第45話 闇ヒーラー
「【剣と魔法】の世界に、【銃と麻薬】を持ち込むなんて……無粋な連中ね」
文明の利器のスマホで撮影しながら、プルムがそう呟いた。
被写体は、口封じされたガンマンの死体だ。
服は脱がされており、全裸にされている。
「とにかく、切られた線をまた繋がないと……」
プルムがガンマンの身体の特徴、傷痕、刺青の有無などを確認し、スマホカメラに収めていく。指紋は当然として髪、頬の粘膜などの体組織も採集しておいた。
このガンマンが、麻薬密輸犯の主犯と強い繋がりがあることは間違いない。
だから、このガンマンから犯人までを辿るつもりであった。
尋問したり、司法取引を持ち掛けたり、とにかく証言させる。
しかし、その犯人に繋がる線をおそらくは、犯人自身に先ほど切られた。
ならばせめてガンマン本人の証言からではなくても、その身体に残された痕跡から犯人へ繋がる新たな『線』を見つけなければならない。
本人の身体、残された荷物、そして馬、それ以外から……
「プルム……これで全部……」
そう言って太郎が、いくつかのゴブリンの死体をガンマンの横に並べた。
「ありがとう、太郎。それじゃ、そろそろ埋葬しよっか。おっとその前に、最後にもう一枚写真を撮っておきましょう」
そう言ってプルムが、ゴブリンたちと並ぶガンマンの遺体写真を撮影する。
「土の中で眠らせてあげるから、化けて出ないでね。いや、幽霊として出てくれた方が証言取れてありがたいかしら?」
そう言ってプルムがしゃがみ込み、右手を地面に添える。
するとガンマンとゴブリンの下にある地面が、ずずっと沈み込んだ。
深さ3メートルほどまで死体が沈むと、右手をさっと地面から50センチほどあげて、プルムが新しい別の空間の裂け目を作る。
次の瞬間、新しい空間の裂け目から、先ほど沈み込んでいった地面の土くれが落ちてくる。そうして、深い穴の底にあった死体を、大量の土で覆った。
スキルで日本に送り込んだ土を、今度はスキルで空中から取り出したのだ。
場所は立ち入り禁止になっている夜間の明治神宮なので、人目にもつかない。
「よし、これで証拠や痕跡は隠滅されたわ」
死体の隠蔽を、『異界』のスキルで2秒以内で済ませたプルムがそう言った。
「あとは、新しく出来た『妹』をどうするかね」
プルムが横たわったままの、闇ギルドの少女ビネを見た。
自分の『異界』のスキルを見られないよう、目隠しをしてある。
勇者相手でも知られないようにしているので、当然の措置だった。
以前、研究者の亜麻仁を勧誘する際に、勇者を日本のホテルの一室に連れてきた時も、当然目隠しをして連れてきた。本来は和モダンの内装だった部屋も、ロココ調のインテリアに変更した状態にしていた。
イシュメイルとは違う世界と気付かれたら困るからだ。
それを防ぐための、手間と工夫は欠かさない。
さらに、カーテンは閉め切り、電灯は点けず代わりにロウソクやランタンを灯りにしておいた。おかげで勇者は、イシュメイルにあるどこか秘密の場所で、亜麻仁と出会ったと思い込んでいる。当然、金はかなりかかったが。
「勇者ちゃんがいれば即治せるんだけど、夜間はどこにいるか私でも知らないのよねぇ。暗殺対策で身を隠しているから。定時報告には現れるんだけど」
うーん、と困ったようにプルムが呟いた。
脇腹と膝に弾丸を受けたビネの余命は、もう数時間しかないからだ。
「病院に連れていくしかないのかしら? 保険証ないけどね」
このプルムが言う『病院』は、日本にある病院のことだ。
その場合は当然、イシュメイルからすれば異世界の日本がビネにバレる。
目隠しだけで隠しきれるものでもないし、病院では当然は外されるだろう。
結果プルムが、異世界へ移動するスキルがあることがバレる。
(スキルがバレたら困るから、ビネちゃん見捨てた方がいいかしら?)
そうプルムが考える。
いえ、それはダメね。
さっき収音マイクで拾った会話だと、ビネちゃんはあのガンマンたちにとって、『何か重要なもの』を盗んだ可能性が高い。
それこそが、犯人たちに繋がる重要な手がかりになるかもしれないわ。
この線を切らないためにも、ビネちゃんは絶対に救わなきゃ。
そうプルムがスキルがバレるリスクと、ビネを救うメリットを天秤にかけてビネを救うことを決意する────というのは全て茶番だ。
目の前で死にかけている、救うことが可能な少女を見捨てられるほど、プルムは冷酷ではない。ただ自分がその甘さ由来で行動するのが嫌なので、それっぽい理屈をとりあえず並べただけだった。プルム自身も、内心その自覚はある。
「プルム姐さん、いい闇ヒーラーを知ってる……」
ビネが力なく、そう伝えてきた。
「そこに、連れて行ってくれ……礼は必ずする」
「本当? それってどこ?」
正直、スキルバレしないで済んだことにほっとしながら、プルムが尋ねた。
「王都南地区、アクターガ通りから一本裏に入った路地……」
そう言ったあと、ビネが闇ヒーラーの居場所の詳細を伝えた。
「……出来れば、あの闇ヒーラーの世話にはなりたくないんだが」
声のトーンを下げてビネが呟いた。微かに震えているようにも見える。
(あのビネちゃんが……ちょっと怯えている?)
ビネの言葉が小さくなった理由が、血を失ったことだけではないことをプルムが感じ取った。そして、まだ見ぬ闇ヒーラーに不気味さを感じ、警戒をする。
「あとは任せた……少し寝るぜ……」
それだけ言って、ビネは昏睡状態になった。
「…………」
血を流しすぎたわね……
プルムがそう思った。
身体が小さくて血液量が少ないからか、思ったより早い。
もってあと2時間ないわね。
それに命が助かっても、脳機能障害とかの後遺症が残るかも。
少なくとも、今1秒ごとにその可能性が高まっている。
「足背動脈の拍動は……ナシか」
プルムがビネの右足の甲に、人差し指を中指を添えて血流を確認する。
そして、こう思った。
膝を撃ち抜かれ、膝窩動脈をやられているから、右足はもう切断するしかないかも。膝から下はほぼ血が巡っておらず、このままだと細胞が壊死する。
輸液出来ないイシュメイルだと、出血はマジでヤバいわよね。
とにかく、急ごう。証拠は残さず持って行って。
「……ちょっとネットで話題になっちゃうかもね」
プルムがそう言って、ガンマンが遺した服と、芦毛の馬を見た。
〇
「映画の撮影?」
西新宿の交差点で、通行人がぽかんとした顔を浮かべた。
東京のど真ん中で、馬が甲州街道を横切っている。
芦毛のアングロアラブ──サラブレッドとアラブ種の馬の混血だ。
サラブレッドより体高が低いが、それでも間近に見ると大きい。
日本では昭和の時代まで、軍馬や競走馬として大量に飼育されていたので、その時にイシュメイルに持ち込まれた馬だ。現在の日本での生産頭数は僅かだが、イシュメイルでは今も積極的に繁殖されている。速さと丈夫さのバランスが良い。
その背に2人の人間が乗っていた。
ブカブカの体格に合ってない、厚手の暗い臙脂のダスターコートを着ている。
おそらく女なのだろうが、黒いテンガロンハットを目深にかぶり、黒いマフラーで顔の下半分をマスクのように覆っているので、顔がわからない。
西部劇のガンマンのようにも見えた。
手綱を掴む小柄な彼女(?)の両腕の中には、さらに小さい少女がいた。
こちらは顔だけでなく、身体も布大部分で覆われており風貌がわからない。
(恥ずかしいかと思ったけど、注目浴びるってちょっと楽しいわね)
馬で東京を北上しているプルムが、人々の視線を感じてそう思った。
(さっきまでオッサンが被ってた帽子を被るのは、微妙に嫌だけどね)
決して乗馬が得意ではないので、腕の中にいるビネを落とさないよう、注意していた。ちらりと、こちらにスマホを向けている人々の隙間を見ると、太郎が無音でこちらと並走しているのが見える。
(このお馬さんも大切な証拠で置いていくわけにもいかないしねぇ。それに意外とタクシー捕まえるよりも早く、目的地に着けそうだわ。今後、東京の移動は馬でしようかしら?)
そう思いながら、プルムが馬に乗ったまま地下駐車場に入った。
なお馬は軽車両扱いなので、公道を走ることは認められているが、公道での二人乗りは自転車と同じく道交法違反である。良い子のみんなは真似しないように。
〇
「思ったより早く到着出来たけど、もうビネちゃんの脈を感じられない……」
イシュメイルの路地裏で、馬から降りたプルムがそう呟く。
人気の少ない地下駐車場から、イシュメイルに馬ごと戻ってきていた。
プルムがビネの手首に自分の指先を添えるが、脈動を感じられない。
だが呼吸は弱いがしているし、胸を触れば心臓の鼓動はわかる。
つまりは、血管を流れる血が、かなり減少しているとうことだ。
指で脈がわからないということは、血圧はおそらく上が80を切っている。
(これ、この状態から闇ヒーラーが治しても、脳に障害残るんじゃ……そもそも、ここから助けられるヒーラーっているの?)
そうプルムが思った時、
「プルム……」と、太郎が不安そうな顔をする。
似た状態の人間を以前、見たことがあるからだ。
太郎の母親だ──彼女も死ぬ直前はこんな状態になっていた。
火傷と銃創の差があるが、共に血液不足に陥っている。
血を失うと、人は簡単に死ぬのだ。
輸液や輸血のないイシュメイルでは、治癒魔法があってもさらに簡単に死ぬ。
「ああ、きっと大丈夫だから心配しないで」
年長の自分が不安げな顔をしたことを反省し、プルムが顔を引き締める。
そして、目の前のドアをノックした。
「急患です! 出血多量で、意識がありません! 助けてください!」
プルムがそう言うと、ドアの向こう側からドタバタした音が響く。
そしてすぐにドアが開かれた。
「大丈夫でありますか!?」
ドアを開けた白い髪の少年が、心配そうにそう尋ねてきた。
年齢は太郎やビネと同い年くらいだ。
美しい顔と白い綺麗な肌、一見少女のようにも見えるが顔つきは凛々しく、軍人のような雰囲気すらある。
紺のシャツと白いエプロンで、ゆったりとした紺のバギーパンツが一瞬スカートに見えてしまった。靴は通気性の良いサンダルを履いている。
ナイチンゲールが、パンツルックにしているような恰好だ。
「えっ……?」
その少年の姿を見て、プルムが少し驚いた。
元ネタの方のガニュメデスのような、白い少年の美貌にではない。
(魔族の子? 珍しいわね……)
プルムが少年の額、髪の生え際あたりから伸びている角を見てそう思った。
長さ8センチほどの、ユニコーンの角だ。
「あっ、名乗り遅れました。小官はロロ・ユニコーンであります」
「プルムと申します」「太郎……」
ロロと名乗った魔族の少年に、プルムと太郎が名乗りを返す。
「それで、この子を治してほしいのですが」
そうプルムが、太郎にお姫様だっこされているビネに視線をやる。
「これは大変であります! 治療中だから先生は防音室にいるので、そこに!」
ロロが意識不明のビネを見て、そう叫んだ。
美少年に「どうぞ」と誘われ、プルムとビネを背負った太郎がお邪魔する。
「……防音室?」
その単語に、プルムが一瞬首を傾げた。
何故、わざわざ外に声が響かないようにするのだろうか?
という疑問と同時に、気が強いビネがここの闇ヒーラーに対して、少し怯えていたことをプルムが思いだす。
案内されている先が、地下室というのも嫌な予感を加速させた。
そんな不安の中、地下室への階段を下りきる。
そして、魔族の少年が、地下室の重い金属製の扉を開けた。
〇
「うっ……」とプルムが吐き気を含んだ声を漏らす。
むせ返るような血の匂いが、プルムの鼻腔に飛び込んできた。
それと同時に、男性の泣き叫ぶような悲鳴が耳を劈いてくる。
大の大人がこんな声をあげれば人にどう思われるかとか考えてない、考える余裕もない、ただ痛みに全力で泣き叫ぶ声だ。獣の断末魔にも聞こえる。
異様な部屋であった。
治療室というよりは、拷問部屋だ。
白く冷たい漆喰の壁に、赤い血や肉片が飛び散っている。
「先生、急患であります! もう脈が感じられません!」
部屋に入ったロロが、先ほど悲鳴を上げ横たわる男性の前に屹立している人物にそう伝えた。おそらくこの人物が闇ヒーラーなのだろう。
その手が、血で真っ赤に染まっている。
「わかりました、ロロくん! すぐに治します!」
少年をロロと呼んだ女性が、すぐさまビネに手を添える。
すると、ビネの傷が一瞬で治り、顔色も血を失った土気色から、生気溢れるものに変わっていった。
「……え?」
そんなシーンを見て、プルムが思わず声を漏らした。
普通なら凄腕のヒーラーでも治すのが難しそうな状態のビネを、一瞬で治癒した奇蹟の手腕にではない。その治した人物そのものに、驚愕を覚えていた。
「挨拶が遅れて申し訳ありません! 一刻を争う状態だったので!」
「勇者……ちゃん?」
プルムが、よく見知った顔の闇ヒーラーをそう呼んだ。
「…………………………………………………………………………」
勇者が、プルムの顔を見て数秒フリーズする。
そして────────
「ええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!??」
耳を劈かんばかりの声を、勇者が上げた。
「えっ!? 何故、姫様がここに!? い、いえこれは違うんです! いや、違わないですが! えっ!? 本当になんで!? どうして!? わわわわ!」
地下の防音室でなければ近所迷惑はなはだしい大声で、あわわ状態になった勇者が叫び続けていた。




