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アウトロープリンセス~異世界の嘘つきお姫様はスローライフがしたいのに事件や陰謀ばかり【なので】日本と行き来するスキルと暗躍で解決します!  作者: 青色39号
第一章 魔王の死編

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第30話 愛の言葉 後編

「ハンバーガー買ってきたよ~」


 魔王国との戦争終結から数日後。

 空間の裂け目を通って、プルムがリード王国の城にある自室に戻った。


 学校帰りなのか、黒いセーラー服姿である。


 言葉どおり、その手には有名ハンバーガーチェーンの袋があり、中にあるのも特に意外性はなく、ハンバーガーとポテトとコーラであった。

 ちなみにメイジュンは通学、帰宅時の寄り道は校則で禁じている。


「うわぁ、お義姉様ありがとう!」


 小さな宝箱がぴょんぴょんと、嬉しそうに跳ねる。

 ミミックの魔族にして、プルムの義理の妹アリアだ。


 一番アリアを甘やかす長男の第一王子ほどではないが、プルムに対してもかなり懐いている。性格的というか性質的に学校に行けないし、家庭教師もつけにく引きこもりの箱入り娘なので、プルムが勉強を見てあげることも多かった。


「ありが……とう……」


 太郎も礼を言って、袋を受け取る。

 そしてプルムの部屋にある、テーブル代わりの作業台の上に置いた。ステンレス製で、表面に静電気防止用の緑色のマットが貼ってあった。


 プルムの自室は、人々が思い描くお姫様の部屋というには程遠かった。

 様々な工具が並び、作業機械が置かれ、謎の薬品が並べられた棚がある。


 ほとんど日本で過ごしているため、ここは工作室として扱われていた。


「ポテト美味しい~」

「……おいしい」


 実は同い年だったアリアと太郎が、むしゃむしゃとポテトを食べた。

 人見知りが強いアリアであるが、この八か月間を一緒に過ごしたおかげで、太郎の前でも姿を見せられる程度には慣れたらしい。

 今も椅子の上に置いた宝箱から、上半身を出して食事をしている。


「太郎くん、こっちのシャカシャカした方も美味しいよ」

「……本当だ……うまい……粉が……均一」

「ふふーん、私がシャカシャカしたからね」


 お互い初めて身近に出来た同世代ということで、意外と話が合う。

 双方、素直な性質だからか、すぐに友達になった。


 子供舌だから、チェーンのハンバーガーセットで喜ぶ二人を見てプルムがちょっと母親目線になってしまう。そして不思議な光景だと思った。


 本来なら、魔王領の島の王子だったかも知れない太郎と、奴隷のまま一生を終えていたかもしれない魔族のアリアが、同じテーブルで食事をしているのだ。

 親し気におしゃべり(ほぼ一方的にアリアから語り掛けているが)までして。


 微笑ましい光景を見ながら、プルムの胸に少し鈍い痛みが走る。


 このまま、二人の関係が進むのを見てみたい。そう思った。


 今は太郎もアリアも、仲の良い友達として接してる。


 でも、そのうちに成長して、お互いに男女を意識し始めちゃったりして。


 思春期に入って、ちょっと幼馴染と気まずくなりつつも、意外とアリアの方から積極的に動いて二人は……ん、今ちょっとチャラ男というノイズを想像しかけたけど、チャラ男くん枠はもう1人いて邪魔だからボッシュートね。とにかく、幼馴染同士の異種族で、結ばれる物語を身近で見てみたい。


 だけど、そんな未来は存在しない。


 太郎は、この先可哀想なことになるからだ。

 アリアと共に歩む未来はない。


 いや、まだ諦めるな私。


 きっと、私が考えている以外にも、太郎がアリアがくっつけるような未来を選択出来るやり方があるはずよ。

 でも、この八か月ずっと考えても、他のやり方が思い浮かばない……


 そしてタイムリミットが、近い。


「ねぇ、アリア」


 プルムが、ミミックの魔族である義妹に声をかける。


「魔王軍の()(りょ)になったお兄様が帰還するのって、いつだっけ?」


「明日正午ですマリーナお義姉様。お怪我をなさってないと良いのですが……」


 アリアが、期待と不安入り混じった複雑そうな顔をする。

 プルムの兄にしてアリアの義兄、リード王国第一王子ルアム・リードが帰ってくるのは嬉しいが、戦争で五体満足ではない身体になってないか心配だった。


「ありがとう、そうだったわね」


 そう言ってプルムが考える。


 タイムリミットは、あと24時間ないわけね。


 お兄様は、自分が戻ってくる時までに太郎をなんとかしろと言った。

 明言はしていないが、私が何も出来れば自分が太郎を殺すとも。


 うーん、アリアちゃんを人質にとれば、なんとかならないかな?


 なにせ、お兄様は本人がアホみたいに強いくせに、部下の命と引き換えに半年以上おとなしく捕虜やってたような人だ。

 部下だけが先に開放されたあとでも、約束を守って(とりこ)になってた堅物。

 法と契約を、どこまでも順守する。


 つまり、私が太郎の命を助ける方法を提示出来なければ、絶対に法に準じて太郎を殺しにかかるだろう。


 魔王のおじ様の時のような、死の偽装は不可能。


 お兄さまは、私がどういう人間かよく知っている。死体は念入りに確認し、なんなら死体の首を切り落とす。替え玉用意しても、見破られるだろう。それどころかお兄様は自分の手で太郎を殺すか、太郎が死ぬその瞬間を自分の目で確認しなければ、納得しない。そういう人間だ。私もお兄様という人間を、よく知っている。


 だから、わかる。


 私が日本に太郎を逃がしても、どこまでも追ってくるはず。


 お兄様にだって、日本へ自由に行き来するスキルがあるし、子供ひとりを完全に人目につかないよう育てるなら、太郎の母親と同じことをするしかない。


 そんな生活……二度と太郎にさせたくはない。


 他の手段は────逆にお兄様を殺すとか?


 お兄様はダブルスキルの持ち主だけど、今の太郎なら勝てる。

 聖剣があるし、その聖剣が『超人』に通じるのは勇者ちゃんで確認済み。


 そう考え、勇者との少し前のやり取りを思い出した。


        ●


 数日前のことだった。


「私から、お金を借りたい?」


 プルムが面食らった顔をした。


「はい! どうしても大金が必要なのです! マリーナ姫様!」


 プルムと同じアメジストの瞳を輝かせ、勇者が言った。


 勇者本人は知らないが、実はプルムとは遠い血縁である。

 4代前のリード王が、市井の娘との間に作った隠し子の子孫だ。

 遺伝子検査でそのことがわかったし、だからこそ『超人』のスキルがある。


 このスキルを持つ私生児が問題になることもあり、リード王国をはじめスキルを持った王家は、結婚や子作りに対し様々な制限がある。大量のスキル持ちを増やせば、帝国への敵対行為と受け取られることすらあった。


 おそらく、第三王女に過ぎないマリーナ姫あたりは、よほどのことがない限りは一生独身であることを強要されるだろう。代わりに政略結婚に使われることはないが、どちらが幸せかは本人次第である。


「連帯保証人は、我がパーティーの魔法使いです!」


 マリーナ姫と同じく、独身確定の勇者がそう言った。


「…………」


 勇者ちゃんから、連帯保証人って単語はあまり聞きたくなかったなぁ。


 そうマリーナ姫ことプルムが思って、微妙な顔をしてしまう。


「と、とにかく勇者さん。借金ではなく、私との専属契約料という形で同額を用意しましょう。私からの要請があった場合は、最優先で駆けつけるように」


「わかりました! ありがとうございます! マリーナ姫様!」


「では、ここに(けつ)(ばん)()(いん)を」


 そう言ってプルムが、契約書と針を一本差し出す。


 用意が良いのは、元々戦後に勇者と専属契約を結ぶつもりだったからだ。

 勇者がちゃんと読んだか怪しい速度でパパっと契約書に目を通し、針で右の親指を突き刺して血を(にじ)ませる。


 そして、その血の拇印を契約書に()した。


「おや!?」


 だが、そのあと勇者が不思議そうな顔をする。


「どうしました、勇者さん?」


「いえ! 傷が治らなくて! ……むむむ、今治りました!」


 いつもよりかなり遅れて治った親指の傷を見ながら、勇者が言った。


        〇


 その時の光景を、私室兼工作室でプルムが思い出す。


 聖剣で作った針が静止状態でも、『超人』の再生を鈍らせた。

 おそらく普通に速度をつけて切れば、普通の人間と変わらぬダメージを負うだろう。聖剣は速く動かせば動かすほど、威力と魔力が高まる。


 そして、魔王のおじ様を撃った弾丸を見る限り、あの弾丸で急所を撃たれれば傷は小さくても『超人』だって死に至るだろう。それほどの魔力を感じた。


 さらに、普通は拳銃弾なんて当てること不可能なほど速い『超人』であろうが、太郎の『神速』ならなんなく命中させることが出来る。


 太郎に自覚あるか知らないけど、聖剣ナイフと聖剣弾を手に入れたことで、実は今の太郎って最強なのよねぇ。理不尽な攻撃と回避が出来る『神速』が、遠距離に対して確実な死を(もたら)す手段を手に入れちゃったんだもん。


 真正面からだと単独で勝てる奴なんて、いないんじゃない?


 でも、悲しいかなその最強は、問題解決には何の役にも立たない。


 お兄様を倒して殺したところで、これは帝国の法の問題だ。

 いやお兄様を害せば、リード王国との問題にまで発展する。


 この2つの強国と表だって敵対し、無事でいるのは不可能。

 個人の武勇が、本気になった国に敵うはずがない。

 スキル持ちですら勝てなかったのは、イシュメイル戦記が証明している。


 そもそも、私自身にお兄様を殺すつもりがないしね。仲まぁまぁいいし。

 あとアリアちゃん人質にしても、お兄様を殺しても、結局お兄様ひとりを抑えられるだけで、問題の根本的な解決にはなっていない。


 帝国がその名を残さず滅ぼせと明言している渡来家、その子孫である太郎の問題であるのだがら……

 お兄様だけじゃなく、この世界の秩序が太郎を殺しにくる。


 どうしようも……ないのかしら……


 いや、考えることを諦めちゃダメよ、私。

 私は超絶天才美少女お姫様マリーナ姫じゃない。

 その私が、少年ひとり救えないなんてことあるの?


 人ひとりの人生が()かっているんだから、もっと良い方法を思いつかないと。


 だけど、思いつかない。

 それに時間が……


 太郎を、この幸せとは言い難い人生を歩んできた少年を、可哀想な目に遭わせるしかないの? 私はそんな馬鹿だったの?


        〇


「…………」


 プルムが袋小路にハマった思考をリセットするため、前に太郎が魔王の目を撃ち抜いたリボルバーのメンテナンスをする。


 弾頭に聖剣を使った弾丸を用いたためか、高熱でボロボロだった。


 発射時に赫赫(かくかく)と焼けるように赤熱化していた銃身内部は、金属が一部溶けてライフリングの溝を少し埋めている。もう一発、かろうじて撃てるかどうかだ。

 ネジも溶けて完全に溶接され、取り外すことが出来なくなっている。


 今後の課題ね。


 銃身自体を、聖剣から削り出して作るべきかしら? いや、でも細かいネジとかを、私の空間の断裂を使って削り出すのは難しいしなぁ。

 ナイフは削り出しも、研ぎもスキルで楽だったけど。


 そう思って、プルムが壁にかけた聖剣を見る。

 プルムが空間の断裂を用いて、素材として切り出しまくったので見るも無残な姿になっている。


「ねぇ……プルム……」


 銃を組み直したプルムに、本来の持ち主の太郎が声をかけた。


「なんで……僕に……魔王を倒させたの……?」

「なんでって、そりゃ……」


 プルムが少し考えてから、答えた。


「報恩報復が、渡来家が伝えてきた思想なんでしょ。だったら、魔王に追放された子孫の太郎が、報復するのが(スジ)だっと思ってね」


「……ふーん」


 太郎の薄い反応を見て「理由付けとして弱かったかな」とプルムが思った。


「僕は……邪魔だよね……」


 突然、太郎が静かに呟いた。


「否定待ちの言葉? 男の子がヘラっても、可愛くないわよ」


 プルムが茶化すように言った。ただし、語気が多少強い。

 だが、太郎は黙って首を横に振った。


「僕は……知ってる……最近プルムが……色んな貴族と会ってるのを……」

「……ええ。魔王領の戦後統治に関する話をするためにね。まぁ、ぶっちゃけちゃえば、どう利権を割り振るかっていう、俗な話なんだけどねぇ」


 自分の裏の動きを、何も知らなさそうな少年が把握していたことに、ちょっとプルムが驚きつつ答えた。


「お義兄様に無断で、そんなことしていいんですか?」


 とアリアから、軽く問い詰められる。


「まぁまぁ……こういうのは早く決めといた方がいいから、アリア」


 自分にも懐いているが、やはり第一王子派のアリアにプルムが答える。


 実際、兄は今まで捕虜となっており、父は今は帝都に参勤しているので、短い期間かつ明日までだが、現在はプルムがリード王国の最高権力者だ。

 多少強引な部分はあるが、貴族や資産家と裏で魔王領の利権について密約を結ぶことは許容範囲である。


 戦後統治計画はかなり具体的となり、一部はすでに発動していた。王家も貴族も資金や労力を出し、陰謀に関わり、もはや後には引けない。


「でも……僕が魔王を倒したから……台無しになる……かも」

「魔王領であるトライ島の所有権が、本当は太郎にあるってことだしね」

「うん……」


 太郎が聖剣王の末裔として、その事実を公にしたら厄介である。子供の戯言として処理されればいいが、太郎には『神速』のスキルがある。信憑性を高めるには十分すぎるものだった。


「いえーい、私っていう証人もいるっすよー」


 とプルムの脳内のラピスウィル(イマジナリー)がダブルピースしながら、そんなことを言ってきた。


(あいつ、マジでウザいわね……)


 今回ばかりは何も悪くないラピスウィルに、プルムがそう思った。


「それに……僕は……渡来の人間だし……」


 そう淡々と、太郎がプルムにも否定できない残酷な事実を積み上げる。


「僕のために……プルムを悩ませて……ごめん……」


 そう言った太郎の手には、いつの間にか銃がある。

 神速で、プルムの手から奪いとったらしい。


「えっ……太郎くん?」


 アリアが驚いた顔でその様子を見たあと、不安そうにプルムに視線をやる。


「ごめん……アリア……こっちを……見てて……」


 聖剣弾を、ひとつ装填しながら初めて出来た友達にそう言った。

 そして、自分のこめかみに銃口を当てた。


「報恩報復……命を救ってもらった恩は……返さないと」


 その太郎の言葉に、プルムは何も言わない。


「プルム……ありがとう……」


 そう太郎が、母の最期に伝えることが出来なかった言葉を言った。


 そして、太郎は静かに引き金を引いた。


 直後、銃声が完全防音の工作室内に響く。


        〇


「あ……あ……あ……」


 アリアが目の前の惨状に、思わず声を漏らした。


「う……ぐぅうううう」


 プルムが脂汗を溢れさせながら、姫とは思えぬ獣のようなうめき声を漏らす。


 その左手が、太郎が今撃った銃の銃身を握っていた。


 聖剣弾の影響で赤熱する銃身を握ったため、プルムの左手の(てのひら)はじゅうじゅうと焼け、肉が焼ける匂いが部屋を満たした。


「なん……で……」


 太郎が、面食らったようにそう呟いた。

 プルムが銃口の向きをそらしたので、その身体は無事である。


 太郎が銃を撃つ寸前、目をつぶって引き金を引くことだけを意識した一瞬。

 神速の隙に、プルムが介入して止めたのだ。その一瞬のために、プルムは一言も発さずに集中していたのだ。


「うう……くうううぅッッ!」


 プルムが手が焼かれる痛みに、意味をなさない声を発しながら、呆然とする太郎から銃を奪った。そして、クルミ材で出来ているので熱くなっていないグリップを右手で握り、左手を引きはがす。焼け溶けた皮膚の一部が、銃身に残った。


「お、お義姉さま! 応急処置を!」


 アリアがそう叫んで、大量の清潔な水が入ったタンクを宝箱の中から出す。

 20リットルは入るタンクで、下部に蛇口がついていた。それがドンと作業台の上に置かれる。


「すぐに流水で患部を冷やしてください! 私はお医者様を呼びます!」


 アリアが蛇口をひねって、部屋から飛び出す。


 部屋が水浸しにならないよう、タンクの下の床に排水受け用のバケツもちゃんと用意したアリアに対して、出来る義妹(いもうと)だとプルムが思った。


 気が弱くて人見知りのくせに、緊急時非常時は頼りになる。

 褒めたかったが、痛みで声が出ない。


 お兄様が、可愛がるわけね。


 そうプルムが思った。


 そして、次にある事実に気付いた。


 太郎は、そのアリアに()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 兄が信頼し、可愛がっているアリアの証言であれば、第一王子である兄も太郎の死を確信するだろう。

 太郎寄りの私の証言だけなら、兄に(さい)()(しん)を持たせていらぬ問題を引き起こすだけ可能性あるもんね。まったく……二人とも子供のくせに気が利くじゃない。


「はぁ……はぁ……いってぇわね……」


 ようやく声が出るようになったプルムが、そう呟く。


「その……プルム……」


 太郎がわずかに困惑した顔をする。無表情がデフォの太郎の表情が、わずかながら変わっているということは、めちゃくちゃ困惑しているということだ。


「太郎……悪いと……思っている?」


 痛みのせいで、太郎のような途切れ途切れの言い方でプルムが尋ねる。


「……え」


「私の手を焼いちゃって……お姫様の身体を傷物(キズモノ)にして悪いと思ってる?」


「うん……」


「良かった。じゃあ、安心してこの言葉が言えるわ」


 プルムの言葉に、太郎が背筋を伸ばす。


 いかなる罵詈雑言も、要求も受け入れるつもりだった。

 だが、プルムの口から飛び出したのは、少年の想像だにしなかった言葉。



「結婚しよっか」



「うん…………えっ?」


 勢いで(うなず)いたものの、予想外の愛の言葉に太郎が目を見開く。


「ああ、もちろん私と太郎のことね」

「いや……そうじゃなくて……」

「なんでか? ……ってことかしら」

「……(こくこく)」


 太郎が何度も、頭を縦に振る。


「これで、あなたの命を救えるじゃあない」


 十分冷やして痛みが麻痺してきたのか、焼けた方の左手で蛇口を閉めてプルムがそう言った。右手は太郎から奪った銃を握りしめているので使えない。もう弾丸は入ってないはずだが、念のためである。


「ああ、言っておくけど婿養子だからね。でもこれで、渡来(わたらい)の家はおしまい。これで500年の歴史に幕を閉じちゃうことになっちゃいましたー」


 朝敵の女を嫁に迎え入れて、問題解決した前例はすでにある。女騎士アルヴィ・ルディアの祖先がそうだ。婿の例はないが、朝敵のお家を消すという理由であれば十分通る可能性が高い。それに、皇帝の従妹であるプルムことマリーナ姫ならば、多少の無茶は通せる。あくまで、ある程度の理屈が通った多少の無茶だが。


「聖剣王の血筋なら、家柄は十分釣り合うしね。世が世ならトライ島の王子様なんだもん太郎。誰にも文句は言わせないわ」


「いつから……」


 まだ現実感のない太郎が「いつから、この解決手段を思いついていたのか」という意味の言葉を発する。


「いつからって、そりゃ太郎。あなたを王城の窓から、最初に見かけた時からに決まってるじゃない。『神速』で衛兵吹っ飛ばしたの見た瞬間、思いついたわよ」


 そう、大したことないようにプルムが言った。


 あの時すでに、プルムは兄が太郎を殺そうとすることも、帝国と法が支配するこのイシュメイルが渡来の者である太郎を消すことも、全て理解していたのだ。


「まぁ、私は元からよほどのことがなければ結婚なんて出来ない身だしね。ということで、よほどのことをしちゃったの」


「だから……僕に魔王を……」


 少し落ち着いて、太郎の本来は聡明な頭脳が働き始める。


 さっきまで、太郎は自分が魔王を倒し、古き法に(のっと)れば魔王領であるトライ島の所有権を本来の聖剣王の血筋の者に取り返したことを、『リード王国、ひいてはプルムにとって迷惑で危険な行為』と思っていたし、それは事実であった。


 だが、それが裏返った。


 トライ島の所有権を請求できる太郎を、リード王家の身内に引き込めば、今までデメリットにしかならないことが、全てメリットに変わるのだ。


 もちろん、この結婚にケチをつけようと思えばつけられる。


 だから、プルムは先回ってすでに有力貴族や資本家と取引し、魔王領の戦後統治に関する利権を彼らに分配しておいた。


 彼らはすでに多額の投資をし、多くの陰謀と関わり、後には引けない。

 ここで太郎とマリーナ姫の結婚がご破算となり、太郎が野に放たれトライ島の支配権を請求し始めたら、その全てがご破算となる。

 第一王子ですら、もはやこれだけの有力者が関わった流れを止めることは、政治生命を終わらせかねない事態だ。

 

 帝国も、ケチをつけて太郎を殺そうにも、プルムの謀略で大国リード王国が一丸になった現状だと、流石に無茶は出来ない。

 そもそもある程度は理屈が通っているのだから、文句は言いづらく、グレーの範囲はかなりリード王国よりに傾かざるを得ない。


 なんなら、魔王領の利権の一部に関してプルムは帝国の有力者まで引っ張っている。皇女の娘であるから帝国にコネがあり、この程度の政治工作などお手の物だ。


「ワンチャン魔王のおじ様も救えると思ったし、実際そうなって良かったわ。あ……ワンチャンだけに犬のおじ様……うぷぷ」


 恐ろしいほど高い知能を持つプルムが、低レベルなネタに自分でウケる。


「じゃあ……なんで……?」


 納得した太郎に、新たな疑問が思い浮かぶ。

 もうすでにプルムは、太郎を救う解決方法を思いついていたし、政治工作もたっぷり済ませていたのだ。

 それなのに、ここ最近ずっと悩んでいるようだった。


「いや、命と引き換えとはいえ、この私と結婚しなきゃいけないのよ?」


 プルムがそう言って、自分を指さした。


「可哀想でしょ、私と結婚するなんて。自分で言うのもなんだけど、むちゃくちゃ怖いじゃない、こんな頭いい女なんて。だから顔いいのに、モテないのよ私」


 自虐と自慢が入り混じってはいるが、本心からプルムがそう言った。

 たしかにモテなさそうな態度である。


 怖い────それは確かに。


 そう太郎が思う。


 プルムは自分らと、見えている世界があまりに違いすぎる。

 賢すぎる。


 何かしても、どんな顔をしても、本心ではなく何かの策略かどうか……プルムより頭が良くない人間には何もわからない。信用出来ない。


 だけど……


「だから、太郎をそんな可哀想な目に遭わせないよう、何とか他の手段がないかずっと考えてたんだけどねぇ……最後まで思いつかなかったわ」


「いい……」


 そう太郎が小さいが、ハッキリとした声で言った。


「僕は……プルムがいい……」


 手を焼いてまで、こちらの命を助けてくれたお姫様を、嫌いになれようか。


「プルムが……好き……」


 太郎がプルムを真っすぐ見つめて、そう伝えた。

 その言葉に、プルムが少しぽかんとする。そしてすぐに、火傷の跡よりも顔を赤くしていく。


「あはは……え、えっと……うん……私も太郎が好きよ。だから、結婚してもいいって思ったわけでぇ……ああ、でもまだ子供だから、太郎が大人になってからまた答えを聞かせてね。判断力未熟な子供の心につけこむのは……ええ、(わたし)的にもぉ」


 真っすぐな好意を向けられ慣れてないのか、プルムが赤面しながらしごろもどろ答え、なにやらもごもごと言い続けてる。

 自分のために、命まで懸けて献身する少年を嫌いになれようか。


 が、途中で何かに思い出し、プルムで太郎へ真面目な視線を戻す。


「そうだ。銃口はそらしたつもりだったけど、とっさだったし、かすったりしてない? ちょっと見せて」


 そう言って、火傷のあと痛々しい左手で太郎の髪を掻き分ける。

 右手は銃から手を離せない。


「…………」


 親が子の頭を撫でるような優しい動きに、世界からも実の親からも生きていることを悪いこととされ続けていた少年が、心に感じたことのない何かを覚えた。

 いや、心の奥底にあった暗い何かが消えていくのだ……


「うん、怪我はないみたい。ま、色々あったけど……」


 プルムの左手の指が太郎の頬に触れる。

 手のひらが焼け(ただ)れた左手で、太郎の右側頭部を撫でた。




「生きてて良かったわね、太郎」




 そう言って、プルムは微笑んだ。

タグ通りハッピーエンドに出来ました。

1章は次のエピローグで完結です。


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