第25話 この族ながく絶たむ
「四面海なる帝国をぉ……守る海軍軍人はぁ」
追放された少年、土利優が、夕刻の薄暗き森の中を彷徨う。奥深き森林を力なく歩く水兵服のその小さき体は、陸に打ち上げられ放置された魚のごとく弱々しい。
「戦時平時の分かちなく勇み励みて勉むべし……」
気分を高揚させるため軍歌を口ずさんでいるのだが、逆効果だった。
「う……うう」
大正一桁生まれの日本男児たるもの、涙は決して流さぬ錦の心意気で生きていたが、どうしても無理であった。押しとどめようにも、堤にぶつかる鉄砲水かのように、涙腺から留まることなく涙が溢れてきた。
聖剣王となった幼馴染、渡来御刀に追放されたのが悲しいのではない。
御刀自身が地獄行きを望むかのような、凶行を止められなかったこと。
彼の近くにおれず、もう支えてやれないこと。
これからも御刀は、聖剣とはいえ一振りの剣を持って、リード王国や帝国相手に我が身を顧みず、戦い続ければならないこと。
それに、涙していたのだ。
無力……『動物と会話する』スキルしか持たぬ己の、いかに無力なことか。
そう少女のような華憐な顔を男泣きさせ、土利優が思う。
あの聖剣を手に入れてしまったから、御刀ちゃんはおかしくなった。
確かに御刀ちゃんの神速のスキルとは相性抜群。いかなる強敵、恐るべき魔物であろうが、なんでも打ち倒せるようになった。
だからこそ、なんでも自分でやろうとした。
戦って戦って戦い抜く。傷一つつかない不可思議鋼の聖剣と違い、簡単に傷つく生身の身体であるのにだ。
なればこそ、魔物に怯えるばかりの虚弱、貧弱、惰弱、脆弱なるこの島の島民から王に祭り上げられたんだ。
連中は自らは鉄火場に立とうともせず、御刀ちゃんの背に隠れるばかり。
すくたれ者どもめ! 恥を知れ!
同じ島国の日本男児として、許せない。
最初の頃は、この島の因習に囚われ、それを破って罰せられることを恐れてオレはいいにしても、御刀ちゃんを助けなかったのに。
御刀ちゃんが強くなったら、こびへつらいながらも、利用する。
傷つくことを恐れる島民も、傷つかぬ聖剣も、なにもかも許せない。
戦いも罰も恐れるなら、そのどちらも用いぬ相応しき終わりを与えてやる。
いつの間にか涙は止まっていた。
怒りである。
怒りの感情が、逆に土利優を冷静にしていた。
滅ぼす。
この国を滅ぼして、聖剣を奪って御刀ちゃんを解放する。
そう土利優が決意した時であった。
風向きが急に変わった時、嗅ぎ覚えのある臭いを感じた。
昔実家で飼ってた犬の臭いを、百倍にも濃くした臭いだ。
〇
白い巨大な狼が、こちらに静かに近づいているのだ。
風下から迫っていたが、気まぐれな風の変化で土利優に気付かれる。
「今、オレは気分が悪い。消えてろ」
自身より何倍も巨大な獣に対し、微塵の怯えも見せぬ目を向けた。
土利優に襲い掛かって、骨肉砕いて食らうつもりだった狼が少したじろぐ。
だが、群れずに単独になった狼の意地か、少年にすぐさま飛び掛かった。
「伏せろ、犬っころ」
土利優が右手を上げ、狼に向かって突き出す。
次の瞬間であった。
狼が土利優の小さな右腕を食いちぎることなく、その場で頭を垂れた。
「やはり魔物にも効くんだな」
特に驚きや感動のない冷めた声で、土利優が呟く。
9割がた成功すると思ったが、今まで試したことがなかった。
残り1割の目が出た場合、魔物とここまで接近した状態だと死ぬからである。
だから、御刀からも無理にやることはないと止められていた。
しかし、成功したはいいものの、いつもは頭に響いてくる動物の声が今回は聞こえない。それどころか、白い狼の魔物は伏せたまま痙攣していた。
「久方ぶりすぎて、かなり強くスキルを使ったからか?」
そう土利優が思った時であった。
狼の身体がどんどん縮み、光り輝いていく。
そして……
「いやぁ、さっきは凄かったっすよ、ご主人様!」
裸の女が、笑顔でそう言った。
「…………誰だ、お前?」
怒りの先にある冷静の極地に達していた土利優も、思わず面食らう。
長身で、スタイルの良い女が眼前にいた。白い髪が肩まで伸びている。
「いやだなぁ、ご主人様! この尻尾と耳に見覚えあるでしょ?」
そう言って、裸の女が頭についていた狼の耳を指差し、振り返って狼の白い尻尾を振って見せる。
「それにしても、さっきのご主人様の啖呵には痺れたなぁ。この私に迫られているのに、微塵もビビらず『失せろ』だなんて……うーん、カッコいい!」
「…………」
人化した?
そう土利優が、自認白狼の女を見て考える。
いや、これが本来のオレのスキルだったのでは?
今まで動物と会話していたが、少し考えれば妙だった。
動物の脳そのままで『人語を操れるほどの』知能があるのか?
オレは、知らず知らずのうちに動物の脳だか何かを、今まで人化させて彼らと会話していたんだ。
そのスキルを強く使ったから、身体まで人間になっただけ。
『人化』────これこそが、オレのスキルの本当の力!
いいぞ! これなら……オレは……
「おい、狼!」
「はい、なんですかご主人様!」
「オレのスキルで人化したなら、今までのように何でも言うこと聞くのか?」
「その通りです! ご主人様のためなら、何だってやっちゃいますよ!」
「じゃあ、そこで向こうを向いて四つん這いになれ」
土利優が指さして命じる。
「はい、かしこまりましたご主人様!」
と、白狼の少女が土利優に尻を向けた形で、四つん這いになる。
女性であれば恥ずかしすぎるポーズだが、狼だからか気にする様子もない。
それどころか、白狼の少女は尻尾と尻を振っている。
「交尾っすか、交尾?」
ハッハッと犬がごとく呼吸を荒げながら、少女が期待の目をする。
「今、発情期なんでドンとこいですよ。ドンと……ってぐぇっ?」
ドン、と土利優に背中に乗られて、思わず白狼の少女が声を出す。
「よし、狼。オレをもっと強い魔物の元に、案内しろ!」
お馬さんごっこのような状態で、土利優がそう言った。
「えっ、そっち? ……いやまぁ、ご主人様が望むならいいんすけどね」
と、ちょっと残念そうな表情を白狼少女が浮かべた。
〇
夕焼けの森の中を、風のように駆け抜ける。
「おおおおおっ、速い!」
白狼の少女に背負われた土利優が、今日初めて興奮した声を出した。
人化しても、巨大な狼の時と脚力が変わっていないようだった。
「ご満足いただけましたか、ご主人様!」
流石に四つん這いではなく、二足歩行で走っている白狼少女がそう尋ねる。今は全裸ではなく、土利優が持っていた黒いインバネスコートを着ていた。
「テルミ、それでこっちには何がいるんだ!?」
土利優がそう尋ねる。テルミとは、先ほど狼少女が名が欲しいと駄々をこねたので与えた名前だ。昔、実家で飼っていたメスの紀州犬の名が『輝美』であった。
「三首の大蛇っす! こっちから匂いがします。なんでも石に変えちゃう化け物だから、私や仲間でも近づかないんですよ!」
「それ……本当みたいだな……」
テルミが木々を飛び越えるほど高く跳ねた時、土利優がそう呟いた。
夕陽に照らされる、石化した木々が見えたからだ。
その石の木々の間から、何かがぬらりと鎌首をもたげた。
「でっか! あれぇ、こんなデカかったっけなぁ……」
空中でテルミが三首の大蛇を見て、顔を引きつらせる。
四頭立ての馬車ほどある巨大な頭部。体長は70メートルに達する。
もはやモンスターというより、怪獣である。
「ヤバいっす! ご主人様だけぶん投げて逃がすんで、なんとか枝を掴んで落下の衝撃を弱めてください」
空中で回避できない状態で、テルミがそう叫んだ。
こちらを簡単に丸呑み出来る蛇の顎が、こちらに向かってきている。
「構わない! 突っ込め、テルミ!」
「マジっすか!? 最高っすね!!」
テルミが覚悟を決め、蛇の大口に飛び込むつもりで眼前を睨む。
だが……
「うおっ……と」
こちらを呑み込む寸前で、蛇が突然口をバクンと閉じる。
ぶつかる直前、テルミが蛇の鼻先を手で押して体勢を変えてかわし、その巨体を滑りながら地上に降りた。
「よしっ、通った!」
土利優がテルミの背から降りて、縮みながら輝く蛇を見てそう叫ぶ。
聖剣を持った渡来御刀ですら苦戦するであろう巨大な蛇だったが、土利優のスキルの前には、あらゆるモンスターは敵にならない。
人化させ味方に引き込めるゆえ、対モンスターなら文字通りの『無敵』である。
「……初めましてです……ご主人様」
そう人化した蛇のモンスターが、鈴の鳴るような声で言った。
先ほどの禍々しい巨体が嘘のように、華奢で華憐な小さき姿だった。
小さな土利優よりも、二回りは小さく幼い身体。
鮮やかなピンクの長い髪の毛は、その左右の先端が、蛇になっている。
「今日からお前の名前は『ドール』だ」
無表情なジト目で、こちらを見つめる少女に土利優がそう名付けた。
その白磁のように輝く肌が、舶来のビスクドールのように見えたからである。
「わかりましたです……ご主人様。私の名は……ドールです……」
「石化の能力は、その状態でもあるのか?」
「はい……です」
土利優が尋ねると、ドールが頷く。
そして、その髪の毛の右の蛇が伸びて、近くの楠の大木に噛みついた。
すると、あっという間にその巨大な樹が石と化していく。
いいぞ。
そう土利優が思う。
さっきのテルミだけが例外的に人化したわけじゃないし、人化しても魔物としての固有能力がそのままある。これは、強力な戦力になってくれそうだ。
「そういえばご主人様。名前だけじゃなくて苗字が欲しいっす!」
突然、テルミがそんなことを要望してきた。
「なんでだ、テルミ?」
「ほら、私とドールって、ほとんど区別つかないじゃないっすか!」
「ん?」
何言ってるんだ、こいつ? と言った顔で、土利優がテルミを見る。
髪の色、体格も大きく違うし、顔つきもかなり異なっていた。
いや、元々魔物だったから、人間の顔の区別があまりつかないんだ。
自分ら人間が、動物の顔の違いがいまいちわからないように。
そのことに土利優が気付いた。
「これじゃ誰が、元々なんの魔物かわかんないっす!」
「私も……そう思うです……」
テルミとドール、二人に言われて土利優が「うーん」と考える。
「よし、それじゃあテルミ。お前の姓はこれからフェンリルだ」
土利優が少し前に読んだ北欧神話にあった狼の名を口に出す。フェンリルは種族名ではなく、ある一匹の狼の個体名なのだが、土利優は気にしなかった。
「テルミ・フェンリルっすね!」
そう言ってテルミが嬉しそうに、ぶんぶんと尻尾を振る。
「それと、ドール。お前の姓だが」
「…………(わくわく)」
期待の目で、こちらを見上げるドールに土利優が思いついた苗字を告げる。
こちらは、あまり悩まず思いついた。
「メデューサ。お前は今日からドール・メデューサだ」
「はいです……! ご主人様……!」
ジト目なのは変わってないが、ドールは嬉しそうであった。
そのあと、テルミとドールで何度もお互いの名を呼びあう。
元モンスターの少女同士のやり取りを見て、土利優が考える。
この感じで、魔物を人化していけば……御刀ちゃんだけじゃなくて、リード王国や帝国にだって勝てる強力な軍隊が出来る。
オレは、御刀ちゃんの、この島を守りたいって想いを否定したくない。
御刀ちゃんから聖剣を奪って終わりじゃなくて、オレがこの島を守るんだ。
いや、御刀ちゃんからは聖剣を奪うだけじゃダメだ。
聖剣がなくなっても、御刀ちゃんは戦い続けるだろう。
心苦しいけど……『戦えない身体』にしなくちゃ……
手か足か、それとも目……どれかを奪う。
御刀ちゃん、ごめん。
オレのこと、ずっと恨んでくれていい。
御刀ちゃんの子孫に未来永劫恨みを伝え、いつの日かオレの子孫を同じ目に遭わせても構わない。だから……
御刀ちゃんを追放し返し、オレがこの島の魔物の王に────
魔王になる。
「ご主人様……私たちの身体に………全然興味ないです……」
実際に興味を持たれたら、色々と問題のある幼い外見年齢のドールが、渡来御刀のことだけを考え続ける土利優を見て、少し不満そうに言った。
「ちょっと聞いたんだけど、ご主人様ってオスの仲間のことばっか考えてみたいだよ、ドール。変だよね、オス同士じゃ交尾出来ないのに」
「人間は……オス同士でも……交尾出来るみたいです……テルミ」
「マジで!? どうやるの?」
「たぶん、こんな風に……(ごにょごにょ)」
「そんな風にするの!? ドールめちゃくちゃ賢いじゃん!」
「ふふふ……(得意げ)」
「そこの二人、うるさい!」
なんか勝手な話で盛り上がる、モンスター娘2名を土利優が注意する。
「は~い」「はい……です」
モンスター娘2名が、しょぼんとしながら答えた。
〇〇〇
「ふんふん、それでこの土利優くんは、渡来御刀の聖剣と光を奪って、追放し返したのか。これ以上、戦って傷ついたり死んでほしくないから」
藤海がデザートのプルム手作りプリンを食べながら、そう呟いた。
「それから……ん? まぁいいか」
少し違和感を覚えながら、藤海が続きを読みながら考える。
ドール・メデューサはそのあと石化銀行なる、石化能力を生かした保管システムを作って、さらにはメデューサ公爵家となったと。
テルミの方は、土利優の血をのちのちに繋げたか。
ってか、あのヤンホモショタと、よく子作り成功したな。
魔王こと土利優から恨まれていた島の人間は……へぇ、面白い滅び方じゃん。
魔族と人間の間には、魔族しか生まれない。
それでいて、魔族はみんな顔も性格良くて、人間の男女問わず魔族とばかり結婚し子供作るようになった、と。
500年かけて、ゆっくりと人という種はその島から消えた。
戦でも殺されるでも罰せられるでもなく、静かで苦しみのない民族浄化。
この島の人間を滅ぼしたい、でもこの島は守りたい。
土利優の、矛盾する欲求を叶えたような結末かぁ。
ただ、なんのかんので人の血が混じったせいか、魔族は土利優の時代よりもかなり弱体化しちゃった。
そんで色々あって、500年後はリード王国に負けて降伏、か。
「読み終わったみたいね藤海。どうだった?」
皿洗いを終えたプルムが、キッチンから戻って尋ねた。
「ウチのドールたんが、負けヒロインなのが許せない」
「あー、オタクくんって、あの手の無表情ヒロイン好きだもんね」
仕方ないじゃん、史実がそうなんだから。
ってか、ドール・メデューサの子孫が今、パンクロッカーみたいなイケてる女なこと教えたらどんな反応するかしら?
そんなことをプルムが考えていると、藤海がスマホからプルムに視線を移した。
「ところで、コレ……本当にあんたが書いたの、プルム?」
「え……?」
藤海の言葉に、プルムがどきりとする。
「ウチ最初から、ちょっと妙な感じしてたんよね。前半の方、文体や漢字のひらき方にあんたの性癖は感じたけど、誤用の方の性癖を感じないし」
「誤用の方の性癖……と、言うと?」
プルムが尋ねる。
「あんたの好み通りの性癖ド真ん中に書いたなら、土利優は黒髪のメカクレになってたろうし。最近、そういうタイプの男の子、好きになってるでしょ?」
「なんでわかるんだよ、藤海~?」
内心、かなりドキリとしつつも、プルムが軽い反応だけを表に出した。
「わかるって、長い付き合いなんだから。それに、顔の見えぬ読者の好みがおおよそわかるようになってから、顔を突き合わせて会話すれば、ほぼ100%その人の好みがわかるようになったんよ、ウチ」
「ほぼほぼ特殊能力じゃない」
当てられたので、藤海のフカシや冗談とも言い切れなかった。
「そんで話を戻すと、土利優が渡来御刀を逆追放したあたりから、明らかに文体が変わったんだよねぇ。長ったらしくて迂遠な表現が増えたかと思ったら、日本人にはピンとこない比喩表現を多用する。この感じアレだ。ひと昔前の英文小説を、質の低い翻訳したものっぽい感じに近いんだ」
藤海が、再びスマホに映るテキストに目を通す。
「この話って多分、日本語じゃない言語で書かれたものだ。しかも作者は、日本の文化圏の人間じゃない。でも、大正の軍歌とかを知っているのが奇妙でもある。とにかく、プルムが書いたとしたら、元が他言語だとしても後半の比喩表現はもっと日本人にしっくりくるものになるはず」
「…………」
藤海の言う通りであった。
後半部分は、プルムがイシュメイル戦記を日本人向けに意訳するのが面倒くさくなって、ほぼ『直訳』で済ませた部分であった。
「そこから現代に至る部分でも、また作者が変わった気がする。小説を読んでるんじゃなくて、ウィキの記事や歴史の教科書のように、事実を淡々と記している。見解に多少の統一性のブレが見えるから、いくつかの歴史書をコピペしたみたい」
そう言いながら、藤海がスマホの液晶上の文字を指で撫でた。
まるでそこから、文字の向こう側の筆者の体温を読み取るようである。
確かにプルムは、イシュメイル戦記に書かれていた500年前以降の歴史については、複数の史書から最小限必要な情報を書き連ねていた。
やべえな、藤海。普通そこまでわかるもんなの?
だからこそ、相談のし甲斐がある。
そう思ってプルムが口を開いた。
「そうそう、実はそれって故郷に住む従妹が書いたものなのよ~」
と、のうのうと嘘をついた。
「ほら、私の親戚が書いたって言ったら、藤海が忌憚なき意見ってヤツが言えなくなるかもだし。だから、私が書いたってことにしたのよ~」
「ふーん……」
信じたか否か、いまだスマホの文字を凝視する藤海からは読み取れない。
「最初は私が意訳した部分ってのも当たりだし、途中から面倒になって直訳になったのも大当たり。後半はね、従妹も面倒になっちゃったのかな。とりあえず、思いついた設定だけ書き連ねた感じになっちゃったみたい」
「…………」
「あのー……藤海さん?」
「まっ、それでいいか」
ふふっ、と藤海が微笑み、スマホからプルムに視線をやる。
「いいの?」
「いい女の嘘を許せないほど、ウチは初心じゃあないのさ」
「うわっイケメン。藤海のくせに……」
眼鏡を外し、キメ顔をしている藤海に対してプルムが軽口叩く。
内心、ちょっとだけドキッとしたことは、死んでも言えなかった。
「で、ここからが本題でしょプルム。ある文章読んでもらった後、ウチに相談したいことがあるって言ってたじゃん」
「あー、そうそう。こういう『設定』の国があるって上で、この先どうすればいいかって話をしたかったの、藤海」
〇
リード王国による魔王国の戦後処理をどうすべきか。
その件に関して、藤海としばらく話し合った。
「魔王国は、帝国領じゃないことに最高の価値があるからね。完全に支配下にしちゃ逆にもったいない。帝国法の外であることを、利用しなきゃ」
一緒に風呂に入りながら、藤海がそんなことを言う。
「これらの民族意識高まった一部魔族を、国として独立させたいけど……時期はいつくらいがいいかしら?」
プルムが藤海の濡れた髪の毛を、粗目のコームで軽くブラッシングしながら、尋ねる。そのあとドライヤーをかけたので、藤海はスマホに文字を打って答えた。
「ってか、寝落ちするまで、こんなトーク付き合ってくれてありがとね」
一緒の布団で寝ながら、プルムが藤海を見つめて言った。
「ウチ、こういう話好きだから。昔から、架空の国の政治とか、国際問題とか、経済とか、法律とか、内政について考えるの、夢に見るくらい好きなんよ」
眠そうな眼で藤海がそう言ってから、プルムの瞳をじっと見つめた。
「ってかさぁ、プルム……」
「ん、なぁに藤海」
「本当、こんな話を寝落ちするまで出来る子なんて、他にいないなぁって思って」
「藤海と出会えて、本当良かったよ」
そう言って、プルムがこつんと軽く藤海と額を合わせた。
寝落ちする直前なので、お互い素直な気持ちを吐露し合う。
普段の冷笑入った斜に構えた感じは、今は眠気によって消えていた。
「ああ、そうだ……」
寝落ちする前に、これだけは聞いておかなくちゃ。
そうプルムが思い出し、口を開いた。
「もしも、もしもだけどさ……」
「なぁに、プルム?」
「聖剣王、渡来御刀の子孫が実は生きていて、さらに実はその子が魔王を倒していて……さらにさらに、リード王国のお姫様がそのこと知っていたとしたら」
「…………」
じっと黙って、次の言葉を待つ藤海にプルムが続ける。
「そのお姫様は、その子をどうするべきだと思う?」
「殺すしかないでしょ」
寝ぼけた声。だが、プルムの耳にはっきりと、聞き間違えなく届く。
「もともと渡来と敵対していた帝国、虐殺が行われた魔王領は言うまでもなく、表向きは帝国の属国としてのリード王国としても、裏で魔王領と利益提供し合ってこれから戦後統治するリード王国の王族としても……神速の渡来御刀の子孫なんて、邪魔だから殺すしかないじゃない」
ふわぁ、と途中何度もあくびしながら、藤海が言った。
「世界のすべてが……平穏のため……その子の死を…………望んで……る」
そう言い残して、藤海の意識は睡魔に連れ去られて寝落ちした。
「そうよね……それしか、ないわよね」
親友の寝顔を見ながら、眠気などかき消えたプルムが小さくそう呟いた。
先ほど藤海には読ませたイシュメイル戦記には、プルムが意訳どころか、直訳すらせずにスルーした一節がある。
渡来家に関する帝国の見解だ。
────この族ながく絶たむ
永久に、この一族を根絶やしにしろ。
そういう意味の一節だった。
帝国が殺せと宣言している聖剣王の末裔、渡来家の者──太郎。
名目上は帝国の属国にすぎないリード王国の王女は、宗主国に逆らってまでこの少年を救えるのだろうか? 藤海なら、何か良い案を出してくれるかと思ったが、そんな都合の良いことなどなく、冷たい現実を告げられるだけだった。
そして何よりも、プルムの兄である第一王子が、太郎を殺したがっている。
帝国と実の兄両方を敵に回すリスクを伴う行為、危険を冒すこと──文字通りの冒険をしなくてはいけないのか? それはプルムの望む生き方に反する。
「太郎には可哀想だけど……仕方ないか。いや、でもきっと何か方法が……」
そう呟いてプルムが、太郎と出会った時のことを思い出した。
面白かったらモチベと励みになりますので
ブクマや★評価してくださるとうれしいです。




