第32話 かいたい
(レズの3Pが私の初体験……ってこと?)
岡野亜麻仁(29歳)が、ホテルのスイートルームでそう思った。
最近多いモダンなデザイナーズスイートではなく、ロココ調の家具で統一されたクラシカルな部屋だ。ルイ15世時代の、フランスにいる気分になる。
実際に、その当時のトリアノン宮殿をイメージしてデザインした部屋だ。
場所はおそらく、西新宿。
おそらく……なのは、亜麻仁はここに来るまでの間、かなり浮ついた気分で頭がぼーっとなっていたからだ。さらに窓のカーテンは、全て閉められている。
景色がわからないので、外に見える建物から位置の推測も出来ない。
場面は少し時間を遡る。
●
岡野亜麻仁は、大久保公園でプルムに声をかけられたあと、手を引かれるがままついていった。まるで夢遊病患者のごとき、ふらふらとした足取りである。
異世界のお姫様のような美少女に、突然「あなたが欲しい」的なことを言われ、現実感を喪失していた。こちらの手を優しく、それでいてしっかり引くプルムは見た目はお姫様でありながら、おとぎ話の王子様のようでもある。
(わ、私……そういう気はなかったと思ってたんだけどなぁ……)
そう岡野亜麻仁が、困惑しつつニヤけながら思う。
お姫様にお姫様扱いされるという、不可思議にして破格の待遇。
勉強と研究一筋に生きてきた喪女にはあまりに刺激が強く、「もう女の子でもいいか」という気持ちにさえさせている。
そして職安通りで、白いリムジンにエスコートされ乗った。
左隣にいたプルムから岡野亜麻仁は色々と話しかけられていたのだが、ほぼ覚えていない。覚えているのはプルムが自分の出身校である、冥楯女学院の生徒で、高等部の1年生であることと、藤海那々子という共通の知人がいることだけ。
そして、気付けばホテルの廊下に立っていた。
床はよく磨かれた庵治石のタイルで、寺社のような緋毛氈が敷かれている。
壁は自然肌の庵治石が使われており、巨石で組んだ城の石垣を思わせた。
「さぁ、どうぞ亜麻仁さん」
とプルムに言われ、亜麻仁が急に我に返る。
「いかがいたしましたか?」
プルムが硬直している亜麻仁に、不思議そうに尋ねた。
「え、ええっと……」
今更ながら、とんでもないことをしようとしているの私?
こ、このまま海外に売られたり……解体されて内臓抜かれたり……
亜麻仁が急に怖くなり、エレベーターホールの方へ一度視線をやる。
そんな亜麻仁に、プルムは何も言わなかった。
しかし、再びプルムの視線を合わせる。
「そ、その……お願いします……!」
そうハッキリ、明確な自分の意思で亜麻仁は言った。
〇
今更、家に戻ったとことで……
そう亜麻仁が考える。
詰んでいる日常が待っているだけ……だったら、一歩踏み出してみたい。
何かが、変わるかもしれないから。
それに、ヤバいことをするなら、こんなホテルまで案内するはずがない。
もっと人目につかない、それこそ山奥や港湾の倉庫にだって車で連れ込むことが出来たんだから。
そう思って、亜麻仁がプルムの開けたドアの先に歩を進めた。
念のため、プルムから見えないようバッグの中でスマホを操作する。
研究室の先生に、ちょっとうろ覚えのホテルの名前、部屋番号だけを送った。
多少怪しい感じの文面だが、その方がこのあと一切連絡がなかった場合、私が行方不明になった場合、犯罪の匂いが高まって通報してくれるはずだ。
警察も、ある程度足取りわかった方が捜査しやすいし。
そう亜麻仁が考えた。
先生が変な勘違いをして、この部屋まで来たら……まぁそれはそれで。
その時、私が危険な状態になってたら、大声を出せば助けてもらえるかも。
さらに念のため、110番を前もって入力しておこう。
すぐに通報出来るように。
そんなことを考えながら、亜麻仁が玄関に入る。
三メートル四方の空間で、リビングに続くドアがあった。
あとから入ってきたプルムが、先にそのドアの前にいく。
そして、プルムがノックをした時、亜麻仁の脳裏に嫌な予感が走った。
「…………」
ノックをするってことは、部屋の中に誰かいるってことだよね……
も、もしかして、このプルムって女の子は私を安心させるための釣り餌で、中には屈強な男の人たちとか、おじさんとかがいたりするの……?
亜麻仁がいつでも逃げられるよう、後ろ手で廊下に続くドアノブを掴む。
だが、リビングからドアを開けたのは予想外の者だった。
〇
癖毛でショートの金髪が輝く、純朴そうな外人の女性だ。
美しさ寄りのプルムとはまた違う、可愛らしさ分が高めの美少女である。
年齢は同じくらいだろうが、背はプルムより10センチほど高い。
黒いふわっとしたボリュームブラウスと、マゼンタのロングスカートを履いている。被っているベレー帽も黒い。
マゼンタの彩り濃く、華やかな恰好なはずなのだが、この金髪の女性から発せられる少年のように溌剌とした雰囲気がそうさせるのか、爽やかさを感じる。
どうもプルムと反対色になるよう、コーデされてるようだ。
何故だか亜麻仁は、その金髪の少女を見て「鎧が似合いそう」と思った。
「勇者さん、お待たせしました」
プルムが、金髪の少女にイシュメイル語でそう言った。
「マリーナ姫様! もったいなきお言葉です!」
勇者もイシュメイル語で、プルムの本名を呼ぶ。
主人の帰りを長く待っていた、大型犬のような表情だった。
「亜麻仁さん、車の中でお伝えした通り、この方も参加します」
「え……あっ……あー!」
そういえば、そんなこと言ってた気がする。
亜麻仁が、ボケーっとしてた時の記憶を思い出した。
ちらりと見えるリビングには、他に人の気配はない。
どうにも、自分ひとりで勝手に悪い方向に想像していたみたい。
そう思った亜麻仁は、身体から力が抜けていくのを感じた。そして、銀髪と金髪2人の美少女に促されるまま、リビングに向かった。
恐怖が抜けていくと、亜麻仁の中に別の感覚が蘇る。
レズの3Pが私の初体験……ってこと?
そう亜麻仁が興奮気味に思った。
それも、こんなめちゃくちゃ可愛くて、綺麗な美少女2人相手に?
部屋の雰囲気も、ろうそくとランプの灯りで、めっちゃ雰囲気いいし。
まさか、こんなロマンティックな状況で初めてを……あれ?
亜麻仁が少しだけ、違和感を感じる。
廊下が日本の城や仏閣をイメージした和モダンだったのに、部屋の中がロココ調なのは少しチグハグ感を感じたが「そういうものか」と咀嚼出来た。
それより奇妙なのは、スイートルームの電気が、一切つけられてないのだ。
代わりに、実際の火を使ったランプとろうそくの燭台がある。
それはそれで、ロココ調の部屋と合っているのだが、数が少し多い。十分な光源を確保しようとする、意図を感じた。雰囲気を出すのが、目的ではないようだ。
そして、おそらく外は素晴らしい夜景が広がっているであろうに、全ての窓のカーテンが閉められていた。
「あの、なんでカーテンを閉めているんですか?」
気になったので、なんとなく亜麻仁が質問する。
その質問に、プルムが笑顔で答えた。
「見られたら困るので、念のため」
「……え?」
「そんなことより、どうぞ右のベッドルームへ亜麻仁さん」
「えっ、いきなり!? お風呂も入らないで!?」
プルムに隣の部屋へ促され、亜麻仁が思わず声を漏らす。
もともと早鐘のように鼓動を刻んでた心臓が、さらに高鳴る。
だが、その心臓が次の瞬間止まりそうになった。
「…………え?」
亜麻仁が思わず声を漏らす。
〇
異様な部屋だった。
部屋全体が、半透明なビニールシートで覆われていた。ダクトテープを使って、隙間なく張り付けられている。床や壁、天井だけではなく、家具やベッドもだ。
そして、そのベッドの上に数々の凶器が並べられていた。
ナイフやノコギリに金鎚、電動ソーやドリルまである。
亜麻仁には馴染み深いメスや、手術用のハサミまであった。
「…………」
その予想外の光景を見つめて、亜麻仁が考える。
あっ、そっか。
なんだ~、そういうプレイか。
きっと部屋中にローションまいてヌルヌルになりつつ、工具で日曜大工する特殊なレズプレイ用なんだ。うんうん、今は多様性の時代だしねぇ。
もしかしたら、海外だとドラゴンカーセックスくらい一般性癖なのかもね。
日本でも10年後には一般性癖だ!
あっはっは、驚いたなぁ。でもそれなら、全然許容範囲だよ。
と、いうか……そ、それ以外の使い道はあまり想像したくないなぁ。
やっぱり、ローションDIYレズだと思う。
そうに決まってる。それ以外は絶対にありえない!
だ、だけど……念のため聞いておこうかな。
ビニールの意味と、工具の使い方を。
「あ、あのぅ……」
亜麻仁が引きつった表情で、プルムを見ずに尋ねた。
目を合わせるのが怖かったからだ。
「このビニールシートは……?」
「血が飛び散った時、ホテルの人に迷惑をかけないためです」
「それでぇ、このベッドの上にあるものは……?」
「肉を切ったり、皮を剥いだり、骨を砕いたり、内臓を抉るためのものです」
「…………」
次の瞬間、亜麻仁は自分でも信じられない速度で玄関に駆けていた。
こ、殺される……! 殺されて、解体される!
そう思った。
すぐさま玄関に行き、時間稼ぎになるか不明だがリビングとのドアを閉める。
そして、廊下に続くドアを開けようとした。
「あ、あれ……? ドアが開かない!?」
必死にドアを押すが、向こうから抑えられているかのようである。
しばらくガチャガチャとドアと格闘するが、一向に開かない。
だが何故か、プルムも勇者も玄関ホールに来なかった。
「そうだ、スマホ! ……ってなんで圏外に!?」
警察に通報しようとしたが、何故かスマホが繋がらない。
そんな時だった。
「あのー、大丈夫ですかー?」
廊下側から、そんな声が聞こえる。
「た、助けてください!」
亜麻仁がそう叫んだ。
「ど、ドアが開かなくて……わ、私このままだとか、解体……さ、さ、され……」
「かいたい? ええ、確かに私はそう言いましたけど」
「……え?」
亜麻仁がドアを挟んで聞こえてくる声に、聞き覚えのあることに気付く。
そして、ドアがゆっくり開くと予想通りだが、ありえない人物が立っていた。
「うわああああああああああああッ?」
廊下にいたプルムの姿を見た時、亜麻仁は思わず叫び、腰が抜けてしまった。
そんな亜麻仁の様子を見て、プルムが廊下に立ったまま困った顔をした。
「ええ、確かに私は亜麻仁さんを『買いたい』と」
「や、やっぱり私を『解体』する気なの!?」
「……ん?」
「……あれ?」
ドアを挟んで、プルムと亜麻仁が二人して間の抜けた顔をする。
そのまま数秒、なんとも言えない沈黙が場を満たした。
プルムがとりあえずドアを閉めて玄関に入り、
「勇者さん、もうこっち来ていいですよ」
とイシュメイル語で勇者を呼んだ。
そして、プルムが玄関に来た勇者と亜麻仁の二人へ交互に視線をやってから、溜息を一度ついて言った。
「亜麻仁さんに対しては、購入的な意味の『買いたい』です。ターヘルアナトミア的な解体でもありませんし、妊娠する意味での懐胎でも、お金を持ち逃げする拐帯でも、小さなわだかまりを意味する芥蔕でも、ペットに対する飼いたいでもありません。貴女に危害を加える気は、一切ないので安心してください」
そして「日本語って難しいですね……」とプルムが呟いた。
「そ、それじゃさっきの部屋は……?」
まだ腰が抜けたままの亜麻仁が、疑念と安堵が混じる瞳を向ける。
「もちろん、バラバラの方の『解体』をしてもいいようにするためですよ。ああ、亜麻仁さん怯えなくて大丈夫です。解体するのは、貴女じゃなくて……」
プルムが笑顔で、勇者へ視線を向けた。
「この子を、あの部屋で解体するためです。バラバラの方の……ね」
「……え?」
そう声を漏らしたのは亜麻仁だ。
日本語がわからない勇者は、プルムに視線を向けられたことにニコニコと嬉しそうな顔をしていた。
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