第42話 ミツバチ
「東京でも、アルタイルは見えるのね」
人がいない夜間の明治神宮境内で、プルムが夜空を見上げてそう呟いた。
「7月7日生まれだから、ちょっと感慨深いわね」
その視線の先、西南の夜空には日本では七夕の彦星で有名なわし座のアルタイルが瞬いている。一等星ゆえ、明るい東京の夜でも視認出来た。
「デネブとかアルタイルとかベガが見えるけど、並べて言ったらジャスラックに怒られそうだからやめておくわ」
夜間の立ち入り禁止の明治神宮に堂々と不法侵入しているプルムが、著作権を気にした発言をしながら、夏の大三角形を指さし、構成する星の名を呼んだ。
秋の10月1日でも、早めの時間ゆえ夜空に輝いている。
「さてと、イシュメイルに戻った時、地上に星の輝きが見えればいいけどね」
「地上の……星?」
すぐそばにいた太郎が、そう尋ねた。
「目星の『星』ね。ドラマとかで刑事が被疑者のことを、そう呼ぶのよ」
そう言って、プルムが四方に『覗き穴』程度の空間の裂け目を作る。
そこから転移先のイシュメイルに人がいないことを確認してから、空間の裂け目の1つだけ人が通れるほど大きくし、他を消した。
〇
「ビンゴ! 地上の星みっけ。サンキュー中島みゆき」
イシュメイルに戻ったプルムが、サーマルスコープを覗き込みながら、無関係の芸能人に礼を言う。移動した場所は森の中であった。
サーマルスコープとは、物体から放出される熱(遠赤外線)を検知し、映像化する光学機器だ。日本の家電量販店で、15万円で売っていた。
森の中から、プルムが北をスコープ超しに見つめて嬉しそうな顔をする。
「太郎にも見えるかしら? 田園のアルタイルが」
「うん……」
暗闇を見通すサーマルスコープがなくても、太郎にはその光が見えた。
プルムたちが潜む森から、王都南門の間4キロに渡って広がる田園地帯。
そこに1つの灯りが星の如く輝き、ゆっくりこちらに向かっている。
赤魔導士の冒険者──仮称『ガンマン』の持つランタンの光だ。
ガンマンはヘロイン────イシュメイルでは『ガニュメデス』の名で通っている麻薬をバラ撒いている黒幕の関係者と疑わしき男である。
「尾行を警戒しているみたいね、あいつ」
サーマルスコープ越しに、ガンマンの様子を確認しながらプルムが言った。
頭にかぶるタイプのスコープではなく、単眼の小型望遠鏡タイプだ。
「王都の外は広大な平地の田園地帯だし、収穫も終わって遮蔽物もない。夜間だから尾行してくるものがいれば、灯りで一発でわかるしね。もっとも……」
ふふん、とプルムが口元に笑みを浮かべる。
「私には無駄だったけどね」
日本を通ることで、先回りしていたプルムがサディスティックな憐れみを込めた声を漏らした。安心感も少し混じっている。
ガンマンがイシュメイルで尾行を警戒しているということは、彼には『異界』のスキルはないか、ルナリアと同じで自身が移動出来るほど広い空間の裂け目を作れないということだからだ。もしプルム並みに『異界』が使えるなら、日本を経由すれば尾行を簡単に振り切れる。
これで少なくとも、いきなり相手に東京に逃げ込まれる心配はなくなった。
人目や監視カメラの多い東京だと、あまり目立つ真似が出来なくなるからだ。
「距離……おかしくない……?」
太郎が、王城の南門を見ながら不思議そうに尋ねた。
先ほど王都の南地区から、日本の南新宿(地名に反して新宿区ではなく渋谷区)にある、代々木二丁目あおい公園の多目的トイレにプルムと太郎は転移した。
そこから南に500メートル少々の位置にある明治神宮に、参拝という名の不法侵入をし、再びイシュメイルに戻った……のだが、あきらかに位置がおかしい。
城門からここまで、太郎の目測で4キロ以上は離れている。
日本ではせいぜい、500メートルほどしか移動してないのに。
「ああ、そうか。太郎は具体的な距離感わかる場所に一緒に移動したことなかったわね。どこにあるかも知らない、魔王城に行ったくらいだったわ」
プルムが太郎に疑問に、まず納得した反応をし、そして説明を始めた。
「私の『異界』のスキルはね、日本で移動すると、その8倍の距離イシュメイルで移動したことになるのよ。1メートル日本で移動すれば、イシュメイルでは8メートル。日本で500メートル移動すれば、イシュメイルで4キロってね」
「なるほど……」
プルムの説明に、太郎が納得した。
「じゃあ……魔王城までは……ここから1600キロくらい?」
「ピンポーン! 正解よ、太郎」
東京から戸隠山までは直線距離でおよそ200キロ。そこから魔王城へ侵入することが出来たので、イシュメイルでは1600キロ移動したことになる。
「不便なこともあるけど、おおむね利点の方が大きいズレね」
1600キロ────日本で言えば成田空港から沖縄の那覇空港までの距離。
それだけ離れた魔王城まで、日本を経由すれば新宿から車で3時間半で移動出来た(実際はそれに加えて、山道を徒歩2時間移動する必要があったが)。
実質的に時速450キロを超え、飛行機よりは遅いが新幹線よりも速い移動を可能としている。法定速度を守った、ただのタクシーでだ。
「リード王国の東部で日本に移動しようとしても、千葉通り越してちゃってるから海にドボンしちゃうのが困った点だけどね。陰キャだから、海水浴苦手なのよ」
そう軽口を叩きながら、プルムが自分らが潜む森へ真っすぐ進む冒険者を見て嬉しそうな顔をする。
「ふふ、来てる来てる。流石に城門を出て、右に左に移動していたら城壁の兵士に目を付けられるから真っすぐこっちに来ると思ったけど……確証はなかったから、正直ほっとしたわ。賭けに勝つって、気持ちイイ! ああ〜脳汁出るぅ!」
王都周囲には東西南北の門から真っすぐ伸びる街道があり、それ以外は田園と小さな農道しかないからだ。ガンマンが農道を突っ切って、別の街道に行く可能性もあったが、夜間にその不自然な動きをすれば城壁の歩哨に怪しまれる。
「プルム……」
太郎がたしなめるように、脳汁出てる婚約者の名を呼んだ。
「おっと……ごめんね太郎……」
プルムが小声になりながら、謝罪した。
「ガンマンが尾行されないよう王都出てこの森に来るってことは、ここで誰かと落ち合う可能性もあったわね。そいつらに声聞かれたり、偶然鉢合わせないように気を付けないと……ね」
振り返って森の中をサーマルスコープで見渡しながら、プルムが囁くような声でそう言って微笑んだ。
〇
結論を言えば、プルムと太郎の予想は当たっていた。
ガンマンが森で何者かと取引をしている現場を、プルムと太郎は木の陰から見守ることになるのであった。
しかし、そこで取引されたものは、予想された麻薬ではなかった。
(商品は女の子……?)
サーマルスコープではなく、肉眼で取引現場を見ながらプルムがそう思った。
ガンマンと取引相手の持つランタンの灯りで、少し離れた木の陰からでも、ある程度どういう人間がいるか確認出来たからだ。
(あれ……? ってか、あの子さっきのスリじゃん?)
小さなパラボナがついた銃のような指向性収音マイクを右手で持ち、取引現場に向けながら、プルムがイヤホンから響く取引の内容に聞き耳を立てる。
そして、取引中の『商品』に見覚えがあることを思い出した。
12歳くらいで、セミロングの赤毛をポニテにしている。
ホットパンツでおへそ丸出しの恰好は、秋の夜だとおなかが冷えそうだった。
先ほどプルムに水を張った魚入りの桶を押し付け、銀貨を盗んだ少女が縛られた状態で男たちの間に立たされている。猿轡も噛ませられ、声も出せないようだ。
プルムはまだ名前を知らないが、ビネと言う名の少女である。
その両手が胸の前で縄で縛られ、伸びた縄の一端を男の一人が握っていた。
(いやそれより、この声……そしてあの制服……)
哀れな扱いを受けている少女より、男たちの一人にプルムの視線が向いた。
プルムが太郎に無言で収音マイクを渡し、デジタル望遠鏡を取り出して取引現場に向ける。そして、外れてほしいと思った予想が正解だったことを、視認した。
(取引相手の男……見たことある。間違いない。ルナリアお姉様の親衛隊だ)
拡大されハッキリ確認できるようになった取引相手の顔を見て、プルムが珍しく冷や汗をかく。そして、自分が心のどこかで姉が犯人なんてありえないと思い込んでたことを──今回の件をどこか甘く考えてたことを、しっかりと自覚させた。
姉のルナリアが麻薬密輸犯である可能性が急速に高まる中、プルムが取引内容を一字一句聞き逃さないよう、集中する。
「傷つけてないだろうな」
ガンマンの男が、スリの少女ビネを連れてきた男たちに尋ねる。
「ご覧のとおり。プロですんで、うちら」
ビネを縛る縄の一端を持つ、ルナリア親衛隊の制服を着た体温の低そうな男、ウッドフィッシュ少佐が、見た目にそぐわないテンション低めの声で答えた。
「ああ、勝手に暴れて出来た傷はどーしようもないんで、許してください」
そう言ってウッドフィッシュが、ビネの手首と縄に視線をやった。
「ぐぅ……」
ビネが必死に手を動かして、縄の拘束から逃げようとしている。
だが、丈夫な麻の縄はびくともしない。
それどころか荒縄で少女の柔肌が擦れて、痛々しく血が滲んでいた。
「やめておけビネ。痛い思いをするだけだぞ」
ビネの身を案じてガンマンが注意する。
「それ以外問題ないか、確認してください」とウッドフィッシュに促され、ガンマンがビネの身体を確認し、「大丈夫そうだな」と言葉に出した。
「報酬は言ってた通り金か? ガニュメデスなら、相場の半額で渡せるんだが」
そう言って、ガンマンがガニュメデス──ビニール入りのヘロインを見せる。
「いえ、うちは組織名の通り、黄金しか受け取らないんで」
ウッドフィッシュがそう答えると、ガンマンは近くの木に繋いであった馬の元へ向かった。どうやら、少し前からこの場所に繋いでおいた自分の馬らしい。馬の背には、いくつかの袋が乗せられており、その中の1つをガンマンが手に取った。
「では約束の黄金だ。金貨でも構わないな」
「ん、確かに」
ガンマンから受け取った麻袋に入っていた金貨のうち、ランダムに何枚か確認してウッドフィッシュが頷いた。
「それじゃ、今後もうちら『ゴールド・チャリオッツ』をご贔屓に。新興組織なんで、金さえ積んでくれてばなんでもやるんで」
そう言ってウッドフィッシュが、ビネを縛る縄の一端をガンマンに渡した。
「今回みたいに、老舗の闇ギルドのお嬢を攫うのだって、やるんで」
それだけ言い残し、ウッドフィッシュがランタンも持たず闇の中に消えた。
「第二次人魔境戦争の英雄も、後ろ盾がなくなると哀れだな……」
ガンマンがウッドフィッシュ少佐を見送りながら、そう呟いた。
第二次人魔境戦争とは、去年の春から今年の秋まで行われたリード王国と魔王国の戦争の正式名称である。第一次は500年前、イシュメイル戦記の時代だ。
ウッドフィッシュ少佐は、騎兵将校として活躍したのだが、戦時中にルナリアが表向きは戦死したことになったので、軍の主流派から外れてしまった。
軍は現在、第一王子ルアム派で重要ポストを占められている。
ルナリア派だった軍人は、派閥を鞍替えするか閑職に甘んじるしかない。
そして後者の冷や飯喰いの軍人が集まり、『ゴールド・チャリオッツ』という闇ギルドが生まれたのだ。構成員にはリード王国軍だけでなく、元魔王軍もいる。
「まぁいい。それより先に、このガキの始末をしないと」
「……ッ」
ガンマンがビネの縄を引っ張り近寄らせ、猿轡を取ろうとした時だった。
「あのー、すみません」
「うわあああああッ?」
いきなり声をかけられ、ガンマンが思わず声を漏らす。
振り返れば、ウッドフィッシュ少佐がいつの間にか6メートル背後にいた。
「あのー、領収証いります?」
面倒くさそうに、ウッドフィッシュがそう尋ねた。
「はぁ……はぁ……い、いや……いらん」
驚きすぎて、ガンマンが少し間抜けな声で答えてしまう。
「そうですか。それじゃ」
何を考えているかよくわからない目の、テンション低めの顔でウッドフィッシュが了承の頷きをし、再び闇の中に去っていった。
「邪魔が入ったが、お前に聞きたいことがあるビネ」
そうガンマンがビネの猿轡を外そうとした時
「さーせん、受領証にサインください」
「うわああああああああああああッ?」
ガンマンが再び声を上げ振り返ると、ウッドフィッシュが立っていた。
紙とペンを持っている。
「忘れてました。ちゃんと受領証にサインしてもらわないと、上に怒られちゃうんで。何かトラブル起きた時に揉めちゃうから」
そう言って、ウッドフィッシュがダルそうに歩みを寄せてきた。
「お、お前なぁ……」
不満と呆れがどちらも限界値になったので、逆にそれ以上の言葉が出なくなったガンマンがささっと受領証にサインをする。そして……
「もう戻ってくるなよ」と、ウッドフィッシュに念を押した。
「すみません、新興組織だからこーゆーとこグダグダで。そんじゃ……」
やる気のないコンビニ店員のようなテンションで、ウッドフィッシュがそう言ってとてとてと森の闇の中に進んで消えた。
ガンマンはしばらく、懐疑的な目で闇をじーっと見つめる。またウッドフィッシュが戻ってくるのではないかと、不安だった。
「……ここ最近、お前が盗んだものについて聞きたい」
そのまま森の闇に視線を向けながら、ガンマンがビネに語り掛ける。
「正直に答え、返還するなら命は助けてやるぞ、ビネ……ん?」
縄から伝わる抵抗が、急に軽くなったことに違和感を覚えガンマンが振り返る。
その瞬間、ドンッとビネが身体ごとガンマンにぶつかってきた。
「う……おおおお!?」
ガンマンが腰骨のすぐ上、左の脇腹に激痛を感じる。
8センチほどある釘。
それが半分ほど、ずぶりとガンマンの肉に頭を埋めていた。
釘玉を防ぐ革チョッキとズボンの隙間を、ビネが釘で突き刺している。
石だ。
いつの間にか、ビネは拳ほどの石を拾っていたようだ。
男に体ごとぶつかる時、その石を使って石膏で固められた釘玉1つを砕いて、中の釘を1つ取り出した。そしてその釘を、男の下腹部に突き刺している。
「闇ギルドを舐めんじゃあねぇぞ、ダボがッ! 死ねやボケぇッ!」
ビネが見た目にはそぐわないが、ヤクザ者の令嬢らしい言葉を吐く。
親指1つ分の深さ男の腹に刺さった釘をグリグリと動かし、肉をかき回した。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
「な、なにやってんだ、ガキィ? うおおおおッ!?」
思わず顔を下げてビネを見たガンマンが、すぐさま反対にのけぞった。
ビネが今度は釘を、こっちを見た男の目ん玉に突っ込もうとしたからだ。
ガンマンが片目を失うまいとのけぞった瞬間、ビネも後ろに跳ねる。
「うっ……」
正直、背筋がゾっとしたことをガンマンは認めた。
自分より圧倒的に弱い少女ビネに、大の男が恐怖を感じる。
(蜂かぁ、こいつッ?)
小さな身体の少女に今感じている恐怖が、何に対しての恐怖に似ているか思い出す。そして次の瞬間、ビネの『蜂の針』が、釘から巨大化したことに気付いた。
ビネの手には、ガンマンが持っていた山刀がある。
後ろに跳ぶ際に、のけぞったガンマンの懐から盗み取ったらしい。
そして代わりに、少女の腕からは拘束しているはずの縄が消えていた。
縄抜けのテクニックだ。
他人に両手を縛られる時は普通、両手首の内側が重なるように縛られる。
その状態で縛られると、そう簡単に抜けられない。
だから、手のひらが同じ方向を向くように──「いないいないばぁ」をする時の手の形に相手へ差し出して、その状態で両手を縛らせるのだ。
そうやって縛られたあと、手首をねじって拝むように両内側を合わせると、縄がある程度緩んで抜ける余地が生まれる。
実を言えば、小学3年生の算数程度で原理が理解できるトリックだ。
手首の断面は、正方形ではない長方形なので、仮に高さ3センチ、幅7センチの長方形として考えよう。この四角をふたつくっつけて、周囲の長さを考える。
短い3センチの面を合わせてくっつけたら、周囲の長さは34センチ。
だが長い7センチの面を合わせたら、周囲の長さは26センチ。
なんと、8センチも周囲の長さに差が出る。縄ならばその分『ゆるむ』。
僅かな緩みなので、そこから抜けるには訓練や、親指の脱臼などが必要だが。
ビネが肌が破け、血が出るまで縄の拘束に抵抗して暴れていたのはわざとだ。
『血が出るほど必死に抵抗をしている』=『縄から抜けられない』
そう印象付けるために。
実際は簡単に縄から抜けられることを、隠していたのだ。
「くたばれやぁあああああああッッッ!」
ビネが山刀を腰だめに構え、全力で体重を乗せて突っ込んできた。
自分がどうなろうと構わない捨て身の一撃。
ミツバチの一刺しだ。
ヤクザ者のベタな攻撃方法だが、回避も防ぐのも難しい。
人一人分の体重の運動量が、刃を先端に突っ込んでくるからだ。
次の瞬間、乾いた炸裂音が森の中に響いた。
「あがっ……!?」
左の脇腹と、右膝に『熱さ』を感じてビネが転倒した。
「はぁ……はぁ……」
硝煙が立ち上る拳銃を持ったガンマンが、息を荒げる。
「なんじゃあこりゃああ!」
ぶっ倒れたビネが、自分の腹から溢れる血を見て、そう叫んだ
そして驚愕と怒りが満ちた目で、ガンマンの持つ未知の武器を睨む。
コルトSAA────古いリボルバー式の拳銃である。
その銃の弾丸で、ビネはその小さな身体の2か所を撃ち抜かれていた。
右の膝蓋骨と、左の脾臓だ。第10肋骨も弾丸で砕かれている。
脾臓はさておき、膝の骨を割られたので、ビネは転倒してしまった。
これだけは、気合や根性ではどうしようもない。
「あぶねぇ……くそ、殺すなって言われてたんだが……」
冷や汗をたっぷりかきながら、ガンマンが呟く。
ギリギリで、頭部や身体の中心部からはなんとか銃口をそらしていた。
ホルスターから抜き撃つまで、1秒の半分もかかっていない。そして何よりも、発射音が1度にしか聞こえぬのに、2発の弾丸が放つ恐ろしいほどの早撃ち。
さらに闇夜の中で突っ込んでくる少女という小さく、見えづらく、当てづらい標的に正確に2発当てる正確性。
プルムが名付けた仮称の通り、凄腕の『ガンマン』だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……あっ!」
青い顔で呼吸を荒げていたガンマンが、何かに気付いた。
「うおおおおおおッ!」
慌てて前に踏み込んで、ビネに接近して蹴りを放つ。
目の前で倒れたビネが、手に持っていた山刀を投げようとしていたのだ。
投げられる前に、右足の蹴りで山刀を弾き飛ばす。
銃でとどめを刺さないのは、一度無視してしまった『殺すな』という命令を改めて墨守しているからだ。あくまでさっきは咄嗟のため反射的に撃ってしまった。
意識している状態だと、ガンマンは命令厳守する性格らしい。
「つぅッ!?」
ガンマンが痛みに声を上げる。
ビネが山刀を弾かれた直後、ガンマンの蹴り脚を右手でつかんだ。
そしてビネはそのままガンマンの足にしがみ付いて、左手に持っていた釘で男の足のふくらはぎや脛をメッタ刺しにしている。時には刺したあとに体重をかけて、肉を削り取るように、脛をガリガリと搔きむしっていた。
「よくもやりやがったなッ! 殺してやる! 殺してやるぜクソ野郎!」
「があああああああッ」
「あーはっはは、痛ぇか? 痛ぇかって聞いてんだボケッ!」
肉の薄い脛の皮を削り、肉をほじくり、ガンマンの白い骨が露出するほど釘で引っ掻いているビネが高らかに笑っていた。ビネの腹と足からは、血があふれ出しているが、本人は気にする様子もない。おそらく致命傷であるのにだ。
いや、致命傷を受けたという自覚があるからこそ、残りの人生全てをかけて自分をこんな風にした相手に『一生残る恐怖と後悔』を与えようとしている。
私怨ではない。裏社会に生きる者としての、ケジメだ。
『ああ、ヤクザ者に──闇ギルドの人間に、手なんて出さなければよかった』
そう相手の心に刻み込むのが、闇ギルドの人間が最期にやるべき義務だ。
ミツバチが、自らの死と引き換えに相手に激痛と後悔を与えるように。
そうやって『恐怖心』を植え付けることこそが、闇ギルドの生存戦略なのだ。
「ケツ穴ぐちゃぐちゃに掻き回して、メスにしてやんよ!」
「ひっ」
「女みてぇに鳴くじゃあねぇか、オッサン! 誘ってんのかぁ?」
膝が砕けたビネが、ガンマンのズボンを掴みながら、じわりじわりと這い上がってくる。狙いはガンマンの股間だ。そこに釘をぶち込むつもりらしい。
〇
「…………うわぁ」
そんな二人の様子を見て、プルムがドン引きしている。
奴隷のように人身売買されそうになっている哀れな囚われの少女をカッコよく助けたかったのだが、完全にタイミングを失った。呆然と立ち尽くすしかない。
今ちょうどビネがガンマンにぶん殴られ、足から引きはがされた。
大人の男に少女が殴られるという、本来であれば男に対して強い嫌悪感を抱いてしかるべきシーンなのだが、今回に限ってはそんな感情が湧かなかった。
いや、そりゃ本気で殴るよ……お尻大切だもん……
必死こいてるガンマンを見て、プルムがそう思った。
見ているだけなのに、自分の尻が痛くなってくる。
「えっ? うちの国のヤクザって、あんなヤベー奴らなの?」
正直ガンマンより、ビネにイカレっぷりを感じながらプルムが呟いた。
日本の漫画やゲームの影響で、裏社会のヤクザ者に対して今まで少しコミカルなイメージすら抱いていたからだ。お姫様育ちの呑気さと世間知らずであった。
「…………どうするの?」
太郎も困った顔をしていた。
先ほどプルムが──
『人命救助もしくはそれに準ずる状況の場合のみ、一撃の強襲攻撃をもって目標を確保するものとする。人命には目標も含む』
と命じていたが、この場合どちらを攻撃して、どちらを助けた方がいいのか?
太郎の目は、プルムにそう訴えかけていた。
「いちおう女の子……の方?」
珍しくプルムが自信なさげな声で「助けるならね」と答える。
「でもなんか嫌だなぁ。あんま反社に関わり合いたくないわね」
闇ギルドの『恐怖』という毒の副流煙を浴びたプルムが、そう呟いた。
こ、こえ〜……
助けを待つだけの女を、不人気ヒロインとか言って申し訳ありませんでした。
あそこまで狂暴だと、助け待つだけの足手まといヒロインの方がいいわ……
そうプルムが、ボコボコにぶん殴られてもまだ闘争心を失っていないビネを見て心の底から猛省した。
「それじゃ太郎……可愛い足手まといヒロインのプルムちゃんをよろしくね」
そう言ってプルムが、足元にあった小枝を一本拾って微笑んだ。




