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アウトロープリンセス~異世界の嘘つきお姫様はスローライフがしたいのに事件や陰謀ばかり【なので】日本と行き来するスキルと暗躍で解決します!  作者: 青色39号
序章 カーバンクル編

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第2話 幻獣の薬

 屈強な外国人に、幼馴染の彼女を寝取られる。


 三か月前。そんな味がしなくなるまで噛んだガムのようなベタな展開が、自分に起こるとは思わなかった。


 そして、それはとても苦い味がした。


        〇


結菜(ゆな)……嘘だろ……」


 そう若い男が呟いた。

 東京は新大久保駅近くの安アパート。ワンルームの中央に、鎮座(ちんざ)ましましている白い木製の机の上で、スマホの画面が光っていた。


 彼女、いや元彼女からメッセージアプリで、別れの言葉と、今つきあってる相手との(なか)(むつ)まじい写真が送られてきた。

 ショックなのは、もう1年以上前から結菜(ゆな)が、相手の外国人と付き合ってた事実が書かれてたことだ。


 この1年、確かによそよそしいものを感じていたが、それでも二人で遊びに行ったり、しっかりヤることはヤっていた。あの時の楽しい思い出の裏で、結菜(ゆな)が外人の男とこっちを嘲笑っていたのかと思うと、気が狂いそうになる。


 写真はカナダからのものだった。

 男がストーカー化することを警戒して、相手の外国人留学生が国元に戻る際に、一緒についていったらしい。写真の白人男性の白い歯が、(まばゆ)く輝いている。


「それより今日の飯、どうすんだよ……」


 男を脳の破壊から救ったのは、空腹感というダイレクトな生命の危機だった。


 いつも食事を作ってくれる結菜(ゆな)は、三日前から帰ってきていない。

 その間に家に残ってた食糧は、あらかた食べつくした。現金も預金も、SUICA(スイカ)の残高もほぼない。


 そもそも、男は働いていなかった。


 金が入る見込みも、職場から前借することも出来ない。


「えっと生活保護って……新宿区役所本庁舎?ってトコで申請すればいいのかな」


 スマホで区役所の位置だけ調べ、生活保護の申請に関してはあまり詳しく調べずに、男が部屋を出た。

 公僕なんだから、向こうがいろいろなんとかしてくれるはず。軽挙妄動かつ、なんならそれを自分らしさと勘違いし、改善する気のない男はそう思っていた。


        〇


「若くて健康なんだから働けって……なんで説教されなきゃいけないんだよ」

 男がぶつぶつと文句を言いながら、新宿区役所から出た。


「くそ、腹減った……」


 新大久保から歌舞伎町まで歩いたので、空腹がさらに辛いものになる。網膜に飛び込む、さまざまな飯屋の看板も、空腹の加速に一役買ってた。


 残り少ない糖分を消費して、男が普段あまり動かしていない錆びついた脳に、エンジンをかけた。そして、休んだ方がマシな考えをする。


 何年か前、トー横で炊き出ししてた奴が児童買春で逮捕された的な、ネットニュースを見た気がする。と、いうことは今も炊き出しやってるかも……


 そんな安易な考えで、東宝ビル前の広場まで行く。

 当然、そんな都合よく炊き出しは行われていない。


 代わりに外国人観光客で、広場は溢れていた。


結菜(ゆな)……ッ?」


 男が広場に元カノの姿を見て、思わず声を漏らす。


 が、よく見ればそれは別人であった。

 その女性は、すらりと背が高い中世的な茶髪のイケメン外国人と、何やら楽しそうにしゃべっている。


 相手はまるで、()()()()()()()のような、浮世離れした()(もく)(しゅう)(れい)な顔立ちだ。


 くそ、見せつけやがって……


 男が、逆恨みとしか言いようがない感情を、その茶髪の外国人に向ける。


 その時、ふと気付いた。


 その茶髪の外国人は、足元にボストンバッグを置いているが、元カノ似の女との会話に夢中だ。女の方も、視線は背の高い外国人の顔に向けている。


「………………」


 男がそっと、会話で盛り上がってる二人の傍らに、歩みを寄せる。


 そして、そこで靴紐(くつひも)を結ぶ仕草をするためにしゃがみこみ、立ち上がる際に、さも自分の持ち物であるかのように、ボストンバッグを手に取った。


 慌てずに自然体で、ゆっくり歩く。


 そして大久保公園方面に向かい、バッグの元の持ち主から死角になる位置まで進むと、一気に駆け出した。


        〇


「やった、やった、ざまぁみろ!!」


 アパートの部屋に戻ってから、腹の底から男がザマミロ&スカッとサワヤカが抑えきれない声を出した。壁が薄いので、隣の部屋のフィリピンパブ嬢を起こさないよう、ボリュームに配慮をした上でだ。


 現金、金目のもの……出来れば換金性の高いやつ!

 あといっそ、なにか食べ物でもいい!!


 そう思いながら、男がボストンバックのチャックを開く。

 すると、そこには……


「……え?」

「キュウ」


 奇妙な鳴き声の、豆しばくらいのサイズの生き物が入っていた。


 いや、奇妙なのは、鳴き声だけではない。

 その生き物は、緑色のふわふわした体毛をしていた。


 なんだ、この生き物は?


 男が謎生物のつぶらな瞳を見つめながら、考える。


 前に動画サイトでサムネだけ見たけど、地球に緑色の哺乳類はいないって動画があったはず……たぶん。ちゃんと、見ておけばよかった。


 いや、そんなことより、この生き物の(ひたい)……


 赤い宝石のようなものが、ついているぞ。


「カーバンクルってやつか?」


 男が、そう呟いた。


 ソシャゲのファンタジー系のゲームを、そこそこ課金(彼女の金で)する程度にはプレイしていたため、男には幻想生物の知識がそこそこあった。


 ──────カーバンクル


 幻想生物とも、UMAとも言える存在だ。ラテン語で『燃える石炭』という意味の、carbun(カルブン)culus(クルス)に由来する。


 古くは南米での目的情報があり、猫や犬のような見た目で、額に赤い宝石があるとされていた。


 改めてボストンバッグを見る。

 前面と後面を確認すると、メッシュ状の空気穴が開いていた。

 元からこのバッグは、ペットを運ぶためのものだったらしい。


 空腹のあまり、気付かなかった。


「いや、スゴいっちゃスゴいんだろうけど……」


 栄養的にも精神的にも余裕があれば、この貴重な生き物に、喜んだり、興味を持つことも出来ただろう。

 しかし、今は正直「面倒なことになった」という気持ちが大きかった。


 今更、盗んだ相手に返すことは、出来ない。

 かといって、こいつを売るとしても、どこに売ればいい?

 普通のペットショップが、買ってくれるか?

 フリマアプリって、生き物禁止だったよな……

 なんか裏で流そうにも、そういう裏社会とのコネないし。


 あっ、動画サイトにアップしてみようか!

 『カーバンクルとの生活』的なチャンネル開設すれば、バズるかも?


 馬鹿か、俺は……元の持ち主にバレんだろ!

 いや、とにかくそんなことより……


「腹減った……」


 がっかり感がどんどんと空腹感に変換され、累積(るいせき)されていく。


 いっそ、このカーバンクルを、(さば)いて食べるか?

 やったことないけど、ネットで狩猟動画とか見れば、出来る気がする。


 SNSと動画サイトに絶大の信頼を寄せている男が考え、ボストンバッグから出て机の上に飛び乗ったカーバンクルを見つめる。


「キュウ?」


 男の視線に、無警戒だが不思議そうにカーバンクルが鳴いた。

 体とほぼ同じ大きさのふわふわのしっぽを、ゆっくり左右に揺らしている。


「………………ぐっ」


 お、俺には出来ない!!

 こんな可愛い生き物を殺して食うなんて、俺には出来ない!!


 そんなことを男が考えていると、カーバンクルに変化があった。


 一瞬小さく震えたあと、コトンと、その額の宝石が落ちたのだ。


「だ、大丈夫か?」


 何かわからんが、体の一部が欠落するなんて、病気じゃあないのか?


 そう思って男が、カーバンクルの顔を覗き込んだが、弱っている様子はない。

 さらに、もともと宝石があった場所から、新たな小さな宝石が生え始めているのが見えた。


「シカの角の生え変わりみたいなもんか?」


 カスではあるが、極悪人ではない男がほっとする。

 そして白いテーブルの上で、より強く(かがや)く宝石を拾い上げた。


 これ……食えないかな?


 そんなことを、男が考える。


 自分でも異常なことを思っているのは、わかっていた。

 しかし、この赫々(かくかく)とした宝石を見つめていると、正気という己の精神が吸い込まれていくような気がしてきた。


「…………」


 男が、ゆっくりと宝石を口元に寄せる。


 そして、恐る恐るぺろっと舐めてみた。


「…………ッ」


 その瞬間、世界が輝いて見えた。


 視界に移る何もかもが、まるで目の粗いモザイクをかけたように映る。


 四角だ────

 すべてが、大きな四角い輝きになった。


 テーブルは白いただの四角となり、窓からの夕陽が飛び込む床は、濃さの違うオレンジの四角と四角に。

 そして、それぞれの四角いモザイクが、鮮やかにキラキラと光っているのだ。


 輝きに目が(くら)む。

 自分の手が、体がどこにあるかわからない。


 だが、テーブルのキラキラだと思う白い光が、時折違う色になって輝く。

 たぶん朦朧(もうろう)と動かした手と服の色が、テーブルの色と混じって光っているのだ。


 ああ、世界はこんなカンタンで、まばゆいものだったんだ。

 このかがやきのまえには、おんなも、たべものも、じんせいもくだらない。

 なやみも、くるしみも、すべてひかりのなかにきえていく。


 男に見えている光のモザイクが、さらに荒くなる。

 視界を16分割にしていた輝きが、8分割に、4分割に、2分割に、そして……


 このひかりがひとつになったさきに、きっとあるはず。

 しんりのむこうがわが。


 ちかくのとびらが。


        〇


「あっ? え? ……夜?」


 男が意識を取り戻した時には、部屋は真っ暗だった。


 電気をつけ、異様に乾いた喉を潤すために水をコップ4杯分たっぷり飲む。

 そして、疲労で鉛のようになってる身体を引きずって、スマホを探すと、なぜか冷蔵庫の中に置いてあった。


 時計がないので、冷やしスマホで時間を確認すると深夜3時で、実に半日も経過している。


 その時、部屋に「コトン」という前に聞いた音が、再び響いた。


 カーバンクルの宝石が、また生え変わって床に落ちた音だ。

 

        〇〇


 そうだ。あの輝きで、俺の人生は変わったんだ。


 港区の高級マンションで、男は思った。


 カーバンクルの宝石、それを砕いて『新種の麻薬』として売った。

 それで何もかも手に入れたんだ。


 今着ているブルネロのジャケットも、パテックフィリップの時計も、ありとあらゆる女も、ぱちんこCR聖戦士ダンバイン初代の実機も、このマンションもだ。


 もう二度と、奪われたくない。何も、失いたくない。

 すべてをかけて、守るべきものだ。


「おっ、かすかに甘いけど……砂糖というより遊離アミノ酸の甘さかしら」


 レッド・キャンディを舐めながら、プルムが味の感想を呟いた。


「ってか見た目と違ってクリーミーで、かすかに磯の香っぽいものもあって……ってウニの味じゃないこれ」


 プルムが一人納得したように、うんうんと頷く。


 男はその様子を、じっと見守っていた。


「醤油合いそ~。ねぇねぇ、この家って醤油ある? チューブのでいいから、ワサビもあれば嬉し……ん?」


 突然、プルムの動きとしょうもない軽口が止まった。

 何度か小さく震えたあと、うつろな目をして虚空を見つめている。


 効いてきた。


 男が、そう思った。


 何を考えているかわからない女だが、レッド・キャンディを舐めたのは失敗だったな。半日は、意識がトんでしまう。


 そして、ここからがレッド・キャンディの神髄だ。


「……スカートをめくってみろ」


 そう、男が呟くと


「…………ちっ」


 プルムが、小さく舌打ちした。


 えっ? 効いていない?


 男が一瞬、そう不安に思ったが


「は…はいプルム…ス…スカートをめくります…」


 プルムが虚ろな目をしたまま、自らのスカートをめくりあげた。


 よし、効いているな。

 一度舌打ちしたから、効いてないかと焦ったぜ……


 プルムの様子を見て、男が満足そうに頷く。

 先ほどまで腰が抜けていたが、落ち着いてきて足腰がしっかりし始めた。


 これが、レッド・キャンディのもう一つの効果。


 レッド・キャンディでラリってる相手は、俺の言うことは何でも聞いてしまうのだ。


 だからこそ、数か月で一気にここまでのし上がれた。


 ただ薬を売ってるだけじゃ、裏社会とのコネクションなんて、すぐに出来ない。


 それどころか、その裏社会に、ケジメをつけられていたろう。


 最初はチンピラから、次はそいつと関わりがある半グレのリーダー、そして暴力団幹部────今はその反社と繋がりがある悪徳政治家や、大企業のお偉いさんだって操れてる。


「…………っていうか、色気のないパンツだな」


 めくられたスカートの中身を見て、男がぼやいた。


 プルムは女性であったが、グレーの男性用ボクサーパンツを履いていた。


 なんか、解釈違いだなぁ。


 そう男が思う。


 もっとふりふりのレースがついた、お嬢様らしい下着履いてると思ったのに……

 そういえば履き心地いいから、元カノも部屋ではトランクスとか履いてたな。


 その元カノから、聞いたことがある。


 メンズの下着を普段使いしている女はたまにいる、って。

 というか、こんな色気のない下着ってことは、最初からパパ活する気なんてなかったってことか。


 あからさまに男はガッカリしたが、すぐに切り替える。


「お前は……何者だ?」


 男が、一番気になっていた質問をした。


 恐怖の正体は『未知』だ。

 今感じている恐怖を克服するため、性的なことより何よりも、未知の解明を優先する。


「私は、超絶かわいい美少女で、超絶頭がいい天才で、天から二物どころか三十三間堂千一体物くらい与えられ、立てば芍薬(しゃくやく)座れば牡丹(ぼたん)歩く姿は花の呼吸壱の型百合(ゆり)(がさ)ね、その微笑みは万物を明るく照らし、その美声は野を花で見たし、私を敬愛する人々で海岸は埋め尽くされ、満たされた人々の心の暖かさで温暖化が進み、極地の氷が溶けたけど海抜上昇は僅か10メートル……」


「長い長い長い!!」


 くそっ……な、なんて自己愛の強い女なんだ……

 確かに、見た目だけなら可愛いけど、自己肯定感高すぎだろ。


「ええっと……主観を交えず、自分のことを簡略に説明しろ」


 男が質問の内容を、修正した。


「…………」


 わずかな沈黙のあと、プルムがゆっくりと口を開く。

 その薄紅色の唇を震わせて出た言葉は、信じられないものだった。




「私は、この世界の人間ではありません」

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