第47話 闇ギルド
(失敗した……闇ギルドに対して、私は思い違いをしていた……)
正面に並ぶ闇ギルドの構成員たちを前に、プルムが膝をつく。
自慢の話術でも、太郎の暴力でも、もはやどうしようもないだろう。
甘く見ていた。
こんなことになるなんて、予想出来なかった。
(くっ……ロロくんの言うことを聞いていればよかった……)
そうプルムが、慙愧に堪えない思いに、唇を噛んだ。
時間は少し遡る。
●
「もう行ってしまうのですか、プルムさん?」
少しだけ勇者が寂しそうな顔をして、プルムの目を真っすぐ見た
太郎とロロが戻ってすぐ、プルムが帰ろうとしたからだ。
「うん、家族が心配しちゃうから」
まぁ、家族って言ってもマフィアのファミリー的な家族だけど。
そうプルムが、太郎が背負っているビネに一度視線をやった。
「大丈夫でありますか?」
ロロ少年が、心配そうに尋ねた。
「先ほども伝えた通り、ビネさんは脳の虚血時間が長かったから、おそらく脳細胞にかなりのダメージを受けたと思われるであります」
そう怖いことを伝えてきた。
ただプルムは、脳に現代医学や治癒魔法では回復出来ない不可逆的なダメージを受けた者が、勇者のスキルなら再生すると知っていたので不安にはならない。
「もちろん、先生のスキルで脳細胞も回復しましたが、その場合は目覚めた直後は一時的なせん妄 、性格の変化、その他色々な症状が現れる可能性があります」
目覚めてから落ち着くまで、ここにいればどうかとロロは提案していた。
だがむしろ、プルムにとってはここが怖い。
ビネは闇ギルドの少女だから、正常な状態だったなら口が堅いだろう。
余計なことを、ペラペラしゃべるような人間ではない。
だが、せん妄で判断力が低下しているなら、先ほど起こったプルムたちにとってあまり知られたくないことを、勇者やロロに口走るかも知れないからだ。
そして、早めに出ていきたい理由は『もうひとつ』ある。
「用意している夕食が冷めちゃうから。だから、もう行くね」
理由付けとしては少し弱いかしら?
まぁ、ゆるい理由でも、理由があるから無理には反対しないでしょ。
そう考えながら、プルムが扉を開ける。
そして一度振り返って、勇者を見た。
「今日はどたばたしちゃったけど、今度お昼にゆっくりお茶でもしようね」
「はい、プルムさん!」
プルムの言葉に、勇者が嬉しそうな顔で答えた。
〇
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
ビネを背負いながら、プルムが夜の王都南地区を当所なく歩く。
「はぁ……はぁ……どっちでもいいから、早く出会いたいわね……」
もうプルムが息を切らしている。
体力がないから、小さな少女ビネを背負って少し歩いただけで限界だった。
しかし東京でそうしたように、ビネと一緒に乗馬することも、ビネだけ馬の背に乗せて運ぶことも出来ない。
太郎から離れすぎるために、プルムたちのことを守るのが困難になるからだ。
ゆえに、太郎が代わりにビネを背負うことも出来ない。
「どっち……でも?」
プルムの言葉に、すぐ傍らにいた太郎が首を傾げた。
左手で葦毛の馬の手綱を引いている。
よく躾けられた馬なのであろうか。ほぼ抵抗なく太郎に大人しく引かれ、プルム一行たちと一緒についてきていた。栄養斑点が出ているので、調子も良い。
密輸犯の一味は、人間はさておき馬に対する扱いは極めて良いようだ。
栄養斑点とは、馬のコンディションが最高の時に現れる斑点模様である。古くから馬の調子が絶好調時に出るものと知られており、16世紀に描かれた重要文化財の『牧馬図屏風』でも、多くの栄養斑点を持つ馬を見ることが出来る。
「ビネちゃんを狙っている麻薬密輸犯の一味か、ビネちゃんの仲間かよ」
「当たりは……前者……から」
『順番』を強調して、太郎が納得したように頷いた。
「そうね。ま、確率は低いけどね」
再びビネを狙った密輸犯が『先』なら、使い捨ての駒でも捕えれば真相への情報を少しは得られる。女子供しかいない今が、相手からしても襲撃のチャンスだ。
そいつらを生け捕りにしたのち、目覚めたビネに奴らから盗んだものを聞き取れば、情報は2つ得られる。
逆に、先にビネの仲間がビネを保護した場合、密輸犯が襲撃しにくくなる。
その場合は、ビネが盗んだモノに関する1つの情報しか得られない。
だからこそ、ビネの意識が戻ってない段階で、外に出たかった。
ビネの意識が回復していたら、ロロあたりを闇ギルドの元まで使いに行かせて、大量の仲間を勇者の闇医院に引き連れて自分を『保護』させたろう。
その場合は、麻薬密輸犯の襲撃を期待できない。
情報を1つしか得られないのが確定する。
プルムの行動はリスクを伴うが、リターンが増える可能性があるものだった。
裏を返せば、そんなリスクを背負わなければならないほど、現時点では麻薬密輸犯に関する情報が乏しい。出来ることなら、今回の恩でビネの所属する闇ギルドに潜入したいところだった。表の世界では得られぬ情報を得られるかもしれない。
〇
「おっ?」
プルムが前方を見て、何かに気付いた。
この町の浮浪者らしき男が、こちらを指さしている。
そして、その近くに強面の男たちが5人ほどいた。
(ハズレっぽいわね……)
そうプルムが、浮浪者に金を渡す男たちを見て思った。
あれはたぶん、ビネちゃんの闇ギルドの連中ね。跡継ぎのビネちゃんが行方不明になったから、町の人間に情報提供を求めていたってとこかしら。
もちろん、密輸犯たちが同じことやってる可能性はある。
ただ密輸犯視点だと、あの森から私たちが王都に戻ったか不明だし、時間もそんなになかった。さらに、夜の城門が締まった王都に入る手段は限られている。
なにより、隠密潜伏が基本の連中が聞きまわるのも、らしくない。
そんなに多くない夜間の城門を行き来する者から正体が絞られるし、聞きまわるってことは、それだけ色んな人に接触し、顔を見せることになるからだ。
もちろん油断はしないし、密輸犯が聞き込みという間抜けな真似をしていた希望は捨てないでおくけどね。
そんなことをプルムが考えていると、男たちが駆けつけてくる。
「お嬢!」「やっぱりお嬢だ!」
男たちが口々に、プルムの背に背負われているビネを見てそう口にした。
そして、血の気の多そうな若い衆がプルムをじろりと睨む。
「てめぇら、お嬢に……」
「あなたたち、『ゴールド・チャリオッツ』?」
男たちが言い切る前に、プルムがその組織名を口に出した。
「……違うが」
「ああ、よかった。連中だったらどうしようかと思ってたわ」
「…………」
自分の言葉に『興味』を持ち始めた男たちの瞳を、プルムが確認する。
プルムとしては一番面倒なのは、聞く耳持たず襲い掛かってくることだった。
しかし、『興味』は瞬発的な暴力の衝動を挫く。
時間的制約がないなら、ある程度は話を聞こうという姿勢にさせる。
男たちは、この町に存在する別の闇ギルドの名前を出したプルムに、確かに興味を持っていた。
「あなた方は、何者なのです? うちのお嬢に何が?」
リーダー格っぽい30歳前後の男が尋ねてきた。
顔は刀傷だらけだが、見た目とは裏腹に丁寧で落ち着いた声である。
癖のある短い黒髪の彫りが深い顔で、赤いシャツにストライプ柄で暗いグレーのジャケットを着ている。シャツの襟は立てており、刺繍の入った絹のスカーフをネクタイのように巻いていた。
知的で物静かだが、瀟洒な伊達男のヤクザ者。
そんな印象をプルムは受けた。
そしてプルムは、この手のタイプの男は嫌いではなかった。
委縮せずに理を持って語れば、きちんと話が通じるタイプだからだ。
あと闇ギルドのヤクザ者なのに、他のごろつきと違って清潔感がある。
女性としての本音だと、好印象の大部分は後者によるものだった。
「ビネちゃんが大怪我していたところを助けたの。アクターガ通りの裏にある闇医院のヒーラーが証人よ」
プルムがまず結論と、それが嘘ではない証拠(の所在)を明らかにする。
嘘だなんだと口を挟まれても、面倒なことになるだけだからだ。
「おい」「はい!」
伊達男が、下っ端っぽい男に声をかけると、下っ端はすぐさまアクターガ通りの方へ駆けだした。ちゃんと裏を取るつもりらしい。
「お嬢はなんで、そんな大怪我を?」
と、恰好としても顔の傷としても伊達な男が、そう尋ねてきた。
「それこそさっき言ったゴールド・チャリオッツに、捕まって売られたから。買った男が、ビネちゃんを殺そうとしている現場を目撃して、救出したわ」
さて、ここは信じてくれるかしらね?
そうプルムが考える。
嘘じゃないけど、常識的な価値観だと引っ掛かるところがいくつもあるし。
なんで、その現場を見ていた? 女子供が、どうやって助けた?
相手の男はどうなった?
深堀りされると、ちょっと面倒なことが多い。
「そんな……そんなこと……」
プルムの言葉に、伊達男以外の連中がふるふると身体を震わせた。
(あ、面倒なことになるかしら?)
そうプルムが思った次の瞬間──
「そんなことがあったなんてぇーッ!!」
「ありがとうございましたぁーッ!!」
「お嬢がくそお世話になりましたーッ!!」
チンピラたちが、全員『礼』をしてきた。
「……………………」
こいつら、物分かりいいわね。
そうプルムが、闇ギルドの構成員たちを見て思った。
〇
「それはそれは。お嬢が大変お世話になった恩人にも関わらず、とんだ御無礼を」
頭を下げつつ、落ち着いた声で伊達男がそう言った。
「お二方には心より御礼申し上げます。夜分にご足労おかけしますが、是非うちのギルドに遊びにいらして……ん?」
伊達男が何かに気付いた。
「…………」
プルムに背負われているビネが、目を覚ましたからだ。
「ああ、ビネちゃんおはよう。立てるかしら?」
ゆっくりとプルムがビネをおろし、両脇を支えながら立たせた。
疑われそうな行動は、極力排除しておきたかったからである。
本当にビネの恩人なら、ビネが意識を取りしたら、自由にさせて問題ない。
(さて、タイミングが良いやら悪いやら……)
虚ろな目のビネを立たせながら、プルムが内心そう思った。
不安要素があるからだ。
覚醒直後のせん妄状態で、あることないこと言うかも知れない。
記憶が混濁し入り混じって、私たちがビネちゃんを襲ったと言い出すかも。
その場合、この闇ギルドにあるかも知れない、密輸犯と関りがある盗品に関する情報が得にくくなっちゃう。
なんとか、この闇ギルドに潜入したいのに。
「あ……う……」
ぼんやりとしながら、ビネがプルムと太郎を交互に見る。
そして、次の瞬間に聡明なプルムでさえ予想がつかなかった行動を取った。
「うわああああん! こわかったよぅ……ッ!!」
そう言って、ビネが太郎に抱き着いた。
「……………は?」
その光景に、プルムが少し固めの声が漏れる。
「本当にね、本当に怖かったの。助けてくれて、嬉しかった! 好き! 好き! 大好き! わたしと結婚しよ、太郎! 好き好き好き好き好き!」
(…………誰? 誰なの、こいつ?)
ビネの豹変っぷりに、プルムが目の前の光景は夢ではないか疑い始める。
先ほどまでの狂犬っぷりが嘘のような、華憐で弱々しい声であった。
えっ、これが脳細胞の再生による一時的な性格の変貌?
い、いや、それよりビネちゃんがこんな別人みたいな感じになっちゃってたら、闇ギルドの連中が変に思っちゃうんじゃ……?
そうプルムが不安になり、連中の方へ視線を向けた。
「お、お嬢……」
「こ、これは……」
男たちが、ふるふると肩を震わせる。
「あのお嬢が女の子みてぇに!?」
「こんなになるまで、今までお嬢にストレスかけてたなんて!」
「本当に申し訳ねぇ!!」
「…………」
ああ、もう! こいつら本当に物分かりいいわね!
そうプルムが、闇ギルドの男連中を見て思った。
「うわっ……わぁ」
プルムが思わず声を漏らす。
今までクールだった伊達男が、天を仰いでボロボロと泣いてたからだ。
大人の男の人が泣く姿を初めて見て、プルムに動揺が走る。
「お嬢が……あのお嬢が堅気の御方と恋に落ちるなんて……」
「あ、あのー、そうじゃなくってぇ……いや、そうかもしれんけど……」
ビネに抱き着かれている太郎の婚約者たるプルムが、伊達男に何か言おうとするが、考えがまとめられず言い淀んだ。想像以上に動揺している。
「おう、おめぇら! これを機にお嬢には堅気の旦那に嫁入りしてもらって、すぱっとこの世界から足を洗ってもらおう! やっぱお嬢は、表の世界で幸せになってもらいてぇ!」
「ええ、兄貴その通りでさぁ!」
「お嬢の負担なくても、うちらだけでやっていけまさぁ!」
「いやいや、待って待って待って!」
そ、それだと困るのよ。
そうプルムが、勝手に盛り上がる伊達男たちを見て思う。
いや、ビネちゃんみたいな女の子が、裏社会から足を洗うのはいいんだけどね。
で、でも今だと困るのよ、今だと。
だって、その闇ギルドに潜入して密輸犯の情報欲しいんだから、こっちは。
急に寿退社されて無関係になられても、色んな意味で困るんだって!
「お若い旦那! どうぞ、うちのお嬢をよろしくお願いします!」
闇ギルドの構成員たちが、綺麗に整列して太郎に向かって『礼』をした。
(失敗した……闇ギルドに対して、私は思い違いをしていた……)
正面に並ぶ闇ギルドの構成員たちを前に、プルムが膝をつく。
自慢の話術でも、太郎の暴力でも、もはやどうしようもないだろう。
甘く見ていた。
こんなことになるなんて、予想出来なかった。
(くっ……ロロくんの言うことを聞いていればよかった……)
そうプルムが、慙愧に堪えない思いに、唇を噛んだ。
(ってか、太郎は何してんのよ! 抱き着かれたまま抵抗もしないで!)
ちょっとムっとしながら、プルムが太郎を睨む。
だが次の瞬間、太郎の救いを求めるような目を見て気付いた。
あっ、そうか!
私が闇ギルドに潜入したい意図を汲んでいるから、抵抗出来ないんだ。
構成員たちの前で、ビネちゃんを無碍に扱うことは出来ないから。
くっ、ごめん太郎。
ここは私が助けてあげるべきだった!
「あ、はは……ビネちゃんは治療の影響で、ちょっと混乱しているのかなぁ」
そう言ってプルムが、優し気な言葉とは裏腹に、強めの力でビネを太郎から引き剥がそうとする。
すると、次の瞬間、ビネが身体ごとプルムにぶつかってきた。
「うえっ?」
「お姉ちゃんも好き! 好き好き大好き!」
今度はプルムを抱きしめながら、ビネが上目遣いに見てくる。
「頭もいいし、女の子らしくてかわいいし。わたし、本当はお姉ちゃんみたいな女の人が憧れなの! 本当、大好きだよお姉ちゃん!」
「ビネちゃん……」
嘘をつけるほど頭が回る状態じゃないから、これがビネの本心なんだろう。
そうプルムが思う。
ふふ、なんだ。ビネちゃん可愛いところあるじゃん──────
って思うわけないでしょ!
逆に怖いわよ、マジで!
本心こんな乙女な感じなのに、ガンマンを釘でメッタ刺しにしたんでしょ?
銃で撃たれようが、殴られようが──────
理性と意思で恐怖を抑えて……
いや、それってどんだけ強い『漆黒の意思』なのよ!
素で狂ってない分、余計怖いわ!
いやまぁ、今の状態は可愛いとは思うけどさぁ!
プルムがそう思った時、男たちのざわめきを感じた。
「そんな、お嬢が二股?」
「しかも、相手は女?」
「こ……こんなことが。こ……こんなことが許されていいのか」
口々に男たちがそんなことを言う。
「落ち着け、お前ら。今どきはそういうのもあるそうじゃあねぇか。お嬢の恋路、なんであろうが応援してやるってぇのが俺らの役目だろ!」
「そうっすね」「その通りです兄貴!」
伊達男の言葉に、男たちが次々と同意する。
そして振り返りプルムの方を向いて、改めて頭を下げた。
「ってことで姐さん、どうかお嬢を幸せにしてやってくだせぇ」
「うるせーッ! なんであんたら、裏社会の連中なのに物分かりよすぎんのよ!」
と、プルムがキレ気味に返した時だった。
「…………あ」
ビネから、小さく声が漏れるのが聞こえた。
一言であったが、理性を感じさせる声。
どうやら、正気に戻ったようだ。
「お嬢、お幸せに!」
「初めてお嬢の乙女な姿を見やした!」
「かわいかったっす!」
「…………………………………………」
手下どものそんな声を聞いて、ビネがゆらりと釘を取り出した。
「お前ら、全員殺す!!」
そして、顔を真っ赤にして男たちの元へ向かった。
「うわー、お嬢が狂ったッッ!?」
「正気に戻ったんだよ、ボケェ!」
まるでハチから逃げるように、男どもが慌てふためいてビネから逃げる。
そんな姿を見て、プルムは────
(大丈夫かしら、この闇ギルド……)
と思い、そこに潜入することへ大いに不安になった。
面白かったらモチベと励みになりますので
ブクマや★評価してくださるとうれしいです。




