第17話 決着
※暴力描写と、流血シーンがあります
「少年よ、魔王を殺そうとするか。不届き千万……」
老いた魔王が力強く言った。
そして自身の玉座に御座しながら黒髪の少年、太郎へ視線をやった。
魔王としての威厳が、全身から溢れている。
「魔王を討ち倒そうとする愚かな者よ、汝が名の名乗れ」
「太郎……」
「なるほど、良き名だ。聖剣王は、素晴らしき子孫を残したな」
人の良さを隠しきれてないが魔王が、魔王としての威厳を保とうとした。
「さて……どうしたものか」
魔王が太郎の黒いパーカーを見つめながら考える。
だぼだぼで、ゆったりとした黒い服。
当然、隠し武器があるだろうが、様々な匂いのせいでわからない。
血脂やら、この前の落書きに使われた塗料のキツイ匂いに他にも。
現状では、判別不能か……
神狼フェンリルの血を引く魔王の鼻でも、匂いの種類が多すぎて今は素手の太郎がどんな武器を使うか予想出来なかった。
もちろん、あらかじめプルムが仕掛けておいたことだ。
〇
やれやれ……やはり、ちょっと怖いな。
そう魔王が思う。
小さい少年を前にして、実は内心魔王が震えていたと知ったら、魔王原理主義者のキララ参謀長あたりであれば、狂うほど激怒しそうだ。
だが、目の前の少年はあの聖剣王の末裔。
当然、『神速』のスキルは受け継いでいるだろう。
対して、こちらの魔王としてのスキルは、この戦闘中は使い物にならない。
どれほど強力で狂暴なモンスターであろうが、従わせたり、人化させられるといっても、そもそもモンスターがいないのだ。
この身に流れる、フェンリルの血で勝負するしかない。
だが残念なことに、匂いを感じ取ることはもう封じられてる。
魔王の始祖ツチサトは、強烈な光で聖剣王の視力を奪い、さらにはその隙に双眸を切り裂いて光を完全に奪って勝ったそうだ。
だが、太郎もそのことを知っているだろう。
対策は当然しているだろうし、そもそも準備不足の儂に閃光弾などはない。
近づかず、腕力差を生かして、遠距離から投擲し続けるか?
いや、相手に飛び道具があるかわからない。
それに、その程度のことを思いつかぬほど愚かではないか……
何より、時間は儂に味方をしない。
ここに勇者が現れる可能性が、刻一刻と高まっている。
マリーナ姫は、助太刀をよしとしない人間であることを知っているが、勇者がどのような人間か儂は知らない。助太刀上等ならば、不利になる。
ゆえに、距離を取って遠くからチクチク攻撃するのは、賢い選択肢ではない。
至近距離での短期決戦しかないか。
あの神速のスキル相手に?
「ははは……悪い冗談だな……」
冷や汗をかきながら、魔王が呟いた。
赤毛のツキノワグマ紅葉と違い、魔王には太郎の神速に関する知識がある。
時間の浪費に焦りながらも、慎重に考えて考えて考え抜く。
今考えなければ、もう二度と考えることなどできなくなってしまうからだ。
そして、その脳裏に閃きが走った。
決して必勝の策とは言えない。なんなら、愚策かも知れない。
それでも、無策で神速相手に突っ込むよりは、はるかにマシであった。
「太郎くん、神速の君相手にこんなものをつけていては、とても速さで敵う気がしない。脱ぐ時間を与えてもらえるかな?」
「…………(こくん)」
「感謝する」
魔王が立ち上がって玉座の裏に回り込み、服を脱ぎ始めた。
玉座の裏に行ったのは、太郎が万が一不意打ちを仕掛けてきても、玉座が多少の妨害になってくれるからである。
もちろんそれは杞憂で、太郎はただじっと見守っていた。
魔王が上半身に身に着けていたもの、全て脱ぎ捨てる。
すると老境の身とは思えぬほどの、逞しい肉体が現れた。
鍛えているわけではないが、フェンリルの血のおかげかこのような肉体が老いてもなお保たれている。
魔王の二の腕の筋肉が、さらに膨れ上がった。
「ぬうううう!!」
両の手で、魔王が重い玉座を持ち上げていたのだ。
勇者ほどの怪力ではないが、それでも牛5頭よりも膂力がある。
「ゆくぞ、聖剣王!! 魔王の一撃、受けてみよ!!」
その言葉と同時に、魔王が階段下の太郎に向かって思いっきり玉座を投げた。
狙いは太郎ではない。
その眼前の、階段の段差だ。
「……ッ」
激しい破壊音と共に、玉座が砕け散る。
砕けた木材は尖った槍の散弾となり、太郎に襲い掛かった。
太郎と反対方向に飛んだ破片も、階段の段差で反射して一部は太郎に向かう。
だがその木の散弾を、神速の太郎は易々と避け……
「ああっ!」
声を上げたのは、ラピスウィルだった。
破片を避ける際に、少し体勢を崩した太郎に魔王が肉薄している。
「がぁッ!!」
獣の断末魔のような声を魔王が上げた。
その頬には、木材の破片が突き刺さっている。
他にも、体中の様々な箇所に玉座が砕けた木片が刺さっていた。
魔王は玉座を投げると同時に、その破片が自らの肉体を襲うのも構わず同時に攻撃を仕掛けていたのだ。
そしてその攻撃は……
「蹴り?」
プルムも思わず、ラピスウィルと同時に声を出していた。
まるで、特撮ヒーローのようなキックを、魔王は玉座のあった小高い場所から、階段下の太郎に向けて放っていた。
その右手は自分の首に巻きつくように、左手は心臓を守るように胸の前にある。
これで、少なくとも命には届かない。
蹴りが太郎に当たる直前、魔王がそう思った。
いかなる隠し武器があるかわからぬが、大型の武器ではない。
首と心臓さえ守れば、即死させられることはない。
右手は、脳へ至る延髄の裏まで伸びて守っている。
骨まで切り裂き、貫く武器がなければ死にはしない。
だがもし、太郎がそんな武器を持っていたら……
さぱっと死ねば良し!
そして、蹴りを選んだのにも理由がある。
両手は防御に回したい。
それに蹴りなら単純に攻撃に用いる箇所が、急所の首や心臓から遠いからだ。
さらに……
「…………」
プルムの網膜に、何かが映る。
太郎に魔王の攻撃が届く前の一瞬。
ほんのわずかな時間であったし、本来なら動体視力が良くないのに、プルムにその姿がくっきりと認識出来た。
だからこそ、奇妙なものを感じた。
閃光のような思考が、プルムの脳を駆け巡る。
靴を……履いてない?
太郎へ蹴りを当てようとする魔王の姿が、先ほど見た姿と違った。
玉座の裏で上着を脱ぐ際に、こっそり靴も脱いでいたらしい。
いや、そもそも上着を脱ぐ行為自体が、靴を脱いだこと誤魔化すためのもの。
階段の上にいたので、こちらからは魔王の足元が見えていなかった。
でもなんのために?
時が止まったかのような世界の中、プルムが考える。
そして、その目が答えを見つけた。
爪だ!!
魔王が、今プルムが考えていることと同じ単語を心の中で叫んだ。
この指先より生える、フェンリルの爪を使うためだ。
もし紙一重で我が蹴りをかわしても、この爪が皮と肉を切り裂いて、臓物をぶち撒けさせるだろう。
神速を持たぬ魔王であったが、極度の集中と、正死を分ける狭間だからか、世界がゆっくりとスローモーションのように見えた。
届け!
届け届け届け届け届け届け届け届け!
この全てを懸けた蹴りを、届かせてみせる。
あと5センチ……3センチ……1センチ……
触れた!
服に触れた!
指先に、布の感触が伝わってくる!
もう、ここから回避するのは、いかに神速といえど不可能!
いっけええええええええええええええッッッッッッッ!!!
〇
「う……わっ……」
魔王と太郎が交差したのを見て、ラピスウィルがぽかんと口をあけた。
双方、無言で直立して動かない。
だが、数秒後……
「聖剣か……」
そう呟いた魔王が膝から崩れ落ち、そのまま膝立ちの姿勢になった。
その両膝の少し上と、両肩の付け根が切り裂かれている。
足の大腿四頭筋腱と、肩と上腕骨を繋ぐ各種の腱を切断されていた。
もはや、両手両足は動かない。
首と腰を動かし、魔王が後方の太郎を確認する。
その右手には、刃渡り15センチほどのナイフがあった。
淡く赤熱化し、魔力を発している。
その魔力を魔王はよく知っていた。
「先祖の秘宝たる聖剣を短剣に加工するとは……やるな、太郎くん」
もはや動けぬ魔王がそう言ったあと、考えた。
しかし、本来の聖剣より威力が弱いな?
刀身が短くなったから、先端の速度が遅くなるからか?
それとも、剣自体が小さくなったためだろうか。
戦闘中であったが、魔王がそんなことを考えてしまう。
手足も動かせぬ状態なのに、そのような余裕があるには理由があった。
届いた。
確かに我が蹴りは、あの聖剣王の末裔の胸、その中央に届いた。
この足に、その感覚はしっかり残っている。
胸骨が、砕ける音もはっきり聞いた。
儂はこれから、マリーナ姫と勇者に殺されるだろう。
だが、最後に……魔王としての戦いを成し遂げたのだ。
もう、満足だ……
そう魔王が思い、正面を向きなおし感慨に浸っていると、信じられぬ音が鼓膜に届いてきた。
「こほ……こほ……」
太郎が、小さくせき込んでいるのだ。
だからこそ、おかしかった。
胸を切り裂かれ、胸骨砕かれた者が出す音ではない。
「え……?」
魔王がふりかえり、せき込む太郎を見る。
そして、視線を膝立ちになり後方へ伸びてる自分の足へ向けた。
砕けていた。
そのフェンリルの爪が砕け、中指の爪に至っては剥がれ落ちている。
興奮状態のため、今まで痛みを感じてなかったようだ。
そして先ほど聞いた太郎の胸骨が砕けた音と思ったものは、魔王自身の爪が砕ける音だったらしい。
「まさか……それも聖剣か……?」
足の指先から激痛を感じ、精神性ではないべたついた脂汗をたっぷりかきながら魔王が声を漏らす。
その視線の先で、太郎が振り返りこちらを見ていた。
黒いパーカーが胸のあたりで切り裂かれている。
そして、その下がキラキラと光っていた。
何枚もの、金属片が連なって防具となっていたのだ。
トランプのカードを二回り小さくしたサイズの金属の薄い板。それらをケブラー繊維で繋ぎ合わせて、胸から腹にかけてをカバーしている。
着籠腹当────鎌倉や室町の世の簡易防具である。
下級兵士の鎧ではあるが、軽量ゆえに貴人が衣服の下に着込むこともあった。
その着籠腹当を、聖剣を切り出した金属板と、最新の防刃繊維で作ったのだ。
さらには、プルムが太郎のため、その下に衝撃吸収用のケブラー複合素材を用意してあった。
太郎の体捌きによって威力を大幅に軽減されていたのもあったが、魔王渾身の蹴りの衝撃と、フェンリルの爪の斬撃は、この聖剣の着籠腹当にて防がれていた。
太郎には、軽くせき込む程度のダメージしか入っていない。
あの聖剣の鎧さえなければ……
そう魔王が思ったが、すぐに考えを改める。
いや、違うな。
あれがなくとも、儂は敗北していた。
何故なら、太郎という神速の少年には、儂の四肢全てを斬らずに、一肢あきらめれば余裕で蹴りをかわせたのだ。
それでも、三肢動かぬ儂にとどめを刺すのは容易い。
あの子は冷静に、「この程度の蹴りなら自分の攻撃を諦めず、食らっても問題ないな」と判断したのであろう。
完敗……だ。
「…………」
どこか満足気な魔王に、太郎が横から近寄る。
そしていつの間にか拳銃を抜いて、魔王の頭部に向けていた。
古いリボルバーだ。
魔王が一度、それをちらりと見る。
「それも聖剣が使われているな」
「……うん」
太郎が素直に答えた。
「初見の武器だが、儂の命を奪うには十分なのが伝わってくるよ……しかし」
「…………」
太郎はすぐ発射せず、魔王の次の言葉を待った。
「見事だが、哀れだ……」
これから殺される老人が、本心からそんなことを言った。
太郎は表情は変えないが、少しだけ上体が後ろに下がったように見える。
「儂の四肢を切り裂いた斬撃……あれは神速のスキルだけで成し遂げられるものではない。君が、どれほど修行したか……どれだけ多くのものを失ってきたか……伝わるには十分だったよ。そんなに……幼いのに…………」
「…………ッ」
太郎が少し、顔を強張らせる。
泣いていた。魔王の目から涙が零れ、床に落ちていく。
死を恐れた涙ではない。
これから自分を殺すものを、憐れんだ涙だ。
「我が祖が、君の祖から光と聖剣を奪い、追放したばかりに……」
そして何度も「すまなかった」と呟いた。
「儂らは……生まれてくるべきじゃなかったのかも知れないな」
「…………」
「やってくれ、太郎くん」
その言葉が終わると同時に、太郎が引き金を引く。
弾頭に聖剣を使用した銃であった。
剣になしえぬ高速を与えられたそれは、箒星がごとく輝き、魔王はおろか魔王城の大理石の壁も軽々と貫通していく。
超高熱の弾丸を発射した銃身もまた、高温で赤く輝いていた。
聖剣の弾丸を受けた魔王の身体が、ゆっくり後ろに倒れていく。
その姿を、太郎は何も言わず見ていた。
〇
「殺したの、太郎?」
近づいてきたプルムが、いつもより少し小さい声で尋ねる。
「…………(ぶんぶん)」
太郎が首を横に振った。
「え?」と声を出したプルムが仰向けになった魔王を見ると、その両目は確かに痛々しく聖剣弾によって削られ、焼き爛れていた。
だが生きていた。
呼吸しているのがわかるし、脈を確かめると確かに心臓は動いている。
だが、至近距離で顔面に聖剣弾を受けたので、気絶はしているようだ。
とはいえ、命に別状はない。
脳に損傷はなく、両目だけ奪われていた。
「なんで……」
「殺さなかった……か……?」
いつもプルムに何が言いたいか読まれているのを、逆に太郎がやる。
「報恩と……報復……」
それだけ太郎が言った。
その言葉を聞いて、プルムが納得したように「うんうん」と頷いた。
「なるほど。先祖が目を潰され追放されたわけだから、殺すまではやりすぎって思ったのね」
どこか嬉しそうなプルムに、太郎がすっと聖剣ナイフの柄を向ける。
「とどめは……プルムが刺す……?」
「この流れで出来るわけないでしょうが!」
プルムが思わず大声を出した。そして「怖いわ~、最近のキッズ怖いわ~」と呟き、魔王をどうするか考える。
いくつかアイディアはあるが、少なくとも魔王軍側の協力者は必要だ。
「ねぇ、ちょっと」
プルムがラピスウィル大尉に声をかける。
「ひぃいいいいいい! こ、殺さないでくださいー!」
「だから、この流れで殺すわけないでしょって……」
ビビッて震えるラピスウィルに、プルムが呆れたように近づいた。
落ち着かせようと思ったのだが、ラピスウィルはさらに怯えしまう。
「色々と失礼なこと言って申し訳ありませんでしたぁああ~」
「それに関しては、あんた本当に失礼なこと言いまくってたけど……」
「な、なんでもしますからッ! い、命だけは助けてくださいいいッ!」
「ん? 今なんでもするって言ったわよね?」
泣きわめいてビビってるラピスウィルが、最初はウザかったが、プルムがだんだん面白く思えてくる。
プルムがいたずらっぽい笑みを見せ、こう言った。
「なんか、あんたの秘密を教えなさいよ」
「はひ?」
すっかりマリーナ姫モードをやめたプルムに、ラピスウィルが首を傾げる。
「ほら、私たちはここにいたことを黙っててほしいけど、あんたが言わないかどうか信用出来ないわよね?」
「わ、私は今まで嘘とかついたことないっす! 全面的に信用してください!」
「……そーゆートコが信用出来ないって言ってんのよ」
ふぅ、とプルムが溜息をついてから続ける。
「だからこそ、あんたの人に言えない秘密を教えてほしいの。お互い秘密を共有すれば、相手の秘密をバラせないわよね。自分の秘密もバラされちゃうから」
「はぁ……わ、私の秘密っすか……」
ラピスウィルが「うーんうーん」と唸る。
プルムとしては、別に大した秘密なんてなくても構わなかった。少しイジワルしたかっただけである。可愛い子から、もし秘めた淡い恋心とか、ちょっとエッチな秘密とか聞き出せたらラッキー程度に思っていた。
「そ、その大した秘密じゃないかも知れないんですけど……」
自信なさそうにラピスウィルがプルムの目を見つめる。
そしておずおずと続きを述べた。
「怪盗イシュカって私のことなんすよね」
「…………え?」
プルムがきょとんとする。
「すみません、全然大した秘密じゃなくて。え、えへへ……」
「ちょっと待って? なんか予想外の爆弾投下されたんだけどッ?」
目の前で卑屈なへつらう笑みを見せる青髪少女を見て、プルムが思わず大きな声をあげた。
面白かったらモチベと励みになりますので
ブクマや★評価してくださるとうれしいです。




