第4話 用済み
「おげぇえええええええ……」
激痛のあまりか、男が床でもだえ苦しみながら、高級そうなカーペットを左手でつかみ、めくりあげた。
そして露わになったフローリングに、反吐をまき散らす。
「もー、女の子に蹴られたくらいで、大げさねぇ。サッカーの、痛いンゴじゃないんだから」
プルムが呆れたように言いながら、クスクス笑った。
「そ、そいつは何者なんだ……」
酸っぱくて苦い胃液で、口元を濡らしながら、男が声も絶え絶えに尋ねる。
その視線の先には、女騎士の姿があった。
「…………」
しかし、女騎士は何も答えず、男をじっと警戒心たっぷりの瞳で睨んでいる。
「ああ、この子は日本語わからないから聞いても無駄よ。もしかして、好みのタイプだった? もう、今夜は私がいるのに嫉妬しちゃうな~。浮気者~」
と、プルムが女騎士の代わりに、軽口交えながら答えた。
「名前はアルヴィ・ルディア。愛称はアルル。まっ、私のお目付け役みたいなもんね。でもまぁ……」
そう言ってプルムが、自身が握りしめる銃を軽く揺らした。
そして、圧倒的な暴力の化身である銃を、再び男へ向ける。
「もう、お目付け役がいなくても、余裕だけどね」
「ふ……ふふ……」
まだ消えぬ腹の痛みに、苦しそうにしながらも、男が笑う。
そして、生まれたての小鹿のように震えながら、ゆっくり立ち上がった。
「なぁに?」
「その銃、実はなんの脅しにもなってないぞ」
そう言って、男が銃を指さした。
「安全装置がかかっているし、弾も入ってないからだ」
「またまた、そんなベタでありがちなブラフを……ってあれ?」
男から目をそらさず、銃口の向きは外さず、左手の指先で安全装置の確認をしたプルムが、首を傾げた。
「……マジじゃん」
次の瞬間、男の身体が動き、ドアを開けて部屋の外に逃げる。
そして、すぐさまドアを閉めた。
「アルル!!」
と、プルムが叫ぶ。
が、その言葉より早くアルルは動いていた。
放たれた弩の矢のごとき疾さ。
相手になんの用意もさせる時間すら、与えないだろう。
だが、その動きが、ドアの前で少々もたつく。
「……?」
僅かな間だけ疑問に思ったプルムだが、すぐの理由を察する。
吐瀉物だ。
ドアの前に撒き散らされた吐瀉物──ゲロで、アルルは足を止めたのだ。
もちろん、不潔だからではない。フローリングの上に撒かれていたので、踏めば滑って転倒する可能性があるからだ。
(これ、狙ってやったのかしら?)
そうプルムが考える。
そういえば、さっきのグエー痛いンゴムーブ、ちょっと過剰だったわね。
あれはカーペットをめくった動きを、不自然にさせないためのもの。
「人間って追いつめられると、意外と頭が回るのねぇ」
男への評価を上方修正したあと、プルムが異世界語で女騎士アルルに伝えた。
「数秒、時間を与えちゃったから慌てて追わなくていいわ、アルル。武器や、罠とか備えを用意してるかもしれないから、慎重にね。でも大丈夫よ。十中八九、このマンションの部屋から逃げることはないわ」
プルムにそう言われて、アルルが静かに少しだけドアを開ける。
そして、一歩後ろに下がって、警戒しながら剣先でドアを押し開いた。
〇
「おー、これはこれは、大勢でお出迎えね」
アルルを引き連れてリビングに戻ってきたプルムが、楽しそうに言った。
屈強な男5人が、プルムたちと家主の男の間に立ちはだかっている。
精気溢るる肉体と違い、誰も彼も目はうつろであった。
「レッド・キャンディで操ってる用心棒を、別室に待機させてたのかしら」
「その通りだ」
男が答えた。
「複数プレイするなら、追加料金いただきたいんだけど?」
「先に数を増やしたのは、そっちだろ」
「おっと、これは痛いところを突かれたわね」
「ふっ……」
手首が折れてる痛みに脂汗をかきながらも、男が口元を笑みに歪める。
勝てる。
そう思った。
この時間であれば、隠してある実弾を見つける暇はなかったはずだ。
それに、所詮は剣ならば、この肉の盾でなんとかなる。
ひとり斬られても、その隙に他の連中があの女騎士を抑えられる。
普通の人間なら、ひとり斬られたら怯えや恐れで飛び掛かれないかもしれない。
だが、レッド・キャンディで自我がなくなってるこいつらであれば、問題ない。
「ここで逃げなかったってことは、やっぱりこの部屋のどこかに、カーバンクルはいるのね」
ふふっとプルムが部屋を見渡す。
「ペットいるか聞いた時の目線や、カーバンクルの飼育条件の話聞いて、十中八九この部屋にいるとは思ってたけど、逃げなかったから確定ね。だって、逃げたら私たちに家探しされて、カーバンクル持っていかれちゃうもんね」
「だから、どうした?」
そう尋ねてきた男に、プルムが困惑した表情を見せる。
「えっ? わ、わかんない? 私が言ってる意味が、マジで理解出来てないの? だってカーバンクルがこの部屋にいるって、わかっちゃったんだから……」
────あなたはもう、用済みってことよ
ぞっと背筋を撫でるプルムの言葉。
「……つっ?」
それと同時に、男の左目の少し上に痛みが走った。
そして、床から響く高い金属音。
コインだ。
見たことのない金貨────
おそらくだが異世界の金貨が、男の顔に当たったようだ。
女騎士アルルが、男に向かって金貨を投げたらしい。
なんで?
これに、なんの意味がある?
そう男が困惑していると、ぞっとするものが視界に入る。
アルルが、剣を大きく振りかぶって、槍投げのような姿勢で構えているのだ。
どう見ても、投擲をする姿勢だった。
「あ……」
男の脳裏に、コインで痛みを与えられた箇所へ、あの剣が突き刺さる様子がリアルに浮かぶ。
こ、このまま、あの女騎士の視界に俺が映っていると……
「お、お前ら壁になれ」
男が慌てて、傀儡になってる連中に命じる。
すぐさま、男とアルルの視線を切るように、操られている連中が隙間なく肉の壁を形成した。
その直後であった。
「ひっ……ッ?」
右側から響く衝撃音に、男が身を強張らせる。
思わず音をした方を見ると、壁に女騎士の剣が突き刺さってた。
え? な…なんで?
なんで、何もないところに剣を……?
「ひゃあッ?」
そう男が思うと同時に、首にナイフが当てられていた。
その冷たい金属の感触に、男が女みたいな声を漏らしてしまう。
アルルだ。
左手でナイフを持って、背後から男の首に添えいる。
そして、右手の人差し指を男の額に当てていた。
(操られている者たちを、全員床に伏せさせろ。制限時間は3秒)
「……ッッ???」
突如、脳裏に聞いたことがない声が響く。
不思議と直感で、それが女騎士アルルのものだとわかった。
(3……2……)
「お、お前たち、全員床に伏せろ」
あまりに時間がなく、男がこれ以上考える余地もなく、逆らう気力も起こせず、脳に直接指令されたまま従う。
(それでいい)
再びアルルの声が、脳に響く。
とっさのことで受け入れていたが、冷静になると奇妙な感覚だった。
「間抜けねぇ」
男たちの肉の壁がなくなったことで、目に映るようになったプルムが、呆れたような顔をしていた。
「カーバンクルの場所もわかってないのに、殺すわけないじゃない」
「あっ……」
ハメられた。
男は、そこで気付いた。
『あなたはもう、用済みってことよ』という言葉と、金貨を一度投げてぶつけられたことで、『剣を投げられて殺される』と考えるように思考誘導されていた。
だから、自分の身を守るために肉の壁を作ったが、それは結局視界を覆って死角を作ることになった。アルルがどこにいるか、何をしているか、どう移動したか、見ることが出来ない。わからない。
そして、剣の投擲を警戒している中、壁に剣を投げられたら、思わずそっちを見てしまう。
このアルルとかいう女騎士は、俺の右側に剣を投げると同時に、左側へ駆けていたのだろう。なにせ俺を、成人男性を軽々と蹴り飛ばす脚力だ。俺が右の壁に突き刺さった剣を見ているわずかな隙に、悠々と俺の背後を取れる。
そもそも、突然俺を用済みだと殺そうとするのが、不自然だったんだ。
これまで突飛な行動は取っても、全て論理的に、一手一手詰めてきた連中だ。
最後の最後に確証はないのに、雑な家探しをするわけがなかった。
「正解だ」
そうアルルが、日本語で話しかけてきた。
「えっ?」
「何を驚く。お前がこの国の言葉を、私に教えてくれたのではないか。お前の記憶が……な」
アルルが流暢な日本語で、凛とした声を響かせた。
「アルルー、隠し場所はわかった~?」
呑気な声で、プルムが声をかけてくる。これも日本語だった。
「先ほどの書斎の本棚、そこの裏に隠し部屋の入口がある。扉は機械的にロックされていて、無理に開こうとすれば即時警報が鳴り響くし、最寄りの警察署に通報がいくぞ。暗証番号は73030369だ」
こ、こいつ、人の記憶を読めるのか……ッ!?
アルルに拘束されている男が、そう思った。
そもそも、異世界間を移動出来るスキルを持つ女が、目の前にいるんだ。
心や記憶を読み取るスキル持ちがいても、おかしくない。
「正解だ」
男の心を読み取ったアルルが、そう言った。
手首の痛みではなく、恐怖による精神性のべたついた脂汗が男から溢れる。
カーバンクルの隠し部屋の位置も、扉の暗証番号も全て読み取られた。
つまり、それは……
今度こそ、本当に俺は……
用済みに
「残念ながら……」
アルルが男の耳元に唇を寄せ、小さな声で囁いた。
────それも正解だ
次の瞬間、男の意識は唐突に、暗黒の奈落に突き落とされ、消失した。
〇
「全員の記憶は、消しておいた?」
隠し部屋の扉の暗証番号を入力しながら、プルムがアルルに尋ねた。
「ああ、カーバンクルやレッド・キャンディ、私たちに関する記憶は全てな」
「おつかれ~。いやぁ、私のもたいがいだけど、アルルのスキルも、かなり便利でヤバいわよねぇ。おっ、開いた開いた」
プルムの意識が、完全に目の前の扉の先に向かった。
「…………」
だが、その背後では、アルルがゆっくりと右手に持った凶器を振り上げている。
そして、それを隙だらけのプルムの頭部に、一気に振り下ろした。
パシーン
「いったー?」
スリッパで頭を叩かれて、プルムが思わずアルルの方へ振り替える。
「ちょ、ちょっと何してんのよアルル? えっ、突然の謀反は女騎士の特権?」
「それは、こっちのセリフだ!!」
アルルがスリッパを握りしめ、わなわなと怒りに震えている。
「さっきの男の記憶を読んで、わかったぞ……」
「えっ、なになに?」
「プルム、き、貴様が先ほど、私に、この世界の薬局とやらで大量に買わせたアレ……そ、そのなんて言うか……」
アルルが、どんどん顔を真っ赤にして、震える。
だが、その震えや赤さとは逆に、声は小さくなっていった。
「ひ、避妊具ではないか……」
「あー、バレちった」
悪気もなく、プルムがそう呟いた。
「バレちった……じゃないッ!!」
ずいっとアルルが憤怒の形相を、プルムに額がくっつかんばかりの勢いで、寄せてくる。
「な、何か変だと思ったんだ。日本語がわからない私に、なぜか買い物を頼んでたし……店員の様子も変だったし……」
「だって、何も知らない女騎士が、童貞っぽい店員から大量のコンドームを買うシーンを見ることでしか補給出来ない栄養があるんだもん!!」
「はぁッ!? そんな栄養なんてあるか、馬鹿!!」
「あるもんあるもん。それないと私、栄養不足で死んじゃうよぅ」
「だったら、可及的速やかに餓死しろ!!」
「ひっどーい、私お姫様なのにぃ~」
うえーん、とプルムが、わざとらしい嘘泣きをした。
「というかだプルム……そのコ、コン……避妊具をあんなに買う必要あったのか? 繋がってるあれを、1枚1枚バラすの、私とお前ふたりでやっても結構時間かかって大変だったじゃないか」
「でも、おかげで、あの男めっちゃビビってたじゃない。あんな良いリアクションしてくれると、一生懸命がんばった甲斐があったと思えるわ。やっぱり真心と地道な努力って裏切らないのねぇ」
「そんなことのために?」
「そんなことのためによ」
実際、男の動揺を誘って、レッド・キャンディの場所に行かせるには、十分効果があった。
「私って嫌がらせには、金と手間かけて身を削るのがモットーなんで」
「最悪だな、お前……というか、手間暇惜しまなすぎるだろう」
「私は留年のリスク背負って50万と半日かけて、背中に2週間消えないペイントタトゥーを入れた女よ。相手ビビらすために丸一日、コンドームを手作業で分けるなんて、なんてことはないわ!!」
満面のドヤ顔を見せるプルムに、アルルが普通にドン引きする。
そして「何故あのお優しい皇女殿下から、このような娘が生まれたのだ……蛮地で育ったせいか?」とぶつぶつ呟いていた。
「まぁ、アホなやり取りは置いておいてさ、ドアの向こうにはカーバンクルいるから、大きな声出さないでよアルル。びっくりさせちゃうから」
「そもそもお前が……」
まだ納得してなさそうなアルルを無視して、プルムが隠し扉を開いた。
隠し部屋とはいえかなり広く、清潔であった。
「ってか、分譲マンションの専有部分とはいえ、よくこんな隠し部屋作れたわね」
「ここの前の持ち主だった芸能事務所とやらの社長が、まぁそのここで色々やらかしたようでな。だから不動産屋も、ここをスケルトンで売っていたようだ」
「あー、だからYOU隠し部屋作っちゃいなよ、って自由に出来たのねぇ」
男の記憶から読み取った情報を語るアルルの言葉に、プルムが納得したように頷いた。スケルトンマンションとは、内装も壁もすべて取り払った状態で売りに出されている不動産用語だ。中を好きなように作り替えられる。
「ってかさぁアルル、女騎士の口からモンスター以外の意味でスケルトンって単語出てくるの、なんか嫌ねぇ」
「お前の勝手なイメージを、私に押し付けるな、プルム。……むっ」
その時、部屋の片隅にあったキャットタワーの裏から、カーバンクルがひょっこり顔を出した。
そして、警戒する様子もなくとてとてと、アルルのもとへ寄ってくる。
(アルルとカーバンクルの組み合わせって……ちょっと、コンパイルの某名作パズルゲー感あるわよね)
プルムがそんなくだらないことを考えつつ、カーバンクルの寝床と思われる場所を見た。
「ネームプレートがあるけど、ええっと結菜って読むのかな? ユナちゃんかぁ……私たちを恐れないくらい人間慣れしてるし、金ヅルだからとは言え、大切に飼われてたのねぇ」
野生を失った姿で、いつの間にかアルルに抱っこされてるカーバンクルを見ながら、プルムが溜息を吐く。
「でもさぁアルル、どうしよっか? こんなに人間慣れしちゃってたら、この子を自然に返すの難しそうだしねぇ」
「飼う」
そうぼそっと、アルルが呟いた。
「私が、この子を飼う!!」
そう、真っすぐな瞳でアルルが言った。
「飼うってアルルあんた、もう2匹生き物飼ってるじゃない。お世話出来るの?」
「出来る。ちゃんと毎日散歩するし、ご飯も上げるから」
「いや、でもねぇ……」
「私はもう、このユナと離れたくないんだ!!」
そう叫んで、アルルがぎゅーっと、顔をカーバンクルに押し付けた。
「あんた、大丈夫? 記憶読み取ったせいで、変な精神汚染されてない?」
まぁ、ペットに執着するくらいなら、別にいいか。
そうプルムが、思った。
私たちのスキルは便利だけど、相応のリスクがある。
だからこそ、ちゃんと後始末をしないといけないんだけど。
「よーし、後始末も終わったし、なんか食べて帰る? アルルって日本は初めてでしょ。私がおごるから、好きなもの食べていーよ」
「いや、私は一刻も早く、ユナと私たちの世界に戻りたい!!」
「食いしん坊のあんたがそう言うなんて、珍しいわねぇ。まぁ、別にいいけど」
やれやれ、とプルムが何もない空間に、指先を縦に走らせた。
すると、そこから空間に裂け目が出来、それが大きく広がっていく。
その先には夜風にゆらめく草原があり、さらに遠くに電気ではない火を使った街灯りが見えた。
「そんじゃイシュメイルに帰るわよ。忘れ物ないように、気を付けてね」
「そういえばふと思ったんだが……」
アルルがカーバンクを守るように抱きながら、プルムに尋ねた。
「プルム、お前はレッド・キャンディを売って儲けようとは思わないのか?」
「バカねぇ」
プルムがその疑問に、呆れたような顔をした。
「人を不幸にしたお金で、ご飯食べても美味しくないでしょ? 私の幸せなスローライフ計画が、台無しになっちゃうじゃない」
「ふっ、そうだったな」
嘘ばかりつく姫の言葉だったが、アルルはその言葉を信じた。
自分で言った言葉に、少し恥ずかしそうにするプルムが
「もう、いいでしょ! さっさと帰るわよ」
と、アルルとカーバンクルを空間の裂け目に押し込んだ。
二人と一匹が空間の裂け目に入ると、すぐに裂け目が閉じて消えていく。
そして、このマンションの部屋には、異世界の痕跡は何一つ残っていなかった。
次回も朝7時すぎに4話分更新していきます。
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