第3話 姫と女騎士
「私の本当の名前は、マリーナ。リード王国第三王女マリーナ・リード」
最初にプルムと名乗った女が、まったく違う名を伝えてきた。
「異世界にあるイシュメイル大陸から、参りました」
「……え?」
予想もしていなかった答えと、聞きなれぬ単語の連続に、男が困惑する。
と、同時にどこか納得している自分もいた。
最初に一目見た時から、この世のものとは思えぬ気配を感じていたからだ。
「ど、どうやってこの世界にやってきた?」
「私のスキルです」
こともなげに、アッサリとプルムが答えた。
「そんな大したことじゃないですけど?」という、声色を含んでいる。
そのあとも男が色々と質問し、プルムが答えた。
〇
ええ、そうです。
私には異世界イシュメイルと、日本を自由に行き来するスキルがあるんです。
もちろん、私自身だけじゃなくて、モノや生物だって持ち込めますよ。
はい、普段はこちらでチョコレートやコーラを買って、イシュメイルで転売しているんです。あちらの世界には、存在しないものですから。
金換算だと、コーラ1本でサラリーマンの月収、板チョコレートだと年収くらいになるんですよ。
私は所詮、第三王女ですから、王室予算も自由にできません。
スローライフ送るためにも、先立つものは色々と必要なんですよ。
カーバンクルを、知っているかって?
疑問文に疑問文で返すようですが、カーバンクルとはなんのことです?
ふんふん、額に赤い宝石がある緑色の可愛い生き物……と。
拾った場所は?
歌舞伎町のトー横……っと。
ええ、その通りです。
あれは私の世界、イシュメイルに住む生き物。
そこまで珍しい生き物じゃありません。
田舎のタヌキくらいのレアさです。
魔力を貯めこみ、額に宝石のような結晶を作るのです。
そう、赤い宝石は魔力の塊。
この世界は、魔力濃度こそ薄いですが、他に魔力を消費する競合生物もいないので、魔力を集め放題だから、結晶を作るスパンも早いんでしょう。
結晶の生産量を上げる方法は、もう数匹こちらに持ってくることですね。
単体だと限界がありますし、大量に持ち込んだら魔力を食い合って餓死しちゃうかも。
この世界にカーバンクルを持ち込んだのは、私か?
Exactly(そのとおりでございます)
その貴方がカーバンクルと呼ぶ生き物は、私が持ち込んだものですよ。
馬車を引いていた馬の前脚で、蹴り飛ばしちゃって、骨折したから、治療のために持ち込んだんです。
魔法生物には、治癒魔法が通じにくいですから。
口が堅い身内に、治療を頼んでたんです。
歌舞伎町にいた、茶髪の背が高い人かって?
ええ、その人が治療を終えたカーバンクルを、ペット用のバックに入れて、私に受け渡す予定でした。
好みの女を見かけたから、声をかけている間に盗まれたそうですが。
ってか、もうスカートめくってる手を、おろしていいですか?
ずっとめくってて疲れましたし、ボクサーパンツなんて見ても、しょうがないでしょう。
ああ、どうも。
ほかに質問は?
カーバンクルを飼う上で、どのくらいの広さの場所がいいかとか、ストレスかけない方法とか聞かなくていいんです?
今、飼ってる場所で大丈夫か、不安じゃないです?
ふむふむ……まぁ、それなら大丈夫だと思いますよ。
一応、腎臓への負担を考えて、チュールは少し減らした方がいいかもですね。
逆に与えないようにしてた玉ねぎは、ガンガンあげちゃってください。
犬や猫と違って玉ねぎ平気などころか、カーバンクルの大好物ですから。
だから、玉ねぎ農家にとっては、ガチで害獣なんですよね……
可愛いけど。
〇
「…………」
プルムの答えを聞いて、男がしばし沈黙する。
衝撃的な内容であったが、逆に男の心は落ち着いていた。
まさか本当に、異世界のお姫様だったとは……
そして、この世界と異世界を自由に移動したり、モノを持ち込めるとは……
だが、そう考えると、今までの怪奇現象も説明がつく。
小さなケースから無限にコンドームが出てきたのも、布団の中に突然フルコースが現れたのも、鍵のかかった部屋に音もなく現れることが出来たのも
すべては異世界を移動し、モノを取り出せるスキルであれば、説明がつく。
そして、こいつのスキルを利用すればもっと、カーバンクルをこの世界に持ち込める。もっと、レッド・キャンディを作れる。
今はレッド・キャンディの生産量に限りがあるから、操る人間の数も、個体値で選別している。だが、大量のレッド・キャンディがあればもっともっと人間を操れる、支配出来る……
そうなれば、俺がこの日本を……いや、世界だって自由に……
野心に目覚めた瞳で、男がプルムの顔を再び凝視する。
冷静になって観察すると、中身性格はさておき、文字通りこの世界のものではない美しさだった。
目の前の女に対する恐怖が薄れてくると、抑えられていた性欲が、再び鎌首もたげ始めた。
異世界のお姫様、それも物凄いスキルを持った才女。
そんな女でも、今はレッド・キャンディの効果で、俺の思うがまま。
その事実に、興奮が抑えきれない。
「跪いて、しゃぶれ……」
そう男が命じた。
「嫌です」
「え?」
プルムがこともなげにそう答えたので、男が困惑する。
「そもそも、別に最初からクスリ効いてないしねぇ」
ふふ、っとプルムが微笑む。
そして、別のレッド・キャンディを指でつまんで、見つめながら、
「魔力酔い」
と呟いた。
「快感や神秘体験の幻覚は、単なる『魔力酔い』ねぇ。魔力慣れしてないこっちの世界の人間には、マジモンの麻薬くらい効いちゃっても、私らイシュメイルの人間にとっては、単なるウニ味のキャンディでしかないわ」
多少の魔力補給は出来るけど、とプルムが続けた。
「その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ。っと、そんなことより……やぁっぱりカーバンクルを盗んだのは、あなただったのね。薬が効いていると思い込んで、ゲロってくれて助かったわ」
「あっ……」
ここで、男が先ほどのプルムのやり取りを、思い出す。
疑問文に疑問文で返すようですが、カーバンクルとはなんのことです?
ふんふん、額に赤い宝石がある緑色の可愛い生き物……と。
拾った場所は?
歌舞伎町のトー横…っと。
拾った場所は? 歌舞伎町のトー横……っと。
拾った場所は?
────────拾った場所は?
「あっ……あ……ああああああああああああああああ」
その質問に答えたら、終わりだったんだ。
俺は、カーバンクルを持っているなんて、一言も言っていない。
だが、カーバンクルについて説明をする流れで、拾った場所を聞かれて、答えてしまった。
つまり、犯人であることを、自白してしまった。
レッド・キャンディが、効いてると思い込んだ余裕と油断もあったろう。
しかし、会話の誘導が自然すぎて、自分でもアウトな答えをしたことに、微塵も気付いてなかった。
もう、とぼけきることは出来ない。
「それよりさぁ、私ちょっと不満で怒ってるんだけど」
ぷんぷん、と自分の口でオノマトペを発してから、プルムがぷーっと頬を膨らまして不満をアピールする。
構ってほしい時の彼女みたいな口調なのが、最高に可愛らしい。
そして、それが最高に気持ち悪かった。
「レッド・キャンディでなんでも言うこと……ん? 今なんでも……いやいや、そっちのネタはどうでもいいわね。とにかく、私のこと好きに出来るんだから、初手で全裸にさせると思ったのよ」
はぁ、とため息つきながらプルムが続けた。
「だからね、背中にカーバンクルの入れ墨いれてきたの。和彫りのえっぐいやつ。極道の妻たちみたいな。いや、ごくつまシリーズ、実は見たことないんだけど」
「えっ? い、入れ墨?」
思わず男が聞き返した。
「入れ墨っつっても、ボディペイントのフェイクね。最初は、ガチで入れようかと思ったんだけど。俳優の池松壮亮が、映画『宮本から君へ』の役作りでガチで前歯抜こうとした時みたいに、仲間に『やめとけやめとけ』って止められてさぁ。池松さんも結局前歯抜かなかったし、まぁ私も、妥協でボディペイントにしておくかって感じで」
「い、いや……そもそも、なんでそんなことを……」
「だって、見たらビックリするでしょ?」
なんでそんな当たり前のこと聞くの?
と、不思議そうな顔でプルムが言い放った。
「見たいじゃん。人の驚く顔って」
「そ、そんなことにために……」
「まぁまぁ、それが理由の9割だけどさ、1割くらいは他の理由があるのよ」
そう言いながらプルムがスマホを取り出し、「見て見て」と男に画面を向けた。
裸になったプルムの背中と、そこに描かれた入れ墨風のボディペイントが映っている。
和彫り風で、カーバンクルの躍動感が出ている見事な絵だった。
「脱ぐの面倒だから、自撮りのやつね。ほら、凄いでしょ。めっちゃカッコかわいくない? 横浜の方にあるお店で、50万円かかったけど、大満足だわ」
「いやまぁ、確かに出来は凄いし、意外と似合ってるけど……」
「これ見たら、ヤるどころじゃないわよね。息子は激萎えだし、『この生き物はまさかーッ』って、なっちゃうし。あとは、そこから質問ルートで、さっきみたいにボロ出す感じじゃん」
「…………」
確かに、いきなりこれを見てしまったら、そうなったかも知れない。
「でもさぁ、これ2週間くらい消えないみたいで、ちょっと困ってるのよ。なんでだと思う?」
「……温泉に、入れないとか?」
「それもあるけどね。ほら、こんな墨入ってると学校の体育の時間、着替えられないじゃん。私ってただでさえ体育はサボりがちだから、体育の出席日数足りなくなりそうなのよねぇ。だからさぁ、試験じゃ学年一位なのに、留年の危機なのよ……いやほんとマジでどうしよ」
と、プルムが、本気で困ったような顔をした。
「ってかさ、留年覚悟で入れた入れ墨……みたいなもんなのに見せられないとか悔しいでしょ? なんで、スカートめくれーなんて、童貞みたいなヌルい命令出してんのよ。男なら全裸になれ、くらい言いなさいよ!! このチキン!!」
「…………」
頭良いけど馬鹿だ、こいつ……
プルムに理不尽に叱られながら、男が思った。
頭の良い馬鹿は、なにをしでかしてくるか、予想がつかない。
いや、そもそも何でこいつと、普通に会話しているんだ?
完全に、プルムのペースになってしまってる。
落ち着け。冷静になれ。
相手に主導権を握られているようだが、本当の主導権は俺が握っている。
冷たく硬い、金属の凶器という主導権を。
だからこそ、このプルムという女は、舌先三寸のマシンガントークで場をかき回し、主導権を奪おうとしているのだ。
「まぁ、というワケで、カーバンクル返してくんない? あまりこの世界で、魔力使ったもめ事や、事件起こしたくないのよ。別に、今まで儲けた金の取り分よこせー、なんてケチなこと言わないからさ。私のパンツだって、タダ見出来たんだし、人生10回分の幸せホルモン味わったでしょ?」
ふぅ、と溜息をついてプルムが男を真っすぐに見た。
「暗躍してる私が言うのもなんだけど、日本だろうがイシュメイルだろうが治安悪くなると、私の幸せなスローライフ計画が台無しになるわけなのよ。こう見えて私の夢は『世界平和』だしね。いや、マジでマジで。だからおねがーい」
きゃるん、とプルムがぶりっ子ぶって男におねだりをする。
「嫌です」
あえて先ほどのプルムの口調を真似て、男が答えた。
そして、ゆっくりと手に握ってた拳銃を、プルムの頭部に向ける。
「お前は余裕ぶって、あれこれ言ってるが……最後にモノを言うのは、身分でも、知能でも、スキルでも、レッド・キャンディでもない。それは……」
「可愛さ? じゃあ、私の大・勝・利♪」
「違う!! 暴力だよ、暴力!!」
「ふーん……それ、可愛くな~い」
プルムが無骨な銃を見て、つまらなそうな顔をする。
「死にたくなかったら、俺に協力しろ」
「人生かけたナンパなんだから、もっと気の利いたセリフ言うべきじゃない?」
「もう、お前の戯言には付き合わない。このままだと殺すけど、どうする?」
「それじゃ、交渉は決裂ね……」
次の瞬間、一閃の光が、部屋の中を切り裂いた。
「あ……あがが……?」
銃を持ってた男の右腕が、手首の部分でだらりと真下に、不自然な形で垂れ下がっていた。
力が入らなくなった指から、銃が離れて床に落ちる。
幸い暴発はせず、鈍い音を響かせるだけだった。
激痛の中、男の瞳は、自分の腕をこんな風にした存在を凝視していた。
大きく、硬く、そして長い、原始的な暴力の化身。
片刃の剣だ。
日本刀とも、西洋の騎士剣とも似ているが違う。
それが峰打ちで、銃を持つ男の右手を一瞬でへし折ったのであった。
そして男は、その凶器に対する恐れより、凶器の根本の異変に対して恐れた。
空間に裂け目が出来ている。
そこからにょきりと、剣がこの世界に、若竹がごとく伸びていた。
空間の裂け目が、どんどんと広がっていく。
そこから、剣の持ち主がゆらりと現れ、この世界に足を下した。
女騎士。
その言葉自体に手足を生やして、具現化したとしか思えない存在だった。
肩甲骨ほどまで伸びた金髪と碧眼で、凛々しくも美しい顔立ち。
オレンジと白を基調とした甲冑で、黒いワンポイントが入っていた。
下半身の佩楯は、金属と布を組み合わせて、ロングのバルーンスカート状になっている。そのデザインのおかげで、厳めしい甲冑でありながらもドレスのように見え、気品と荘厳さすら感じさせた。
可愛らしいが軽薄で酷薄で嘘つきなプルムとは真逆の、玲瓏で方正謹厳の風を漂わせている。
身長もプルムより、頭半分ほど高い。
「カーバンクルがわかるくらい、ファンタジーに造詣が深いなら、姫を守る女騎士なんて『お約束』くらい想定してなきゃ」
くすっとプルムが微笑みを見せたあと、ゆっくり視線を床に落ちた銃に移した。
「銃、拾わなくていいの?」
そうだ、銃!!
男が突如現れた女騎士に驚くより、落ちていた銃を無事な左手で拾おうとする。
「ごはっ──ッ!?」
その瞬間、銃を拾おうと前のめりになっている状態の腹を、女騎士に思いっきり蹴り上げられる。
プルムの視線と言葉に釣られて銃を見ていたので、かわすことも防ぐことも出来なかった。
少なくとも女騎士から視線を切らず、銃に手を伸ばすべきであった。
そのまま男は跳ね飛ばされ、2メートル離れたドアに叩きつけられた。
成人男性を子犬のごとく軽々と蹴り飛ばす、女騎士の異常なる脚力。
純粋な筋力による暴力ゆえ、男に対して剣よりも何よりも、強者と弱者の格付けをするに十分であった。
「最後にものを言うのは暴力って、本当だったわね」
芋虫のごとくのたうち回る男から、視線を切ることはせず、プルムが床に落ちていた銃を拾う。
そして、銃口を男に向けて、聖母のような微笑みを浴びせた。
「ごめん、そのままだと殺すけどどうする?」




