14 帰還
アマンダは森の中で倒れた。サンダル履きの彼女の足は深い森の中では無防備だった。彼女の両足は森の下生えに切り刻まれて真っ赤に染まっていた。彼女はしゃがみ込んだまま声を震わせて泣き出した。そのまましばらく時が過ぎた。
アイルはしゃがみ込んで背中を見せて言った「おぶさってください」
アマンダはアイルの背中に身を預けた。
「しっかり掴まって」アイルがそう言うとアマンダはアイルの首元に強く腕を絡めた。そして背中に顔を沈めて鼻をすすりながら静かに泣いた。
アイル達はまた森を歩き出した。
木々の隙間から夜中の渓流の水の流れが聞こえてきた。彼らはようやく森を抜けて川沿いの道にたどり着いた。夜の冷たい水の流れが月明かりを受けて静かに瞬いていた。近くに魔物の気配はなかった。3人は森の際に沿って静かに下流へと進みだした。
「昼間の猪がないな」ゲイルがいった。川の淀みに沈めたはずの猪がそこにはなかった。「もう魔物がここまで侵入しているのかもしれん」
アイルは淀みを覗き込んだ。縄に結ばれた石が暗い水底に沈んでいた。
「亜人かもしれません」アイルは言った。ゲイルは腰の鞘を触りながらうなずいた。
そのとき渓流の濁音に混じってなにかの音が響きだした。そして上流から何かが近づいてきた。それは馬の蹄だった。アイル達は森から離れすぎていた。
「川に入れ!」ゲイルが指示すると三人は川の淀みに飛び込んだ。冷たい水に見を悶えながら岩の陰に身を隠した。そして近づいてくる音の正体に目を凝らした。
馬の蹄が近づいた。がちゃがちゃと金属がこすれ合う音が響いた。それは騎乗した兵士だった。銀色の甲冑が月明かりに煌めいた。垂直に立てた槍が渓流の冷たい虚空を切り裂いた。
「残存兵だ」ゲイルが言った。「おーい!」彼は手を振り兵たちを呼び止めた。
残存兵は15人ほどいた。おそらく砦から撤退した後に合流したのだろう。皆それぞれ傷つき疲労困憊していた。
「アマンダ様よくぞご無事で」隊長らしき人物が膝を折って敬礼した
アマンダはこくりと頷いた。そして騎兵とともに馬に乗って先行して道を下っていった。
「盾と剣をよこしてくれ」馬に乗せられた傷痍兵の太ももを叩きゲイルが言った。「俺は昔北部連隊に所属していたんだ。殿は任せろ」
ゲイルは長剣を受け取ると感覚を確かめるように何度か振り回した。そして盾を背負いながらアイルに言った。
「俺は最後尾にいく。お前は村まで先行して村長に状況を知らせろ」
アイルはうなずくと村までの道を駆けた。
アイルは村にたどり着いた。月明かりと松明の光でトリコロ村の周囲は明るく照らされていた。村の中央広場では大鍋に粥がたかれていた。そして青い襟巻きをつけた兵士たちが地面に座って飯を食っていた。彼らはここから少し南の都市ヴェリザードから応援に駆けつけた兵士達だろう。
騎士章をつけた大柄な壮麗の兵士がアマンダと話し合っていた。彼は隊長だろうか。アイルは村長と目が合いそばに寄った。
「ただいま戻りました」アイル言った。
「ご苦労」村長は疲れた様子でうなずいた。
「ルーはどうしました」アイルは訊いた。
「ルーは領主様の屋敷へ行ったきり帰ってこない」村長は言った。そして続けた。「ヤゴーは…」
「ヤゴーは死にました」アイルは短く答えた。
「うむ」村長は沈痛な面持ちで地面を凝視していた。おそらくアマンダからそのことは先に聞いていたのだろう。「ゲイルは?」
「ゲイルは残存兵の殿に入っています。女達はどうしましたか?」
「女達は西へ逃した」村長は杖に寄りかかりながら答えた。「パーラにこのことを知らせんとな。ヤゴーが死んだと」パーラとはヤゴーの嫁さんのことだった。彼らは村一番のおしどり夫婦だった。「お前粥食ったか。腹一杯にして今日はもう休め」
アイルは丼いっぱいの粥をよそうとぼんやりと村の入り口を眺めながら飯を食った。そのうち殿の部隊が到着すると村の跳ね上げ橋は上げられた。アイルはゲイルに目で挨拶すると、今やもぬけの殻の自分の小屋に入り藁敷のベッドで眠った。
アイルはまだ夜も開けないうちに目覚めた。外に出て月を見るとまだ一刻も経っていなかった。
村の外が騒がしかった。ゲイルが塀に架けられた梯子の上から手招きしていた。アイルは塀の上から顔を出した。
そこには100を超える武装したオーク達が槍を立て村を取り囲んでいた。




