13 暗闇の中の遠吠え
猟犬の甲高い遠吠えが暗闇の静寂を切り裂いた。深い谷に警醒の叫びが幾度となく反響した。
今深い眠りから谷は目覚めた。そして1匹の猟犬が全速力で侵入者たちに向かい駆けてきた。
4人は侵入に使った崖下までたどり着いた。
アイルが最初に崖に取り付いた。
狩人らしく小柄で屈強な体躯を跳ねて一気に崖上までかけあがった。
猟犬の鳴き声が近づいてきた。
ゲイルはもっと早く登った。細身の体と長い手足を生かして縄をするりするりと登っていった。
猟犬が更に近づいてきた。敵兵の足音も近づいてきた。
アマンダが縄に手をかけた。縄を掴むと崖上の二人が引っ張り上げ始めた。
その時猟犬が追いついた。
犬はアマンダのふくらはぎめがけて大口を開けて飛びかかった。
その瞬間ヤゴーの長剣が犬の首元を鋭く差し込まれた。
犬は体をよじって剣を躱すと、急激に方向転換しヤゴーの喉元に飛びかかった。
ヤゴーは左腕で体をかばった。
犬はその左腕に噛み付いた
犬は骨をも砕く勢いで顎を噛み締め、足を踏ん張り肉を引きちぎろうとした。その瞬間、アイルは腕を大きく引いた。そして自らを軸に回転し遠心力で犬を宙に浮かせた。
身動きの取れなくなった犬はより顎に力を込めてアイルに食い付いた。
アイルは右手の剣で犬の左目に鋭く剣を突き入れた。剣は頭蓋を貫通し内側から右の眼球を突き飛ばした。
脳を破壊された犬は死んだ。
「ヤゴー!!!」崖の上から声がかけられ、縄が再び降ろされた。
そのとき暗闇から2体のゴブリンが近づいてきた。
ヤゴーは迷わず左手のゴブリンに飛びかかった。
そしてむき出しの細い首に向かって長剣を突き出した。
ゴブリンは幅広の短剣で剣を払い受け流した。
ヤゴーは地面を蹴り上げた。
この暗闇の中で飛び散る土は不可視だった。
ゴブリンの大きな目に土がかぶった。思わず手で顔を覆った。
ヤゴーはその指と指の隙間に長剣を刺した。
ゴブリンは目を潰して叫び声を上げた。
右手のゴブリンが上段に剣を振るってきた。ヤゴーは飛び退いた。
ゴブリンは長剣を握り円盾を持っていた。だがその装備は細身のゴブリンには重すぎた。
鋭く右足を踏み込むとゴブリンは円盾を構えた。その盾に右足を蹴り込んだ。
ゴブリンはのけぞり尻餅をついた。
その時はるか後方にさらなる敵兵の集団が見えた。
ヤゴーは長剣を振りかぶり勢いをつけて投擲した。そして結果を見ずに踵を返して逃げた。
縄を掴むと3歩で人の背の高さまで駆け上がった。
ゴブリンが追いすがり長剣を足元に打ち込んできた。
ヤゴーは足を宙に浮かせて避けた。靴の底を長剣の刃がかすりコツンと音を立てた
ヤゴーは次の二歩で剣の間合いから抜け出た。そして突き出た大岩の庇に手をかけた。
その瞬ヤゴーの左足の内ももに何かが突き刺さった。ヤゴーは下を見た。
長剣が回転しながら落下していた。ゴブリンが投擲したのだ。
アイルは更に勢いをつけて大股で岩をよじ登った。また尻がなにかに突き上げられた。
剣が地面を転がる金属音がした。また剣を投擲したのだろう。しかし運良く柄の部分が当たったのだ。
ヤゴーは岩の庇を越えた。ゴブリンの射線から逃れたヤゴーは一息ついた。そして縄を掴むと上に向かって言った。
「引き上げてくれ!」
ヤゴーはずりあげられる縄の勢いを利用してまた素早く崖を登り始めた。
突如縄の動きがとまった。そして急激に引きずり降ろされた。ヤゴーは足を踏み外し、崖の途中で宙ぶらりんになった。
下を見るとゴブリン共が集団で縄を掴み、崖から引き離すように引っ張っていた。縄は緊張して空中で一直線になった。アイルは崖に取り付くことができなくなった。縄が結ばれた楡の木は大きくたわみ今に崖から引きちぎれんとしていた。
「縄を切れ!」ゲイルが上から叫んだ。
ヤゴーは胸元の荷袋を弄った。触り慣れた硬い柄の感触を握り短剣を引き出した。そして鞘は闇の中に放り捨てた。
その瞬間何かがヤゴーの左足に噛み付いた。激痛と驚愕に顔を歪め足下を見るとゴブリンがヤゴーの足に組み付いていた。そのまま爪を立ててヤゴーの体をよじ登ってきた。ヤゴーの左手が縄からずり落ちた。片腕で体重を支えきれなくなったヤゴーは短剣を握ったまま両手で縄を掴んだ。ヤゴーの背中をよじ登ったゴブリンはヤゴーの肩口に大口を開けて噛み付いた。ヤゴーは激痛に喘ぎ右手の短剣を取り落した。短剣は櫓の赤い光を浴びて煌めきながら闇の中へ落ちていった。
その時楡の木が限界を超えてたわんだ。
一瞬の静止の後木は根本の土ごと崖からこそげ落ちていった。
「ヤゴー!!」ゲイルは叫んだ
闇の中でドスンという小麦袋を床に落としたときの音がした。
そして楡の木が地面に激突し滅茶苦茶に張り裂ける音がした。
静寂が闇の底を包んだ。
ゲイルたちはただ崖下を覗き込んでいた。
やがて一匹のゴブリンが咆哮した。
そして他のゴブリンもそれに続いた。
ゴブリンども嬌声をあげながら"何か"を打ち付けはじめた。
金属が"何か"をえぐるグロテスクな音。
"何か"は滅多打ちにされ肉塊となっていった。ゲイルは顔をあげていった。
「ここから逃げるぞ」
そして鋭く2回撤退の指笛を吹いた。
「すまねえ」ゲイルは小声でつぶやくように言った。
3人は森の中へ逃げ込んだ。




