第35話 極悪王女
「スケバンって言葉おかしくね?」
お嬢様学校、メイジュンの廊下で藤海那々子がそう呟いた。
眼鏡の下のその鋭い瞳には、不満の色が溢れている。
「いきなりそんなこと言い出す、あんたが一番おかしいわよ藤海」
面倒くさそうな顔で、プルムが隣にいた藤海の顔を見上げる。
同じ高校1年生だが、20センチ以上の身長差があるからだ。
「いや、ちゃんと聞けよプルム。ウチさぁ、マジで納得いってないんだって」
「何がそんなに不満なのよ。スケバンってあれでしょ? 昔の漫画やドラマに出てくるヤンキー女の昭和版みたいなもんでしょ。なんか変なとこある?」
早めに会話を切り上げたいプルムであったが、いちおう友人の話に付き合う。
「いやさぁ、ウチの今度の新作小説の舞台が昭和の学校だから色々調べてて知ったんだけどさぁ……その頃って女を『スケ』って言ったぽいんよ。んで、スケの番長だから略してスケバンって呼んだみたい」
「ああー、なるほど! 今まで全然気付いてなかったわ、そういや死語かなんかでスケコマシってのあったわね。今でもリアルに使ってる人いるか知らないけど」
「でね、こっからがウチが『おかしい』って思った点なんだけどさぁプルム」
別に大した話ではないのに、藤海が御大層な真実を語るかのようにプルムの耳元に自分の口を寄せて、続きを語った。
「スケバンってたくさんいるけどさぁ、『番長』ってその学校の不良のトップのことじゃん。だったらさぁ、女の番長が同じ学校に複数にいるのおかしくね?」
「…………確かに」
プルムが世界の隠された真理に気付いたような顔をする。
「だからさぁ、同じ学校の自認スケバンの連中集めて……そいつらでデスゲームして頂点決めないと。最後に生き残った1人のみ、スケバンを名乗ること許す」
「スケバン決定戦のやり方デスゲームなんだ藤海。殴り合いとかじゃなくて」
「じゃあ別に殴り合いでもいいよ、プルム。前田光世方式で」
そう言ったあと、藤海が周囲のお嬢様たちを見回した。
そして、適当に近くにいた子に
「ねぇ、あなたスケバン?」と声をかけていく。
中等部高等部、後輩先輩同学年問わずだ。
問われた女学生たちは困惑し、否定する。かなりの数のお嬢様は『スケバン』の意味すらわかっていないようだった。
(迷惑な奴ねぇ……)
藤海の奇行を見守りながら、プルムがそう思った。
「こんな感じでさぁ、この学校全然スケバンいないんよね。せっかくウチが、真のスケバンを決めようとしてんのに」
「この学校どころか、もう日本中どこ探してもいないんじゃね藤海?」
「マジかー……これも温暖化ってやつが悪いんだ。スケバンって夏でも長袖なイメージだし。たぶん北海道の、水が綺麗な小川とかにはまだ生息してるかも」
そう残念そうにする藤海を見て、プルムが何か気付いた。
「ってかさ、藤海。ビジュだけなら、あんたがこの学校で一番スケバン感あるんじゃない? 身長高いし。ちょっと眼鏡外して三つ編み解いてみてよ」
「んー、そうかな?」
納得していなさそうだが、藤海が素直に言われたとおりにする。
「あー、ほら。三つ編み解いたから、スケバンのパーマっぽい感じに……まぁギリなってるかもって感じだし。木刀似合いそー。マスクあるならつけてよ」
白いマスクに、いつも持ち歩いている黒のサインペンで×印を藤海が書いてから自身に装着する。まぁまぁ、様になっていた。
「おー、これらなウチ自認スケバンいける?」
「いけるいける」
「でもさープルム、ウチひとりだけじゃスケバン決定戦出来ないじゃん」
「メイン目的そこ~? といっても、他にスケバン感ある子なんてねぇ」
うーん、とプルムが周囲を見回す。
「ってかさ、プルム。スケバン感ってなによ?」
「えーっと、よく知らないけど髪の毛染めてるとか? と言っても、うちの学校って校則厳しいから、みんな黒髪だけどね」
「…………」
「おい藤海、なんで私を見る? これ地毛だからね!」
そう言ってプルムが、自分の銀の前髪をつまんだ。
「いいよプルム、黒髪じゃなきゃ。どうせ昔のスケバンどもも自認なんだし」
「じゃあとりあえず私も自認スケバンになったけどさぁ。ここからこのメイジュンの真スケバン決定戦すんの、藤海?」
「うん」
「殴り合いで?」
「うん」
「即答かよ。まぁいいわ。それじゃいくわよ」
そう言ってプルムが可愛く「えーい」と藤海をぺしぺし叩いた。
「なめるなっメスブタァッ」
「ぐえーッ!?」
藤海に勢いよく首を掴まれて、プルムが思わず間抜けな声を漏らす。
「こ、こいつマジかよ? 初手で喉狙ってきやがったんですけどぉ?」
相撲の喉輪のような状態で、のけぞりながらプルムが言った。
流石に苦しくないよう、藤海は手加減している。
だからこそ、プルムはこの状態でも普通にしゃべることが出来た。
「あっ、ごめん。なんかプルムが可愛い子ぶってるのが、イラっとして」
我に返った藤海がそう言いながらも、少しずつ手に力を込める。
「プロレス苦手か!? とにかくギブギブ! あんたの勝ちでいいわよ!」
自分の首を掴む藤海の右手をタップしながら、プルムが敗北宣言をする。
その言葉に藤海が手を放し「うぇーい」と嬉しそうに両手を挙げた。
「これでこのメイジュンの真のスケバンはこの私、極悪同盟のダンプ藤海だ!」
「昭和の女子プロレスになってるって。ってか、藤海ごときが伝説的ヒールレスラーのポジションになろうなんて烏滸がましいわ!」
敗者髪切りデスマッチじゃなくて良かった、とプルムが思った時であった。
「あなたたち、何をしてらっしゃるの!」
凛とした澄音の声が廊下に響く。
遠くまで通る声質で、廊下にいた生徒全員がぴしゃりと背筋を糺した。
〇
「げっ、姐さん……」と藤海が
「あっ、お姉様……」とプルムが声の主を見て呟いた。
ふたりの視線の先には、『生徒会長』の腕章が入った女生徒がいる。
身長はプルムと藤海の中間ほどで、銀色の長い髪を縦ロールにしていた。
お嬢様、という言葉をそのまま擬人化したような生徒会長である。
「あなたたち、その呼び方は校則違反ですわ!」
アメジストの瞳で、藤海とプルムを見つめながら生徒会長が続けた。
「苗字に『さん』付けで呼ぶか、先輩相手であれば苗字に先輩をつけてお呼びなさい。藤海さん、アンシャールさん」
「ええー、でもそれだとこいつ(プルムを指さしながら)と区別つきにくいんすよルナリア姐さん」
生徒会長に注意されているのに、藤海がそんなクレームを出す。
「藤海さん!」
ルナリアと呼ばれた銀髪のお嬢様が、じろりと藤海を睨んだ。
「うっ、すみませんアンシャール先輩」
「まぁ、でもおっしゃることはごもっとも。ならば生徒会長権限で、わたくしのこと名前もしくはお姉様と呼ぶことを許可しますわ。生徒会長でもよろしくてよ」
ふふん、と得意げな顔で生徒会長ルナリアが自分を指さした。
「マジでー、ありがとルナリア」
藤海が生徒会長を呼び捨てにする。名前で呼んで良いと言われたからだ。
「藤海さん……あなたに許した文筆業の特別許可を取り消しますわよ」
「うっ、申し訳ありませんルナリア先輩」
生徒会長ルナリアの圧に、藤海が言葉を改める。
流石の狂犬文学少女、藤海那々子でも頭が上がらない相手のようだ。
「とにかく、この冥楯女学院の新生徒会長ルナリア・アンシャールの目が黒いうちは校則違反など許しませんわ!」
「でもルナリア先輩の目ぇ、黒じゃなくて紫じゃないですか」
口が減らない藤海が、そうツッコんだ。
やはり止まることを知らぬ狂犬である。
「藤海さん……リボンが曲がってましてよ」
「ぐえっー?」
ルナリアが藤海の首元のリボンを糺すフリをして、ぐいっと引っ張る。
そしてその藤海の顔を、自分の顔のすぐそばまで寄せた。
「おい、那々子……わたくしを舐めてるんですの?」
ドスの利いた声で、ルナリアが藤海の耳元に囁く。
「校則違反したいなら、バレないようにヤレって言ってるんですわ。わたくしの言ってること……わかりますわよね?」
「お、おっしゃる通りですルナリア姐さん、サーセン……」
廊下の他の生徒には聞こえない小さな声で、お互いそんなやり取りをした。
今の藤海の言い方は、他の生徒にバレない校則違反だから咎めない。
(おー、流石はリード王国史上最悪と名高い、極悪王女ルナリアお姉様だ)
実の姉かつ生徒会長を見ながら、プルムがそんなことを考えた。
「いやー、参りましたルナリア先輩」
両手を挙げて、藤海が降参をアピールしながら言った。
「暫定スケバンの私を倒したから、これからは先輩が真のスケバンです」
「すけばん……?」
藤海の言葉に、ルナリア生徒会長が不思議そうに復唱する。
「それって、どういう意味の日本語ですの?」
本当に、何もわかってない顔でルナリアが尋ねてきた。
プルムと違い、ルナリアはあまりサブカルにも、ひと昔前の日本についても詳しくない。日曜朝に女児向けアニメを見るくらいだ。
「姐さ……ルナリア先輩、スケバンというのは、その学校で一番偉くてカッコいい女学生って意味なんですよ。超イケてるみんなの憧れなんです」
へっへっへ、と三下のように下手に出つつ藤海が虚実を交えたことを教える。
「あら、そうでしたの!」
ルナリアが、その情報に花開くような笑みを浮かべる。
そして、ふふんとドヤ顔をした。
「このわたくしに相応しい称号ですわ。スケバン……なんて素敵な響きなんでしょうか。これからは私を、その称号で呼ぶことを許可して差し上げますわ!」
「よっ、メイジュンのスケバン! カッコいい!」
藤海に雑な太鼓持ちをされ、ルナリアがまんざらでもなさそうな顔をする。
そして満足そうに踵を返し、プルムと藤海の元から去っていった。
「あまり人の姉で遊ばないでよ、藤海」
「ごめんごめん、ルナリア姐さん可愛くてさぁ」
プルムに注意され、藤海がへらへらと笑った。
(まぁ、私もお姉様は可愛いとは思うけどさぁ……)
複雑そうな顔をプルムがする。
今は素直に姉の可愛さを、堪能できないからだ。
(ルナリアお姉様が、現時点でのヘロイン密輸の第一容疑者なのよねぇ)
立場上、姉を疑わねばならぬ妹が苦い顔をする。
そして、数日前の兄との会話を思い出した。
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