第44話 ガニュメデス
「ふへっ……しゃべらないと……こ、殺す……えへっ」
ゆるんだ顔で、プルムがガンマンに彼の拳銃をつきつけていた。
そのぽやぽやな表情には、普段の理知的な佇まいなど微塵もない。
「え……えへ……えへへへへ……あへぇ……」
溢れ出る快楽に姿勢すらまともに維持出来ず、ちょくちょく悶えていた。
「お……おい……」
そんな虚ろな瞳のプルムを見て、目覚めたガンマンが思わず声をかける。
「うっかり引き金引くんじゃあねぇぞッ」
顔を引きつらせて、自分とは対照的に緩んだ顔のプルムに言った。
「ら、らいじょうぶらって……えへっ! あっ……」
夜の森の中に一発、銃声が響く。
プルムが快楽に膝がかくんと曲がった際に、転ばぬよう踏ん張ろうとして誤って手にも力が入り、引き金を引いてしまった。
弾丸は縛られたガンマンの右耳をかすめて、1円玉サイズえぐる。
そして、後ろの木に穴を開けた。
「バ、バカ野郎ッ! せめて拷問の末に殺せよ! 人の命をうっかりで奪うな! 命をなんだと思っていやがるッ! 拷問すんなら真面目にやれ、真面目に!」
殺されかけたガンマンが、ぐうの音も出ない正論を吐いた。
「ご、ごめんて。で、でもしょうがないじゃない……えへへ……」
多少引き締まったが、まだまだゆるゆるの顔をしてプルムがニヤついていた。
「あー、幸せー」
時間は少し遡る。
●
「ごめん……」
太郎が結婚を申し込んできたビネに、ハッキリ冷たさを感じる声で言った。
「僕には……プルムがいる……結婚は……無理」
目をそらさず、同い年くらいのビネにそう伝えた。
そして次にプルムに視線を向ける。
「僕は……プルムが好き……プルムだけで……いい」
「太郎……」
愛の言葉をハッキリ口にした少年に、プルムがじーんと来る。
そして自分より小さい太郎の身体を、ぎゅっと抱きしめた。
「へへ……わた……あーしが見込んだ通り、いい男だぜダーリン」
倒れたままのビネが、プルムと太郎の抱擁を見てそう呟いた。
「惚れた女がいるなら、他の女はお袋以外クソ扱いするってぇのが、立派な男ってもんだ。甘い顔や勘違いさせるような優しさ見せる野郎は、カスだからな!」
「他の女の子をクソ扱いはやりすぎだけど、まぁ彼女いるなら線引き大切よね」
男女の友情を信じてる派のプルムが、信じてない派のビネにそう言った。
「だが、このビネ様は諦めねぇ! こんな良い男ほかにいるかってんだ!」
「いや、諦めなさいよ」
さらに太郎を強く抱きしめ、見せつけながらプルムが呆れた声を漏らした。
「あっ、姐さん勘違いしないでくだせぇ。あーしは略奪愛とかは絶対しないんで。闇ギルドはそういうのはご法度なんでさぁ。安心してブタ箱に入れねぇんで」
ビネの言葉は事実だった。
親分から命じられて刑務所送り確定の犯罪をしなければならない男が、最も懸念するのが自分の女だからだ。これで刑務所に入っている間に、他の仲間に奪われるようなことが横行していたら、刑務所行きを嫌がって命令を効かなくなる。
「横恋慕が禁止なのに、なんで諦めないのよビネちゃん?」
「こういう商売してると、わりとよく死ぬからだぜ!」
少女が笑顔で、不吉で物騒なことを言った。
「もちろんあーしは姐さんを殺そうなんてしないぜ! それで奪ったんじゃご法度と変わらないからな。それに命の恩人だし、結構姐さんのことも気に入ってるぜ」
「つまりは、それ以外でもまぁ普通によく死ぬってことよね……」
その点に関しては、王族もあまり変わらないのでプルムは納得した。
自分が死ねば、太郎はフリーになる。
「こんなところに現れるなんて、姐さんたちも堅気じゃあねぇんだろ?」
「まっ、一般市民ではないわね」
王族のプルムがふふっとイタズラっぽく微笑んだ。
「ってことでプルム姐さん、あーしと姉妹の盃を結んでくれ!」
「は? なんで?」
いきなり百合? そうプルムが思った。
「うちの闇ギルドじゃ、構成員の嫁が死んだらその姉妹が次の嫁になるからな」
「ああ、なるほどね」
『ソロレート婚』ってやつね。
プルムの脳裏に、その単語が思い浮かんだ。
東洋西洋問わず昔からよくある風習ね。日本語じゃ『順縁婚』だったかしら。
結婚で築かれた財産や縁故、血筋を壊さないためのセーフティーシステム。
奥さんが亡くなったあと、その奥さんの姉妹を嫁にもらう風習だ。
逆に夫が亡くなって、その兄弟が嫁と結婚するのは『レビラト婚』って言って、シェイクスピアの『ハムレット』だと主人公の親がそんな感じだったわね。
ハムちゃんのパパが死んだから、ママが「ふしだらな母と笑いなさい(※)」とすぐにパパの弟と結婚した。(※『原作』にそんなセリフはありません)
んで、母親寝取られで脳破壊されたハムちゃんが、ママの悪口ばかりの第一独白の中で言った言葉が、かの有名な────
Frailty, thy name is woman!
弱き者、汝が名は女────っていう今だと炎上しそうなセリフだったわね。
「いいわビネちゃん。私と姉妹盃を交わしましょう」
そうアッサリ、プルムが受け入れた。
(私が死んだら……)
プルムが、もしもの時のことを考える。
その時は、太郎が心配だから。
そもそも、太郎は私と結婚して、渡来家じゃなくてリード王家の人間になることで、なんとか殺されないで済むかも知れないって状況だしね。
私が死んだら元の木阿弥で、それこそ微妙な立場の太郎は殺されかねない。
Frailty, thy name is Tarou!
弱き者、汝が名は太郎────だしね。
『神速』のスキルで誰より強くても、奴隷よりも社会的に弱い子なんだし。
だったらその時、闇ギルドの子とくっついてくれれば、少しだけ安心。
それこそ闇ギルドなんだから、表に出ないで身を隠せるし。
言っちゃなんだけど、戦闘能力のないクソ雑魚な私なんて弱っちくて、いつ死んでもおかしくないからねぇ……
『ざぁこ♡ ざぁこ♡ 弱き者、汝が名はプルム♡』
くそっ、ハムレットのこと考えたせいで、脳内ハムちゃんが私のこと煽ってきやがるわね。この母寝取られドジっ子やらかしオスガキを、毒でわからせないと。
まぁ、本音言うと私以外の誰かと太郎がくっつくの、嫌だけどねマジで。
「心配しなくて……いいよ……」
太郎が、プルムの心を読んだかのように、そう言った。
そして安心させるように、プルムの手をぎゅっと力強く握る。
「プルムことは……僕が……一生守るから……」
「太郎……」
ともすれば女の子のようにも見える太郎から、ハッキリと男らしい言葉をかけられて、プルムがじーんと来る。
そして再び、太郎をぎゅーっと抱きしめた。
〇
「ってことがあってさぁ、えへへ」
そう嬉しそうに、幸せいっぱいの笑顔でプルムがガンマンに語る。
個人情報なのだが、とにかく色んな人にのろけたくて仕方なかった。
「はいはい、おめでとさん……」
甘ったるい胸やけを感じながら、ガンマンが投げやりに答えた。
「機嫌いいから、拷問しないで優しく聞いてあげる。ヘロインの入手ルートについて、あなたの知ってること全部言っちゃってよ。ホラホラ早くぅ!」
「言うわけないだろ……」
はんっ、と小馬鹿にするようにガンマンが答えた。
「……うっ」
次の瞬間、ガンマンが背筋に寒気を感じた。先ほどまで、のろけ話でニコニコしていた目の前のプルムの雰囲気が、まったく違うものに変わったからだ。
プルムは相変わらず笑みは浮かべている。
だが、影のある湿っぽい笑顔だった。
「やぁっぱりね……」
クスクスと、楽しそうに笑いながらプルムがさらに口元を歪める。
「ヘロインって名前、知ってるんだぁ」
「……あ」
プルムの言葉で、ガンマンが自分の失言に気付いた。
「この世界では、ヘロインじゃなくてガニュメデスって名前だしねぇ。色々前もって調べておいた私でも、成分分析するまでガニュメデスって薬がヘロインであることわからなかったのに……『知らない』じゃなくて『言わない』なんだぁ」
つまり、男はヘロインについて知っているということ。
そして、今この世界でヘロインを知っているのは麻薬密輸犯の一味以外いない。
いや、ヘロインという単語だけなら、野良の『異界』のスキルがあるものなら知っている可能性がある。
だから『ヘロインの入手ルート』と言ったのだ。
ヘロインは知ってても、密輸に関わってないならその入手ルートを尋ねられても「知らない?」「なんのこと?」という反応になり、「言わない」とはならないだろう。
プルムがおかしそうに、ガンマンの顎を指先で撫でる。
「しかし、ヘロインを『ガニュメデス』って名付けるなんてセンスいいわね。普通なら『ネクタル』とか『アンブロシア』って名前にするだろうに」
「……………」
「あれ? もうお話してくれないの? また油断して口を滑らすから?」
口を堅く閉ざしたガンマンを見て、プルムがわざとらしく悲しそうな顔をする。
「まぁ、いいや。勝手に話し続けるから」
ガンマンの表情の僅かな変化も見逃さないよう、じっとその顔を見つめ続けながら、プルムが語り始めた。
「麻薬に神話の霊薬の名前じゃなくて、不死の子供の名前をつけるなんてねぇ」
「……ッ!」
プルムの言葉に、ガンマンがカっと目を見開く。
硬く閉じたはずの口が少し開き、その歯がカタカタ鳴っていた。
「おい……今、なん言った?」
静かな声。だが、必死に冷静さを保とうとするような声だった。
爆発する前の、爆弾のような静けさと怖さが今のガンマンにはある。
「……ガニュメデスは、不死の子供の名前って言ったわ」
「詳しく聞かせろ……その子供が、ガニュメデスが本来なんなのかを……」
「いいわ……」
プルムがガンマンの言う通りにする。今までにない凄みが、ガンマンから発せられていたからだ。それにビビったから従ったわけではない。その強い感情から、何か色々読み取ることが出来るのではないか、という期待があった。
〇
ガニュメデス────ギリシア神話に出てくる美少年の名だ。
彼はその美貌から、ギリシア神話の好色おじさんゼウスに目をつけられた。
そしてゼウスは、「ワシじゃよ」と自らの姿を鷲に変え、ガニュメデスを攫ったのだ。ギリシア神話冒頭の、テンプレパターンである。
そして天界に攫われたガニュメデス少年は、不死を与えられた。
神々に給仕する女神が寿退社しちゃったので、その代わりにするために。
こうしてガニュメデスは水瓶から溢れる霊薬ネクタルを、神々に永遠に給仕するだけの存在にさせられてしまう。
ただドイツの文豪ゲーテが書いた、ガニュメデスに関する詩では──
「Ich komm, ich komme!」=「イクイク!」
こんなふうに快楽で常時イってる感じで書かれているので、案外幸せなのかも知れない。エロ漫画にある永久快楽苗床エンドとの差異は、あまりなさそうだが。
なおガニュメデスが神々にネクタルを給仕する姿は『みずがめ座』として──
彼を攫った時のゼウスの鷲の姿は『わし座』として星座になっている。
〇
「とまぁ、こんな感じでネクタルっていう霊薬を給仕し続ける不死の子供の名前がガニュメデスね。みずがめ座の人は、あまり知りたくない事実かしら?」
ゲーテの詩での扱いが、某ジャンプ漫画の甲殻類よりも酷いみずがめ座の美少年の話をして、プルムが溜息をついた。
「ってかさぁ、ゼウスが好色なのは色んな王家が先祖にしたかったからだって擁護があるけどさぁ……男の子や、子孫残せなかった女の子にも手ぇ出しまくってるから、結局王家の意図関係なく擁護出来ない素で好色クソ野郎よねぇ」
そんなプルムの言葉を聞いて、ガンマンの身体が震え始めた。
「どうしたの? もしかして、みずがめ座だった? 蟹の私よりマシでしょ?」
「あ、あの『女』……ふ、ふざけやがって……」
ガンマンの口から、声があふれ出した。
「俺に……俺たちにッ! そんな名前の薬を捌かせやがってッッ!」
凄まじい怒りだった。
自身や家族の尊厳を、踏みにじられた者だけ見せる激怒だ。
「あの女……?」
演技とは思えぬ怒りを見せるガンマンが発した言葉に、プルムが何か嫌なものを感じる。姉ルナリアの姿が一瞬、脳裏に浮かんだ。
「ね、ねぇそれって……?」
「……ッ! ああああああああああああああああああああああッッッッ!」
「わっ?」
突然、ガンマンが大声で叫んだ。叫ぶ前に、一瞬何かに気付いたような顔をしたことを、プルムは見逃さなかった。しかし、その理由がわからない。
「ちょ、ちょっと急に何よ? 鼓膜破れるかと思ったじゃない……わわっ?」
背後から急に誰かに掴まれ、引っ張られ、プルムが転倒する。
太郎だ。
プルムの後ろにいた太郎が、ぐいとプルムを引き倒して、ビネのすぐ傍らの地面に張り付かせた。
「ちょ、太郎? いきなり何? ……あっ!!」
仰向けに倒れたプルムの瞳に、ガンマンが急に叫んだ理由と、太郎が自分を引き倒した『答え』が映った。
馬が駆けてきている。そして、その背に顔をフードで隠した男がいた。
(銃……ッ!)
フードの男が右手に握りしめるものを見て、プルムが冷や汗をかく。
モーゼルC96という古い大型拳銃だ。
それを真横にした状態で構えている。
次の瞬間、その銃口から大量の銃弾がバラ撒かれた。
馬賊撃ちだ。
モーゼルC96は拳銃だが、、マシンガンのようにフルオートで連射出来る。
その連射弾を水平に、広範囲に放つ撃ち方がこの馬賊撃ちであった。
真横にしているので、フルオートにしても銃口が反動で上に跳ね上がるのではなく、水平に左の方向にズレていくだけだ(右手で構えていた場合)。
「…………」
フードの男は全弾撃ち尽くすと、無言でそのまま馬で駆け抜け、去っていった。
「あぶなかった……」
地面に横たわりながら、太郎の背中を見てプルムが呟いた。
太郎がプルムを地面に引き倒し、さらに弾丸を何発か聖剣ナイフで弾いてくれたおかげで助かったのを理解していたからだ。もちろん、ビネも無事だ。
「ありがとう、太郎……ケガはない?」
プルムは人生で初めて、自分に向けて銃弾を発射された。思っていたより、自分が動揺してビビっていることを少し情けなく思いつつも、太郎に礼を言う。
「さっきガンマンが急に大声を出したのは、馬の蹄の音を聞こえにくくするためだったのね…………あっ!」
プルムが起き上がりながらガンマンの方を見て、思わず声を出す。
ガンマンの胸を、数発の弾丸が貫いていたからだ。
「ごふっ……」
ガンマンが大量の血を吐き出す。素人目に見ても、致命傷であった。
「な、永かった……」
血と共に、ガンマンの口からそんな言葉が漏れる。
「本当に……永かった……でも、これでやっと……俺は……」
苦痛にまみれているはずなのに、ガンマンの表情はどこか穏やかだ。
そんなガンマンにプルムが慌てて駆け寄る。
「教えなさい、さっきの男の正体を!」
もしかしたらペイント弾かも、とプルムが思いガンマンの銃創を指先で確認するが、ずぶりと傷口に指先がめり込み、実弾でえぐられていると確信させた。
「仲間のあんたを平気で撃ち殺して、口を塞ごうとする奴を庇う必要がある? 仇を討ってあげるから、全部教えて!」
プルムがガンマンの傷口を、手で抑えて止血しながら叫ぶように尋ねた。
「身内は……売れねぇなぁ……」
にぃ、とガンマンが土気色の顔で強い笑みを見せる。
「だ、だがまぁ……ヒントでこれだけ教えてやる……」
そう言ってガンマンが、プルムの目から少しだけ視線をそらす。
どうやら太郎の黒い髪の毛を見ているらしい。
そして、次にプルムの髪を見ながらガンマンが言った。
「あ、あんたらみたいに珍しい髪の色の女……そのクソ女が……別の世界から……もの……を……ってくる……犯に………だ………………」
その続きは、永遠に発せられなかった。
ガンマンは、木に縛られたまま事切れたからだ。
ビネとそこに引き倒されたプルムから離れすぎていたため、太郎の神速でも守り切ることが出来なかった。縄で木に縛り付けられていたので、プルムのように引き倒すことも出来ない。
「……太郎、この人をもう楽にしてあげて」
「……(こくん)」
太郎が頷き、ナイフで男を縛り上げていた縄を切る。そして力なく前に倒れる男の遺体を太郎が受け止め、優しく地面に横たわらせた。
「攻撃はするが、戦闘はしない。徹底的に逃げて、隠れて、潜み続ける。闇の中でヘロインをバラまき、正体を見せない連中……」
ふぅ、とプルムが溜息をついて呟く。
「魔王のおじ様より、厄介そうな相手ね……」
プルムが、フードの男が去っていった闇を、睨むように見つめ続けた。
面白かったらモチベと励みになりますので
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