第21話 呼び出し
「先輩、生きてたんですね!」
新たに合流した敗残兵たちの中に、見知った顔を見かける。
日に焼けた肌が戻ったラピスウィルが嬉しそうに駆け寄り、抱き着いた。
だが抱き着かれた側は、ちょっと困惑している。
「い、生きてたって……そりゃこっちのセリフだ」
アヤ・メデューサが困惑と嬉しさの混じった声を出す。
彼女の軍服の汚れと、髪から伸びる二匹の蛇の元気のなさが、今までどんな過酷な環境にいたか物語ってた。
(えっと、ここじゃ人目があるので本部の方に来てください……)
そう小さな声で、アヤにだけ聞こえるようにラピスウィルが囁く。
その目には涙が溜まっていた。
(おいおい、泣くなよラピ……)
(いや、その先輩めっちゃ臭くて……臭いが目に染みるんですよぅ)
(……自分から抱きついておいて、お前)
ラピスウィルの性格上、照れではなくガチで言っているのをアヤが察する。頭を叩いてやろうかと思ったが、人目があるので我慢した。
「これは大尉殿! また出会えてうれしいです! ですが、兵の前なので兵と将校の区別をつけ扱ってください。では行きましょう」
色々と察したアヤは、ラピスウィルを上官扱いし、ついていった。
〇
魔王領のとある町。そこ一番のホテルのスイートルーム。
ホテル丸ごと借り上げたラピスウィルは、そこを本部にしていた。
偽軍隊のくせに、いっちょ前に魔王領の精密地図などを張ってある。
「んで、ラピさぁ。なんだよその服? はは、第一嚮導近衛師団の服とはな」
二週間ぶりに風呂に入り、垢と戦塵を洗い流せたアヤがそう尋ねた。
服も新しいものに着替えている。副官の肩章も用意してあった。
「ええっと、まぁ色々とあったんすよぅ……それより先輩は?」
人払いしたスイートルームの広いリビングで、二等兵が語らう。異様に濃くて、異様に甘い紅茶が冷める頃には、双方だいたいの事情を理解していた。
「ラピ、あのあと色々苦労してたんだ。頑張ったな」
戦場と、冒険者による敗残兵狩りというふたつの地獄を潜り抜けたアヤがそう言った。もっとも彼女は5人ほど返り討ちにして、森の中に石像を設置している。
「本当こわかったんですよ~。それに、人が増えても正体明かせないから心細くってぇ……だから先輩、副官役としてずっと一緒にいてくださいよぅ」
「私に軍律違反の片棒担げってか? いいぜ、やってやるよ。面白そうだしな」
ニヤっとアヤが力強い笑みを見せる。二匹の蛇もうんうんと頷いた。
「そんなあっさり犯罪に手を染めるとか、普通に引くんすけど……」
「お前が誘ったんだろうが!」
いきなりハシゴを外したラピスウィルに、アヤがツッコんだ。
「ああ、そうだ忘れてた。お前に渡すものがあるんだった、ラピ」
そう言って、アヤが自分の背嚢の中を探り始める。
「ほら、ラピ宛の手紙だ。お前が行方不明になったあと、お前に来てた手紙は私が預かっててな。いつか会えると思って、持ってて良かったぜ」
「うわぁ、先輩ありがとうございます」
嬉しそうにラピスウィルが、軍事郵便にしては可愛らしい封筒を受け取る。
差出人は、同じクラスの情報通の生徒だった。
「懐かしいなぁ。もう何年も前のことのように感じるっすよ」
と、しみじみとした顔で、いつの間にか遠くなった日常を噛みしめる。
だがその顔が引きつり、目を見開きながら震え始めた。
「おい、大丈夫かラピ? お前の学校か家族のことでなんかあったのか?」
ただ事ではない様子を感じ取ったアヤが、心配そうな顔をする。
「その……先輩……」
ラピスウィルが助けを求めるような目を、弱々しくアヤに向ける。
「先生の一人が、最後まで私の懲罰徴兵に反対してくれたって……」
「ん? いい先生じゃないか。まさか……その先生が罰せられたとか?」
「いや、そういうことは、全然なかったみたいなんですけどぉ……」
ラピスウィルが、何か言いにくそうな顔をする。
少し間をおいてから、口を開いた。
「私、その先生苦手だったから、怪盗の名前に使っちゃいましたぁ……」
「ラピ、お前……」
アヤが普通にドン引きする。
「うう、イシュカ先生ごめんなさーい!」
しばらくラピスウィルが頭を抱えながら慟哭する。
が、途中で何度か冷めた紅茶を飲み、そして何かを思いついた。
「そ、そうだ! 先生への償いに、怪盗イシュカを物凄い大怪盗にしちゃおう! 悪党だけど、なんか少年少女の憧れって感じにするんすよ!」
「それ、償いになってるかなぁ……?」
極めて常識的なことを、アヤが呟く。
「いやだって、ただの泥棒と同名より、なんか世紀の大怪盗と同名の方が嬉しくないっすか? ってか、そういうことにします。それを償いってことにします!」
「クズだなぁ。まぁいいや。ラピがそう望むなら、怪盗イシュカの名と近衛大尉の制服の威光を使って、魔王領中の兵站集積所から銀行から、盗んで盗んでイシュカの名を轟かせようぜ!」
「…………えぇ?」
「だから、なんでお前の発案なのに、お前が引くんだよ!」
〇
ともあれ、アヤはラピスウィルの一味に入る運びとなった。
ここからさらに、ラピスウィルの一味は躍進することになる。
今までは頭数は揃っていても、烏合の衆にしかすぎなかった。
それがアヤが来てから、本物の軍隊のような、いや古臭い魔王軍よりも近代的で洗練された組織に改革されていく。
さらにアヤは各地の銀行について、妙に詳しかった。あそこの頭取が不正融資で金を貯め込んでいるだとか、あそこの銀行の貸金庫に脱税の金塊があるとか。
それらを、怪盗イシュカに狙われているという名目で一時押収し、さらに各地の軍の兵站をいただきまくる。そうやっていると、世間でどんどん怪盗イシュカのイメージが肥大化し、実在性を増す。虚実交わる情報が行き交った。
「近衛が動くほどの脅威なのか」
「あっちの銀行は、金庫の中身丸ごと奪われたらしいぞ」
「新聞に載ってるってことは、本当みたいだな」
「軍隊すら恐れないとは豪胆な」
「でも、人を殺したり傷つけたことはないんでしょう? 華麗なのね」
「馬鹿、泥棒は結局泥棒だよ」
「貧しい者に金を配ってるって聞いたぞ」
「素敵じゃない。どんな方なのかしら?」
〇
ラピスウィルとアヤは時に新しく出来た新聞社に赴き、捜査情報を提供するふりをして偽情報を吹き込んでいく。
特に銀行の表に出せない後ろ暗い金を押収したあと、新聞社にそれを「残念ながら、怪盗イシュカに盗まれてしまった」と言うのが効果的だった。
新聞社がその銀行に真偽の取材に行っても、銀行側は口を濁すばかりだ。
「盗まれてないならそう言えばいいのに、それが出来ないってことは……」
世間はそう受け取り、怪盗イシュカの実在性をより高める。そしてその高まった実在性は、次のターゲットから金品を頂くときに、大変役に立つのであった。
〇〇
「あーはっはっはっはっは! 勝ちまくり! モテまくり!」
金貨が詰まった風呂に入りながら、ラピスウィルがドヤ顔をする。
実際に世間のイシュカ人気を、自分がモテてるように感じていた。
湯舟の周囲には、様々な芸術品や置時計などの高価な品が並んでいる。
「うーん、お金も溜まってきたし何に使おうかなぁ。まずは心配かけた実家に仕送りしてぇ、それからコーラをたくさん買ってぇ、ちゃんと貯金もしてぇ」
世間のイシュカのイメージと程遠い、俗で小物な小娘が調子に乗っている。
「でも先輩、思ったより軍の方がヌルいんすね。銀行の方が手強かったっすよ」
ラピスウィルが傍らにいて、地図と睨めっこしているアヤに声をかける。
彼女は目も眩む大金を手に入れても、普段と変わらなかった。
「今の魔王軍の兵站システムは、最悪だからな……」
どちらかと言えば、苦々しく思ってそうな声でアヤが答えた。
「あれ、そうなんすか? 私らが最初にいた場所、腐るほど糧食ありましたが」
「それが大問題なんだよ。一か所に無駄にするほど兵站送ってどうする。その時点で、もうシステムが破綻してるんだよ」
「ありゃ……」
こういう事態は、近代の軍隊でもよく発生する。
19世紀初めのフランス軍では、とある部隊は餓死者を出しているのに、別の部隊にはありあまって腐らせるほどの食料が送られた事例があった。
軍以外でも、寄付の品などが送られるべきところに届かず、倉庫にずっと眠っていたり、いつの間にか紛失することなど現代でも多発する。
「そういや、最初は当たりだったけど他の集積場は渋いっすからねぇ。あっ、そうだ! 自分らがいたとこ、次に狙います? 顔バレの危険あるけど」
「あそこなら、私らが出発した翌日に壊滅したぞラピ」
「…………え?」
「勇者パーティーにやられたんだ」
実は生と死の紙一重だったことを、あっさりとアヤが伝えた。
「戦線の裏に回り込んだ冒険者の中でも、勇者パーティーは別格だからな。基本的に遭遇=死と思った方がいい」
「…………」
アヤの言葉の最中に、ラピスウィルの顔色がどんどん悪くなる。
「ああ、すまん。怖がらせすぎちゃったな。安心しろ、ラピ。もはや旅団規模になった私たちの部隊には、さしもの勇者も近づかんさ」
「い、いや先輩……そうじゃなくて……」
「どうした?」
ブルブル震えるラピスウィルに、アヤが心配そうに近寄る。
「金貨が重すぎて、下半身が潰れて死にそうっす……」
「……お前なぁ。おいエウリュアレ、助けてやれ」
「いてー」
アヤの髪から伸びる蛇、エウリュアレがラピスウィルの頭に噛みつく。
するとあっという間にラピスウィルは石化した。
これでこれ以上、身体にダメージを追うことはない。
その間に、アヤが金貨を湯舟の外にどけていく。そして、ある程度金貨が取り除かれ、ラピスウィルの下半身が露出したところで、その肩を叩いた。
すると、あっという間にラピスウィルが石像から生身に戻った。
「助かりましたぁ、先輩」
「ったく、これに懲りたら二度と金貨風呂なんてするなよ」
「わかりました! 次は紙幣でやります!」
「…………」
こいつ、懲りてないな……とアヤが思った。
「とにかくあまり調子に乗るなよ。勇者はたぶん大丈夫とはいえ、私たちは今結構危ない綱渡りをしてるんだ、ラピ」
「大丈夫ですってぇ、先輩」
まだまだ世の中を舐めた感じで、15の小娘ラピスウィルが笑う。
「この服見てくださいよ。近衛大尉ですよ、私」
「偽物のな」
「いや、そうですけどみんな信じちゃってるじゃないですかぁ。この大尉サマと、旅団級の戦力をどうこう出来る奴なんていないですってぇ。勇者でも冒険者でも、やれるもんならやってみろって感じですよー」
思い上がり甚だしいラピスウィルを見て、アヤが溜息をつく。
そして、その思い上がりの報いは思ったより早く来た。
ノックの音が部屋に響く。
入室を許可すると、一人の下士官がおずおずと入ってくる。
そして、ラピスウィルにこう告げた。
「あの、大尉殿……軍司令部からの出頭命令です」
「…………え?」「………………」
ぽかんと間抜け面をするラピスウィルと、沈黙するアヤ。
「キララ参謀長が、大尉殿にお話しがあるそうです」
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