第49話 魔法使い
「今、ハニールーに残っている『盗品』は、これで全部だぜ」
そう言ってビネがルーレット台の、チップを置く場所に様々な品を並べた。
「他には食糧品なんかもあったが、そういうのはキッチンに持って行って食っちまったりしている。なんか残ってないか、探してくるかいプルム姉さん?」
「ああ、そこまでしなくてもいいわ」
ビネの申し出をやんわり断り、プルムが目の前の品々を凝視した。
喰って消えてしまう食料品であれば、ガンマンが急いでビネから回収する必要はないからだ。食って証拠隠滅してくれる。もしくは腐って捨てられる。
そうプルムは考えた。
そして一度太郎に視線をやり、肩を軽くすくめて見せる。
どうやら、パッと見では密輸犯に繋がりそうな品はないらしい。
証拠品をすでに売り払ってしまっているなら、ビネに買い戻させる必要がある。
が、今その話を切り出すのは不自然だし、信用度もまだ足りてないだろう。
先ほどビネに言ったように、今はこの盗品の中から一番高く値が付くものを売り捌き、信用を得る必要があった。
日本からの品──『舶来品』と、この世界では呼ばれているモノ。
そして、念のためそうではないものも持ってこさせてある。
「ビネちゃんには舶来品か判別難しいだろうから」と伝えて、そうさせた。
今回は『舶来品の鑑定が出来るかテストしてもらう』という名目だ。
だが、プルムの本当の目的は、ビネが盗んだとされている『密輸犯にとって大切な証拠品を見つける』である。だから盗品は、全てチェックする必要があった。
100均で売ってそうな皿や、故障した古いポータブルDVDプレイヤー、ステンレス製の魔法瓶、古いヘアヌード写真集、ただのボールペン。
どれも日本なら二束三文の品。
だが、このイシュメイルにおいては、とんでもないお宝の山である。
それの2倍ほどの数、このイシュメイル由来の盗品があった。
「さてと、この中で一番高く売れそうなものは……っと」
プルムが指揮者のように指を跳ね上げつつ、順番に品々を指していく。
「……(ワクワク)」
そんなプルムの姿に、ビネが目をキラキラさせている。
もしかしたら、不思議な道具の価値だけではなく、使い方もわかるかも知れないという思いがあった。
「これね」
だが、プルムが指さしたものは意外なものだった。
いや、意外ではないかも知れない。だからこそ『意外』なものだ。
「これかよ、姉さん」
あからさまに面白くなさそうな声で、ビネが呟く。
その視線の先では、赫赫とした輝きの宝石があった。
ルビーである。
サイズは10カラットほどだ。
この宝石に価値があるなど、鑑定士じゃあなくてもわかる。
ビネの声からは、そんな失望の気持ちがにじみ出ていた。
実際に、このサイズの質がよいルビーなら数百万、ものによっては数千万円の価値がある。そこは日本でもイシュメイルでも変わらない。
そもそも舶来品の鑑定が出来るか試せ、という話ではなかったのか?
「ガッカリした? ねぇねぇビネちゃん、ガッカリした?」
失望の声に、むしろプルムが楽しそうにそう尋ねてくる。
「ガッカリしたけど……その感じだと、なにかあるんだろ?」
興味が戻った声で、ビネが尋ねた。
そして一度ルビーを手に取って、凝視してみる。
何か特殊な魔力が秘められたり、いわく付きの宝石なのだろうか?
そうビネが考えた。
そんなビネに、プルムが衝撃の事実を伝える。
「そのルビーね、『特殊な錬金術』で作られた舶来品なの」
「マジかよ、プルム姉さん!?」
ビネが思わず声をあげ、何か変わった箇所はないかルビーをさらに観察する。
「なんで舶来品わかったんだ、姉さん?」
「コラコラ、ビネちゃん……」
違和感を見つけられず尋ねてきたビネに、プルムが言葉で釘を差す。
「目利きは、こっちの飯のタネ。そう簡単に教えると思う?」
「あっ……す、すまねぇ、姉さん」
自分が図々しかったことをビネが反省する。ノウハウは無形の財産だ。それを教えろということは、大切な金品を奪うことと大差がない。
「ふふ、でもまぁ今回は、私が鑑定士やれるかってテストだからサービスで教えてあげるね。誰にも言っちゃダメよ?」
と、微妙にプルムがもったいぶった感じで、自分の価値を高めつつ、かつ恩着せがましく語った。
「錬金術製のルビーはね、『成長線』が普通のルビーと違うの」
「成長線?」
初めて聞く言葉に、ビネが首を傾げた。
「ほら、そのルビーってよく見ると中に『木の年輪』みたいな線があるでしょ?」
「おおっ、本当だ! 確かにそんな感じになってるぜ!」
ビネが興奮気味に答えた。確かにうっすらとルビーの中に、木の年輪や、水面の波紋のような、同心円状の模様が確認出来る。
「それが他のルビーとの違いね。普通のルビーだと成長線は平行な直線、縞模様になっているからね。知ってる人が見れば、簡単にわかるわ」
プルムが舶来品のボールペンで、紙にささっと天然ルビーと人工ルビーの成長線の違い(≡が天然、◎が人工)を描きながら、そうビネに教えた。
ベルヌーイ法────
20世紀初頭に発明された人工ルビーの製法だ。
人類が初めて成功した、本物の錬金術とも言われている。
それ以前にも宝石を砕いて溶かして、再構成させた『人工宝石』は存在した。
だがベルヌーイ法は、宝石ではないアルミナや酸化クロムの粉末から、ルビーを作り出すことに成功したのだ。
卑金属の酸化物から貴金属の金ではないが、本物の宝石を生み出した。
まさに錬金術の求めていた一つの到達点である。
ただし、ベルヌーイ法で作られた人工ルビーには特徴があった。
プルムが言ったように、成長線が木の年輪のような形になってしまう。
そして、中に細かい泡を含むことが多く、その泡が綺麗な形になっている。
天然ルビーは成長線が平行線だし、泡を含むことがあっても形が歪だ。
ルビーが天然か人工かの目利きは、特殊な装置などなくても、ちょっと目が良ければ肉眼で簡単に見分けがつく。
「だけど、プルム姉さん……」
ビネが少し不安そうな顔をする。
「錬金術で作れちまうなら、価値はないんじゃ?」
「そこのところは、まだ大丈夫。錬金ルビー作る為に現時点だと、凄まじくコストがかかるから。だから、天然ものより遥かに高価だし貴重なのよ、今のところは」
虚実を交えたことを、プルムがペラペラと語った。
少なくとも日本では、人工ルビーにそれほどの価値はない。
コストも大してかからない。
だがベルヌーイ法が存在しないイシュメイルでは、間違いなく天然ルビーよりも貴重なものであった。
さらに、プルムは「まだ」とか「現時点だと」「今のところ」と、軽い脅しを含んだ言い回しをしている。
「早く売らないと無価値になっちゃうかもよ」と思わせるための言葉だ。
「まぁ、秘術だから錬金ルビーの価値を知ってる人は少ないけど。でもね、私にはこういう特殊な宝石を、高く買ってくれるコネがあるの」
そう言って、プルムがビネの手から人工ルビーを取った。
「私じゃないと、高く売ることが出来ない」そうプルムはアピールしていた。
ある意味、闇ギルドの採用面接でもあるから自己アピールは大切である。
「私を信じて、預けてくれるかしら?」
そう言ってプルムが、ルビーを手の中で弄んだ。
「そのルビーは、このハニールー商会の最後の生命線と考えていた」
ビネがじっとルビーを見て、呟く。もしこれがプルムに持ち逃げされたら、今度こそ本当にこの闇ギルドは終わりであった。
「だけど、姉さんはあーしの命を救ってくれたし、どうせこのままじゃジリ貧だ。だから、あーしは姉さんに賭けるぜ! 報酬は売上を折半でいい」
「ビネちゃんギャンブラーね。これはジャックポットを出してあげないと」
ふふっとプルムが微笑むと、ビネもふふっと微笑んだ。
「ただし、人質として太郎は置いていってもらうぜ!」
「いいわ」
プルムが即答した。
「私がルビー持ち逃げしたら、太郎のことは煮るなり焼くなり、婿入りさせるなり好きにしていいから。ね、いいでしょ太郎?」
ちらり、とプルムが勝手に人質に出された太郎に視線をやる。
「まぁ……いいけど……」
少し不安そうに、太郎が答えた。
人質に出されたことが不満なのではない。
もちろん、プルムが宝石を持ち逃げするなんて思っていない。
自分がプルムから離れている間、何かあったら守り切れないから心配なのだ。
「そこは、私の判断を信用してよ太郎」
プルムがちょっと悲しそうな顔をする。
その顔に太郎は罪悪感は湧かなかった。あからさますぎて、わざとらしい顔をしていたからだ。
「束縛強いのは嬉しいけど、信頼ってのは相手に預けて成長するのよ」
「あっ……」
プルムの言葉に、太郎が色々と考える。
完璧な存在などいない。
人間はいつだって不完全だし、相手のことなんて完璧にはわからない。
だけどそんな不安のなか「この人になら一度任せてみるか」と信頼を『預けて』みるのだ。そうして無事戻ってきたならば、その信頼は前よりも成長している。
もちろん、信頼を預けたところで裏切られて戻ってこないこともあるが。
プルムは、大丈夫と判断した。
ならばそれを信頼してみよう。
「わかった……」
太郎が静かに頷いた。
不満と不安に『耐えて』て、信頼してくれた太郎にプルムが微笑む。
「まっ、流石に護衛はつけるから安心してよ」
「……男の人?」太郎の声が、少し強張った。
「イケメン」
少年の嫉妬に心地よさを感じ、プルムがわざとらしくニヤニヤしながら、意地悪にそう答える。もっとも、それはプルムなりの精一杯の強がりだった。
そんなこんなで、今夜はそのままハニールー商会に泊まらせてもらう。
ルビーを売るのは、翌日ということになった。
〇
翌日早朝、リード王国の王城にて。
「やぁ、お姫様。ボクを指名してくれて嬉しいよ」
白皙の貴公子といった美形の若い将校が、そう言ってプルムの手を取った。
襟に中佐の階級章が輝いている。
年は18歳ほどで、ショコラブラウンのショートヘア。
身長はプルムより首一つ分高く、180センチはないがそれに近い。
金糸の肩章がついた、白い近衛の軍服を着ていた。
白いケピ帽を被っており、通常よりかなりツバの部分が長い。
そして、軍服にも帽子にも、絢爛豪華なリュネビル刺繍が施されている。
美しく華やかだが、プルムの好みからすると少し派手にすぎる。
元が重厚で厳粛な軍服ゆえ、このアレンジは少し軽薄な感じにすら思えた。
王城の中であるが、中佐は脱帽していなかった。リード王国では、軍人は室内であっても食事中以外は帽子を外さないからだ。相手が王族であってもだ。
「おや? 髪型を変えたんだね、お姫様。すっきりして可愛らしいじゃあないか」
そう言って中佐が許可していないのに、勝手にプルムの髪を触った。
「……早朝から呼び立てて、申し訳ありません中佐」
馴れ馴れしい中佐の無作法を無視して、プルムが淡々とケープ越しに言った。
喪服のような黒い服を着ているので、それに相応しい態度である。
今回はお忍びでとある貴族の元へ向かうので、王族にしては派手さを抑えた格好をしていた。あくまで王族としてはだが。
喪服にも見える黒いワンピースドレス。
プルムの趣味で、少しゴスロリ風でフリルマシマシになっている。
一応顔の上半分は、黒いベールで隠していた。
そんなプルムの拒絶を含む声色を、理解していないのか理解した上で堪えてないのか中佐が顔をさらに近づけてくる。
「中佐だなんて、そんな他人行儀な。ボクのことは前みたいに『魔法使い』と呼んでくれたまえよ、お姫様」
ふふっと自分を魔法使いと名乗った中佐が微笑む。
「勇者パーティーの魔法使いが、君を守ってあげるからさ」
「ええ、中佐。本日はよろしくお願いします」
珍しく仏頂面で、プルムがマリーナ姫としてそう言った。
失敗したわね。
正直そう思った。
今回のボディガードを、勇者パーティーの魔法使いに頼んだことではない。
以前軽い気持ちで、この魔法使いに『ため口』を許可したことについてだった。
想像以上に馴れ馴れしくなってしまったが、今更やめさせられない。
王族に二言はないからだ。
魔法使いがするりと腕をプルムの腕に絡め、エスコートの態勢になって並ぶ。
「それじゃあ行こうか。お姫様のために、魔法使いが素敵なカボチャの馬車を用意してあるよ」
「…………」
ウザい飼い主に顔を近づけられた猫のように、プルムが首から上を出来るだけ魔法使いから離そうとする。それ以上の抵抗はせず、足早に馬車へ歩を進めた。
とっととこいつから、離れたかったからだ。
そのあとも、中佐はベラベラとひとり好き勝手にしゃべりまくってきた。
プルムが可愛らしいだの、今度個人的に会いたいだの、ナンパ男が相手が食いつくまで、色んな話題を無秩序に語り掛けるように言葉のマシンガンを浴びせる。
「最近、お姫様は勇者と仲がいいじゃあないか。ボクは寂しいよ。その可憐な百合の花園の間に挟まりたいと、ずっと思っていねて。それで今度……」
「中佐……」
いい加減、黙ってほしいという願いを込めて、プルムが静かにそう言った。
「あなたが『女性』で、本当に良かったですよ」
「ははは、ボクが男だったら、もっと惚れさせてしまったからね。お姫様を恋煩いで狂わしてしまうところだったよ」
と、自信満々に男装の麗人である魔法使いこと中佐が、高らかに笑った。
「でも仮にボクが男だったとしても、残念だけどボクらは結ばれないよ。世界中にボクを求める子猫ちゃんがいるからね。キミだけの王子様にはなれないのさ」
「…………」
いや、男だったらとっくにぶん殴ってるわよ。
ってか、なんで私がフラれた風になってんのよ!?
そうプルムが思った。
そのプルムの不満な感情を、魔法使いがようやく察する。
神妙な面持ちになって立ち止まった。
「悲しませたみたいだね。でも、安心して。お姫様がボクを求めるなら、世界の果てだろうが、地獄の業火の中だろうが、駆けつけてあげるさ」
そう言って魔法使いが、プルムを後ろからぎゅっと抱きしめた。
「……………………」
ウゼぇええええええええええッッッ!
そうプルムが死んだ目をしつつ、心の中で絶叫する。
女の子だろうが、ぶん殴ってやろうかしら……こいつ!
クソ、顔がよくて積極的だから、面白半分でため口許可しちゃったのが失敗だったわ、マジで。男装の麗人なんて、本来は好きな属性だったし。
いや、悪い子じゃないのはわかってんだけどね。
でも濃くて脂っこすぎるのよ、こいつ。
早朝からカツカレー食わされたら、胃もたれするわ!
勇者パーティーの他の子にボディガード頼みたかったけど、こいつくらいしか暇そうなのいなかったから、仕方なく指名した。
勇者ちゃんはさすがに昨日会ったばかりだし、髪短くなってるしで正体バレそうだし。いや、勇者ちゃんなら気付かないかもしれんけど。
昨日、太郎を心配させないよう強がってみせたけど、予想以上にキッツいわ。
マジで、こいつと会うのは年1回、それも5分くらいで十分ね。
辟易した顔でプルムがそう思い、魔法使いがドアを開けエスコートする馬車の中に乗り込む。
魔法使いは、微妙にプルムが苦手なタイプであった。
面白かったらモチベと励みになりますので
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