第37話 金策
「ああ、お金が欲しい〜」
プルムが皿洗いしながら、呟いた。
リード王国王都にある庶民向けの食堂のキッチンで、その国の王女が下女がごとく皿洗いを続けている。
「…………」
その隣では婚約者の少年、太郎も黙々と皿洗いをしていた。
「お金〜♪ お金〜♪ お金ほしいよ〜♪ 5億円ほしい〜♪ 誰かくれ〜♪」
しょうもない低俗な即興歌を、プルムが口ずさんだ。
時間は少し遡る。
●
「調査っつっても、何から手をつけようかしら」
リード王国の王都は、オスマニアン様式風の白い石造りの集合住宅が立ち並ぶ。
文明レベルは魔王国のような中世ではなく、近世と近代の中間ほど。
その目抜き通りの石畳の上で、伊達メガネをかけたプルムが呟いた。
本人的には、変装しているつもりらしい。
白いフリルの多いブラウスと、ブラウンでチェック柄のジャンパースカート。靴も靴下も白で統一していた。ジャンスカと同じ柄の鹿撃ち帽を被っている。
長い銀の髪は、左よりのアシンメトリーでシンプルな編み下しにしていた。
本来はベタな探偵っぽい恰好でいきたかったのだが、さすがに異世界イシュメイルだと目立ちそうなので、探偵っぽさを残しつつガーリーな秋服コーデで抑えた。
王都のブルジョア階級の女子っぽい感じになっている。
全体的に落ち着いた色だが、背負っている赤いランドセルがワンポイントになっている。プルムは日本の小学校に通ったことがないので、最近買ったものだ。
単純に可愛いと思ってたし、外人(実際は異世界人だが)がランドセルを背負っていると、日本人受けがかなり良かった。その反応が面白くて、日本だとプライベートでよく赤いランドセルを背負ってお出かけすることが多い。
とにかく今は麻薬密輸犯に関して、手掛かりがなさすぎた。
華麗な推理や、プロファイリングをする以前の問題である。
手持ちのネタは測量局から手に入れた、逮捕せずに泳がせている数名のヤクの売人の情報があるだけだ。
「…………お腹すいた」
傍らにいた10歳を少し超えた程度の黒髪の少年──太郎がそう呟いた。
ミドル丈で淡いカーキのトレンチコートを着ている。
表参道の店で女の子用の服として売っていたのだが、結構似合っていた。
頭部は黒いニットのベレー帽で温かそうなのだが、太ももが露出していて寒々しい。プルムが黒タイツを履かせようとしたのだが、太郎が断固拒否した。
靴は黒い軍靴のブーツである。陸軍幼年学校に、丁度良いサイズがあった。
少々ゴツいが、貴族や上流階級の子弟が通う学校のものなので質は良い。
刑事をイメージしたコーデ……らしい、プルム的には。
プルムと太郎二人が並ぶと、賜暇を与えられ久々に実家に戻った少尉候補生が、仲の良い姉とお出かけしているようにも見える。
「まぁ、もうお昼とっくに過ぎているからねぇ」
そう言いながら、特に目的地もなくプルムが歩く。
そして目に入る飲食店の1つに、視線を向けた。
「ああ、せっかくだから姫騎士丼の店で、少し遅めのお昼食べようか太郎」
「姫騎士……丼?」
太郎が、あまり聞きなれぬ単語を復唱する。
「現時点の第一容疑者、ルナリアお姉様が流行らせた料理よ」
そうプルムが教え、数年前のことを思い出した。
●
「ハンバーガーうめぇですわ〜」
数年前、13歳の姉ルナリアが満面の笑みでそう言った。
当時のルナリアは騎兵の新品少尉である。
華やかな八掛金糸で、美しい刺繍をほどこされた暗い深紅のマントを左肩からぶら下げており、年若くともまさに『姫騎士』といった威厳に満ち溢れていた。
見た目だけは。
「ポテトもバクバクですわ! コーラもガブガブですわ!」
そう言って、運動部の男子高校生かのようにがっついた。
姫騎士というより、宴会中の山賊のような喰いっぷりである。
場所も、森の中なので山賊感がより強まる。
「もう、ルナリアお姉様……はしたない」
木漏れ日の中に敷かれたシートの上で、当時12歳のプルムがぼやいた。
「だって、訓練が激しいんですもの。お腹がすいてしょうがありませんわ!」
そう言いながら、ルナリアが3つ目のハンバーガーを口にした。
彼女は別に子供舌というわけでも、舌バカでもない。
訓練の激しさと運動量に、身体がどうしようもなく栄養を求めているのだ。
味が濃く、塩気の強いものが、とにかく美味く感じる状態になっている。
初代リード王が勇者王と謳われるように、武で成り上がった王家であるので第二王女であっても軍事訓練に容赦がない。
そのため、ルナリアは訓練途中で演習場から抜け出して、プルムにハンバーガーセットを買ってきてもらっていた。
ルナリア自身では、独力で日本に移動出来ないからだ。
(私、絶対に軍人とか無理だわ……)
と、プルムが詰め込むようにハンバーガーを食べる姉ルナリアを見て思った。
幸いにして、プルムはこのあと専門士官の技術将校となったので、身体を激しく動かす戦闘訓練などはしなくて済んだ。実際は、最初の1年は技術将校でも、最低限の武器の扱い方や行進を教え込まれるのだが、全てサボってやり過ごした。
とにかくプルムは、肉体労働をしたくないらしい。
そもそも、プルムは日本で学校にも通っている。
お嬢様学校の生徒と軍人という、二足の草鞋を履けるルナリアが異常なのだ。
「しかし、この状態では今後の晩餐会が辛そうですわプルム」
ルナリアが、珍しく不安そうな声を出す。
「すぐにたくさん食べたいのに、一品ずつ運ばれてくるのですもの。一気に食べたいのに、小出しにされたら気が狂いそうですわ! なんとかなりませんの?」
「ああ、それでちょっと思い出したんだけどさお姉様」
プルムがハンバーガーショップのレシートを見ながら呟く。
「ここの演習場から日本に行くと渋谷に出るから、そこで買ってきたんだけど……その渋谷の地名の由来になった武家の『渋谷家』に面白い作法があるのよ」
「どんな作法ですの? 気になりますわ、プルム」
純粋な好奇心で目をキラキラさせながら、ルナリアが尋ねた。
「渋谷家の食事はね、どんぶりご飯といくつかのオカズを出されるの。それで、そのオカズを全部どんぶりにぶっこんで、一気にかきこんで食べるのよお姉様」
「あら、野趣に溢れた食事ですのね。でも、どうしてそれが作法ですの?」
不思議そうな顔をルナリアがする。
「渋谷家は武人。だから、すぐさま戦場に馳せ参じれるように、そうやって一気に飯を済ませることが、武士たる者の作法なんだってルナリアお姉様」
「まぁ、なんて素敵な作法なんでしょう渋谷様!」
うるうると、感動で目に涙を貯めながらルナリアが言った。
「これこそが武人のあるべき姿ですわ! わたくしたちリード家は王家とはいえ、皇帝陛下の藩屏たる武人。食事も渋谷様の御家の作法を見習うべきですわ!」
(今の食事マナーが面倒なだけでしょ、お姉様……)
特に帝国への忠誠心があるとは思えない姉を見て、プルムがそう思った。
お姉様って、わりと面倒くさがりな性格よね。
なのに、よくセットに時間かかる縦ロールを毎日維持しているなぁ。
縦ロールも、結構日によって巻き方変えてるし、ファッションに命かけてるのは偉いわ。軍人になっても、維持してるし凄い努力ね。女の子として尊敬するわ。
「お姉様、訓練抜け出して大丈夫なの? ってか、よく抜け出せたわね」
プルムが、姉が軍事演習中であることを思い出して尋ねた。
「それに関しては心配無用ですわ!」
ふふん、と自信満々にルナリアが笑顔を見せつける。
ルナリアは空間移動出来ないくせに、昔からよく城を抜け出していた。
どれほど監視を増やしても、いつの間にか煙のように消えて自室からいなくなっている。心配した兄が日本から見張っていたが、そこには現れなかったので空間移動しているわけではない。
とにかく、子供の頃から脱走が得意な王女であった。
「そのことより、早急に渋谷様の作法をリード王国に広めなくては! このわたくし、第二王女ルナリア・リードが新たな食文化をプロデュースしますわ!」
そう決意に目を輝かせ、姫騎士ルナリアが宣言した。
〇〇〇
「こうして姫騎士丼なる新たな料理が、リード王都の名物となったのよ」
数年後の現在、その姫騎士丼の店で姫騎士丼を食べながら、姫騎士の妹であるプルムが、太郎にそう言った。
姫騎士丼は店によって、かなり内容が違う。
スープや出汁も一緒に入れるフォーマット以外は自由だからだ。
この店は炭火で焼いた鶏肉と各種の薬味がたっぷりと乗った丼に、さらに白身の小魚で作った煮干しから取った出汁をぶっかけて食べるタイプだった。
内陸部のリード王都では、西の海から送られてくる様々な魚の干物による食文化が発達しており、煮干しに関しては魚大国の日本以上に選択肢も多い。
「結構おいしいじゃない、ここの姫騎士丼」
食べ終わったプルムが、そう感想を述べた。
上品な風味の、白身魚の煮干し出汁が気に入ったようだ。
「ただ肉体労働者向けで、私には塩気が濃すぎるわねぇ。この国にはまだ、減塩って概念ないから仕方ないんだけどさ。男の子の太郎ならちょうどいいみたいね」
おかわりまでした太郎を見て、プルムが「もう一杯食べる?」と尋ねる。
太郎が「お腹いっぱい」と答えたのを聞いて、プルムが立ち上がった。
「それじゃお会計しなきゃ。ここってクレカ使えるかしら……あっ」
「?」
プルムの動きが止まったので、太郎が疑問符を浮かべる。
そんな太郎に、プルムが引きつった笑みを見せた。
「やばい、うちの国のお金がない……持ってない」
日本以外で買い物をしたことがないプルムが、そう小さな声で言う。
王城に外商が来ることはあるが、支払いは城の者が済ますので、プルム自身が現金その他での支払いをしたことはなかった。
「人生初の肉体労働することになりそうね……」
そう呟いて、プルムが威風堂々と店主の方へ歩を進める。
自国の庶民に頭を下げるのも、初めての経験であった。
〇
「あんだけ働いて時給500円くらいなのかぁ……」
銅貨を4枚ほどチャラチャラ手の中で揺らしながら、プルムが呟いた。
3時間ほど皿洗いをした結果、無銭飲食をチャラにしてもらった上に店主から
「働き者だったから、オマケだ」
ということで銅貨4枚もらったのだ。
また太郎と二人で、この食堂で食事出来るくらいの価値だ。
「私と太郎が初めて働いて得たお金だから、大切にするけどさ」
プルムが半分の銅貨2枚を太郎に渡しながら、お姫様らしいことを考えた。
人生でお金に困ったことないから全然考えてなかったけど、もしかしてお金ってないと困るもんだったのかしら?
お兄様から「秘密裡の調査だから王室予算は使うな」「犯人に正体がバレるかも知れないから、異世界のものを持ち込んで転売するな」って言われた。
それでお兄様から「大丈夫か?」と聞かれた時は、適当に「できらぁ」言ってたけど……もしかしてヤバい?
あーあ、今からでもお兄様に機密費から予算出してもらおうかしら?
でも自信満々に「できらぁ」って言った以上、「えっ王室予算なしで調査を?」って言って、新たにおこづかいを頼みづらいのよねぇ。
10日間の秋休み(冥楯女学院は二期制)中に、ガッツリと裏社会に足場を作っておきたいから、今から日本に戻るのもなんだしねぇ。時間ないし。
「仕方ないわねぇ」
あまり気乗りしない様子で、プルムが呟いた。
「売れるものは売っちゃいましょう。私の『命』含めてね」
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