エピローグ それぞれの……
【プルムと太郎】
プルムは、太郎に語る。
私たちは、『エンディングから500年後の世界』に生きているのよ。
『イシュメイル戦記』という、本編を終えた世界。
時代と空間を超えた異世界の人間が、スキルを手に入れて群雄割拠するメインストーリーがこの『イシュメイル戦記』ね。
太郎の先祖は大正の人間だし、帝国のナナシはたぶん今くらいの時代かな?
スマホっぽい描写があるしね。
とにかく、500年前からしたら、異世界の未来人が来たのは確実。
なんてったって、イシュメイル戦記にはメートル法が使われているんだもん。
地球でメートルの単位が決まったのは、1791年。
まだ300年も経ってないのよ。
ヤーポン法じゃなくて、本当に良かったわ……
それに、イシュメイル戦記には、あっちの世界由来の言葉もたくさんあって、それらはこの世界の人間の普段の言葉にも取り入れられてるわね。
ラッキー、ピンチ、チャンス、ハンバーグ、サボる他にも色々。
ああ、話を戻すとね、読み物としては、このイシュメイル戦記はなかなか面白いわ。この世界中を巻き込んだ、大戦乱の時代のお話だし。他人事なら、ね。
実際のイシュメイル戦記当時の世界は、地獄みたいなもんよ。
多くの人が死にまくったし、今も消えぬ因縁が残り続けている……
ああ、因縁については当事者の太郎には、詳しく言う必要もないわよね。
まったく、太郎といい魔王のおじ様といい、500年前の顔も知らない先祖の因縁に巻き込まれるなんて、理不尽なホラーもいいところだわ。
だからと言って、世界が間違ってると言って変える気はないわ。
多くの犠牲の元、やっと得た平和な世界なんだもん。
そこそこ幸せな、エンディングを迎えた世界なんだもん。
だから、私はこの世界でゆるく、ぬるく、生きていきたい。
せっかくスキル持ってるんだから、たまにちょっと転売でお金儲けて良い思いはしたいけど……いや、それくらいはいいでしょ。ダメ? ちょっとだけだから。
でも、世界を混乱させるようなスキルの使い方は認めない。
再びメインストーリーに……イシュメイル戦記のような世界にしないために。
それがスキルを持って生まれてきたものの、使命だと思うの。
ん? 別にあなたと結婚しようと思ったのは使命感じゃないわよ。
あれは結婚のチャンスを目の前にした、ノリと勢いと若気の至り……みたいなもんだから。
微妙な顔しないでよ。
太郎のこと、しばらく一緒にいて、好きになっていったのは本当だから。
照れないでよ……私も恥ずかしくなるから……
え、ええっと……
なんだっけ……
とにかく、出来る範囲でこの世界を守っていけたらなぁ……って感じ。
自分が楽しく、ゆるく、スキルでちょっとお得に生きていきながら。
私の将来のスローライフのためには、世界がそこそこ平和じゃなきゃ。
色んな人たちの不幸を見捨ててたら、気持ちよくスローライフ出来ないし。
イシュメイル戦記が生んだ、理不尽な魔物のような因縁に苦しめられている人がいたら、出来れば助けてあげたいし、イシュメイル戦記を再び起こそうとする人にはお仕置きをして、ね。
激しい喜びはたまに欲しいけど、深い悲しみは減らして生きたい。
誰かを犠牲にしてまで大きく世界は変えないけど、不満や問題点はちょくちょく手直ししていきたい。
立身出世の成り上がりや、派手な戦いが好きな男の子には、ちょっと退屈な生き方かも知れないけど、私の生き方に少しでいいから付き合ってくれる?
えっ、一生付き合ってくれるの? ふふ、ありがとう太郎。
【王子とアリア】
「帰還早々、妹の婚約を聞かされるとはな」
リード王国の王城、第一王子が自室でそう言った。
第一王子ルアム・リードは白い第二種軍装の身を包み椅子に腰かけながら、眼前に直立する二人をじっと見ている。
「まぁ、いいじゃないですかお兄様」
軽く浮かれポンチになっているプルムが、へらへらとした声で言った。
「太郎君も、それでいいのかい?」
王子がそう言って、プルムの傍らにいた少年を見る。
その視線に、太郎は無言だが力強く頷いた。
「では、私から言うことは何もないな。型通りの祝福と、婚約祝いをやろう」
そう言って王子が、自分の膝の上に乗っている小さな宝箱を見た。
「アリア、三番のものを頼む」
「はい、お義兄様!」
アリアが手だけ宝箱から出し、何かを王子に手渡す。
王子は礼を言って渡されたものを確認すると、それを太郎に投げた。
カードのようなもので、太郎が人差し指と親指でキャッチする。
「リード王国の市民証だ。私が内務大臣に言って作らせておいた。偽造ではあるが内務省の作った本物なので何の心配もない。とりあえず、君が成人して結婚するまでは、その名で過ごしたまえ。あまり目立つ真似はしないように」
学校の先生のような口調で、王子が言った。
太郎が手にした市民証には『太郎・アンシャール』の名がある。
アンシャールはリード王家がお忍びの際に、よく使う苗字だ。
「あれ、お兄様? 事前にそんなもの用意していたってことは、私が太郎と結婚することも見越していたの?」
とプルムが尋ねた。
「いや、具体的な予想は出来なかった。だが、マリーナよ……お前なら必ず何かやる。何事も備えて置くのが、私の性分なのでね」
そう王子が答える。
もちろん太郎を殺す手段の数も、浜の真砂のごとく事前準備してあった。
プルムが自分が望む未来のために、様々な策略や陰謀を巡らせるタイプならば、王子は真逆であった。まだ見ぬ未来のために、泥棒用の縄を綯うどころか、フェンリル用の縛り付ける紐から何まで用意し、備えるのがリード王国第一王子ルアム・リードである。
「それより太郎くん、私は今怒っている。冷静さを欠こうとしている」
殺意ではないが、怒気を含んだ声で王子が言った。
「何故だかわかるかね?」
「プルムの手を……傷つけたから……」
太郎が申し訳なさそうに、プルムの左手を見て言った。
痛々しい火傷のあとが、手のひらに残っている。
「いや、それはどうでもいい」
「どうでもいいってお兄様! 私、実の妹なのに!?」
プルムがそう言って左手を開いて、見せつけるように振った。
「ほら見て見てお兄様。熱創! 痛そう! 可哀想!」
「自分の行動で負った傷だろ。自分が責任を取れマリーナ」
そして「太郎君も責任を感じなくていい」と言ったあと、王子が続けた。
「私が許せないのは……アリアを怯えさせたことだ……」
宝箱の義妹を撫でながら、王子が怒りをなんとか抑えた震える声で言った。
「あー、アリアの前で発砲しましたからねぇ太郎は。ビビらせちゃった」
「う……」
太郎が声を漏らす。
同い年の友達として、太郎にだいぶ慣れていたアリアは昨日の出来事以降はその姿を見せようとしていない。宝箱の中に引きこもってしまった。
「太郎くん、リード王家の一員となる君に、最初の重要ミッションを課す」
「はい……」
王子の言葉に、太郎が背筋を伸ばす。
「アリアと仲直りすることだ」
大真面目な顔で、王子が太郎に命じた。
「あの……アリア……」
おずおずと、太郎が王子の膝の上いるアリアに声をかける。
「昨日はビックリさせちゃって……ごめんね……」
「いいよ……太郎くん」
宝箱が小さく開き、アリアが隙間から太郎と目を合わせた。
「謝ったから、許してあげる。でもね、もうあんなことしちゃダメだよ」
「うん……」
「よし、それじゃあ仲直りの握手」
そう言ってアリアが王子の膝から降りて、太郎の元まで来る。
そして宝箱から全身を出し、太郎の手を握った。
そんな微笑ましい仲直りをする子供2人を見て、プルムが思った。
私って、やっぱり幼馴染の間に挟まるチャラ男ポジションだった?
どうしよう、のちのちアリアにビデオレターとか送った方がいいのかな……
「いえーい、アリアちゃん。君の初めての友達ムコっちゃいました~」って。
とりあえず今度アリアのスマホ契約しないと。画像データ送れないし。
という謎の使命感をプルムが持つ。
「な、仲直りしたのは、よ、良いことだな……」
自分で仲直りを促しておいて、脳破壊寸前の王子が唇を血が出るほど噛みしめながら、かろうじてその言葉を絞り出す。
「ああ、そうだアリア。太郎くんに12番のものを」
「はい、お義兄様!」
アリアが王子の言葉に応え、一度宝箱の中に戻る。
そして、大量の本と書類を取り出した。
「王家の一員となる以上、君にはこの全てを習得してもらうぞ。この国の歴史はもちろん、礼儀作法マナー、各種教養、アリアが好きなお菓子の作り方、貴族たちの関係性、政治の裏表、その他もろもろだ」
「はい……!」
太郎は逡巡することなく、彼にしては大きな声で即答した。
「君は見どころがあるな」と、王子が呟く。
太郎が少しは困ったり焦るかと思ってたいたら、予想と違ったからだ。
「そういう素直な性質は私も好むところ。では、妹を頼むぞ太郎くん」
王子が初めて太郎に笑顔を見せた。
【藤海那々子】
「どうしたん、プルム? 朝からご機嫌じゃん」
メイジュンの教室で、藤海が友人にそう言った。
「いやね、藤海~。私さぁ、チャラ男になっちゃったのよ(※なってません)」
「……そう。良かったね」
いつも通り様子がおかしいプルムに、藤海が当たり障りなく答えた。
「幼馴染の男女の間に挟まるチャラ男になったってことはさぁ、私って陽キャになったわよね(※なってません)」
「お前の陽キャのイメージどうなってん?」
流石に藤海がツッコんだ。
「その話はおいておいてさぁ。ほら、前に藤海に話したじゃん。渡来の子孫の男の子が生きていたとしたら、どうすれば救えるかなってやつ」
「男の子? じゃあお姫様が結婚すればいいだけじゃん」
そうアッサリ藤海が言った。
「お、おおう……」
「ってか、前の時は性別を明言してなかったよね。いや……あれは、あえて男なのを隠して、結婚以外の解決方法を私から聞き出そうとした感じ?」
「うおお……」
藤海の全てお見通しな言葉に、プルムがちょっと引く。
「こえー、頭いい女ってこえーわ。浮気とかしても、すぐ気付くし、めっちゃ淡々と理詰めのガン詰めしてきそう……」
「まぁね。ウチは何でも知ってる全知全能なの。神として崇めることを許す」
「思い上がりも凄いわね、藤海」
知らないことは知らないくらい言えよ、と思いつつプルムがふと気になったことを自認『神』の藤海に質問した。
「そういやぁさぁ藤海神サマ、最近私もメンズのボクサーパンツ履くようにしたんだけどさぁ。履き心地すげー良くてビビったけど、気になること出来たのよ」
「ほほう、愚昧な人間よ。この神になんでも言ってみるのじゃ」
プルムの制服スカートをめくり、パンツを確認しながら藤海が言った。
が、プルムは女同士というか相手が藤海だから動じず続ける。
「ほら、見ての通り女の私でちょうどいい感じじゃん。ってことはさぁ、男の人は履いたら……アレが邪魔にならんの? 締め付けられて痛くなりそう」
「確かに……チン×2が邪魔じゃん」
「ってかさぁ、そもそも男の人のアレってさぁ、歩く時に擦れたり、ぶつかったりしないの? 絶対、邪魔な場所に付いてるよね。そこんとこ詳しく教えて神様」
「わかんない…………ウチ神様じゃなかったかも。チン負けしちゃった」
「人間に戻ってくれてよかったわ、藤海」
超進学校のトップ2人が、相変わらずアホで低レベルなことを朝から大声で語り合い、周囲の顰蹙を買う。いつもの日常が、そこにあった。
【アヤとキララ】
「なんだ、こんなところにいたのかキララ」
アヤ・メデューサ公爵令嬢が、煤けた軍服の上着を羽織りながら言った。
元帥には復帰しておらず、大尉代行アヤ支隊司令官という奇妙な地位についている。魔王の娘、狼姫直轄の部隊長だ。
その視線の先では、幼女にしか見えないキララ中将が体育座りをしている。
周囲は、戦争の影響で廃墟と化していた。
「いやー負けた負けた。やっぱ、リード王国軍つえーや」
「姫様は……負けていません」
顔だけ横に向け、体育座りのままキララがじっと睨んでくる。
「狼姫だけリード王国第一王子を捕虜にしたり、最後まで負けずに勝ちまくってたからな。ありゃ戦争の天才だぜ。褒めていい才能かわからないがな」
アヤは幼馴染の姫の才能を、イシュメイル戦記を再び起こしかねないものと危惧していた。そのことは、別の国の姫とも共通認識である。
「だから、この敗戦は姫様の責任ではありません。私の……ひゃあっ?」
イシュメイル戦記のような状況を、もう一度起こして主人を世界の覇者にしたかった元奴隷のキララが何か言おうとした時、目の前にいた蛇を見て声を上げる。
アヤのステンノが、顔の前まで伸びてた。
「それ以上言ったら、石にするぜ」
アヤが腕を組みながら、キララをじっと見つめる。
「叔父貴に……魔王に責任を押し付けるよう工作したのはお前だろ、キララ。だからお前にはもう、責任を取る資格すらねーよ。叔父貴に感謝して生きろよ」
そう言ったあと、周囲の瓦礫の山を見渡す。
「それより、これからは戦後復興だ。今まで以上に忙しくなるぜ。まぁ、魔王領はリード王国に少し削られちまうだろうがな」
「実家の石化銀行を通して、リード王国第三王女と密約を交わしていた売国奴が、今更愛国者のフリをしないでください、アヤ!」
完全に顔を上げて、キララがアヤを様付けせずに怒鳴る。
「売国してたんじゃなくて、出来るだけ穏健に戦後を進めるためにマリーナと取引してたんだけどな。ま、内通を疑われてもしょうがないし、それで二等兵に落とされても死罪じゃなかっただけ、マシだと思ってる。密告したお前に恨みはない」
「…………つまり最初からリード王国に勝てないと思ったんですね」
「当たり前じゃないか。銀行屋やってなくても、経済力や国力の差でわかるぜ」
「…………」
アヤの言葉に、キララは不満そうに黙るだけだった。
「ほれっ、キララ」
「うわっ?」
アヤが突然、円筒状の石を投げてきたので、反射的にキララがキャッチする。
すると石はたちまち石化が解け、キンキンに冷えた缶のコーラになった。
「内通相手のマリーナから転売してもらったコーラだ。一個くれてやるから、これで仲直りしようぜ」
「……そっちがいい」
自身もコーラを持つアヤを指さし、キララが言った。
「毒が入ってるかも知れないから、交換して……」
「おいおいこの期に及んで信用ないなぁ。まぁ、お前らしくていいか」
呆れたような顔をして、アヤがキララの缶と自分のコーラを交換する。
そして、キララが缶のプルタブを開けた瞬間だった。
「わっ!? わぁ……ッ! わあああああッッ!」
思いっきり噴出したコーラに、キララが思わず声を上げる。
真上に上がったコーラがキララに降り注いできたが、座った状態なので回避出来ずに頭から思いっきり浴びてしまった。
「あーっはっはっはっはっは! 絶対交換すると思ったぜ、キララ!」
アヤが爆笑しながら、交換した先ほどまでキララが持ってたコーラのプルタブを開ける。そちらは、噴出さずに「カシュッ」と炭酸の音を響かせるだけだった。
「えっ? なにこれ? なにこれ?」
「私を二等兵にしたことへの仕返し」
「で、でもさっき恨みはないってぇ……」
「理屈じゃそうだけど、感情はそうもいかないんだぜ」
涙目のキララに、アヤがニヤニヤしながら言った。
そして、コーラにはまだ口をつけずキララに近寄る。
「ま、私への仕打ちは、これでチャラってことでいい。それじゃ、戦後復興一緒に頑張ろうぜー、キララ」
アヤがキララに、自分のコーラの缶を近づけた。
しかしキララは、プイっとそっぽを向いてしまう。
「私、アヤのこと昔からずっと嫌いだった。私が何しても、子供扱いして、一段高いところから大人ぶって……自分が姫様の一番の理解者みたいな顔して……」
キララが、アヤの顔を見ようとせず語る。
敵意を隠さない声。
だが、ゆっくり自分のコーラの缶を、アヤのコーラに近づけた。
「でも今、私にガキみたいな嫌がらせしてくれたのは……ちょっと嬉しい」
「相変わらず難儀な性格してんなぁ、お前」
そう言い合い、二人で軽く缶をぶつけあった。
【勇者とロロと、あとなんか……】
「私に奉仕してください! ロロ少尉候補生!」
捕虜収容所の面会室で、勇者がユニコーンの魔族の少年にそう言った。
「え、それって……」
呼んでもいないのに、面会室に来たラピスウィルが顔を赤らめる。
とりあえず、イシュメイル法に定められた捕虜に対する一定期間の労働を、ここに来てサボりたかったらしい。
「いくら戦勝国の勇者だからって、いたいけな少年にそんな卑猥な要求するなんて……見損なったっすよ、勇者さん!」
「あなたが何を言っているのか! よくわかりません大尉!」
顔を真っ赤しながら抗議するラピスウィルに、勇者が不思議そうな顔をする。
当事者のロロも、ちょっとラピスウィルと同じことを考えてしまったのか、気まずそうに少し赤い顔をしていた。
「どういうことでありますか、勇者殿?」
こほん、と一度空咳をしてからロロが勇者に尋ねた。
「実は王都に病院を構えました!」
勇者が、相変わらず大きな声で言った。
「人を殺めた分、人を救わねばと思ったのです! 土地はマリーナ姫様との契約金でなんとかなったのですが、来年以降の固定資産税を考えると正直怖いです!」
何者も恐れず、勇敢に戦った勇者が、税金に対しては本気で怯えていた。
貴族ですら土地を放棄するほどの、王都の地価上昇は勇者でも止められない。
「ユニコーンの角には浄化作用があると聞きました! 是非とも病院にほしい人材です! 安心してください! 休みもありますし、学校にも通えます!」
「それは……魅力的な提案でありますが……」
ロロが、勇者の誘いに対して迷いを見せる。
「戦友のことなら心配ありません!」
勇者がロロに人名がいくつも記されたリストを手渡した。
「こ、これは……」
見知った名前が並ぶリストを見て、ロロが声を漏らす。
「あの日、魔王城の東門で私と戦った方々です! この人たちも、この捕虜収容所から解放します! 王都外に出ることはイシュメイル法で定められた捕虜労働期間が終わるまでは無理ですが、王都内での自由と学校へ通う権利を保障します!」
勇者がそう言ってる間にもロロがしっかりリストを確認する。名前漏れがないか念入りにチェックしているのだ。ロロは、こういう部分がちゃんとしている。
「もちろん、ロロ少尉候補生が私の誘いを受けなくても、同条件でみなさんと貴官を解放します! あくまで、貴官が私の病院に協力してくれるか否かです!」
「何故ここまで……?」
当然の疑問を、ロロが口にした。
「私が勇者だからです! だから、この程度の権限があるのです!」
「すみません、質問が不明瞭でありました」
意図した意味に受け取ってもらえなかったので、ロロが言い直す。
「何故、僕たちにここまで良くしてくれるのでありますか?」
「その答えは、あの戦いの日に魔王城の東門で言っています!」
勇者が、胸を張って続けた。
「私は言いました! この場にいる者、戦う者! 全員が勇者です、と! 私は勇者として、魔王国の同胞に敬意を払ったまでです!」
「勇者殿……ならば自分に、是非とも協力させてください! 自分もまた、勇者殿から色々と学びたいであります!」
ロロも胸を張り、勇者の申し出を請けた。
「あの~……盛り上がってるとこ、ちょっとすみませぇん……」
ロロから受け取ったリストに視線を落としながら、ラピスウィルがリストを持っている手とは、逆に手をおずおずと上げた。
「このリストに、私の名前がないんですけど……?」
「大尉! 貴官はあの場にいなかったではないですが!」
「んがッ!?」
あの日、少年兵たちを置いて真っ先に敵前逃亡したラピスウィルへ、報いが今になって返ってきた。天罰というものはあるらしい。
「いやあれは、魔王様に知らせなきゃいけない大切な役目があったというか、仕方ない理由があったというか、決して勇者さんにビビッて逃げたわけじゃなくてぇ」
「それに大尉なら将校待遇で、かなり扱いが良いはずです!」
「いや確かに簡単な書類仕事ばかりっすけどね……結構いい個室で寝泊まりしてるし。でも、私は自由がないのが嫌なんすよ! 好きに生きたいんですよぅ」
ラピスウィルの言葉に、勇者が「うーん」と少し困る。
が、途中で何か思い出して笑顔になった。
「大尉、喜んでください! そういえば、あなたの名が捕虜開放優先順位のリストで、最上位にあったのを失念していました! 遠からず解放されるでしょう!」
「マジっすか! やったー!!」
ラピスウィルが諸手を挙げて喜ぶ。
「おめでとうございます、大尉殿」とロロも素直に祝ってくれた。
自分らだけが解放されるのに、魔王へ報告に行った大尉(とロロは信じていた)だけ解放されないことに、申し訳なさがあったのだ。
「いやぁ、はっはっは。私の解放が最優先だなんて、これも私の人徳がなせるものっすかねぇ。狼姫様の最後の戦いに、私が集めた兵と物資が役に立ったことは間違いないっすから。これは、帰還後には勲章とか授与されちゃったりして」
おそろしく早くラピスウィルが調子に乗る。
たぶん、アヤ先輩が気を利かせてくれたのかな?
そうラピスウィルが思ってた。
「しかし、大尉の人望は凄いですね!」
勇者が素直な感想を口にする。
「あっはっは、そうでしょうそうでしょう」
「キララ参謀長直々の要望だったはずです! 大尉の解放に、中将までもが動くとは! いかなる功績を上げたのか気になります!」
「…………え?」
その名を聞いた瞬間、ラピスウィルの表情が固まる。
そして次の瞬間、勇者の足にしがみついた。
「やばいやばいやばいっす! これ戻ったらあのメスガキに殺されるじゃないですかぁ! ってか勇者さん! いや勇者様! どうか私も働かせてください!」
「大尉、急にそんなこと言われても」
「もう勇者様の奴隷とかでいいんですよぅ。なんでもしますからぁ!」
「大尉、その…さきほど、あなたは自由がいいと……」
「んなもんどうでもいいっす! 奴隷がダメならペットでいいっすから。三食用意して可愛がってくれたら、もう本当構わないんでぇ!」
「…………」
ラピスウィルのあまりの無様さに、あの勇者ですら言葉を失ってしまう。
ロロも顔を真っ赤にして、両手で自分の顔を覆った。
【名前のない者】
その修道士が現れたのは、リード王国北部の海に面した寒村だった。
盲いたシューガイカ教の修道士で、老いてはいたが体格は良い。
彼は荒れていた教会を手直しし、そこに住み着いた。
常にフードを深くかぶっており、人相がいまいちわからない。
お調子者の村人が覗き込んだら、修道士は目に酷い傷があり、村人は思わず大きな声をあげてしまった。
修道士は目が見えないながらも、積極的に村人の手伝いをした。特に家畜に詳しく、まるで動物と会話しているかのようである。
牛の体調不良の原因を言い当てた時は、誰も見ていない時に牛がどのような場所にいったか、どんな草を食べたのかまで、その修道士は知っていた。
牛本人から、聞いたように……
ある嵐の夜、子羊が群れからはぐれて帰ってこない時があった。
村人が諦める中、修道士だけが子羊を探しに出た。
みなが止めたが「光無き自分には、春の陽光の日も嵐の夜も変わらない」とだけ言って、夜の闇の中に消えていく。
そして数刻後、震える子羊を抱いて戻ってきたのだ。
それ以降、最初は少し不信がっていた村人も、修道士の敬虔さと、献身に心を許して村の一員として迎え入れた。
それから数年して、村の沿岸部に深淵龍が現れた。
普段は深海にいて滅多に現れぬ、30メートルを超す巨大な龍だ。
その鱗には、いかなる剣も魔法も通じない。
人の手にはどうすることも出来ない、理不尽な生きた災害である。
とっさのことに村人たちが慌てふためき逃げ惑う中、その修道士だけが真っすぐに深淵龍に向かって言った。
遠くから見ているしかない村人たちが、修道士が食われると思った時だった。
右手を差し出した修道士に、深淵龍が傅くかのように頭を深く垂れる。
そして、村を荒らすことなくおとなしく海へ戻っていった。
村人はこれを奇蹟と思い、修道士を聖人と信じ始める。様々な貢物を修道士に差し出した。だが修道士はそれらを一切受け取らず、丁寧に礼だけ述べるばかりである。それからも相変わらず、オンボロ教会で寝泊まりしていた。
その後も修道士は村で土と水と共に生き、農作業をし、説法をし、時には目が見えないながらも、村人に文字を教えた。子供たちには、様々な物語を語った。
そして14年後。
修道士は村人たちから看取られて、老衰で眠るように亡くなった。
修道士のフードの下に、狼の耳があったという噂が村の外に流れたことがあったが、村人全てがその件に口を閉ざしているので、真実は藪の中である。
今もその名もなき修道士の墓には、花が絶えることはない。
──────────『魔王の死』編 終
これにて一体物語は完結。
とはいえ、すぐに次の事件が起きるので
プルムのスローライフはまだまだ先です。
次回の更新はいつも通り、朝の7:10になります。
面白かったらモチベと励みになりますので
ブクマや★評価してくださるとうれしいです。




