15 炎の魔法使い
櫓に立てた松明の明かりを受けてオーク共の甲冑が赤く輝いていた。
オークの兜は特別だった。人の数倍は鼻が利くオーク達は優れた体躯と猟犬の鼻を合わせ持つ生粋の戦士だった。その鼻が兜で塞がれることは珍しかった。
しかし今オーク共の集団の奥に尖った面頬を着けたフントスカルの集団がいた。奴らは大きな破城槌を抱えていた。
そして全速力で正面の門に向かって突っ込んできた。
「矢を放て!」騎士団の指揮者が叫んだ。
幾百の矢の雨が降り注いだがオークはお構いなしに突っ込んできた。そして跳ね上げ門にむかって全速力槌を放り投げた。木が裂け砕ける轟音が響いた。しかし門の内側はみしりと軋んだが破れる様子はなかった。槌は波しぶきを立てて堀に落下した。
鎧を貫かれたオークが膝を付き動かなくなった。二匹のオークが矢の雨に倒れた。他の二匹は這々の体で逃げ帰った。
騎士たちの歓声も束の間、破城槌を構えたオークがまた闇の中から現れ突っ込んできた。そして同じように門に突撃し、矢の雨を浴びて死んだ。
「どうも様子がおかしい」村長が言った「あの闇雲の突撃の意味はなんだろうか。槌で堀を埋めてしまおうという魂胆だろうか」村長は少し思案したあと続けた。「アイルは他を警戒しろ。村の裏手に回って見張るんだ。ゲイルは北側の警戒しろ。わしは誰かを探して南を見張らせる」
二人は言われた方面の櫓に登り警戒にあたった。
アイルは村の裏山の暗闇に目を凝らしていた。村の表門ではオーク撃退の3度めの歓声が上がった。その時暗闇になにか光る文字が浮かんでいるのが見えた。
アイルは目を凝らした。山裾に書かれた大きな文字がぼんやりと光っているのだ。
「村長!裏山に何かがいます!」アイルが大声で叫んだ。
村長が杖をつきながら全力でアイルのもとに走ってきた。
そのとき暗闇から一人の魔法使いが裏山から近づいてきた。彼は灰色のローブを着ていた。枯木でできた大きな杖には大きな紅い宝石が嵌められていた。彼が杖を掲げると山裾に大きな六芒星の魔法陣が浮かび上がった。
「あれは極大魔法!正面の破城槌は囮だ!いかん奴らは何日もかけて準備している!」村長が表門に振り返って叫んだ。「誰か応援に来てくれ!あの魔法使いを殺せ!」
それは小さなつむじ風からはじまった。つむじの中心には小さな火種があった。それは魂をもつ原初の精霊だった。やがては火種は膨張し大きくなった。眩しい黄色い光を発した。
魔法使いが杖を高々と掲げた。火種は呼応するように脈打った。それは上昇気流を生み天高く舞い上がりながら風を巻き込み一本の柱となった。炎の竜巻が天と地すべてを赤く照らしながら村へゆっくりと近づいてきた。
アイルは矢を番え魔法使いに向かって引き絞った。しかし放たれた矢は竜巻の炎に吸い寄せられ逸れた。そして空高く舞い上がると竜巻の炎に呑まれた。いまこの炎の嵐は地上のあらゆるものを吸い尽くそうとしていた。
櫓は揺れ大きくたわんだ。乾拭きの屋根が竜巻に吸い寄せられまるごと吹き飛んだ。
村長は大声で叫んだ「ルイ、倉庫から爆薬持ってこい!」
そして櫓を降りると塀の縁際にある溝の仕切り板をはずした。
すると側溝に水が流れ出した。溝は外の堀とつながっているのだ。溝は村の中を五芒星の形に走っていた。これは村を守る魔除けの魔法陣だった。
その時裏側の塀が轟音を立てて倒れた。櫓に火が廻り炎上した、火の粉が竜巻となって舞い散った。
村の塀には大きな穴が空いた。今その大穴から巨大なオークがのっそりと顔をだした。
槍を掲げた兵士たちがオークに突撃した。オーク達は大鉈を引き抜いて応じた。槍と大鉈の切っ先が交わり火花が散った。戦闘の火蓋が切って落とされた。
「ルイ、はやくもってこい!」村長が叫んだ。ルイは直ぐ側まで走ってきていた。爆薬を包んだ筒をアイルに手渡した。
「油紙が詰めてある。絶対に濡らすなよ!」村長はアイルにいった。「魔法陣は図柄を崩せば効果が消える。そいつで爆破するんだ。儂が合図したら堀に飛び込め!」村長は堀の五芒星に手をかざした祈りだした。
「『夏の空より高き山よ 乙女の血より清き水よ
風より猛き天の竜よ 我が盾となり民を守れ
我らの忠誠の対価いまここに示せ! 出よ惑乱の雲よ!』
堀の水はゆっくりボコボコと泡立ち始めた。そして激しく沸騰を始めた。灼熱の熱湯を浴びオーク達は一斉に逃げ出した。
やがて当たりは一面の霧に覆われた。霧はやがて水滴となり、焼き崩れる村に降り注いだ。井戸からもやかんのように湯気が立ち上った。村の地下水脈全体が沸騰しているのだ。村はやがて地上の積乱雲に囲まれた。嵐が降り注ぎ炎は消え去った。
「アイル今だ!」村長は叫んだ。アイルは塀から飛び降りると、霧の中を全速力で走った。やがて霧の切れ目からアイルが飛び出した。そしてオークの群れを突っ切り山の斜面へと駆けていった。
「そいつを殺せ!」魔法使いが叫んだ。5体のオークがその後を追った。しかしアイルは知り尽くした裏山を身軽に駆けオークを一気に突き放した。そして踏み慣れた岩場を一気に駆け上がり六芒星の端へとたどりついた。
魔法陣の六芒星を赤い炎が吹き出していた。あまりに高い温度に地面の土は煌々と光り溶解していた。滾る溶岩が魔法陣から溢れ出していた。
アイルは荷袋を弄り爆薬のはいった筒を取り出した。
その時魔法陣から炎が吹き出しアイルに向かい襲いかかってきた。
アイルは身を投げ出して炎を避けた。
その炎は人型を形作った。そして口を開け哄笑した。これは精霊か何かだろうか。
炎人はアイルに向かい右手を伸ばしてきた
アイルは鞘から短剣を引き抜き払った。しかし手応えなく剣は空を切った。
そして炎人はアイルの右手を掴んだ。彼は腕を振り払い後ろへ跳んだ。
掴まれた感触はない、肉体のない炎が形を作っているだけだ。しかし服が濡れていなければ大火傷しただろう。
炎人はアイルと魔法陣の間に陣取りゆらゆらと揺れていた。
その時オークが森の下生えを踏み鳴らし迫ってくる音が聞こえた。時間がなかった。
アイルは荷袋をまさぐり爆薬を一つ掴んだ。
そして短剣と一緒に炎人に向かって投擲した。
炎人は笑った。そして顔面で短剣を受けた。
剣は体をすり抜け空を舞った。炎人が哄笑しその体が揺らめいた
その大口に爆薬が触れた。それはつんざくような光と音を立てて爆発四散した。
炎人の頭は吹き飛んだ。そして形のない炎となって崩れ落ちた。
アイルは魔法陣のそばに寄り爆薬をすべて放り込んで伏せた。
轟音とともに大量の土が舞い上がった。そして魔法陣の炎は消えた。
アイルは立ち上がり森の奥へ逃げた。
夜明けにアイルは村へ戻った。
崩れた村の堀は大量のオークの死骸で埋まっていた。
オーク達は撤退した。例の魔法使いもどこかへ消えていた。
いま村人達は自分の家を崩し塀の穴を塞いでいた。
村を歩くと灰が積もっており足跡が残った。
村の中央広場では昨日の夜中と同じく粥が炊かれていた。そこで村人たちが話し込んでいた。アイルもその輪に加わった。
ゲイルが言った。「村長、ここはもう危険です。あなたは先に逃げて下さい」
村長が応えた。「ならん。わしは最後までここに残り、死ぬ。もう老い先も長くない」
ゲイルが反論した。「村の皆をまとめるのはあなたしかいません。もしここが本当に落とされたら我々は新しい土地で暮らさなければならない。そうなったときにこの村を拓いたあなたの力がまた必要になります。女衆を危険な目に合わせるわけにはいけません」
村長はうつむいて嘆息した。そして枯れた声でいった。「分かった。みんなすまん、この村を頼んだ」
アイルは粥をかきこんで仮眠をとった。そして日が昇ってすぐルイ、村長とともにトリコロを出発した。




