第36話 殺人許可証
「リード王国第三王女マリーナ・リードを追放する」
数日前のこと。
ノートパソコンから、第一王子ルアム・リードの声が響く。
「と、言うとでも思ったか? 可愛い妹よ」
モニターの向こう側の銀髪の見目麗しい王子が、無慈悲な笑みを浮かべた。
「ああ、追放ではなく殺してほしいのならば、我が妹にしてお前の姉である第二王女ルナリアのように殺しても、私は一向に構わないけどねマリーナ」
王族にしては砕けた口調だが、下品さは感じない。
眉目秀麗で優しげな銀髪の貴公子だが、本来の性は荒々しい武人である。
そのためか、強い言葉を使っても陰湿さも必死さも惰弱さも感じない。「ちょっとお醤油とって」と「君を殺す」という言葉が、同列に存在している王子だ。
今回の言葉も戯画本や演劇に登場する、魔王のような瀟洒な響きがある。
ルアム王子は現在、魔王領を占領統治している第一軍司令部の総司令官なので、時限的な魔王のようなものだ。先の言動もそれに相応しい態度であった。
「ええー、追放してくれないんですかお兄様? ケチ!」
プルムことマリーナ姫が、今代の魔王である兄に対して、不満を隠そうともしない声を出す。むろん、このくらいの言い方が許される程度には兄と仲が良い。
日本で普段寝泊まりしている部屋なので、上は白いシャツに下はメンズのボクサーパンツだけというラフな姿であった。家族以外にはあまり見せられない姿だ。
場と恰好の影響か、プルムは王族ではなく年相応の少女の声になっている。
「追放ではなく殺す……『死んだことにする』ってのも、以前は魅力的な提案だったんですけどねぇ。あーあ、好きなように生きていけるお姉様が羨ましい」
「だがしかし、幾分かルナリアを好きにさせすぎたかもしれないな」
ふぅ、とため息をついて、王子がここにいないもう一人の実妹の名を呟いた。
「とりあえずの第一容疑者ですからねぇ、ルナリアお姉様は」
そう言ってプルムが小さなビニールに入った白い粉を、ノートパソコンのカメラの前で揺らした。
最近、イシュメイルに流通しつつある麻薬────ヘロインだ。
「ルナリアはもともと裏社会との繋がりが強かったとはいえ、私にはあの妹が麻薬を我が国にバラ撒いているとは思いたくないが……」
人としても兄としても情深い王子が、ヘロインを見つめながら顔をしかめた。
「いやぁ、でもあの『ルナリアお姉様』ですよ……」
プルムがなんとも言えない顔で、姉の所業を思い出していた。
リード王国第二王女ルナリア・リード。
ルアムの妹にしてプルムの姉。現在17歳の高等部2年。
日本では苗字のみ偽名にし、ルナリア・アンシャールと名乗っている。
ルナリアは傍若無人、唯我独尊、傲岸不遜の悪の王女として名を馳せていた。
素行不良、命令無視、裏社会との繋がり、風紀紊乱、多額の横領、公務の放棄、アリアの漫画の借りパク、城内の全裸俳諧、異世界の品のバラ撒き、身分を隠して冒険者として活躍、特に理由のない兄への暴力、面白半分での国宝の窃盗未遂、結婚式直前の新婦を攫う花嫁泥棒、賭博、特に理由のない兄のから揚げへのレモン汁かけなど……
その悪行や王族に相応しくない奇行を書き連ねれば、枚挙にいとまがない。
裏に表に八面六臂の活躍をするルナリアであったが、予想もつかない突飛な行動を取るゆえか国民人気は高い王女だった。奇妙なカリスマ性すらある。
「いや、しかしなぁ……」
年の離れた妹たちに甘い兄王子が、歯切れ悪く答える。
王子は昔から『ルナリアちゃん係』として妹の引き起こした面倒の尻ぬぐいをしてきた苦労人であった。そして、その苦労を当たり前のものとして思っている。
(相変わらずお兄様は……これだからお姉様を王宮から追い出しておいたのに)
兄に対する呆れと、「仕方ないなぁ」という暖かな諦観をプルムが感じる。
プルムは昔から兄が甘やかしすぎるから、姉が増長していると思っていた。
これでは、双方にとって良いことではない。
特に兄がもみ消し続けているとはいえ、ルナリアは罪を重ねすぎている。
このままでは、いくら第二王女と言えどいつか処されかねない。
ゆえに、先の魔王軍との戦争の際に騎兵聯隊長のルナリア大佐が意識不明の重体になった時、これ幸いと『死亡』扱いにして、日本に追放しておいたのだ。
当然、プルムは父王の協力を裏で取り付けている。
ルナリアは普段から城を抜け出し、冒険者ごっこをしていた。
特にルナリアは、ゴブリンの生息地域での仕事を好む。そのため父親である王からしても、娘がいつ山の土くれ、海の藻屑になるかわからず不安であった。
ゆえに、ルナリアの生命を守り、兄の過保護から独立させるための追放である。
ハッキリ言って、プルムに得はない。純然たる家族愛によるものだ。
幸か不幸か、ルナリアのスキルはハズレであった。
イシュメイルと日本を繋ぐ『異界』のスキルに関してルナリアは、持続力こそあれど拳ほどの大きさしか、空間の裂け目を空けられない
ゆえにルナリアが独力でイシュメイルに戻ってくるのは不可能だ。
再生能力や怪力はないので、『超人』のスキルもないと思われている。
しかし、現在はこのハズレでしかなかった、拳程度の空間の裂け目が問題だ。
あらかじめ時間と場所を指定しておけば、イシュメイルの人間と小さなものであれば物品のやり取りが可能であるからだ。普段の所業からいつ追放されてもおかしくなかったので、ルナリアは前もって備えていた可能性は十分ある。
そして粉状のヘロインは、十分持ち込み可能なものであった。
「とにかく、お姉様が犯人だとしても、潔白だとしても調査はしなくては」
そうプルムが兄の王子に言った。
普段の兄は恐ろしいほど優秀なのだが、身内には甘すぎて鈍くなる欠点がある。
その欠点を補うことこそが、自分の使命だとプルムは思っていた。
「そのためにも、とりあえず私を『追放』してほしいのですが」
そうプルムが、先ほども兄に伝えたことを再び伝えた。
「これより私は、リード王国の裏社会での調査も開始しないといけません」
「『異界』のスキルを使われたら、測量局でも補足しきれないからな」
プルムの言葉を補足するように、王子が自国の諜報機関の名を呟いた。
そしてルアム王子が言葉を続ける。
「したがって私やマリーナのような同じスキル持ちによる調査は必須。だが、今の私は魔王領にいるからマリーナがやるしかないな」
「ですが日本でお姉様自身を見張り、公務までこなして、さらには裏社会への潜入まですると、流石に私でも身体が持ちません」
プルムが兄にクレームをいれた。
「過去にお姉様がやらかした所業、その1つを私がやったことにして冤罪で追放してください。その間に、私が裏社会から調査しますから。折を見て、お兄様は恩赦を出すかして、私を戻してくれればいいですから」
プルムが証拠をちゃんと掴んでいるルナリアの罪を被って、自身を追放させようとしているのは流石であった。
王子が自身を追放したままにして、王女に復帰させない可能性もあるからだ。
追放された罪が冤罪である証拠をつかんでいるなら、その心配はない。
「点数稼ぎをちらつかせても、追放はしないぞマリーナ」
兄よりも政治家としての声色を強くして、王子が妹の言葉に答えた。
プルムは追放した自分を戻す理由を、『冤罪の証明』ではなく『兄からの恩赦』という形にしようとした。
前者なら、兄王子は無実の妹を追放した汚点を被るが、後者であれば罪を犯した妹を寛大な心で赦した優しき王子という得点になる。
しかし、ルアム王子はその提案を拒否した。
「公務は続けてもらう。その上で、裏社会での調査も学業もきちんとやれ」
「うわー、ベリーハードモードねお兄様。まったく、早々に魔王ごっこを切り上げて、国元に戻ってきてよ。私なんかに国政を任せたら、どうなることやら」
不満を隠そうともせず、プルムがのけぞりながら溜息をついた。
「その魔王ごっこだがな、最近それがとても楽しいのだよ、マリーナ」
「…………」
兄の微笑みに、妹は何も言わない。
「ごっこではなく、本当に魔王になるのも面白いかもしれんな」
「すでに、魔王としての風格出てますしねぇお兄様」
プルムが苦笑しながら、モニター越しに兄の顔を見た。
(上手く牽制されたわね)
そう思った。
妹への恩赦という飴では兄は動かなかったので、鞭をちらつかせたのだが、逆にその鞭で自分がしばかれたことをプルムは理解していた。
簡単にいえば、プルムはルアム王子に対して「自分が色々と国政に面倒を残すかもよ」と脅したのだ。
どうせ、自分の統治は帝国に参勤している父王が戻るまで、そして最後は兄王子が王位を継ぐまでの時限的なもの。のちのちのことは、知ったこっちゃない。
短期的には結果が出るが、後でボディーブローのように国を苦しめたり、面倒でややこしい問題残ることしちゃうかも~……と匂わせた。
するとルアム王子は
「じゃあ自分は魔王国を継ぐわ」と、匂わせ返したのである。
もし母国に面倒を残したら、プルムがその責任を果たせと言わんばかりに。
「仕方ありませんねぇ。それじゃあ、王女としても女学生としても、裏社会を根城にするハードボイルドな探偵としても頑張りますか」
プルムが折れる形で、受け入れた。
だが、いたずらっぽい笑みを見せ、王子の顔をじっと見る。
実のところ、兄からこうやって無茶ぶりされるのは、嫌ではなかった。
義理のアリア含む妹の中で、自分が一番兄から頼りにされてると思えるからだ。
「可愛い妹に無茶をさせるんだから、多少のわがままは聞いてください」
「なんだマリーナ? 魔王にでもなりたいのか?」
「ああ、そんな大したことじゃないです、お兄様。一筆約定願いたいだけです」
「ほう……」
妹が何を言い出すのか、政治家として興味がある。と、同時に兄として妹のわがままを多少無理しても聞いてやろうという気持ちで、王子が次の言葉を待った。
「ルナリアお姉様を殺した場合、その責任は全てルアムお兄様にあるという文言が欲しいです。お姉様が死んだことに伴う二次的な被害の責任も含めて、ね」
「実の姉に対する殺人許可証が欲しいのか、マリーナ」
「まぁ、王族ですから私。のちのちに面倒を残したくないので」
あっけらかんと、プルムが物騒なことを言い放つ。
手がかかる妹とはいえ、ルナリア王女を大切にしてきた王子はその言葉に怒りはしなかった。
「ルナリアの命を救うためにも、必要なパーツではあるな」
政治家としては、プルムに劣ることない王子が何度かうなずく。
「いいだろう。この私、リード王国第一王子ルアム・リードの名のもとに、ルナリアに対する殺人許可証を出そう。この先、ルナリアがどうなるかは本人の所業と、調査結果次第だな。やれやれ、まったく手のかかる妹だ。死んだことにしても、あれこれ面倒をかける……」
そう今は近くにいない妹へ思いを馳せたあと、目の前の妹に視線を向けた。
「殺人許可証の渡し方は、マリーナ?」
「近所のコンビニから、ゆうパックで出してくれればいいですよ。明日には届くので。もう午後だから、書留にしたら明後日になっちゃいますし」
「ゆうパックの殺人許可証で、殺されるかも知れないのはなんか嫌だなぁ……」
そう言いつつも、王子が羊皮紙にささっと文字を書き込む。
そして内容をプルムに確認してもらってから、近所のコンビニに向かった。
〇
そして数日後の現在、冥楯女学院の廊下にて。
殺人許可証を折りたたんで肌身離さず持っているプルムが、そこに名が書かれた姉のことを考える。
ルナリアお姉様の殺人許可証を持つ私が、取りうる可能行動は3つ。
1つ目は、今の時点でお姉様を殺す。
疑わしきを罰するのは、短期的には一番ラクではある。
まぁ王族同士では昔から、よくある話だ。
推定無罪の法則など、無視されるなんて当たり前。
2つ目は、ルナリアお姉様が犯人である証拠を得て殺す。
こっちも、まぁまぁラクではある。
証拠をつかむのは大変でも、そのあとの『処理』は簡単だからだ。
3つ目は、お姉様が犯人じゃなかった場合……
個人的には、これが一番うれしいけど、実は一番厄介なパターン。
王族の陰謀に推定無罪が成立しないことは、お姉様自身がよく知ってる。
だからお姉様は、自分に疑いがかかってると気付いた時点で【1】のパターンを私にやられる可能性を考える。
逆に、こっちには本当にお姉様を殺す気がなくても、信頼させるのは難しい。
それが王族というものだ。
百の言葉、真の誠意を伝えても、信用されないだろう。
殺される『かもしれない』
だから『先に殺す』
古今東西、そんな疑心暗鬼でどれだけの王族が殺し合い、犠牲になったか。
仮に真犯人がいた場合、その犯人を先んじて確保出来れば問題ない。
でも、犯人がなかなかわからず、お姉様への疑いが高まって尋問しなきゃいけない段階になったら、もうそこからはお姉様との殺し合いだ。
もしもお姉様が、無実であったとしても……
お姉様は、私に疑われている段階で『殺されるかもしれない』と思う。
私は、お姉様がそう考えて『殺される前に殺しにくるかもしれない』と思う。
だからまぁ、前もってお兄様に殺人許可証を用意してもらったんだけどね。
これがあれば、万事解決するから。
〇
「あっ、やべ……」
隣にいた藤海が、唐突にそう呟いた。
不穏な空気を感じて、プルムが振り返る。
そこには……
「あなたたちぃ〜……」
憤怒の形相を浮かべた、ルナリア生徒会長がいた。
ずんずんと、こちらに向かっている。
「やばい、姐さんにスケバンの本当の意味がバレたっぽい。逃げろッ!」
「ええっ、私もッ!?」
そう言いつつも、藤海に手を引かれてプルムも一緒に逃げだした。
後ろから
「こらぁ、廊下は走ってはいけませんわ〜ッ!」
という、姉ルナリアの声が響く。
ルナリアは表向き生徒会長として生徒の模範となるよう振舞う必要があるので、逃げるプルムたちに走って追いかけられない。
「んも〜! 許しませんわ〜、ふたりとも!」
ぷんぷんと地団太を踏んで怒るルナリアを、振り返りながら見た藤海が「やっぱルナリア姐さん可愛いなぁ」と呟く。
背に姉の声を浴び、姉が可愛いという意見に同意しながらプルムが思った。
最高のパターンでも、一度は姉との殺し合いを潜り抜けなきゃいけないのか。
いや、なんの罪もない姉と殺し合うのは、見ようによっては最悪かしら?
まったく、王族ってのはやっぱり大変ね。
好き好んで、やるもんじゃあないわ。
面白かったらモチベと励みになりますので
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