第43話 本当の敵
「この生意気なメスガキをブチ犯して、ブチ殺せ!」
夜の森に物騒な言葉が響いた。
「ナイフを股に突っ込んで、そのまま腹まで切り裂いてガキモツをブチ撒けさせてよぉ! 目ん玉ほじくってやるのもイイかもなぁ!」
そんな言葉を、仰向けに倒れている少女ビネが叫ぶように吠えている。
生意気そうだが愛らしい顔面は痣だらけで、鼻血が溢れ、歯が数本折れていた。
身体はもう、ほとんど動かないようだ。
「ええ? やれよオッサン! ガキに好き放題やられたままでいいのかぁ?」
「…………」
致命の銃創から血を流す12歳程度の少女を見て、圧倒的に強く、圧倒的に優位なはずのガンマンの冒険者が冷や汗を流す。
「ほら来いよ! 勝負しようぜオイ? 大股広げて待っててやろうかぁ?」
上体を起こし、Mの字に足を開いて挑発した。
そして、クスクスと小馬鹿にするようにビネが笑う。
「出来ねぇよなぁ? ビビっちまってるんだもんなぁ?」
「ガキとヤる趣味はねぇ……お袋を思い出すからな……」
50代くらいのガンマンが苦い顔をしながら、ビネの顔を見ずにそう言った。
「カッコつけてんじゃあねぇよ! 単にポコチンしなびて使い物にならなくなってやがんだろぉ? あーしに近づくことも出来てねぇヘタレなんだからよぉッ!」
「…………クソ」
ビネの悪態に、ガンマンが弱々しく呟く
図星だった。
本当に子供は趣味ではないのだが、仮に自分好みの女だったとしても、ビネの言う通りにビビッて自分のモノが縮み上がっている。ビネに近付いたら『痛い目を見る』だろういう経験による確信が────正直に言えば『恐怖』があった。
自分よりもビネは、圧倒的に弱い。
器用だが、特殊な能力も魔力も持たないただの少女だ。
だが人間が蜂を恐れるように、ヒグマが蛇を恐れるように、ガンマンはちっぽけな子供でしかないビネを恐れていた。
「ああ、お前の言う通りだ。流石は闇ギルド『ハニールー商会』の跡目だ。マジで凄いガキだよお前は、ビネ。俺はガチでお前にビビってる」
毒気の抜けた顔でガンマンが、本心を吐露した。
逆に強い相手であれば、このガンマンは命がけで戦うことも出来る。
しかし、弱いがこちらの指一本確実に奪うような相手と、誰が好んで戦いたがるだろうか?
弱くて旨味がない。勝ったところで誉がない。しかし戦えばこちらは絶対に痛い目を見る雑魚に対しては野生動物、人間問わず多くのものが戦闘を避ける。
捨て身の弱者相手に、強者がビビって逃げるのだ。
勇気とは人間にとって素晴らしいもので、勝ち目のない強敵にだって生存本能を超えて立ち向かわせるものである。究極の精神バフと言っていいだろう。
だが、『弱者』を相手にする時、勇気なんて湧いてこない。湧かしようがない。
強敵相手には勇気を出して、腕一本や命を犠牲に出来る者が、弱者相手には勇気なんて出せずに、指一本失うことを恐れる。
だから一部の弱者は、命を投げ捨てることで強者を退かせることが出来るのだ。
〇
「まいった、俺の負けだ……」
「…………オッサン、あんた堅気の素人さんだな」
少し落ち着いた様子で、ビネがガンマンを観察しながらそう言った。
「裏社会の人間なら、たとえ嘘でもこんなガキ相手にビビったなんて口が裂けても親や子供切り刻まれても言わねぇ……クソが! トーシロかよ、つまんねぇなぁ」
はぁ、と深く溜息をビネがついた。そして自分の腹の銃創を見る。
「おいオッサン。酒持ってねぇか酒? あるならくれよ」
「なんでだ?」
幼い少女ビネの要求に、ガンマンが首を傾げた。
「疑問文に疑問文で返してるんじゃあねぇぜオッサン! チョーシのんな!」
「ご、ごめん……」
「まぁいいや。素人さんには優しくして教えてやんねぇとなぁ」
ふん、とビネが笑みを浮かべ、偉そうにガンマンに言った。
殺されるというのに、勝者の余裕にも似たものを感じさせる。
「このハニールー商会のビネ様がてめぇみてぇな堅気に殺されたんじゃあ示しがつかねぇ。あーしは……酒の飲みすぎで死ぬんだよ」
「ふっ」
「何笑ってんだ、ああ?」
相変わらずにすぐ怒鳴るが、前よりビネの声が小さくなってきた。
血をだいぶ失って、意識を保つのも難しくなってきたようである。
そんなビネの胸元に、ぽんと何かが投げられた。
ビニール袋に、ワンカップほどの量の白い粉が入っている。
「ガニュメデスだ」
ガンマンがそう言った。
この国で現在広がりつつあるヘロインの、イシュメイルでの名だ。
日本での末端価格なら、イケてるサラリーマンの年収を超える量である。
リード王国では金換算で、さらにその5倍から10倍以上の価値があった。
「子供でも闇ギルド長なら知ってんだろ。その量を飲めば、まぁ少なくとも死ぬ前に天国にイってから苦しまずに死ぬことは出来る。酒はねぇから代わりだ」
「……いらねぇ」
手でぺしっと高価なヘロインを弾いて自分の胸から落とし、ビネが言った。
「オッサン、さっき『安心』して笑っただろ? 自分がガキ殺したことにならずに済む~っつー感じでよお。だったら止めだ。苦しみ悶えて死んでやるぜ!」
ビネが嫌な気分にさせることに長ける、闇ギルドの子らしいセリフを吐いた。
敵対者に不快感や心の傷を残すためならば、自身の命も苦しみも利用する。
「お前が! 子供を! 苦しませて殺したんだぜ、オッサン!」
「さすがそれは、後味が悪すぎるな」
そう苦笑しながら、ガンマンが荷物を載せた自分の馬の元へ一度向かう。
そして大きな袋を2つ担いで持ってきた。
ビネの手がギリギリ届かない距離を保ち、袋の中身を周りにばら撒いた。
「あん? くっせぇな」
「ゴブリンの死体だ」
異臭に嫌な顔をするビネに、ガンマンが答えた。
「これでここにお前の死体が残されても、ゴブリンに殺されたように見える」
そう言ってガンマンが拳銃をビネに向けた。
狙いは頭部だ。
銃がそもそもない世界だし、闇ギルドの子供であればロクに検死もされないだろう。ガンマンの言う通り、ゴブリンのせいにされる可能性は高い。
「さっきはよくわかってなかったが、その音が鳴る筒からなんか出るのか?」
撃たれた経験があるのに、ビビらず興味深そうにビネが銃口を覗き込んだ。
「ガキを殺すのはお袋を思い出して本当に嫌なんだが……ビネ、お前の度胸に敬意を表して、今ここで苦しませず一発で殺す」
「もう散々苦しんだあとだけどな! 体中痛ぇよボケが!」
「……悪かったって」
ガンマンが本気で申し訳なさそうな顔をする。
そして引き金を引こうとしたその瞬間だった────
〇
パキッ
と小枝が踏み折られたかのような音が、右側の森から響いてきた。
「あっ、やばっ!」
音を立てたプルムが、木の後ろでそんな声を漏らした。
「誰だ!?」
すぐさま、ガンマンが声を出したプルムの方向へ銃口を向ける。
「うしろを……見て……」
それと同時に、ガンマンの真後ろから子供の声が響いた。
「なにっ?」
声に反応し、ガンマンが真後ろを向く。
そこには太郎が幽鬼のごとく、いつの間にか立っていた。
(子供……ッ?)
自分のすぐ真後ろ、至近距離にいた太郎に銃を向けながら、ガンマンがその姿に動揺する。銃口が太郎の額にくっつくほど、間近にいた。
「早く……撃って……」
「……ッ!」
太郎のその言葉に、ガンマンが催眠にかかったかのように従う。
引き金にかけた指に、力がこもった。
乾いた炸裂音が一発、夜の森に響いた。
「あっ……ひゅ……」
ガンマンから、そんな音が漏れる。
最初の音は口からだが、次の音は別の穴から響いていた。
ガンマンの右頬に、大きな穴がぽっかり開いている。
頬肉が弾け飛んでいた。歯が穴から見え、そのうち数本が折れている。
その穴から漏れた吐息が、『ひゅ』という音になっていた。
頬の穴のすぐそばには、ガンマン自身の銃のシリンダーがある。
シリンダーとは、ロシアンルーレットの時に回転させる部分だ。
太郎が『神速』のスキルで、銃の位置を一瞬で変えていた。
「リボルバーの……シリンダーから漏れるガスは……指が吹き飛ぶほど強力」
そう太郎が呟いた。
リボルバーは構造上、発射時は銃口だけでなくシリンダーからも高速の燃焼ガスが漏れて噴き出す。手を密着させていれば、指が吹き飛ぶほどの威力で。
「…………」
その言葉にガンマンは何も答えず、立ち尽くしていた。
すでに意識はない。
顔面の真横で起こった小爆発に、意識が吹っ飛ばされていた。
太郎はガンマンの銃の引き金を引くという動作に、『神速』で介入したのだ。
一瞬でガンマンの腕を曲げ、銃のシリンダーがガンマンの頬に密着するように構えを変えさせる。その状態でガンマンは銃を発射していた。
相手が認識すら出来ない神の時間なので、筋肉での抵抗すら出来ない。
ガンマン視点であれば、目の前の太郎に向かって銃を撃とうとしていたはずなのに、気付けば時を止められたかのように自分の頬にシリンダー部分をくっつけて、誰もいない真上に銃を撃っていたようなものだ。
スキルという理不尽は、人の技術も筋力も想いも策も超越する。
人間の指を吹き飛ばすほど強力な燃焼ガスは、ガンマンの頬肉を小型爆弾かのように吹き飛ばし穴を開け、さらには一瞬でその意識までも吹っ飛ばした。
「うん……しょ……」
ふらりと倒れるガンマンの身体を太郎が受け止め、ゆっくり地面におろす。
命に別状はないようであった。
〇
「どうだったかしら、私の足手まといヒロインムーブは?」
プルムがそう言いながら近づき、手に持っていた小枝を曲げる。
すると小枝は『パキッ』というまるで足でうっかり踏んで折れたかのような音を出して、折れた。
「20点……」
そう太郎が呟いた。
「さすがに……ちょっと……わざとらしかったかも……」
「これはこれは辛口ね」
音でガンマンの視線を誘導して太郎が近づく隙を作ったプルムが、枝でガンマンの身体をつんつんしながら苦笑した。
「すげぇ……」
狂暴な闇ギルドの少女ビネが、太郎を見て思わず声を漏らす。
年相応の子供の目の輝きがあった。
「こんばんは、さっきぶりね」
プルムがビネに、内心ちょっとビビりつつ余裕を見せて挨拶をした。
「ああ姐さん、さっきはどうも……」
少し気まずそうな顔をビネがする。
「成り行きで助けただけだから、気にしないで。それより、太郎って凄いでしょ」
ふふん、とプルムが自分の婚約者自慢をした。
そしてビネの傍らにしゃがみ込み、「ちょっと痛いけど我慢してね」と伝えて、止血のために銃創を滅菌ガーゼで圧迫止血する。
米軍などでも止血に使われている『セロックスラピッド』というガーゼだ。
とりあえずこれで、数時間はビネの余命を伸ばせた。
あくまで数時間だけ、だが。
「ふふ、どうやってあの男の武器の位置を変えたか、見えなかったでしょ?」
「ああ姐さん、その体術も凄いが……それより最初の言葉が上手ぇ」
「おっ、そこに気付くとはなかなかやるわね、ビネちゃん」
「あ、あれって、赤魔導士の自爆防止の布石だろ? だろ?」
ガンマンから釘玉を回収している太郎を見て、ビネが興奮気味に言った。
『神速』のスキル以上に、太郎が最初にガンマンに声をかけた際の──
「うしろを……見て……」という言葉を高く評価しているらしい。
「あの言葉があったから、次の撃てって言葉にあのクソ野郎が釣られた」
「正解よ、ビネちゃん」
闇ギルドの少女への評価を違うものに変えながら、プルムが頷いた。
太郎からすれば、一番困るのはガンマンに自爆され、逃げられること。
銃を撃ってくれれば今回のように、シリンダーから溢れ出す燃焼ガスを利用して気絶させられるが、釘玉自爆による微塵隠れを選択する可能性だってあった。
だから、銃を撃つように言葉で誘導した。
しかし、ただ「撃て」と言うだけでは不足だ。
逆に怪しまれるかも知れない。
だからこその「うしろを……見て……」という言葉だった。
これ自体は銃とは関係ない、何の意味もない言葉。
いや、無意味どころか、背後の有利を捨てるバカみたいな言葉だ。
逆に言えば、敵側からすれば自身を有利に導く『正しい指示』とも言える。
前もって一度『正しい指示』をしておく。
そうすれば、二度目の指示には自動的に引っ掛かる。
この声に従えば正解だ、という無意識下の刷り込みが完了しているからだ。
ただ二度目の指示は、なんでもよいわけではない。
大きく道理に外れたものならば、相手は誘導されないだろう。
当たり前だが
「“ガンマン、自害しろ。”」
「宙を浮け──っ!!」
などの、戦いの理屈から大きく外れた言葉であれば、従うわけがない。
あくまでガンマン自身も十分取りうる選択肢の中でから、太郎に都合の良いものへ誘導するためのテクニックだ。
日常の何気ない会話でも使えるやり方だが、色々と考えている時間がない戦闘時や緊急時だと、まるで催眠にかかったかのように従ってしまう。
敵が言っている言葉であるのに……だ。
特に今回は至近距離に敵(太郎)がいたため、言葉の内容を脳で検証している時間もない。一度太郎の言葉に従った、という流れに乗ってしまいやすい。
どんな賢い人間でも、時間的制約で、脳がまともに働かない瞬間はある。
そもそも人間の脳の構造上、緊急時は理性を司る前頭前野の動きが鈍い。
天才もバカも変わらなくなる刹那の刻。
その瞬間であれば、ちょっとした言葉で催眠アプリなどなくとも人を操れる。
そして『神速』のスキルを持つ太郎は、口下手だがその瞬間を見極めるのが得意であった。逆に言えば神速の太郎には、そんな瞬間が存在しない。
(普通の人なら、自分が後ろにいることわざわざ敵に教えるなんて、バカな言葉だと思うだろうに……ビネちゃんはその意味をちゃんと理解出来てるのね)
プルムがビネを見ながら、そう考える。
ただのイカレた狂犬ではなく、極めて理性的で聡明な少女でもあった。
いや理性的に考えた結果、理性を捨て狂犬を演じきってるのかも知れない。
そうブルムが思った。
自分が水に落ちた狂い犬のように悶え苦しんで死ぬとしても、相手に闇ギルドに対する恐怖を植え付けることを優先したのは、後に残される仲間のため。
ビネの強く汚い言葉の裏には、論理と仲間への献身が隠されていた。
だとしたら哀れな子ね……
もし、闇ギルドなんかに生まれなかったら、どこかの良家のお嬢さんとして生まれていたら……賢くて優しい子として生きていたかも知れない。
〇
「プルム……終わった……」
そう言って太郎がプルムとビネの元に来た。
ガンマンからは全ての武器を取り上げており、今は木に縛り付けてある。
もちろん、縄抜け出来ない縛り方でだ。
「おつかれー、太郎」
「太郎っていうのか……」
プルムが呼んだ名前を聞いて、横たわったままビネがそう呟いた。
「おい太郎! 助けてくれてありがとうな!」
「どう……いたしまして……」
「あとな、今日出会ったばかりで悪いんだが、どうしても言っておきたい」
「なに……?」
ビネの次の言葉を、太郎が待つ。
だが、ビネの口から飛び出したのは、少年の想像だにしなかった言葉。
「結婚しよっか」
「…………えっ?」
どこかで聞いたことがあるビネの言葉に、太郎がきょとんとしてしまう。
そんな太郎とは対照的に、ビネが血を失いながらも興奮気味に言った。
「惚れたぜ! その年で、その度胸に腕っぷし! 頭の良さ! あーしをビビらせた気迫! そんな同世代は他に見たことねぇ! 太郎……いや、ダーリン! ダーリンこそがハニールー商会の跡取りに相応しいぜ! チューしてくれ!」
「ダメダメダメダメだって!」
ビネの愛の言葉を、プルムが顔を真っ赤にして止める。
「ってかそれ、私が前に太郎に言った言葉!」
「なんだ、姉弟かと思ったけど、婚約者だったのか二人とも」
そうビネが言った。少なくとも太郎は間違いなく、この国で定められた婚姻適齢に達していないから、夫婦とは思わなかったし、それは合っていた。
「あーしは気にしないぜ」
「わたしが気にするの!」
プルムが太郎を後ろから抱きしめて所有権を主張しながら、ビネに唸った。
「そもそも重婚は我が国の法律で禁止よ!」
「そんなん法律がそう言ってるだけだろ。愛の前には何も関係ないぜ!」
「くっ、この順法精神の無さ! やっぱこいつ生まれながらの反社マインドだ!」
プルムがビネの評価をドリルのように大回転させつつ、本当の敵はガンマンではなかったことを悟り、攻撃対象を間違ったことを後悔した。
面白かったらモチベと励みになりますので
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