第48話 嘘と不安
渡来太郎は、不安だった。
最近、プルムが『嘘』をつく姿を目の前で何度も見続けたからだ。
彼女の嘘はあまりに上手で、誰も彼もが簡単に騙される。
その手練手管に感心すらしていた。
だからこそ、不安になる。
自分にも、プルムは嘘をついているんじゃあないかと。
そして、プルムほど頭がよくない自分には、その真偽がわからない。
しかし、以前はそれでもよかった。
自分を騙しているとしても、嘘をついて利用しているとしても、プルムのためにこの身と命を捧げられるなら、それが本望だった。
元からこの命に、執着などない。
だが何度もプルムから好きと言われ、身体を触れられるたびに、確かな喜びを感じるとともに、いつしか不安を覚えるようになっていった。
もしこれが『嘘』だったら、どうしよう……
そう思うと、胸に今まで感じたことがない痛みを覚える。
そしてプルムを疑うこと自体に、罪悪感で心が苦しくなった。
以前なら、プルムのために尽くすことさえ出来ればそれでよかったはずなのに。
こわい……
そう太郎が、どんな強敵にも感じなかった恐怖を覚える。
12歳の少年は気付いていなかった。
自分のプルムへの『愛』が、献身から違う形の愛に変化しつつあることに。
〇
広い広い地下室に、プルムと太郎は肩を並べて座していた。
「闇ギルド『ハニールー商会』にようこそ」
黒い革のホットパンツに、おへそ丸出しの白シャツ、そして深紅のギャバジンで出来た驃騎兵の肋骨服を、袖だけ通した少女がそう言った。
二の腕から上は、よく日焼けした健康的な素肌が露出している。
「ちゃんと名乗ったことはなかったな。あーしの名前は、ビネ・ハニールー。このハニールー商会の長をやらしていただいてやす」
12歳くらいでセミロングの赤毛をポニテにしている少女、ビネが名乗る。
今はフェニックスの赤い羽根飾りがついた黒と深紅のシャコー帽を被っており、子供が兵隊さんごっこをしながら、その制服を着崩しているようにも見えた。
シャコー帽とは目庇のある円筒状の帽子で、円筒の前面に金属製の大きく豪華な徽章がある。日本では、マーチングバンドでよく見かける高さのある帽子だ。
本来であればシャコー帽は、所属する聯隊の徽章が張り付けられている。
だが、ビネの帽子はハニールー商会の代紋がついている特注品であった。ちゃんとポニテの髪を出すための穴も開けられている。
(このギルドのトップであること示す、王冠みたいなものかしら)
そうプルムが、改めてビネに自己紹介している中で思った。
ミツバチをモチーフにした代紋の意匠は、先ほど出会った他のハニールーの構成員もバッジや他のアクセサリーとして身に着けているのを確認してある。日本のヤクザの金バッチと違い、ある程度が構成員の裁量に任せているようだ。
(閑散としているけど、ここは裏カジノだったようね……)
プルムが今、自分らがいる場所を見回してそう思った。
ビネたちに連れてこられたのは、表向きは一見普通の集合住宅であったが、その地下には広い空間があり、プルムの想像するようにカジノだったようだ。
だが今は、客はおらず閑古鳥が鳴いている。
閉店時間なのではなく、しばらく休業してやっていないようであった。
3人は椅子ではなく、厚手の緋毛氈が敷かれた床に座っている。
みな靴を脱いで、正座をしていた。
「……う」
太郎がもぞもぞと、座り心地悪そうにしている。
プルムは茶道で、ビネはそれこそ闇ギルドのこういう儀式で慣れていたが、太郎は正座に慣れておらず、一番日本人のような見た目なのにもう痺れてきた。
「それじゃあプルム姐さん、さっきも言った通りあーしと姉妹盃を交わしてくれ。四分六分の盃で、姐さんが六分だ」
ビネがそう言うと、伊達男がペットボトルに入ったコーラと、プラスチック製の小皿を恭しく持ってきた。
そして、小皿半分ほどに、コーラを注ぐ。
これだけ見れば、ビネの年も相まって子供のヤクザごっこだ。
「……う」
プルムが笑いをこらえるのに、大いなる努力と労力を必要とする。
しかし、ビネ本人たちは大真面目だった。
コーラもプラスチック製の皿も、イシュメイルには本来存在しない別世界のものであり、彼らにとっては厳粛な儀式に用いるべき特別な高級品だ。
帝国と一番関係が冷え込んでた時期や、最近では魔王軍と戦時中に、予算確保のためにリード王家が結構な量の日本の品を、貴族や金持ちにばら撒いていた。
それでもやはり数に限りがあるので、庶民の手には入りづらき貴重品である。
「先に姐さんが六分飲んで、あーしに渡してくだせぇ」
「ええ、わかったわ」
プルムが言われるがまま、プラスチックの皿に注がれたコーラを飲む。
毒に対する不安はあったが、やむを得ない。
今はとにかく、調査のためにこの闇ギルド『ハニールー商会』に深く潜り込まねばならないからだ。幼いとはいえ、長のビネとの関係強化は必須である。
「これであーしらは姉妹。今後は姉さんと呼ばせていただきやす」
四分のコーラを飲み干したビネがそう言った。
そして両膝の外側の緋毛氈に拳を軽くつけ、頭を下げる。
日本では爪甲礼と呼ばれる武家が好む礼だ。
王家が武人を自認するリード王国では、かなり上位の礼という扱いである。
「さっきみたいに、『お姉ちゃん』でもいいんだけど?」
「あの時のことは、忘れてくだせぇ……」
プルムの言葉に、ビネは恥ずかしそうに赤面した。
ここ百年ほどで、この世界の闇ギルドは明らかに日本の極道に影響を受けた風習が多くなっていた。今回の盃の儀もその1つである。
親子盃、兄弟盃はヤクザが疑似的な家族関係を結ぶための、重要な儀式だ。
また、兄弟盃はそれぞれが飲む量で、力関係が変わる。
お互い五分五分の対等なものもあれば、片方がちょっとだけ多い兄と弟的な関係になるもの、量に明確な差があり片方が実質『舎弟』という子分になるもの。
今回のビネとプルムの盃は、四分六分なのでプルムがまぁまぁ敬意を払われる姉というポジションになったと考えてよい。
とはいえ親子盃と違って兄弟盃や姉妹盃(後者は日本にはないが)は、別の組織の者同士で行われることもあり、今回はそのパターンである。
プルムたちが闇ギルド『ハニールー商会』に入ったことにはならない。
所詮はまだまだ余所者。
証拠らしき盗品の詳細を知る為には、さらに関係を深める必要がある。
〇
「ビネちゃんと姉妹になったから教えちゃうけどね、実は私と太郎は対立しているさる組織の跡目同士なのよ」
そうプルムが語り出した。
勇者王と聖剣王は実際に対立していたから、あながち全てが嘘ではない。
「へい……」
背筋を糺し、ビネがプルムの次の言葉を待つ。
「でも恋に落ちた私たちは、駆け落ちした……って『体』になってるわ」
「体って申しますと、姉さん?」
恋バナっぽいので、内心は結構乙女なビネが食いついてくる。
「ああ、体なのは駆け落ち部分だけで、恋は本物よ」
「ええ、それはもうお二人さんを見てれば、わかりまさぁ」
そんなプルムとビネのやり取りに、太郎はむず痒く感じつつも嬉しさを覚える。
「私たちの親の両組織としても、実はこれ以上対立を続けたくないの。でも表向きは結婚に反対しなきゃいけない。そこで、私たちに『駆け落ち』という形で潜伏してもらって……ふふ、子供が出来るのを待っているのよ」
そう言ってプルムが、「ね、太郎?」と微笑んだ。
嘘とはわかっていたが、太郎が少し顔を赤らめ、無言で頷く。
「子供という『既成事実』を以って、両組織は対立をやめたくてね。でも、面子の手前そんなこと表立って推奨出来ないから、駆け落ち先は知らないし知ってはいけない。私たちも居場所を秘密にして、子作りに励まなきゃいけないわけなの」
再びプルムが太郎に視線をやって「赤ちゃんいっぱい作ろうね」とからかうように声をかけた。今度の太郎は顔を赤くして俯くばかりで、答えようとしない。
「そういう事情がありやしたか」
ビネが納得したように、何度も頷く。
「いやはや、二人とも堅気ではない雰囲気なのに、高貴な佇まいがありやしたが……まさか、さる闇ギルドのご令嬢と若旦那とはおみそれしやした」
「どーも、ビネちゃん」
「是非とも、目的達成までの間は、ゆるりとご逗留ください姉さん、太郎」
ぺこり、と頭を下げたビネを見て、太郎が「上手いな」と思った。
もちろんビネではなく、プルムの言葉のことである。
自分から情報を開示していると見せかけて、実は自分らに対する検索や調査を、一切出来ないように誘導する言葉だった。
下手にプルムたちのことを調べるために聞きまわったら、抗争中の2つの闇ギルド、しかも和解に向けて水面下で慎重に立ち回ってる連中の思惑を台無しにしかねない──────と、ビネ側に思わせる。そんな嘘。
しかも、かなり長い時間この闇ギルドに潜伏できるようにする設定。
むろん、今回はビネがプルムに恩があるから有効な嘘である。
敵対者であれば「そんな事情は知らん」と調べられるだろう。
本来は、この調査期間中は自分たちは姉弟という設定でいく予定だった。
だから、プルムの話はこのハニールー商会に潜入すると決めてから、あっという間に頭の中で組み立てたストーリーなのだろう。頭の回転の速さが段違いだ。
十分納得させ、調べさせないようにし、時間もたっぷり稼ぐ。
完璧なカバーストーリー、鮮やかすぎる嘘。
だから……だからこそ、不安になる。
プルムに対して、胸が苦しくなる。
そう太郎が、隣にいるプルムに対して思った。
「私の方の裏事情を明かしたから、ビネちゃんについても聞きたいけど……」
大嘘ついておいて、さも公平や対等を求めるような言い方をプルムがする。
厚顔無恥にもほどがあるが、これがプルムという女の強みであった。
むしろ逆に、この図々しさが彼女の嘘の信憑性を高めることになっている。
「カジノなのに寂れちゃってる……ってか、しばらくやってないみたいだけど、なんでなの?」
「ああ、それは……」
少しの間、ビネが困ったような顔をする。
言いづらいというより、何から説明したもんかという感じだった。
「今年の春先ごろあった、この南地区の大火が原因でさぁ。それで私がスリで稼がにゃならんほど、ちぃとばかし落ちぶれちまいやして」
「……へぇ」
「…………」
その言葉に、プルムと太郎が神妙な面持ちをする。
「敵対組織に火ぃつけられたんですが、それで先代やっていた私の親父やらハニールー商会の人間が焼き殺されちまったんです。さらに偽造書類作るニンベン師や舶来品の鑑定士やら、お抱えの凄腕の女殺し屋とか……死んだり行方不明で」
「女殺し屋?」
プルムが詳細を求める意味で、その言葉を復唱した。
「ええ、赤髪の女がギルドお抱えの殺し屋をしてたんでさぁ。薹が立っていやしたが、たいした美人さんで男何人がかりでも勝てない凄腕でした」
(…………お母さんだ)
そう太郎が、ビネの語る女殺し屋の正体を察する。
そして、思いついた。
僕が、お母さんの代わりにこの闇ギルドの『殺し屋』になれば……
そうすれば、より信頼を得られて麻薬密輸犯に繋がる証拠かもしれない『盗品』を調べられるようになるかも。
プルムの役に立つことが出来る。
「ねぇ……ビネ……」
僕を、『殺し屋』としてここで雇って。
そう太郎が言おうとした時だった────────
「うっ……にゃ……ッ!」
太郎の痺れた足の裏を、プルムが指先でちょんと小突いた。
そのため、太郎は次の言葉を発することが出来なくなる。
代わりにプルムが口を開いた。
「ねぇ、ビネちゃん。舶来品の鑑定士って言ってたけど、もしかしてこのカジノって贓物の資金洗浄のためのものじゃあないのかしら?」
贓物────
盗品そのものや、それを売って得られた汚い金のことだ。
「贓物をカジノのチップに変え、換金所を通すことで綺麗な金に換えるのね」
盗んだ金、盗んだものを売って得た金ではなく、カジノで勝った金という名目に変えるのだ。そうすることで、捜査機関が摘発しにくくなる。
「その金はどこで手に入れた!」と捜査機関が問い詰めても
「カジノで勝ったんでさぁ。交換記録もちゃんと残ってます」と言い逃れられる。
なお現在、カジノが合法の国の多くでは一定額以上のチップ交換の際に、きちんと本人確認と金額の記録をつけるので、カジノを利用した資金洗浄は難しい。
法整備が済んでない異世界リード王国だからこそ、出来る手段である。
「え、ええ……姉さん。ご明察です」
「でなければ、このカジノが今やってないのがおかしいからね。ふふ、賭博自体はこの国だと合法だしね」
盗品をチップに変えてくれる鑑定士がいてこその、この闇カジノであった。
しかもこの闇カジノは、舶来品の鑑定もしてくれる。
そして、このイシュメイルでは『舶来品』と言われる異世界のもの──
日本から持ち込まれたものを鑑定出来る人間が、なぜ裏社会にいるのかプルムは不思議に思わなかった。
帝国の調査騎士団が厳しくスキルの乱用を見張っているから、リード王家は元々裏社会から日本の品を転売することが多い。それをプルムは知っていた。
王家の息のかかったものを、代理人として裏社会に用意しておくのだ。
元々舶来品を裏で流して売り上げを王家に納めていた者が、その経験を生かしてここで鑑定士をしていたのであろう。もしかしたら、潜入捜査官かもしれない。
「私、『舶来品』の鑑定が出来るわよ、ビネちゃん」
プルムがビネを真っすぐ見つめ、そう言ってドヤ顔の笑みを浴びせた。
「私が死んだ鑑定士に変わって、この闇ギルド『ハニールー商会』の鑑定士になってあげる。ずっとタダ飯食らって寝泊まりするのも、申し訳ないしね」
「そ、そうしてもらえたらありがたいんですが、姉さん……」
「本当に、鑑定出来るか不安?」
少し困ったようなビネの反応に、プルムが面白そうに言った。
「失礼ながら……その通りでさぁ」
ほっとしたような顔でビネが答える。
言いづらいことを、プルム側から切り出してもらったからだ。
ビネの反応は当たり前だった。
この世界から見れば異世界である日本の物品の正しい価値をわかるものなど、そうはいない。裏社会に潜伏しているリード王家の息がかかった人間か、それ以外には『異界』のスキルを持つ王家の人間くらいだ。
「ふふ、だったらテストとして、最近手に入れた『盗品』を持ってきてよ」
王族、第三王女マリーナであるプルムが余裕たっぷりの笑みを見せる。
「一番良いもの鑑定して、高値で売りさばいてきてあげる」
「わかりやした。プルム姉さんがそう言うなら、用意いたしやす」
「ふふ、ありがとビネちゃん。ああ、それと……」
プルムが立ち上がるビネに微笑み、こう続けた。
「最初会った時のような喋り方でいいよ。せっかく姉妹盃を交わしたんだから、もっと本当の姉妹みたいな感じできてよ」
「……わかったぜ、プルム姉さん」
少しこそばゆそうな顔をし、ビネがそう言った。
そして伊達男を引き連れて、盗品を持ってくるべくこのカジノから出ていく。
〇
「…………」
早い。
そう太郎が、出ていくビネを見送るプルムを見て思った。
もう小目的である『盗品を調べる』を達成しようとしている。
自分だったら、この闇ギルドで一所懸命働いて地位を挙げて『信用を得てから』目的である『盗品を調べる』というミッションに取り掛かる
信用を得ないと、犯罪の証拠でもある盗品を見せてもらえないからだ。
実際そうしようと思って、僕はここの殺し屋になろうとした。
だけどプルムは、そんな面倒なことすっ飛ばして、信頼を得る行動自体で、目的の『盗品を調べる』ミッションを達成しようとしている。
調べるための大義名分を、持ち前の観察力で見つけ出して……
このカジノが寂れていることと、ビネのちょっとした言葉から────
ハニールー商会が、今一番『鑑定士』を必要としていることを見抜いた。
「…………」
悔しい。
そう太郎が思う。
自分の不甲斐なさに、悔しいという気持ちになっていた。
これはスキルじゃない。
だから、自分にも可能なことだった。
もちろん、自分には日本の品の鑑定なんて出来ないが、プルムなら鑑定が出来ることに早々に気付くべきだった。
学ばなくちゃ。プルムのような、視点を。
俯瞰的、多角的なモノの見方を。
もっと賢くなって、プルムの言葉が嘘かどうかわかるようにならないと。
「……ふふ」
プルムが横目で、悔しさを滲ませている太郎を見て優しく微笑む。
ここで悔しさを感じられるってことは、ちゃんと伸びる子だと思ったからだ。
そもそもボンクラなら、「なんだかわからないけど、プルムが鑑定士になるんだなぁ」くらいにしか思わず、悔しさなんて感情とは無縁だ。
「…………」
プルムの柔らかな感情が伝わってきたのか、太郎が考えを切り替える。
反省と自己批判はここまで。これ以上、それらをしている余裕はない。
僕の今やるべきことを、やらなくちゃ。
そう太郎が考える。
ビネも他の闇ギルドの構成員も、今は盗品を取りに行っている。
この場には、プルムと僕以外は誰もいない。
だから、何かあった時にプルムを守れるのは僕だけだ。
そのためには、この正座という座り方はよくない。
よくわからないが、足が変な感じになっている。
急に何かがプルムに襲い掛かってきても、守れる体勢を取らないと。
そう思って太郎が立ち上がろうとする。
彼は気持ちを切り替えたつもりだったが、完全ではなかった。
そのため、少し焦りすぎていた。いや、無知故だったか。
初めて経験する正座の痺れが、どのようなものかわかっていなかった。
「わ……」
太郎が立ち上がろうとした瞬間、足をもつれさせて倒れてしまう。
倒れ込む方向は、本来は守ろうとしていた対象だった。
「おっとっと……」
太郎に押し倒される形になったプルムが、そんな声を漏らす。
緋毛氈の上に横たわった彼女の胸元には、太郎の顔があった。
「え……えっと……」
女の子の上に圧し掛かっている男の子側、太郎の方が何故か困ったような、申し訳なさそうな、泣きそうな顔をする。
プルムに怒られたり、嫌がられるのではないか不安だった、
そんな太郎の頭を、プルムが優しく撫でる。
そして────
「……する?」
と、女神のような笑顔で、そう尋ねてきた。
「ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと何してるんだぜ、姉さんッ! 太郎!」
盗品抱えて戻ってきたビネが、そんな二人の姿を見て声をあげてしまう。
顔を真っ赤にし、わなわなと震えてた。
「こ、子供作んなきゃいけないからって、こんなところでやるもんじゃないぜ! ふたりとも想い合ってるなら、もっとこう……場のムードってのが」
闇ギルドの長として悪ぶっているが、根が乙女なのでこういうシーンに対して、色々と思うことがあるらしい。
「…………」
太郎も顔を赤くしたまま、足が痺れているのでゴロンと横に転がってプルムの身体から離れる。
「おっと残念」
冗談か本気かわからぬ声で、プルムがそう呟いた。
「ああ、それでビネちゃん。盗品はそれで全部?」
すん、と何事もなかったかのようにプルムが上体を起こし、普段通りの声でビネに尋ねた。その顔はさざ波一つ立っておらず、平静そのものである。
「…………」
そんなプルムの顔を見て太郎が「やはり自分は、どうとも思われてないのではないか?」という不安感を、より強めた。
「あ、ああ、まだあるぜ。もうちょっと待っててくれ、姉さん」
そう言って、ギルド長のビネ自ら再び盗品を取りに戻る。
このギルドの生命線なのか、下っ端には任せられないようだ。
おそらくどこに隠してあるかすら、秘密なのだろう。
「太郎、手を……」
ビネが再び地上階に行ったのを見送ってから、プルムがそう言った。
「?」
その言葉に、言われるがまま太郎が右手を差し出した。
プルムが太郎の右手首を、左手で掴む。
そして────
「…………ッ?」
無表情な太郎が、目を見開く。
プルムが、太郎の右手を自分の胸元に突っ込ませたからだ。
いつの間にかブラウスの襟を緩め、右手で下のインナーごと引っ張って手が潜り込む隙間を作ってある。
「なっ……なにを……」
「太郎、手に集中して」
困惑に声を漏らしそうになった太郎を、ぴしゃりとプルムが制する。
そのまましばらくの間、自分の胸を太郎に触らせた。
「……私の鼓動、伝わってくるでしょ?」
そう真っすぐ太郎を見つめながら、プルムが優しく囁いた。
「……うん」
太郎も真っすぐプルムを見つめ返し、静かに頷く。
プルムの柔らかく、暖かな胸元の下から、「ドクンドクン」と早いリズムを刻む鼓動を指先に感じたからだ。
「言葉や表情ならいくらでも嘘をつけるけど、心臓までは嘘をつけないわ」
「……あ」
「ふふ、太郎に押し倒されたから、こうなっちゃったのよ」
ほんの少し照れ臭そうに、顔を赤らめてプルムがそう伝える。
もう太郎は、その言葉も顔も疑うことはなかった。
「太郎、最近不安そうにしてたからね。大丈夫? おっぱい揉む?」
今度はプルムがからかうように、そう言ってくる。
だが太郎は、静かにプルムの胸元から手を引き抜いた。
「別に、いい……」
拒否はしたが、不快とは程遠い声色。
「ここに手を入れてたら……プルムを守ることが出来ないから……」
そう太郎が答える。
その顔には一切の不安の色がない、晴れやかなものであった。
〇
プルム・アンシャールは不安であった。
最近、自分が『嘘』をつく姿を太郎に何度も見せたからだ。
そのせいで、太郎が色々と不安になっているのを感じた。
もっとも、太郎が『不安』になること自体は、まぎれもない彼の精神的な成長によるものなので、多少の喜びを覚えないわけではない。
太郎のことが好きであることに、嘘偽りはなかった。
紛れもないプルムの本心だ。
だからこそ、最近は積極的に好き好きアピールをしている。
わかりやすく、柄でもないのに身体も張ったつもりだった。陰キャゆえ女子同士でも、ボディタッチ少な目なタイプであるのにだ。
だが、そのつもりでも出力されたものは、セクハラじみた言動ばかりである。
下手くそな色仕掛けじみた身体的接触。
エッチしようだの、赤ちゃん作ろうだの、はしたないセリフ。
逆効果だったのか太郎がより困惑し、不安を高めていくのを感じた。
うーん、難しいわねぇ。
そうプルムが思う。
嘘で人を信じさせたり、思うがままに操るのは、とっても簡単なのに。
自分の本当の想いを信じてもらうのが、こんなにも難しいなんてね。
面白かったらモチベと励みになりますので
ブクマや★評価してくださるとうれしいです。




