第16話 魔王降臨
「少年よ、魔王を殺してくれるか。感謝する……」
老いた魔王が力なく言った。
そして自身の玉座に御座す黒髪の少年、太郎へ懇願するように視線をやった。
もはや魔王としての威厳など、何もない。
世界の全てが、この老人の死を望んでいた。
この老人が死ねば、全てが上手くいき平和が訪れる。リード王国も、魔王軍上層部も、彼の死を願っている。何より魔王自身が自分に絶望し死を望んでいた。
「魔王の姿ですか、それが? 無様ですね、おじ様」
プルムこと、マリーナ姫が呆れたような顔で言った。
「まぁ、魔王のおじ様が自身にもこの世界にも絶望する気はわかります。私だってリード王国の王女という立場上、残念ですがおじ様の死を望んでいます」
「マリーナ姫よ、この哀れな老人をそういじめんでくれ。敵からも味方からも、そして自分からも死を望まれるだけのこの身を、なお虐む必要があろうか?」
弱々しい魔王の言葉に、プルムがはぁとため息をつく。
「イジメますよ。あまりに身勝手ですから見ててイライラします」
「え?」
プルムの言葉に、魔王が首を傾げる。
「確かに魔王国は敗色濃厚で絶望的な状況。リード王国も、魔王国の上層部も『さっさと魔王死んでくれないかなぁ』という共通意識を持っています。でもね、そんな中でも必死におじ様を、魔王陛下を救おうと戦う者がいるじゃないですか」
プルムが、ここから見ることは出来ないが魔王城の東門の方へ視線をやる。
「今、勇者と命を懸けて戦う少年将校たち。そして……」
「儂の……娘か……」
そう魔王が呟いた。
魔王の娘の第三師団は、今まさに10倍以上のリード王国軍相手に籠城戦を繰り広げている。
「その人たちのことを考えず、『みんな死ねって言ってるから死ぬもん』だなんて哀れや無様を通り越して、苛立ちますね。もはや魔王ですらないカスです」
「……マリーナ姫」
「こんな無様な子孫が現れるなら、初代魔王ツチサトはこの玉座を聖剣王から奪うべきじゃあなかったですね。聖剣王の末裔の、この子こそ玉座に相応しい」
そう言って、玉座に腰かける太郎の頭をプルムが撫でた。
「ふ……ふふ……」
プルムから罵倒を浴びせられ、魔王の口から笑い声が漏れる。
「マリーナ姫よ、数々の暴言……感謝する」
魔王の声の雰囲気が変わった。
いや、声だけではない。発する空気や匂いが変わり、その身体が大きくなったように感じられる。初めてこの魔王から、覇気のようなものが溢れていた。
「儂が何者か、ようやく思い出せたよ」
「初めてお会いしましたね、魔王様」
強い笑みを浮かべる魔王に、同じくプルムが笑みで返す。
「ちょっとぉ、お姫様! めっちゃ悪口言うから魔王様が怒っちゃったじゃないですかぁ! もーッ!」
「え?」「な?」
が、二人の王族の笑みは青髪の少女の言葉によって、消え去った。
ラピスウィルがぷんぷんと怒っている。
「ってか、言い過ぎっすよ。魔王本人のことじゃなくて、先祖のことまで悪く言うなんて、酷すぎません? ほら、謝って! 魔王様に謝ってくださいって!」
「い、いやラピスウィル大尉……そういうことじゃなくってな……」
魔王が困惑する。覇気など、どこかに消し飛んでいた。
「え、えっと……ごめんなさい。ご先祖様の悪口言うのは言い過ぎでした」
プルムが素直に謝った。
「うんうん、それでいいんです」
満足そうに頷いたあと、ラピスウィルが今度は魔王に視線を向けた。
「ほら、魔王様も。あっちが謝ったんですから」
「え、えっと……こっちもヘタレててごめんね!」
魔王の口から少し間抜けな声が漏れる。
「あと二人とも私にも謝ってくださいよー!」
「???」「???」
そんなラピスウィルの言葉に、プルムも魔王も困惑し、困ったようにお互い顔を見合わせてしまう。
「ほら、さっきお姫様が言った『魔王様死んだら嫌だなぁ』一覧に私入ってなかったじゃないっすか。いちおう私も、魔王様死んだらちょっとヤだなぁくらいには思ってますよ! かわいそーだし。それに魔王様も、たぶん自分のこと思ってる連中の中に私はカウントしてなかったでしょ! だから謝ってください」
言うほど魔王を想ってるか怪しいラピスウィルが、不満顔を見せる。
「そ、その……数に入れてなくてすみませんでした」
「ぶっちゃけお前のこと普通に忘れててごめん……」
その後、しばしの沈黙。
王族二人に謝罪されて満足そうな顔をしているラピスウィルと、無表情な太郎はさておき、プルムと魔王は気まずそうな顔をしていた。
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
「……………………………………………………(どうすんのよ、この空気)」
とプルムが思ったあたりで、魔王が口を開いた。
「今思えば、さっきの儂もちょっと無理していたな」
覇気はないが、弱々しくもない自然な声。
「長々と話していたが、いい加減決着をつけよう。我が祖に打ち倒されし、聖剣王と勇者王の末裔よ」
「ええ、おじ様。ではまずは、どうぞ玉座へ」
「良いのか、マリーナ姫?」
「私たちは500年前に負けた挑戦者側ですから。下座から挑まなくては」
そう言ったあと、プルムが玉座に座っていた太郎に視線をやる。
「移動しましょう、太郎。この魔王の玉座は、あの人のものよ」
「…………うん」
太郎が頷き、素直に立ち上がる。
そして二人で、玉座から謁見の間に続く短い階段を下りた。
「楽に勝てる状態だったのに、変えちゃってごめんね」
階段の途中で、プルムが太郎にそう言った。
無抵抗に死を望んでいた魔王に、喝をいれて戦う気力を思い起こさせたことを言っている。見ようによっては、圧倒的有利な状況を自ら捨てた愚行だ。
これはプルムが、利と理のみに生きる者ではないということを表している。
「勝ち確の楽勝ムードを変えちゃったのは私だしね、太郎~、あんたが死んだら私も死ぬし、手を失ったら私は自分の手を切り落とすわ」
あっさりと物騒なことを言うが、こういう時にプルムは真実しか言わない。
「別に……いい……」
プルムの責任を取ろうとする言動に、太郎が首を横に振る。
「なにも……変わらないから……」
そう言って、太郎が階段の下で止まる。
プルムだけがさらに真っすぐ歩を進め、玉座に向かう魔王と交差した。
「無防備に儂の横を通っていいのか、マリーナ姫よ」
「わたくしはおじ様のこと、信じていますから」
「そんなこと言っていいのか? おじさんという生き物は、魔王であっても若い娘からそう言われると、カッコいいとこ見せたくなって頑張ってしまうものだぞ」
「大丈夫です。私の剣の方が、カッコよくて素敵ですから」
そう言って、プルムが振り返って太郎に視線をやる。
その時であった。
「今だ、魔王様! そいつ捕まえて人質にしちゃいましょう! 馬鹿だから、余裕こいてノコノコ近づいた今がチャンスっすよ! やれー! やっちゃえー!」
そんなラピスウィルの声が聞こえた。
魔王が少し恥ずかしそうな顔をして、呆れた声を漏らす。
「あいつは、本当に……」
「あの子から応援されても、頑張れます?」
「それはちょっと怪しいかな?」
苦笑しながら、魔王がプルムに答える。
これが、この二人の最後の会話になった。
そのまま二人はすれ違い、プルムがラピスウィルの元まで来る。
眼前に来たプルムに、ラピスウィルが気まずそうな顔をした。
「あの……え、えっとぉ……冗談ですってぇ。ちょ、ちょっと場を盛り上げようとしたネタなんですってぇ。あ、あはは、本気にしちゃいました?」
「いいから、あの二人をちゃんと見ていなさいラピスウィル大尉」
ぴしゃりと叱るようにプルムが言った。
「魔王と聖剣王の末裔の戦い、おそらく一瞬で決着がつきます」
〇
その頃、勇者は……
「また同じ場所です! 流石は魔王城!! 惑わしの結界とは!」
気絶したロロ少尉候補生の身体を抱えながら、魔王城を駆け巡っていた。
なお、魔王城に結界のようなものは、ない。
悪女になりきれないお姫様プルム。
面白かったらモチベと励みになりますので
ブクマや★評価してくださるとうれしいです。




