11 砦は燃えていた
やがて北部連隊の守護するパルパット砦の城壁が見えた。砦はカマラン山脈を住処とするオークの侵入を防ぐために谷の隘路に立てられた古い砦だった。酸化して黒く濁った細かい石積みの壁が深い谷に向かって斜めに張り出していた。
今その砦からは火の手が上がっていた。
打ち壊された城門に兵士の死体が寄りかかっていた。兵士の鎖帷子は3本の太い矢で貫かれていた。城門の奥は煙で覆われて覗き込めなかった。アイルたちは人肉の焼けるむかむかする匂いを嗅いだ。彼らは森の中に入り、気配を沈めて静かに砦に近づいた。やがて砦の中庭が見渡せる高台の崖まで来ると、3人は腹ばいになり息を殺して下生えの隙間から砦を覗き込んだ。
砦の城壁には幾つもの死体が吊るされていた。そして城壁の狭間から突き出された槍にはいくつもの生首が掲げられていた。
砦の中庭では人間が食われていた。それもただ食われていたのではない…人間が料理されていた。調理されていたのだ。豚の丸焼きのように両手両足を棒に括り付けられた人間が炎の上に吊るされていた。奥では腹を割かれた女の裸体にオークが大口をあけてかぶりついていた。鋭い犬歯で腸を引きちぎり、白目をむき恍惚の叫びを上げた。
そしていま広場の中央に子供が引き立てられてきた。子供は服を全て脱がされ泣き叫んでいた。子供は大声で母を呼んでいた。彼は大きな壺の前に立たされた。壺にはいっぱいに血が溜まっていた。
「やめろ!」子供が何をされるか気づいたヤゴーが叫び思わず立ち上がりかけた。だがゲイルが彼の腕を引っ張り押し留めた。
子供は髪を後ろ手につかまれ首を反らされると、剣で喉を一線に断ち切られた。決壊した土石流のように血が吹き出した。子供は首をサバ折りにされると、逆さに宙吊りにされ血の一滴まで搾り取られた。
オークたちはそれぞれ杯に壺の血をすくうと、それを飲んで爆笑していた。ヤゴーは歯ぎしりした。彼のの目は血走っていた。
その時突如真後ろで物音がした。3人は凍りついた。恐怖で身がすくみまったく動けなくなった。アイルは恐る恐る振り返った。
後ろに立っていたのはアカシカだった。3人は戦場の雰囲気に飲まれ全く気づかなかった。
アイルが砦に向き直るとオーク連中がこちらを凝視していた。そして一人のオークが大弓を引き絞った。
「動くなよ」ゲイルがいった。「動くなよ!」
放たれた矢はアイル達の頭上を一直線に切り裂いた。矢はアカシカの眉間に直撃し頭が砕かれ脳みそが吹き飛んだ。意識を永遠に失くしたアカシカは痙攣したダンスを踊るとそのまま走り出し崖を転がり落ちた。小麦の袋を床に落とした時のようなどすんという嫌な音がした。
オークはまだ痙攣している鹿の後ろ足を掴み勢いよく振り回して城壁に叩きつけた。鹿は口から内臓と血反吐を吐き動かなくなった。
オークたちは爆笑した。
アイルは恐怖に震え思った。一体何が面白いのかと。
「あい、あそこを見ろ」ゲイルが指差していった。視線の先には尖塔があった。尖塔の窓から女が這い出てきた。
紅い色の髪をした女だった。アイルはその女に見覚えがあった。
「あれは砦の領主の娘…?」アイルがいった。北部連隊が村の視察に訪れたときに見かけたことがあった。父親と同じ真っ赤な色の長髪をしていた。女は窓枠の縁に足をかけると、尖塔の屋根の縁に掴まり体を持ち上げた。そして急峻な屋根の縁によじ登ると、小さな足場に足を引っ掛けかろうじて立った。屋根から地面までは60フィートはあった。女は屋根瓦によりかかり息を潜めた。するとオークが真下の窓から顔を突き出した。窓から左右を睥睨すると、顔をひっこめ窓を閉めた。女はその頭上で震えていた。瓦に顔を押し付け泣いていた。
「助ける」ヤゴーが言った。
「助ける?どうやって?」ゲイルが言った。
「わからん。壁をよじ登る。縄もってきてるだろう。下でお俺達がひきつけてる間にアイル、壁を登って女を助けろ」
「ダメだ」ゲイルが首を振って反対した。「危険すぎる」
「だがあの兵士には義理立てがある。陽が落ちてから行動しよう。なんとかあの女に合図できるか?」
アイルは短剣を抜いて陽にかざした。そして刃を鏡のように反射させて女に光を当てようとした。しばらく刃を細かく動かした。
女が気づいた。
アイルは森の奥へ少し下がると、姿を現して手を振った。そしてそこにとどまるよう手で合図した。女はうなずいたように見えた。
「夜まで待とう」ヤゴーが言った。「他に生き残りがいるかもしれん。手分けして探そう。アイルはここから奴らを見張れ。塔の壁面を観察して登攀ルートを予め決めておけ。じゃあ一旦別れるぞ」
3人はその場で一時別れた。アイルは縄を引っ張り出し傷がないか調べ始めた。そして明るいうちに壁面に目を凝らした。
夜の帳が降りた。谷間の砦は暗黒に包まれた。櫓の炎だけが唯一の光だった。それと高地特有の深緑の夜空と星々だけが。あいかわらず森は死んだように静まり返っていた。ただ谷底の渓流のせせらぎだけが静かに響いていた。
森の奥から甲冑の足音が聞こえた。ヤゴー達が戻ってきた。生き残りは10人だけのようだった。一人の兵士が進み出た。その兵士は40手前ほどの顎髭を蓄えた細面の男だった。
「アマンダ様が生きておられると聞いた」男がいった。アマンダとは領主の娘のことだろう。
「そうです」アイルが答えた。「あの尖塔の屋根に掴まっています」
「さっそく行動したい」兵士はいった。「準備はできている。いつでも命を賭けられる」
彼らは作戦を話した。そして楡の木に紐を括り付けた後、その紐を伝いアイルたちは静かに砦へ降りていった。




