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Solomon's gate (試作_3回目失敗)  作者: にしてつ
2章 義勇に起つ
22/28

21 避難民の二日目

 アイルは夜明け前に目が冷めた。紫ががかった雲が夏の高い空に遙々と尾を引いていた。

 アイルは昨日の焚き火の後に薪をくべて火をおこした。そして土瓶を火にかざして昨日の出がらしのお茶を出した。彼は斜面の石に座って朝方の冷たい風に当たりながらお茶を飲んでいた。高山地帯の朝方は夏でも冷え込んだ。遠くにはカマラン山脈の威風堂々たる山並みが空と地上の境界線を欠けた刃のように刻んでいた。

 テントから一人のエルフが這い出てきた。彼はエルフらしい柔らかな金髪をエルフらしからぬ短髪に刈り込んでいた。

 彼は城門前の戦闘でアイルを救ったエルフだった。

「おはよう」アイルは声をかけた。

「おはよう」彼は応えた。彼は伸びをしてアイルの隣りに座った。

「昨日の戦いでさ」アイルは城門の方を指差しながら言った。「俺のこと助けてくれたよね」

「まあそこら辺はお互い様だから」

「俺はアイル。君は ?」

「ジョシュア」

「あの後さ、俺がぶっ倒れてからどうなったの」

「あの後は北部連隊が北から帰ってきて挟み撃ちにした」

「 へえそうだったんだ。じゃあ俺が頑張んなくても勝ったんだね」

「まあいきなり死んでたからね」

「はははは。毒舌だね」

 アイルは笑った。「君の剣見せてれない?」

「いいけど」ジョシュアは遺跡の中に入り細剣を持ってきた「これ」

 アイルは剣を引き抜き朝日の陽光に照らした。細く美しい一閃の刃が夜明けの茜色の光を反射した。金細工の持ち手がなめらかな曲線で照らされていた。

「すごい綺麗な剣だね」アイルは細剣を軽く振った。朝の青い空気に凛とした刃は風を受けて軽やかにしなった。

「あの戦い見てておもったんだけどさ、君すごいかっこよかったよ」アイルは素直な感想を述べた。そして続けた。「ところでさ、俺らも君らも全然金ないじゃん。でとにかく稼がなきゃ食ってけないわけだけど、職人ギルドなんて入っても最初は親方の手伝いとかで全然金なんか入んないわけ。ところで君は剣が使えて魔法も使える。そこで提案だけどさ、一緒に義勇兵団に入ってみない?」

「義勇兵は俺も考えたけど…」ジョシュアが言い淀んだ。「ただ団令がね。拒否できないっていうのは…」

「なるほどね、確かに。でもまあ考えてみてよ」

 二人は出がらしのお茶を飲んで佇んでいた。遠くで朝の鐘がなり老若男女がテントから起き出した。


 陽が高くなり山の斜面が明るい陽気に包まれたころ、ドワーフ達が荷物を背負って坂道を上ってきた。屈強な人体に体の2倍はあろうかという大荷物を下げて彼らは進んできた。彼らはエルフの住居のさらに上方、斜面沿いの家々と洞窟があてがわれた。荷降ろしをしている彼らのもとへゴードンが挨拶に向かった。ゴードンは暫定的な村のリーダーになった。荘厳な髭を蓄えた屈強なドワーフたちに囲まれていたが、ゴードンの分厚い体は彼らに見劣りしなかった。アイルはそのことに誇らしくなった。

 いまひとりの若いドワーフが坂を降りてアイルの方へ向かってきた。

「おい」彼は言った。「助かった。ありがとな」

「ああ」アイルは笑顔で答えた。他の者は一体なんのことか得心が行かなかったようだった。そのことが余計にアイルを満足させた。彼は坂の途中でジョシュアとも何か話していた。彼らは若い身に戦場の絆を感じた。


 ドワーフの青年はトグマと名乗った。ドワーフ達はいま遺跡の外壁をハンマーで叩いて反響音を確かめていた。遺跡がどれだけ建築物として劣化しているのか念入りに確かめてから補修に入るらしい。ドワーフらしい気の長いやり方だった。エルフやトリコロ村の人間たちも彼らに倣う事にした。ドワーフに遺跡を調べて貰う代わりに彼らは3日分の食料を用意することになった。


 そんなわけで今日一日暇が取れた彼らは釣りに出かけることにした。

 アイル、ルイ、ジョシュア、そしてトグマもついてくることになった。

「トグマは家の補修手伝わなくていいの?」アイルは金槌の音が響く上方の遺跡を指差しながら言った。

「おれはああいうのは好かん。戦士だからな」トグマは応えた。3人は特に追求しなかった。

 アイルは村から持ってきた4本の釣竿をもって出かけた。


 彼らは城門を出た。門前には馬車を引いた商人の群れが列をなして並んでいた。昨日の今日で前線基地までやって来て商売する彼らの商魂には恐れ入った。

「両替商来てるよ」アイルはジョシュアに言った。

 門を出てすぐにアナトマ川の鷹揚とした流れが広がっていた。人間界の争いごとなど露知らず大自然はあるがままの姿で何千年も変わらぬ営みを続けていた。夏の草むらは日差しを浴びて美しい緑を一面にたたえていた。しかし川辺は臭かった。土手の上流ではオークの死体が燃やされて荼毘に付されていた。煙とともに肉の焼ける甘ったるい匂いが漂ってきた。彼らは下流へ移動した。

 アイルは道ばたの草むらのふくらみに目をつけた。霜をつけた土のようにこんもりと盛り上がりザクザクとした穴の空いた乾いた土の盛り上がりがあった。もちろん夏の朝方に霜など降りるはずはなかった。アイルは短剣の鞘で乾いた土をえぐった。すぐ下はしっとりと湿った豊かな土壌だった。土から大量のミミズが這い出てきた。

「お~」アイルはひとりにやにやした。大量のミミズを確保すると彼らは土手の下に降りていった。土手の草むらはっまだ朝露の残りに湿っていた。彼らは小さな流れ込みの淀みまで歩いていった。

「岸に近づきすぎないで」アイルが注意した。彼らは草むらのなかで針にミミズをつけた。意外と硬質なミミズの感触にアイルは期待を膨らませた。これは”いいミミズ”だ。竿先だけ水面にだして淀みに餌を投入した。すぐに反応があった。

「よっ」トグマが勢いよく竿を立てた。水中の重さに竿は小気味よくクンクンとしなった。

「ナマズかな?」アイルは竿の動きを見て言った。

 葦際の奥の水中から魚を引きずり出すと、果たしてそれはナマズだった。ピチピチと爆ぜるような音を立てて草の上でナマズは跳ねた。アイルはスカリにナマズを入れて水中に放った。

「よくわかったね」ジョシュアは言った。

「特技だからね」アイルは応えた。

 彼らは3時間ほど釣りをして11匹のナマズを釣った。アイルはホクホク顔で足を踊らせながら家路についた。あまりの喜びように他の3人までつられて笑った。


 昼間はアイル達の住居の遺跡の中庭で作られた。大きな竈が修理され真ん中で煮炊きの雑炊が振る舞われた。エルフたちは森の奥でシソの葉を取ってきた。あいかわらず具の少ない雑炊だったがシソの香りに食がすすんだ。ナマズはまたぶつ切りにされスープにされた。女衆が下町の店から使われない鶏ガラをたくさん確保してきた。鶏の脂が浮くナマズのスープは滋養たっぷりで身体に染み渡った。


 アイルたち四人はブリスコー全体を回ってみることにした。

 彼らは川を遡って水源を見に行った。川は山間に入るとすぐに細くなり時々地下に隠れた。か細く流れる水源の最上流には古代文字が掘られた石柱が立っていた。さらに山を上ったが急峻な崖になっていたので彼らは引き返した。

 彼らは谷を下りアイル達の住居の反対側、つまり西側の斜面の尾根伝いに歩いた。街の西側には古くから住人が住んでいるのだろうか、屋根は補修され赤く統一された色で塗られていた。洗濯物が紐にくくられて風になびいていた。アイル達はまだ風呂に入っていなかった。エルフたちは着替えも大して持っていないのではないか。下町まで降りたら両替商をのぞいておこうとジョシュアに話した。

 さらに尾根を進むと職人街があった。屋根の煙突からもうもうと白い煙があがっていた。日干し煉瓦が広場一面に干してあり、焼いた屋根瓦がその横にきれいに並べられていた。アイル達の耳に鉄を打つ金属音が聞こえた。入り口から赤く光る鍛冶屋の作業場が見えた。

「ルイは鍛冶屋で働くの?」アイルは聞いた。

「さあわからない。よその街では最初は見習い仕事からさせられるらしいから」ルイが答えた。ルイは幼い頃から鍛冶場で働いており焼きも研ぎも納めていた。アイルは外の世界の刃物をいくつも見たことはあるが、ルイの技術は生半可な職人より腕は上だと思った。。それが見習いの坊主と同じ場所から始めるというのはやる気もでない話だろうとアイルは思った。

 かれらは職人区と下町の間のスラム街にたどり着いた。

 飲んだくれのおっさんどもが昼から石畳に寝そべって豪快にいびきをかいていた。

 ここは見習い職人や流れ者が住み着く日陰の街だった。金のない新参冒険者や傭兵稼業の 荒くれ者もこういう界隈に好んで住んだ。血と喧騒が渦巻く下っ端地区は好むと好まざるとに関わらずどんな都市にも存在した。

 この危険な街をいまひとりの女子がふらふらと歩いていた

 女は見習い魔法使いの軽装をしていた。ここからかなり東のバルバラにある魔術学校の支給服だった。バルバラはここから東のアナトマ川の上流域にあり、ブリスコーより先にオーク共の襲撃を受けたらしい。彼女は革の鞄を肩から下げて不用心に歩いていた。それはこの汚い路地裏には不釣り合いな格好だった。

 彼女の後ろを男がゆっくりと付けていた。男は女の手提げかばんを狙っていた。

 アイルは斜面を駆け下りた。その時男がかばんをひっつかみ女を引き倒した。そして彼女の腹を蹴り上げた。女は痛みにかばんから手を離した。男がかばんを抱え走り出した瞬間、アイルは男の肩を掴み拳でその顔面を撃ち抜いた。

 男は鼻血を吹いて尻もちをついた。

「消えろ」アイルは一言言った。男は足をふらつかせながら走り去った。

「お前なんて格好してんの」アイルは怒気を込めて言った。「金見せびらかすような格好でうろちょろするな」

「あ・・・うっ・・・ごめんなさい」女は消え入りそうな声で答えた。

「まあまあ、よくわかってなかったんでしょ」ジョシュアが女を助け起こした。「ここは治安が悪いからあまり近づかないほうがいいよ。歩ける?」

 女は小さくうなずいた後、小声で礼を言いその場を去った。


 アイル達は下町を廻った。男気と活気に溢れた街の通りは屋台や売り子が立ち並び昨日戦争があったとはとても思えない明るさに満ちていた。アイルはタンタンと名乗る屋台で串焼きを買い3人におごった。城壁へと続く階段には誰も立っていなかったのでアイル達は登った。そして城門の上から外を眺めた。


 アナトマ川の向こうには平原が広がっていた。本来北部前線に接していなければこの豊かな水量を生かして農耕を営めるはずだった。霞がかったその奥には、ロードラン北部の大都市ヴェリザードの高い城壁がうっすらと見えた。

 櫓の兵士たちが騒がしくなった。アイル達が川の上流を眺めると、騎馬兵の隊列が土煙を上げて遠くから走ってくるところだった。

 北部連隊の兵士たちが帰還したのだ。

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