第24話 第十二巻
※流血シーンがあります
「土利優を追放する」
巨大な聖剣を持つ男が、そう言った。
身長は190センチを超えた、眉目秀麗な黒髪の男だ。
黒い学ランに黒い学帽、そして黒いインバネスコートをマントのように羽織っている。大正や昭和初期の世の書生にも見えるが、重ね着の上からでも、その下でうごめく精気に満ちた筋肉の躍動が感じられる。
重い聖剣を枯れ枝のごとく振り回し、操ることが出来るだろう。
手には白手袋をつけているため、肌が露出している部分はほぼないが、わずかに見える首や顔の肌が瑞々しかった。
若い────まだ10代後半、それも下の方だ。
モンスター溢るる辺境の島の王となった者──『聖剣王』渡来御刀である。
「なんで……」
渡来御刀から『追放』の二文字を告げられた土利優が、青い顔をする。
御刀と真逆で、小柄で線の細く、肉が薄い少年だった。
ダークブラウンの髪を持つ、少女と見紛う華憐な顔。
半ズボンとはいえ、白いセーラー服姿ゆえ、なおのこと女子に見えた。
兄が小さい頃のお下がりで、当時の兄よりずっと年上になったのに、残念ながらいまだにサイズがピッタリだった。
土利優は何度も親に、
「大正も終わり、新たに昭和の世となりました。セーラー服は女学生の制服と巷間に広く知られるようになった昨今、天下の往来を征くは男児としての面目立ちません。新時代昭和に相応しきモダンな洋服とは申しませぬ。別の服を所望します」
と、抗議していた。
だが戦艦三笠の水兵だった父は「セーラー服は御国が水師の誇り」と取り合わってくれず、母は「可愛らしいし」と、優が一番言われたくない言葉を口にした。
結局は大日本帝国から、この見知らぬイシュメイルなる不可思議な世界に来た時も、そして現在に至るまでこのセーラー服との腐れ縁は続いている。
「なんでだよ、御刀ちゃん!」
土利優が蒼褪めつつも、怒りを渡来御刀に真っすぐぶつける。
見た目は女の子っぽいのに……いや、だからこその、狂犬っぷりだ。
なりは小さくとも昔から正義感の強い幼馴染に詰められ、体躯に恵まれた御刀の方が押され、一歩下がる。だが、感情を込めぬ声で答えた。
「君の『動物と会話出来る』スキルは、この先の大戦に無用だからだ」
「そうじゃない! そういうことじゃない!」
むせ返るような臭いに、吐き気を感じながらも優が叫ぶ。
「なんで殺した!? なんでオレだけ殺さなかったの!?」
聖剣王の玉座の間で叫ぶ優の周囲は、地獄絵図であった。
何十もの死体がバラバラに切断されて転がり、血の海と化している。
黒い玄武岩の部屋を、血と臓物の臭いが、混じり合って満たしていた。
御刀の聖剣による惨状だ。一瞬で行われたものなのだろう。抵抗した痕跡はほぼなかった。もっとも御刀の『神速』のスキルの前には、抵抗は無意味だ。
幼馴染の優だけが、殺されていない。
「彼らは俺と考えが違う。だから、殺した」
「……えっ?」
他者を重んじ、思いやる御刀とは思えぬ言葉に、優が目を見開く。
男性原理強き大正昭和の世にあって、本人が望まぬものとはいえ女子のような優が、最も御刀のその思いやりに救われてきた。
「優くん、リード王国が、帝国の軍門に下ったのは知ってるな」
「う、うん。あの勇者王の国があっさり帝国に従ったのには驚いたけど」
「次はこの聖剣の国だ。もはや、この国に意見の違いを許容する余裕などない。帝国とその尖兵になるであろうリード王国と戦うため、国内の意見を統一する」
敵対する者、意は異なるが世話になった者、意思を表明せぬ者、そのことごとくを切り捨てた御刀が、念仏を唱える。
そして自虐的な笑みを見せた。
「阿弥陀経など唱えたところで、悪ですらなくなった俺に仏の救いはないな。我が血は穢れ、子々孫々呪われたものとなったろう。だが俺は敵味方問わず、この国のためこれからも何千何万と殺す。修羅となり、屍山血河を国の防衛線とする」
「だったら、なんでオレを殺さなかったんよ、御刀ちゃん!」
「……殺したくないからに、決まっているだろ優くん」
御刀が絞り出すように、必死に声を出した。
「このイシュメイルに来た時、俺は神速のスキルを得て武の三昧境に至った。だがこの島の悪鬼羅刹の前には、なんの意味も持たぬ芸事だったよ」
仏教用語を多用する御刀が、この世界に優と共に来た時を思い出す。
この島に生息するモンスターたち、装甲のような鱗を持つ石化能力がある三つ首の蛇や、ネメアーの獅子のごとき刃通さぬ毛皮を持つ白狼に、無力だったこと。
先手を取り、どれほど速く攻撃したとしても、相手に対する決定打がなければ倒すことは出来ないからだ。『神速』は、武器の性能への依存度が高いスキルだ。
「この聖剣を手に入れるまで、ずっと優くんのスキルに助けられてきたんだ」
「御刀ちゃん……」
優の『動物と会話できる』スキルは、戦闘能力こそないが、サバイバルにおいて極めて優秀であった。
文字通り鳥瞰出来る鳥や、探知能力優れた小動物から様々な情報を得られる。
また、木の実などの人間でも食べられるものがある場所を、教えてもらえた。
食糧問題に関しては、いざとなったら会話した動物を喰うことも出来る。
だが、流石にしゃべれる相手を食べるには、倫理観が邪魔をした。
後ろ足から白刃のようなものが生えた、奇妙な兎にスキルを用いた時は
「どうか私を食べてください。ご主人様に食材として扱われ、血肉となれるならこれ以上の幸福はありません」
と、言いだして、火に飛び込もうとしたので慌てて止めた。
キイチゴの場所だけ教えてもらい、兎を解放する。
信心深い家に育った御刀は、その兎を見て「仏陀の前世かな」と笑えないブラックジョークを言っていた。仏陀は前世で兎だった頃、自身を焼肉にしている。
生物としての生存本能すら凌駕し、スキルを使った相手をこちらに従わせるのは動物との会話の領域を超え、極めて便利である。
だが、その兎の一件以来、優はこのスキルに対して生命に対する侮辱のようなものを感じ、極力使わないようにした。動物と仲良く会話するメルヘンでファンシーなスキルではなく、まるで都合のいい『奴隷』を作り出すように感じたのだ。
ちょうどその頃は、御刀が動物たちからの情報で未発見の遺跡にあった『聖剣』を手に入れ、あらゆる魔物も切り裂く英雄への道を歩み始めた時だ。
御刀の活躍と反比例して、優はスキルを使わなく済むようになった。
それでも今日まで、二人で支えあってやってきた。
「優くんは名前の通り『優しい』から、俺がすることを認めないだろう。それにこれからの戦争で優くんのスキルは戦闘向きじゃないから、絶対に必要ってわけじゃない。だったら、俺の修羅道に巻き込みたくない……だから、追放するんだ」
苦悶の顔で、御刀が血を踏みしめながら近づいてくる。
そして、優の前で土下座をした。
「頼む、優くん。追放されてくれ……鬼となる俺から……離れてくれ」
「御刀ちゃん……」
血と汚物に服や手、額が汚れるのも気にせず御刀が頭を床にこすりつける。
いや、血を気にしていないのではない。自身の犯した罪を全身に浴びているような、痛々しい姿であった。
「俺に優くんを……殺させないでくれ……」
〇〇〇
「えっ、BL?」
現代の日本で、藤海那々子がスマホを見ながら呟く。
東京は文京区の高級低層レジデンスの一室。
プルムが通学用に借りている部屋であった。
「プルムさぁ、あんたそういう趣味あったっけ?」
藤海がダイニングから、キッチンでとある漫画のイタリア料理を再現するプルムに声をかける。
「えっと、最近そういうのも悪くないかなぁ、って思ったのよ。そんなことよりほら、第一の皿の娼婦風スパゲティー出来たわよ」
そう言って、プルムがパスタの皿を2枚持ってくる。
「一般受け狙うなら、ウチはこの御刀を普通に嫌な奴にした方がいいと思うけど……それをざまぁするのが読者が求めているものであって。いや、作者本人の趣味なら仕方ないな。正直、こういうの嫌いじゃないし」
少し腐っている藤海が、ふふふと笑う。
私はBLとか別になんだけどなぁ、とプルムが友人の笑みを見て思った。
でも『原典』にそう書かれているから仕方ない。
意訳の際に多少そっちに寄せたけど、『イシュメイル戦記』に書かれている初代魔王になった土利優と、太郎の先祖の渡来御刀ってこんな感じだし。
いや、この関係に耽美なもの感じない方が、おかしいわよね。
プルムがそう思いながら、スマホを見る藤海の様子を伺う。
彼女のスマホに先ほど、500年前に書かれたイシュメイル戦記をプルムが日本語に意訳したものを送っていた。プルムが書いた小説、という設定でだ。
「ところで、大正昭和設定いるかプルム? あまり生かされてないけど」
「いるの! え、えっと私がその時代の、エログロナンセンス好きだから」
原作にそう書かれれるんだから、仕方ないじゃん……
そうプルムが思う。
「それで結局この聖剣ってなんなの、プルム?」
「ええっと……まだ設定練ってなくてぇ……」
ぶっちゃけイシュメイル戦記にも書いてないから、私も知らんのよ。
実物手に入れたけど、原理不明だし。研究して解明したいけど。
「あと急に帝国とかリード王国って設定出てきたけど、流石に唐突すぎて読者が困惑するんじゃないかなぁ」
プロ作家でもある藤海先生からの、厳しいお言葉が飛んできた。
「その、今回見せたのは12巻の部分だから、そこらへんは11巻までにちゃんと書いてあってぇ……」
「待って、プルム。あんたいきなりウチに、12巻から読ませたの?」
流石に藤海が驚いた顔をする。
「長くてもちゃんと最初から読むから、1巻から読ませてよ」
「1巻から11巻は……まだないわ」
いや、イシュメイル戦記としては、11巻までちゃんと実在するけどね。
私がまだ、日本語に訳してないのよ。
「自分が書きたいシーンだけ書いて、満足しちゃうワナビかよぉ」
「う、うるさいわね藤海! 私が料理する労力分ってことで読むの引き受けたんでしょ! 小羊背肉のリンゴソースかけの様子見てくるから、残り読んでおいてね」
そう言ってプルムが逃げるように、キッチンに向かった。




