12 戦い
アマンダは飛び降りて死ぬことを考えていた。
縁に引っ掛けた足はしびれてもはや感覚はなかった。闇夜の暗闇に閉ざされた砦は地面すら見えず、アマンダは世界の暗黒にひとりで宙に浮いている感覚になっていた。
彼女は塔の窓からオークの蛮行を見ていた。弟は喉を引き裂かれ殺された。そして焼き殺され食われた。
父はアマンダをこの塔に押し込んだとき、オークの大槌で叩き潰されて死んだ。
兵も女中もみな殺された。
今アマンダは暗闇に一人だった。森に潜んでいた人影は今どこにいるのだろうか。彼は身振りでここに待つように言った。しかし彼一人でこのオークの群れの中なにができるのだろうか。
足のしびれは限界に達した。彼女は地面を覗き込んだ。暗闇の底にはなにも見えなかった。
一筋の涙がアマンダの頬を伝った。彼女は目を閉じた。そして徐々に体重をつま先にかけた。胃がせり上がり息ができなくなった。彼女は首をもたげ意志の力を集め、暗闇の中に身を投げ出した。
その時彼女の襟首が何かに掴まれた。そして屋根瓦に再び身を押し付けられた。
顔所は口をふさがれた。男の顔が直ぐ側で人差し指を立てしゃべるなと合図した。
男の首元から汗の匂いが漂ってきた。彼は細い女性的な首を持っていた。長いまつげのしたの真っ青な目と正面から見つめ合った。
彼はゆっくりと口元から手を離して言った。
「助けに来ました」
彼は尖塔をぐるりと廻るり塔の先端に縄を引っ掛けたかけた。そして彼女の体を縄に結んだ。彼は礫を2つ地面に落として合図した。縄が緩んだ。
「ゆっくり体重をかけてください」男はいった。男の金髪が櫓の炎に金色にきらめいていた。顔の半分は影になって見えなかった。
彼女は言われたとおり縄に体重をかけた。そして宙に足を浮かせた。体を支えるものがなくなっとき恐怖心で一瞬パニックになった。彼女は目を閉じひたすら時間がすぎるのを待った。真っ暗闇の中どこかでオーク達の笑い声だけが響いていた。そして気がついたときは地面に下ろされ、二人の男に介抱されていた。
「お嬢ちゃん、もう大丈夫だ。」濃いひげの体の大きい男が言った。北方人特有の彫りの深い顔と毛深い腕をしていた。もうひとりの男が彼女の縄をはずしていた。彼も背が高く痩せて尖った鼻をしていた。男は縄をはずし終わると、その縄を大く揺らして合図した。縄は上に引っ張られていった。
「ありがとう」アマンダは言った。男はうなずいた。しばらく沈黙が流れた。
やがてひげの男の持つ縄が引っ張られた。男二人は紐に体重をかけると、ゆっくりと上の男をおろし始めた。
彼女は待った。男たちはゆっくりと縄を送り込んだ。その時塔の影から物音がした。そして明かりが近づいてきた。彼らは凍りついた。痩せた男は手振りでアマンダに縄を支えるよう指示した。そして剣を抜き腰を落として物陰からくるなにかを待った。
それは胴を着込んだオークだった。顎の肉が肥えた間抜け面の太いオークだった。ゲイルは呼吸を殺してオークの懐に潜り込むと一閃刃を首元に突き刺した。オークは目玉を剥き驚愕の表情で刃を見下ろした。空いた口の乱杭歯の隙間からゲイルの剣先が銀色にきらめくのが見えた。オークはカンテラを取り落した。蝋燭が倒れ明かりが消えた。ゲイルは素早く剣を引き抜くと喉仏の真下を再度突き刺した。それでもオークの喉を潰すのに十分ではなかった。
「ぐおおおおおおおお!!!」オークが血の泡に溺れながら濁った雄叫びを上げた。
一瞬の静寂があった。何も起きないのではないかという期待。
中庭で、オーク達が動き出す音がした。
ゲイルは一瞬ためらった後指笛を鋭く吹いた。
途端城門の方で大きな物音がした後、激しく剣を打ち合う音が聞こえてきた。兵士達が囮として騒ぎを起こし敵をひきつけているのだ。
ゲイルは上を向いて小声で叫んだ。「アイル、急げ!」
次の瞬間何かが砂利を踏みしめる音がした。ゲイルは身構えた。痩せた若いオークが建物の影からぬっと顔をだした。
オークは3人を一瞥すると、剣を抜き縄を持つヤゴーに切りかかっった。
ヤゴーは片手で剣を抜きオークの剣を受け流した。重い剣同士がぶつかり合う硬い激しい金属音が響いた。「アイル急げ!」ヤゴーが鋭く叫んだ。すると手に持った縄がゆるんだ。おそらくアイルが壁に取り付いたのだろう。ヤゴーは両手で剣を握り直した。そして鋭く上段に振りかぶり全力で剣を打ち下した。
オークは腕当てで剣を受けた。そして素早く踏み込んで剣を突き出した。剣はヤゴーの右足に突き刺さった。ヤゴーは片膝をつき倒れた。
その時音もなく近づいたゲイルがオークの右目にむかって鋭く突きを入れた。
しかしオークは首をそらして頬で剣先をうけた。剣はオークの頬を突き破った。その剣の腹をオークは歯でがっちりと咥え込んだ。剣は抜けなかった。
オークは下からゲイルに向かって剣を払った。ゲイルは剣を離して飛び退いた。
オークはヤゴーに向き直った。そして剣を高々と掲げ今まさに打ち下ろさんとした。
そのときオークの頭頂が何かに叩き潰された。アイルが壁から壁から飛び移りそのままオークの頭を全力で踏み潰したのだ。
アイルはそのまま地面に転がり落ちた。脳を揺すられたオークは半分気を失いふらめいた。
ヤゴーが立ち上がり、長剣を構え勢いよく突き出した。
オークは喉仏から頚椎まで一閃に貫かれた。そして喉と口から血反吐を吹き出し死んだ。
3人は顔を見合わせ頷いた。そして崖に向かって走り出した。




