第22話 問答
「お姉ちゃん……って呼んでいいかな?」
愛らしい姿の少女が、そう言ってきた。
外見年齢は9歳ほど。
白い兎の耳に白い兎のしっぽ、薄い灰色のふわふわしたミディアムヘア。
メイド服のようにアレンジされた、キュートな黒い軍服。
そしてその首輪に輝くは、中将の階級章である。
キララ・カルヴァノグ参謀長────魔王の娘の側近であり、元奴隷。
「え、えへへ……どうぞどうぞ。参謀長様のお好きなように呼んでください」
ケルピーの魔族、馬耳の生えた青髪のラピスウィルが、15歳の少女らしからぬ三下めいたへつらいの笑みを見せ、幼女のようなキララにへこへこした。
だが今回ばかりは、ラピスウィルを小物と笑えない。
中将という階級は、陸軍の総兵力15万に満たない魔王軍において事実上の最高位であった。元帥の階級も存在するが名誉職であり、大将は存在しない。
とにかく、魔王軍最高位の中将と、近衛大尉の制服は着ているものの一番下っ端の二等兵が相まみえているのだ。二等兵側が、こんな態度になっても仕方ない。
しかもラピスウィルには、後ろ暗い部分がある。なんなら、後ろ暗いところしかない。前まで暗くなりつつある。お先も真っ暗だ。
(うう……アヤ先輩にも一緒に来てほしかったけど「やらなきゃいけないことがある」って言って、どっか行っちゃった……)
ラピスウィルが今更ながら心細くなってきた。
(準備が終わったら来るって言ってたけど、二等兵のアヤ先輩が監軍本部のここまで来ることが出来るんすかぁ?)
色々不安に感じているが、アヤが逃げたとは思わない。
意外だが、信じる部分はちゃんと信じる女だった。
そんなラピスウィルに、キララが声をかける。
「あっ、お姉ちゃん。立ってないでソファーに座ってよ。あと、せっかくだし、そっちに行っていい?」
「え、ええどうぞどうぞ……って、ええ?」
参謀室の高価そうなふかふかのソファーに腰かけたラピスウィルが、思わず声を上げる。なんと、自分の膝の上に、小さなキララがちょこんと座ったからだ。
小さな身体から感じる体温は、温かかった。
従卒の兵が部屋に入り、ソファーの前にあったコーヒーテーブルにティーカップを置く。リード王国から魔王国に贈られ、キララに下賜されたウェッジウッドのカップ&ソーサ―である。キツネ狩りをモチーフにした絵が描かれている。
そして、従卒がその白いカップに黒い液体を注いだ。
炭酸のシュワアという音が部屋に響く。
どうやら、よく冷えたコーラのようだ。
ラピスウィルがいつか飲みたいと思っていたコーラだが、今はとても飲む気になれない。カップとソーサーに描かれている狩られるキツネの気持ちであった。
「心臓の鼓動が速くなっているよ。どうしてかなぁお姉ちゃん?」
後頭部を、ラピスウィルの胸につけながらキララがその兎の耳を揺らす。
「そ、それは……」
ここ、なんて答えるのが正解なの?
そうラピスウィルが思う。
ただでさえ、いきなり中将に膝の上に乗られ混乱している。
後ろ暗くてビビってるからとか言えないし、なんかそれっぽい理由を……
「私が、ちっちゃい女の子が好きだからです!」
そうラピスウィルが音量調整に失敗した、かなり大きな声で言った。
実際は微妙に子供が苦手である。ラピスウィル本人がクソガキなので。
「失礼ながら、参謀長の小さな身体! 肌に伝わる子供特有の温かさ! 漂うミルクのような匂い! 全てが我が好みと一致し、興奮しているであります!」
「……………………うわぁ」
ラピスウィルの言葉に、キララが素で引いた表情をする。
「お姉ちゃん、最近色々活躍しているみたいだね」
ニコニコと笑顔作り直し、キララがラピスウィルを見上げながら言った。
無垢な笑顔だが、目的のためなら何万の魔族であろうが、解釈違いの魔王であろうが殺す首切り兎の魔族である。
すでに邪魔な魔王軍の上層部の何人かを政治的にハメて、ギロチン送りにして首を切っている。元帥の一人も、懲罰徴兵で二等兵まで落とされた。
どれほど可愛らしく笑ってても、魔族なら誰もが震えあがるだろう。
「活躍だなんて。えへへ、そんなぁ」
一人例外がいた。ラピスウィルが素直に受け取り、嬉しそうに照れる。
「…………ふーん」
予想外の反応に、キララから薄っぺらな笑みが消えた。
だが、不快感ではなく興味の響きが滲んでいる声である。
「そういえば、お姉ちゃん。色々と敗残兵と兵站を集めているみたいだけど、私は参謀長なのに、そんな話聞いてないなぁ」
「それは……」
出た! 予習でやっておいたところだ!
先ほど褒められ(そう受け取った)、多少緊張が解けたラピスウィルが思った。
アヤ先輩の教えを、真剣にゼミっていて良かった。
「近衛は魔王様直轄。指揮系統が違うので、ご存じなくとも仕方ないでしょう」
「それ、お姉ちゃんが考えた言葉?」
「……ッ(ドキィ)」
アヤが考えた答弁をそのまま言っただけなのを、キララに見透かされ、ラピスウィルが冷や汗をかく。
「え、ええ……め、めっちゃ私が考えた言葉です」
「考えた? 今、会話しているのに、あらかじめ答えを考えて用意してたの?」
「え、ええっと……参謀長に失礼がないよう色々考えてたんです」
「…………」
まずったか?
沈黙したキララを見て、ラピスウィルがさらに冷や汗をかく。
「あはは、お姉ちゃん。私のために色々準備してたんだね。嬉しいなぁ」
キララが元通りの可愛らしい笑みを、ラピスウィルに浴びせてくる。
「でもね、魔王様はそんな命令出した覚えはないって言ってたよ」
「…………ッ!?」
そ、そんな……
ラピスウィルが、キララの言葉に衝撃を受ける。
そんなまさか……
この言葉も、アヤ先輩の予想通りだ!
「魔王様の、敗残兵を救えぬかという天声を実行したまでです。まこと魔王様の慈悲は……ええっと、なんかすごく深くて良い感じのものです」
アヤから事前に教えられたセリフを微妙に忘れながらも、魔王に会ったことすらなければ、別に敬意も忠誠心もないラピスウィルがぬけぬけと言った。
「そんな詭弁が通じると思っているのかなぁ、お姉ちゃん?」
「少なくとも参謀長殿には!」
「おっ?」
「参謀長は、魔王様がお忘れになった言葉に従い、この戦争の準備をなさっていたではないですか!」
「うーん、それを持ち出されると、こっちは何も言えないなぁ」
苦笑しながら、キララがカップのひとつを手に取ってコーラを飲んだ。
場の雰囲気も、一息ついた感じとなり弛緩する。
「お姉ちゃん、嘘ついてるよね……」
キララが、突然冷たい声でそう呟いた。
「…………ッ」
背骨に氷柱を突っ込まれたような感覚がラピスウィルを襲う。
想定にない言葉だった。
嘘を追求にされるとしても、もっと具体的なものを想定していた。
な、なんて答えれば……
ラピスウィルが、今までの人生で一番頭を使って考える。
ここで「嘘ついてない」というのは、自分のクズの経験上ダメ。
ブラフかも知れないけど、相手がこっちの嘘を把握してる時がある。
「でも、ここが違うよね」→「じゃあなんで嘘ついてないって嘘ついたの?」ってなっちゃう。そうなったら、最悪。言い逃れ出来なくなる。
かと言って、「嘘ついてた」って認めるのもアウト。
ど、どうすれば……
いやイケる! 私ならイケるよ、ラピスウィル!
今こそクズとして15年間、適当に生きてきた成果を見せる時!
うおおおおおお、大人(※15歳)を舐めるなよ、メスガキ(※25歳)!
こっちは頑張りたくないけど、怒られないよう誤魔化し誤魔化し、騙し騙しのらりくらりと生き続けてきたんだ。貴様らが普通に努力なんかして真面目に一生懸命頑張っている中、ひたすらにその場しのぎを積み重ねてきたんだ!
「あはは、私って結構適当な言い方しますから、そう思われちゃったのかな」
「……へぇ」
ラピスウィルの言葉に、キララが感心したような声を出す。
嘘を認めたわけでも、否定したわけでもない。言質を与えるような具体的な言葉は避け、本人もわかっていない感じも出している。
「こっちの言葉を勝手に嘘認定したそっちが悪いんだぞ! あーあ、嘘つき扱いされた私って可哀想!」という他責感と被害者意識さえ、滲み出ている言葉だった。
これが大人の言い方だ!
思い知ったかメスガキ!
と、ラピスウィルが思う。
彼女の考える大人というものが、社会的に間違っているかどうかは、建前的には間違っていると言えるが、実情に関しては……明言できない。
「どこぞの宗教かぶれのボンクラより上手だなぁ。首を刎ねそこねちゃったよ」
小さな声で、キララが残念そうに呟く。
が、すぐに笑顔を張り付けてラピスウィルを見上げた。
「質問はここまで。お姉ちゃんを罰する理由は、私には何一つないよ」
その言葉に、ラピスウィルがほっとする。
これでようやく、この死地から帰れる。そう思った時だった。
「私、お姉ちゃんのこと気にいっちゃったなぁ。だからね、もっと個人的に色々おしゃべりしたいんだ。お姉ちゃんのこと、もっと知るために教えてほしいの」
「え? あ、はい……光栄っす」
困惑しつつも、ラピスウィルが頷く。内心、早く帰りたかった。
「ほら、せっかくだからコーラ飲んでよ。もっと色々話すために……ね」
「…………ありがたく頂きます」
中将のすすめを、二等兵だろうが大尉だろうが断れるわけがない。
カップの中のコーラをじっと見て、ラピスウィルが考えた。
自白剤かな?
やった、超ついてる!
そう心の中で、ニヤリと微笑む。
さすがに、コーラへの誘導がわざとらしすぎる。
私のケルピーとしての固有能力なら、粘膜に触れさせることなく、胃の中にこの液体を浮かせ続けられる。さも飲んだ感じを出しつつ。
このメスガキが、私に自白剤飲ませることに成功したと思えば丁度いい。
効いてるふりして、あることないこと言っちゃおう。
そうすれば、もっと私がシロっぽい感じになるしね。
ラピスウィルがそう考え、胃液を操作して胃を膨らませてスペースを作りつつ、ティーカップを手に取った。
「え……?」
持ち上げて口元に運んだ時、ボロオとティーカップの取っ手が取れる。
そして、ガシャァァンという音を立てて、カップが砕けた。
「ああ、あたしが大切にしているウェッジウッドのハンティングシーンが……」
感情を込めぬ棒読みで、キララがそう呟いた。
その頭は、ラピスウィルがこぼしたコーラを被って濡れている。
「待って? そんなまさかッ! このタイミングで都合よくッ!?」
このカップが壊れる運命じゃあなければ、細工してあった?
そう考え、狼狽するラピスウィルの膝から、キララがすっと立ち上がる。
「大尉が中将相手に、これはやっちゃったよねぇお姉ちゃん」
「そ、その……それは……」
ラピスウィルが背筋に、蛇が這うかのような感覚を覚える。
「これは、無礼討ちにするしかないよねぇ」
そう呟くキララの右足、その踵から軍靴を突き破って白刃が輝いている。
カルヴァノグの兎の、首切りの刃だ。
「……つぅッ?」
思わず声を上げたラピスウィルの首へ、キララが後ろ回し蹴りで首刎ねの一撃を放った。激しい金属音が、参謀長室に響く。
「あれ?」
そんな声を上げたのは、キララだ。
ラピスウィルの首まで蹴り上げた、自身の右足を凝視している。
その首切りの刃が、ぽっきりと折れていた。
「……石化?」
次にキララが、ラピスウィルを見て、信じられないという顔をした。
右肩から首筋、そして右のフェイスラインにかけて石になっている。
「あ、あれ? 斬られてない?」
無自覚なのか、ラピスウィルもそんな間抜けな言葉を漏らす。
「も、もしかして……」
ラピスウィルが、わなわなと震え始めた。
「私って無敵だったの!? す、すごい……この局面で真の力に目覚めるなんて……あーっはっはっは! 残念だったな、メスガキ! これから大人の力を思い知らせ、わからせてやる!」
怯えから調子に乗るまでの加速が、あまりに速すぎるラピスウィルが叫んだ。
そして右手でキララを指さそうとした時、気付く。
「あれ、腕が動かない? って石になってるぅッ? え、斬撃じゃなくて石化攻撃だったの!? ……あ、はは、さっきは調子に乗ってすみませんでした。じょ、冗談ですってぇ。私みたいなクソ雑魚が、中将サマに逆らうわけないですよぅ」
と、媚びるラピスウィルを無視して、キララは入口へ視線を向けていた。
「やはり、生きていたのですね……」
ドアにもたれかかり、両腕を組んでこちらを見ている者へキララが言った。
短いウルフカットの髪型で、色はド派手なショッキングピンク。
制服は魔王軍二等兵のものである。
「よお、キララ。久しぶりだな」
アヤ・メデューサが、そこにいた。




