』は現在リード王都にとって頭の痛い問題でもあった。
「伯爵家はこの夏都の主。副王みたいなものですから」
プルムが『副都心』としての機能を高めつつある、この美しい地を眺めた。
百年前は旧都における食料品の高騰に悩まされたリード王国であったが、現在は王都の地価高騰に懊悩している。
経済発展とそれに伴う王都の人口増加により、土地が足りないのだ。
城壁の外の田園地帯は国家戦略で作られたものなので、宅地転用が難しい。
ゆえに、城壁内の限られた狭い土地の奪い合いになっていた。
バブルと言ってよいほど王都内の土地の価格は吊り上がり、貴族ですら固定資産税が払えず、王城に近い上屋敷を放棄する自体が起こっている。
そのため、比較的王都に近いこのラトヴィシュ湖周辺に、貴族の下屋敷が集まるようになったのだ。なんなら王都との『通勤』すら可能である。
元々、ラトヴィシュ湖周辺は王都の水源ということで様々な制限があった。
しかし、土地の主である伯爵家ならかなり融通が利く。
その権限を利用し、
「王都近くでありながら、自然豊かな美しい土地で余暇を過ごしませんか?」
と、伯爵家は貴族や資産家の避暑用の別荘を誘致していた。
さながら、ある種のリゾート開発のようなものである。
夏都の名は、サマーシーズン到来とともに、暑さを避けるためにどっと貴族たちが集まったことに由来した。
ラトヴィシュ家はそれで大儲けしていたのだが、王都の地価高騰に伴い生活拠点自体をこちらに移す貴族自体が増え、様相が変わり始める。
副都心としての機能を持ち、第二の政治の中心となりつつあった。
そして、副都心の貴族の中心に御座すはラトヴィシュ家の若い当主ライオ────ではない。
サロンの華と謳われた絶世の美女、ラトヴィシュ家夫人マロンである。
実質、その夫人がラトヴィシュ家を切り盛りしていた。
(貴族の夫人というよりは、やり手の女社長っぽいわよねぇ……)
プルムが、これから会う相手に関してそう思った。
(そのマロン夫人にルビーを売りたいんだけど……嫌われてなきゃいいわね)
現状、唯一の不安要素をプルムが考えた。
この不安は、王族同士にしては比較的仲が良い兄との、唯一と言って良い政治的対立に起因した。正確には兄ルアム王子と、姉ルナリア姫の対立である。
●●
「とっとと、城壁ぶっ壊すべきですわ!」
魔王国との戦争の1年前、当時14歳のルナリアが巨大なハンマーを振り回しながら、王城の中でそう叫ぶ。
特に防音性のないダイニングに、兄王子と妹姫が揃っていた。
ルナリア姫は姫騎士と言われるだけあって、大佐の階級章が輝く驃騎兵の軍服、深紅の肋骨服がよく似合っている。
鎧兜ではなくシャコー帽と肋骨服なのが、近代化姫騎士といった出で立ちだ。
1980年にドイツで亡くなったプロイセン王女ルイーゼも、騎兵名誉連隊長の時(ガチの近代化姫騎士)に、帽子と色は違えと似た肋骨服を着ていた。
「あんな王都を狭くするだけの壁、とっとと取り払うべきですわ! 城郭都市自体が時代遅れ! 壁を壊して、王都の都市圏を拡張することが最善ですわ!」
今にも掴みかからん勢いで、目の前にいる兄ルアム王子にそう主張した。
王都の地価高騰は、城壁のせいで土地が限られているからだ。
それを取っ払い周辺農地を民家や商業施設に転用することで、加熱しすぎた土地バブルを解消出来る────そうルナリアは言っていた。
「旧都で問題になっていた食料不足に関しても、現在の発展した流通であれば十分王都の食料を賄えますわ! 馬車鉄道の敷設も順調ですし、なんなら蒸気機関車への転換もこの機会に進めるべきですわ!」
ルナリアは決してバカではない。
前回の問題点が解決できる根拠を十分示して、自身の主張を語った。
「それは認められないぞ、ルナリア」
普段は妹に甘いルアムが、ハッキリ拒絶の響きを含んだ声を出す。
いや、彼にしては珍しく、小馬鹿にして挑発するような響きさえあった
「お兄様の手下が、弱体化するからですの!?」
ふん、と小馬鹿にするようにルナリアが言った。
あきらかに普段より強い兄の口調に、反発したのだ。
城壁が取り除かれ王都が拡大すれば、副都心になりつつある『夏都』の価値が下がる。そうなれば、ルアム王子派のラトヴィシュ伯爵家の影響力も低下する。
「私はそんな俗物ではないぞ」
少しムっとした感じで、王子がその美しい顔を歪めた。
「地価高騰は王都民と苦しめる由々しき問題ではあるが、いきなり城壁を破棄してみろ。それこそバブルが弾けてしまう」
「貴重な『王都の土地』が、一気に増えますからねぇ」
実はその場にいたプルムが、兄の言葉を補足するように言った。
兄と姉の侃々諤々の論争を楽しむように、給仕の淹れた紅茶を飲んでいる。
「マリーナの言う通りだ」
末の妹プルムことマリーナの加勢があったと思った王子が、ちょっと嬉しそうに何度も頷く。
「100の価値あるものが、いきなり1になってみろ……その99分の負債は貴族や民が背負うことになるのだ。それがどういう悲劇をもたらすか、日本のバブル崩壊を見ればわかるだろう。下手をすれば、経済の長期低迷を齎しかねん」
ルナリアの目を真っすぐ見つめ、王子が持論を語る。
「ゆえに『夏都』以外にも副都心をいくつか作ることで、問題を解決するのだ。首都機能を分散させていくことで、ゆっくりと王都の地価を正常値まで下げる」
「ソフトランディングってやつですねぇ」
またプルムが、兄の言葉に同意するかのように呟く。
ルナリアが一度プルムをきっと睨んだ。
そんなルナリアの顔ではなく、軍服を見つめてルアムが話を再開する。
「王都南にある、騎兵練兵場を副都心として開発してもいいぞ騎兵大佐殿」
ようはルナリアが権限を持つ土地を、夏都のように副都心化して良いと兄は言っていた。自分の主張が、私利私欲のものでないという表明だ。
「新宿や渋谷の副都心が発展したことで、都心部の地価は下がりましたの?」
異世界イシュメイルの王族であるのに、日本の地名をガンガン出しながらルナリアが怒鳴るように言った。餌をぶら下げられても、持論は変えない。
ふたりとも、意地になってる部分は少なからずあるが、なによりもリード王国のことを考えて意見をぶつけ合っていた。
「お兄様は99の負債とおっしゃりましたが、早急に解決しなければ999の負債や9999の負債になりかねませんわ! 地価を下げる効果が怪しい副都心計画よりは、痛みを覚悟した早急な解決こそ、痛みを最も下げるやり方ですわ!」
積極的な行動を好む騎兵らしい意見を、姫騎士ルナリアが言った。
バブルとはいつか弾けるから、バブル(泡)なのだ。
土地バブルに沸く王都の地価は、適正価格とは言えぬほど高まっている。
そして、それはいつか必ず弾けて大暴落する。
絶対に弾けるのであれば、早い方が傷は浅い。
ルナリアの主張はそういうものであった。
実際、双方の意見に理はある。
そして不確かで複雑な政治経済の世界において、どちらが絶対に正しいかは現時点では誰にもわからない。異なる意見を主張している兄と妹双方もだ。
「私は……ルナリアお姉様の意見に賛成ね」
「マリーナ!?」
ルナリアが驚いた顔をして振り返る。
今まで、ルアム王子派っぽい様子だったプルムことマリーナが、突然自分の味方であると明言したからだ。
「ありがとうマリーナ! あなたなら理解ってくれると思ってましたわ!」
そう言って、嬉しそうにルナリアが妹プルムを抱きしめる。
だが、プルムは自分に抱き着く姉ではなく、兄に視線をやっていた。
「……(ぱちくり)」
「……(うんうん)」
プルムのウィンクに、兄ルアムが無言で何度も頷く。
政治家として、プルムに劣るところはない兄は全てを理解していた。
内心、プルムとしては今回の件に関しては比較的ルアム王子よりである。
大きな犠牲が出かねない急進的な政策は、プルムの好みではない。
しかし、あえて急進派のルナリアを支持した。
理由は簡単である。
そういう『噂』を、広めたかったからだ。
王子王女3人のうち、2人は城壁撤廃派という噂であり、事実をだ。
そうすることで、地価高騰にある程度は歯止めがかかると踏んでいた。
城壁が撤廃されたら、もしくは撤廃されるのが確定した時点でバブルは崩壊し、リード王国は大変なことになるかも知れない。
だが、撤廃の確定情報ではなく、王女2人が撤廃派という噂になれば、王都の土地に関する不安要素になる。暴落はせずとも、価格高騰はしにくくなるだろう。
だから秘密の密室ではなく誰もが聞き耳を立てられ、給仕が行きかう王城の一室で、こんなにもあけすけに政治的意見をぶつけ合っていたのだ。
兄ルアム王子は、プルムのその考えを理解するだけの知能と、政治勘がある。
話し合いの場所に防音性の薄い部屋を選んだ時点で、この展開を読んでいた節さえあった。いや、そもそも王子自身が、そうなるよう仕向けたのだろう。
妹ルナリアに対して、声を荒げるよう誘導するために、品を崩さぬ程度ではあるが彼らしからぬ挑発があった点から間違いない。
逆に姉ルナリアは、単純にルアムの挑発に怒り、プルムの言葉を額面通りに受け取り喜んでいる。
少なくとも政治家としての能力は、ルナリアは兄妹に及ばぬようであった。
〇〇
(お姉様からの心証よくして、お兄様からもポイント稼いだけど……)
時間は戻り現在。13歳の時から兄と姉の狭間で、調整役の政治家として生きてきたプルムが当時のことを思い出す。
(結果的にラトヴィシュ家には、嫌われちゃったかも知れないのよね)
そう思った時、ふと気になることが思い浮かんだ。
「そういえば中佐……」
湖畔の船着き場に止められた馬車から、プルムが魔法使いにエスコートされ降りながら口を開いた。
「魔王国との戦争でうやむやになった王都の城壁問題、あなたはどっち派?」
「撤廃派さ、お姫様」
「……へぇ」
プルムが、魔法使いに対する視線を違うものに変えた。
「あんなの窮屈なものがあっても、息が詰まるだけだからね。ボクは自由に飛び回るのが好きなんだ!」
「……わたくしに気を使わなくてもいいんですよ」
「おっと、そういえばお姫様はルナリアと同じ意見だったね」
公的にはリード王国ではもう亡くなってる扱いとはいえ、第二王女を魔法使いが呼び捨てにして言った。
「ボクの意見は昔からこっちさ。ルアム王子殿下の前で宣言してもいい」
「ああ、そこまではしなくてもいいです。参考になりました」
「まぁとにかく、この件に関しては、ボクは何があっても君の味方さ!」
そう言って魔法使いが、持ち前の美しい顔に満面の笑みを浮かべる。そこいらの女性なら、そっちの趣味がなくても一撃で落ちてしまうであろう笑顔だ。
(へぇ……)
プルムがそんな魔法使いの顔を見て、少し感心する。
お兄様派が主流となった軍に所属してるのに、意見を変えないとはね。
もし、私に取り入ろうとして言っているんだとしても、それは凄い勇気。
あまりにチャラくて軽薄だから、ちょっと趣味じゃあなかったんだけど……
思ったより、芯がしっかりしている子じゃない。
そうプルムが魔法使いへの評価を少し改めたところで、もう一つ気になっていたことを尋ねた。
「ラトビシュ家のマロン夫人に関して、どう思います?」
プルムが、もしかしたら自分を嫌っている可能性がある人物の名を出した。
内心はさておき、表向きは城壁撤廃派のプルムが流した事実ベースの噂──
王女2人が城壁撤廃派であるという噂。
そのおかげで、王都の地価高騰の勢いは少し下がったが、ラトビシュ伯爵領であるこの夏都も煽りを受けた。
一時的ではあるが、地価が大いに下がってしまったのだ。
つまりは、プルムは夫人の資産を削った張本人である。
そして、バリバリの城壁撤廃派である魔法使いにも、無関係な問題ではない。
「マロン夫人か……こわいね」
魔法使いが、いつになく真剣な顔をする。
普段の軽薄さとは程遠いその表情に、プルムがただならぬものを感じ取った。
「こわい? 何かあるのですか?」
「髪が……美しすぎる……」
「は?」
予想外の答えに、プルムが思わず声を漏らした。
「あの美しい漆黒の髪! ビロードのような輝き! あ、あんなものを惜しげもなく人目に晒すなんて! 破廉恥すぎて、ボクはどうにかなってしまいそうだよ! も、もしあの髪で夫人がボクを包んできたら……はぁはぁ……ボ、ボクは夫人の愛の僕となり、なんだって言うことを聞いてしまうかもしれない! こ、怖い……考えただけで興奮が止まらなくなってしまう! 心臓が張り裂けそうだ!」
「…………」
息を荒げて語る魔法使いを、プルムは黙って見ていた。
2歩ほど下がって距離を取る。
きっしょ!
そうプルムが美しい魔法使いの顔を、ゴミムシを見る目で見て思った。
こいつ髪フェチかよ!
いや髪フェチなのはいいけど、言葉がキモい。
そういえば、こいつ私の髪の毛やたら触ってきたけど……
ひぃいいい、真相がわかるとキモイキモイキモイ!
あの時、性的興奮してたってことでしょ?
ってか、そもそも何?
あんだけ私にアプローチしておいて、目の前で他の女褒めまくるって。
そういうデリカシーないとこも嫌い!
「……ん?」
自分の考えと気持ちに、プルムが少し奇妙なものを感じる。
最後の部分、『嫉妬』?
いやいやいや、まさかね……
そう思い、プルムが目の前の魔法使いを見る。
「うう……あの髪を一房つまんで、ボクの鼻をなでなでしてほしい……それでくしゃみをしたい……焦らされて焦らされて……最後に気持ちよく出したい!」
いまだにマロン夫人の黒髪に対して、きしょい言動をして悶えていた。
そんな魔法使いの姿を見てプルムが
(うん、ないな!)
と、少しほっとしたように感じた。
面白かったらモチベと励みになりますので
ブクマや★評価してくださるとうれしいです。




