第28話 理不尽(スキル)
「よくよく考えたら、この剣では短すぎてダメだな」
リード王国第一王子ルアム・リードが自らの剣を見てそう呟く。
そして、身に着けている唯一の武器である剣を、後方へ投げ捨てた。
素手で戦うのか?
そう太郎が思った時であった。
王子がミミックの魔族である義妹のアリアに、視線を落とす。
義妹と言っても、今の姿は小さな宝箱だ。
「アリア、真槍を出してくれ」
「はい、お義兄様」
アリアがそう言って、自分が潜む宝箱の蓋を開く。
すると、そこから全長2メートルほどの十文字槍が伸びてきた。
刃だけでなく、柄も金属製である。
バーベルのシャフトのように、ずしりと重そうな槍であった。
王子がそれを受け取ると、片手で総金属製の十字槍を軽々と振り回す。
「神速相手には、これだけじゃ心もとないな。アリア、霊油も頼む」
「はい! えーっと、えーっと……あった、これですお義兄様」
宝箱から、今度は取っ手のついた大きな甕が出てきた。
この大きな物体でも探すのに少し手間がかかっているということは、この宝箱の中にはかなり広い亜空間が存在するらしい。
この収納能力こそが、ミミックの魔族としての固有能力だった。
そもそも、本来は王家に奴隷として差し出すほどの価値があった少女だ。
「…………」
王子は隙だらけであったが、太郎は攻撃出来ない。
目的は、王子を倒すことではなく母を救うことだからだ。
ここで攻撃し、完全に敵対しては王子を殺したところで母は助からない。
人としゃべるのは苦手だが、なんとか王子を説得できないか。
そう太郎が考えていると……
「…………え?」
太郎が思わず、声を出す。
神速を持つ母が火でやられたので、同じように油を周囲に撒いてこちらを焼き殺すつもりだと思っていたのだが、予想外のものを見せられたからだ。
王子が、50リットルは入る大きな甕を左手で上げた。
それはそれで凄まじい腕力なのだが、太郎が驚いた理由ではない。
驚いたのは、王子が中の油を浴びせるように、己の身体にかけているからだ。
「アリアは離れてくれ」
「は、はいお義兄様! ご武運を!」
なんでも入る宝箱が素直に、王子の後方の茂みの中に隠れる。
「スキルという理不尽と相対するのなら、こちらも理不尽になるしかない」
甕を投げ捨てた王子の左手には、いつの間にかライターがあった。
日本で手に入れたジッポだ。
「結構痛いので、本当はちょっと嫌なのだがね。だがまぁ、神速相手に接近されて好き放題されたら、まずいしな。是非にも及ばず……というやつだ」
そう呟くと、王子は油まみれの自分の身体に火をつけた。
当たり前だが、激しく燃える美しい炎がその全身を包む。
普通であれば、当然そのまま焼死するであろう。
だが……
「寒空の下、ずいぶん待たせたね。風邪を引かぬよう、温まるといい」
炎に包まれる王子が、何事もなかったかのように声をかけてきた。
その第一種軍装はすでに焼け落ちているのに、王子の身体は無傷だ。
いや違う、肌も確かに焼けている。
しかし、炭化した肌の下から、次から次へと新しい皮膚が再生しているのだ。
「初代リード王より伝わる『超人』のスキル」
理不尽な光景を見せつけ、勇者王の末裔たる炎の王子が言った。
霊油という特別な油なのか、炎は消える様子もなければ火力も高い。
一体、どれほど高熱の炎なのだろうか。
王子から、1メートル以内にあるものはたちまち燃え、2メートル離れていても熱でじわじわと炭化していっている。
だがその中心にいる王子は、溌剌とさえしていた。
「君の『神速』と私の『超人』……どちらが上かな?」
そう言って、王子がずんずんと歩みを寄せてくる。
だが、太郎は先ほどの衛兵相手のように、神速でカウンター出来ない。
近づけば、もろとも焼かれるからだ。
神速であっても、一定範囲全て満たす攻撃、殺意にはどうしようもない。
だからこそ、同じスキルを持つ母はヤクザ者の付け火ごときにやられた。
「貫く!」
王子が踏み込み、高熱の射程より長い槍を繰り出してきた。
だが、踏み込みが浅い。突きが甘い。
少し、後方に下がれば十分避けられる一撃に、太郎が拍子抜けする。
こんなものか……
火にも耐える『超人』は凄いが、武芸自体はゆるい。
いや、待て……そんなことがあるか?
王子が、先ほど衛兵を吹っ飛ばした太郎の動きを、理解しているであろう言動をしていたのを思い出す。この王子は間違いなく、武の達人なのだ。
神速の中、目をこらしても何も感じない。
だからこそ、何かヤバい!
「……くっ」
太郎が、思いっきり横に飛んで無様に転がりながら槍を避ける。
完全に、直感によるものだ。
次の瞬間だった。信じられぬ光景が網膜に映る。
先ほどまで太郎がいた場所の後方にあった槐が、横一文字に切り裂かれる。幹まわり3メートルはある槐の大木が、横倒しになって地響きを立てた。
太郎が、王子の槍の突きの甘さに軽く下がってよけていたら、今頃彼の身体もあの槐と同じように、真っ二つになっていただろう。
「空間の断裂を、察知して避けるとは……なかなかやるね、太郎くん」
戦いと炎の熱に、多少の暴力性を覗かせた王子がそう言った。
むしろ、この戦いを好む狂暴な顔の方が、本当の王子なのだろう。普段は理性と知性で、蛮性を抑え込んでいるにすぎない。
その証拠に、炎に焼かれ続けながらも、先ほどまでより生き生きとしている。
「能力がバレたから白状するとね、太郎くん。これがリード王国初代王妃である、旭の聖女が持っていた『異界』のスキルだ。物理法則を無視して、あらゆるものを切断出来る空間の断裂を放つことが出来る」
ちゃっかり、異世界間を移動できることを隠して、王子が語る。
中途半端にバレたのなら上手く思考誘導した方がむしろ良いと考え、あえて能力の一部詳細を自己開示した。それに不可視の斬撃自体はもう、見せている。
なお炎の中で呼吸が可能なのは、気道に空間の裂け目を作り、その先の日本から少々排気ガスで汚れた空気を取り込んでいるからだ。
むしろ、そのことを気付かせないために、あえて空間の断裂を明かした。
「我がリード王国の祖は、二人のスキル持ちなんだよ」
今も二つのスキルを同時に使っている王子が、そんな言葉を発した。
そう、リード王家は『超人』のスキルを持った勇者王だけが建国したものではなかった。勇者王と、『異界』のスキルを持つ旭の聖女により作られた国だ。
あまりにも理不尽。
もとよりスキルとは理不尽であるが、この王子は2つも持っているのだ。
そして、この時はまだ太郎と出会っていないプルムにも不可能な、空間の断裂を相手に向かって放つことまで可能としている。
これが、500年前のイシュメイル戦記の時代に、理不尽なスキル同士の殺し合いを勝ち抜き、今も王家を残している者の末裔の力であった。
理不尽に勝利し、理不尽の上に到達してこその王家である。
「さぁ、戦おうか! 聖剣王の末裔よ!」
本来の目的を忘れ、戦いに重きを置き始めてしまった王子が目を輝かせる。そのアメジストの瞳は、少し勇者と似ていた。もっとも、戦いでも当初の予定通りの結果になるだろう。太郎を殺す、という結末には何も変わらない。
「行くぞ!」
爆発音がし、王子の身体が消えた。
先ほどまで王子がいた場所は、地面が抉れている。
神速の目で、太郎が王子の動きを追っていた。
「上……」
石造りの王城の壁、地面から高さ20メートルを超える場所にいる。
怪力だ。勇者と同じ『超人』としての怪力で、そこまで跳ね上がった。
硬い石壁に、指を力だけでめり込ませて張り付いている。
「…………ッ!」
太郎がすぐ様、駆ける。
空中から、無数の空間の断裂が降り注いできたからだ。
あらゆる物質を切り裂く、魔剣の雨。
常人なら、感じることすら出来ぬ不可視の斬撃を、神速の太郎だからこそかろうじてかわせる。
目視で探知は出来ないが、皮膚に触れた瞬間に神速でかわしているのだ。
「その位置は良くないな、太郎くん」
王子が、そう声をかけてきた。
「あ……」
その言葉の意味を、太郎が気付いて声を漏らす。
いつの間にか、横たわる母のすぐ近くにいた。
まずい。
そう太郎が思う。
自分はかわせても、お母さんはかわせない。
僕がお母さんを背負ったら、今度は重くて二人ともかわせない。
「その位置の君に攻撃するのは、フェアじゃないな。すまないが、ちょっと左の方に移動してくれ太郎くん!」
「……え?」
王子の言葉に、太郎が思わず声を漏らす。
「君の母君を人質にとって、利用する真似はしたくない! そうそう、そっちの方向に。ああ、そこじゃ衛兵が巻き込まれるからもっと……うん、そこでいい」
自分の指示通りに移動した太郎に、王子が満足そうな顔をする。
「協力感謝する! では、君を殺す!」
再び、魔剣の連撃が空中から太郎を襲った。
高潔な精神と、容赦のない殺意。ある意味で王族というものを最も体現しているのが、この王子であった。愛と誇りに満ちているが、冷酷にもなれるのだ。
「あれ?」という顔を太郎がする。
一瞬、王子から目を離した隙に、その燃える身体が城壁から消えていた。
その時、背後から微かな熱を感じる。
「くっ……」
太郎が身体を思いっきり傾けて、回避行動をとる。
次の瞬間、太郎の頭部があった場所を槍が貫いていた。
「惜しい」
いまだ燃え続ける王子が、太郎の背後からそう呟いた。
「熱で気付かれたか。しかし、火をまとってないと、君の神速で完封され続けるかもしれないしね。難しいところだ」
この王子の恐ろしさは、太郎のスキルを熟知しているところにある。
接近を許せば、いかに『超人』といえど太郎には簡単に転ばされる。そして一度転んでしまえば、二度と立ち上がれない。立ち上がる動きに、いくつものアクションを取られて永遠に地べたを転がされるだろう。ゆえに炎を使って、自分だけが生き残れる空間を自身の周囲に作り出しているのだ。接近をさせない。
そして決定打を与える手段がなければ、神速はさしたる脅威でないことを、イシュメイル戦記に載っていた聖剣王のエピソードから王子はよく知っていた。
「…………」
太郎が王子を見て、奇妙に思う。
見えなかった。
どうやって20メートル上の壁から、自分の背後に移動したのかが神速の目を持ってしても見えなかった。
まるで、別の空間を通って、突然そこに現れたようである。
「さぁ! 私を止めてみたまえ! 聖剣王よ!」
高熱の火球と化した、ダブルスキルの王子を誰が止められようか。
理不尽の体現者が、太郎に向かって思いっきり踏み込もうとした。
その時、
「お待ちになって、お兄様」
「…………ッ!」
王子が、あっさり踏みとどまる。
ダブルスキルを止めたのは、言葉であった。
〇
「…………?」
太郎が、その声の主に視線をやる。
プルムこと、マリーナ姫がこちらを見て微笑んでいたのだ。
「典医を連れてきたので、遅くなりました。さぁ先生、あの女性の治療をお願いします」
「う、うむ……任されましたぞ、マリーナ姫様」
老いた典医が、息を切らしながら太郎の母の元へ向かう。
どうやらここまでの間も、老境の身であるのに走らされてたようだ。
「マリーナ、何を勝手なことを。そういえば追加の衛兵が来る様子もなかったが、それもお前の仕業だったか。かなり前から、この状況を見ていたな」
いまだ炎に包まれ続けている王子が、実の妹に不満そうな顔をする。
義理の妹のアリア相手にする時より、少し語気が強い。
「勝手なのは、お兄様の方ですよ」
「む……?」
「この庭の生き物は全て私の所有物。新たに現れたものも含めて。そう10年前にお父様が決めたではないですか。進言したのは、お兄様でしょ?」
「むむむ……確かにそうだが……」
王子が唸る。
当時は、ちょっとした情操教育のつもりで決められた法であった。本来は王城に存在するものは、砂の一粒、雑草の1つであっても、この国のリード王の所有物である。しかし、マリーナことプルムは幼女時代にここでよく、虫取りをしていた。
虫を飼いたいと言い出したプルムに関して、「父上のものではなく、あくまでマリーナのものにした方がいい。自分のものだからこその、命への責任を学ばせなければ」と、王子が王に進言したのだ。
王は「まったくもってその通りだ」として、この中庭の生き物は全てプルムことマリーナ姫に所有権があるとしたのである。
「まったくもってその通りだ」
10年前の父王と同じことを言って、王子が槍を足元に捨てる。
そして妹を見て思った。
10年も前の、些細な言葉。
それを詳細に覚えており、的確に持ち出すか。
出来の良い妹を持って、兄として誇らしい。
今回はその頭の良さに免じて、引くとしよう。
そして些細であっても、法は法だ。
それにしても、この太郎という少年……
今回は終始私が押していたように見えて、結局は無傷とは。
もし、超人の私を殺しうる武器を持っていたら、私は負けていたかもな。
「この2名の所有権はお前にある、マリーナ」
そう王子が、ハッキリと言葉に出して認めた。
「ありがとうございます、お兄様。大好き!」
「……お前に言われてもな」
実妹に対して、兄はちょっと塩対応であった。
スキルという理不尽な能力、それを2つも持っていても王子は法に順ずる。これはスキル持ちでも、この世界で好き勝手出来ないことを表していた。スキルのみを頼りに無法を繰り返してきた者は、500年前にとっくに絶滅させられている。
なにより、イシュメイル戦記の最終的な勝者は、法で徹底的に秩序化し、国力を他よりも高めた帝国である。
「だが、勘違いしてはいけないぞ、マリーナ」
王子が為政者としての冷酷な面で、妹の瞳を見た。
「あくまで猶予を与えるだけだ。魔王領へ出征した私が、再びこの国に帰還するまでの猶予だ。その時に問題が解決してなければ……」
「はい……お兄様。今はみなまで言わないでくださいませ」
「それに、気をつけろよマリーナ。我がリード王国は、帝国の調査騎士団によって常に監視されている。今の担当は……ええっと、誰だっけ? ああ、そうそう」
兄の顔になった王子が少し考え、目的の名を思い出した。
「アルヴィ・ルディアだ。お目付け役である帝国女騎士の手の者が、目を光らせていることを忘れるな。我が国は、帝国と表立って敵対は出来ない」
「ご忠告感謝します、お兄様。帝国調査騎士団は全員が、イシュメイル戦記の時に帝国へ忠誠を誓ったスキル持ちの末裔ですしね」
それがいかに恐ろしいことかは、スキルを持つプルムはよくわかっている。
「彼女の祖はイシュメイル戦記の時は、スキル持ちの女騎士だった。スキルの詳細は不明だがね。反帝国勢力の朝敵だったが、敗北し生け捕りにされ、帝国有力貴族の妻になることで赦された。おそらく子孫の彼女も……」
「『敗北くっ殺系女騎士』属性を、継いでいるというわけですね」
「いや、そうじゃなくて。そうかもしれないけど。スキルを継いでるはず」
王子の勘は当たっていた。
アルヴィ・ルディアには『読心』のスキルがある。
「もうひとつ忠告するがマリーナ。その少年は、お前のもの。だからこそ……」
王子が一度、太郎へ視線をやる。そして再び、プルムに視線を戻した。
「命の責任は、他の誰でもない。お前が取るんだ」
「…………かしこまりました、お兄様」
自分に向き直された兄の視線に、プルムが覚悟を決めた目で答えた。
そしてゆっくりと、太郎の元へ向かう。
「聞いてましたよね。ええっと、太郎くんでしたっけ?」
「………うん」
「これより、あなたは私のものです」
プルムが笑顔で左手を差し出す。
傷一つない、白く美しい左手を太郎が静かに取った。
よくわからない女ではあったが、少なくとも今自分を救ってくれたことは理解するのに十分だったからだ。
報恩報復。
救ってもらった恩は、返さなくてはならない。
「ああ、そうだお兄様。頼みがあります」
「……なんだ?」
今までマリーナからの頼みはろくな事がなかったので、王子が警戒する。
「無駄に燃えてるんだから、その火で焼き芋を焼かせてください」
「…………は?」
「準備もしてありますし」
そう言って、プルムが右手に抱えていたアルミホイルに包まれたいくつかの芋を見せてくる。芋で右手が塞がってたから、太郎に左手を差し出したのだ。
プルムの言葉に、流石に王子が怒ったような顔をする。
「お前なぁ、そんな人を焚火みたいに」
「えっ、焼き芋ですか? マリーナお義姉様!」
今まで隠れていた茂みから、宝箱ことアリアが出てくる。
その姿に気付いたプルムが微笑みを見せた。
「うん、焼き芋食べたいよね、アリアちゃん?」
「はい! 私、焼き芋大好きです、お義姉様!」
「よし、私はこれから焚火として一生を過ごそう」
火炎属性付与したままの王子が、そうハッキリ宣言する。
ダブルスキルよりも、法よりも、強きものがそこにあった。
面白かったらモチベと励みになりますので
ブクマや★評価してくださるとうれしいです。




