表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花咲く丘で出会ったきみへ ~ 寂しがりやの山神と隻腕の少年の異類婚姻譚 ~  作者: かわもりかぐら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

第9話

「かつてあの山には誰もおらなんだ。山の恵みもほとんどなく、冬は飢えるばかりだった。だがある日、山が活気づいた。山菜、きのこ、動物が現れるようになったのだ。当時のこの村の長は山に登り、山頂付近でたくさんの花々が咲いているのを見た。そこに、山神様が座っておられたのだ」

「だいだい色の小袖をかぶった?」


 少年が山神の姿を思い浮かべながらそう言うと、村長はやや驚いたように目を見開いた。

 呆然とした後、何やら納得したような表情を浮かべた村長は、少年の問いに対して頷いてみせる。


「人との交流はあまり好まなかったようで、村の長が代表として、定期的に礼を述べ、神饌を供えるようにした。村の者たちにはあの山に現れた神を敬うように徹底させた。この辺りは現在も続いている。お前のような幼い子たちへのお役目は以前はなかったのだ。きっかけは ―― さっきも言ったな。弥兵衛という男だ。お前の血筋を遡ると、弥兵衛の弟にあたる」


 やや顔色が悪いものの、村長はひとつ深呼吸をして話を続ける。


「いつの間にか、弥兵衛が山に通うようになった。戦に駆り出されて腕を一本失ったが変わらずに通いつめ、ついには山神様をだまくらかして(ねんご)ろになったようだ……と、後を尾けた村の者から報告を聞いた当時の村の長は、これ以上山神様を穢すわけにはいかぬと村の者たちを引き連れ、山で弥兵衛を殺した」


 それがあの夢か、と少年は膝の上でぎゅうと拳を握った。

 少年は夢で弥兵衛と山神の逢瀬の様子を見ていたが、いずれも花の丘の上に並んで座り、楽しく話をするだけだった。

 もちろん、少年が見ていない部分もあるだろう。でもなぜそれが山神を “穢す” という判断になったのかが、少年には分からない。


「当然、バチが当たった。そこから2年ほど、どの季節が巡っても山の恵みが一切なくなった」


 考えれば当然よな、と村長はぼやく。

 学のない少年でも「村の者が山神様のお気に入りの人間を殺した」ことは、山神の怒りを誘うことは理解できることである。


「弥兵衛の件がきっかけだと危機感を抱いた村の若い衆が、あの丘に ―― 山神様がいつもいらっしゃった場所に社殿を建てて、山神様を祀る神社としたからこそ、2年で治まったと言っても過言ではない」

「だから、おやしろの境内に、おやしろを建てるのにがんばった人たちの名前があるんですか?」

「……なぜそれを?」

「……いっしょの当番の上の子が、そう言っていたから」


 少年にとって異母兄はどういう存在かと問われると、答えに窮する存在だった。

 血は半分繋がっていることは確かである。だが、自分の兄だとは、どうしても思えないし、向こうも「兄と呼ぶな」と怒りをあらわにするだろう。

 かと言って明確に他人であるとも言えない。


 少年の異母兄に対する表現に、やや複雑な表情を浮かべた村長はその件に関しては一言「そうか」とだけ答えた。


「石碑のあれは頑張った、というより、贖罪だ」

「しょくざい?」

「罪を(あがな)うこと、だ。この村の人間が山神様に対して何をしたのか、我々の子も、孫も、その先も忘れぬように刻んだものなんだよ」


 そう。異母兄の言っていた「社殿を建てるのに一等頑張った者たち」の名が刻まれているのではない。

 あれはどちらかというと「罪を犯した者たち」の名が刻まれているのだ。

 伊介が大きく書かれていたのは、伊介が最終的に弥兵衛を殺した者だからだろう。


 村の者たちに逆らえず、手を出したのだとしても。弥兵衛を崖へ突き飛ばしたのは伊介にほかならないのだから。


 村長と少年の間に、僅かな沈黙が過ぎる。

 村長はひとつ、深呼吸すると「何か聞きたいことはあるか」と少年に問うた。

 少年は村長を見つめる。


「本来なら3人で送り出すところが、お前ひとりになってしまった。その詫びとしてひとつだけ、問いが何であろうとも答えよう」


 少年は考える。


(何でもいいって言われたけれど、何を聞けば)


 疑問などない。

 この生活から離れ、山神の下へ少しの間でも行けることは、少年にとっては極楽のようなものだ。


 ふと。少年の脳裏にあることが浮かんだ。


「なんでも、ですか?」

「ああ」

「僕はどうして、生まれたんでしょうか」


 村長が目を見開いた。ぐぅ、と村長の喉の奥から声が漏れる。


(ずっと、ずっと不思議だった)


 少年がそうであるように、少年の母も名を持たなかったという。

 どうして村長と母の間に自分が生まれたのか、少年には分からなかった。


(何でもいいって言ったんだもの)


 それならば、ずっと心の隅にあった疑問をぶつけるのが良いと思い、少年は口にした。


 村長は眉間に皺を寄せ、静かに、静かに大きく息を吸って、吐いた。

 それから、ずっと膝に置いていた手をゆっくりと上げて、手招く。

 少年が少し近づいてもまだ手招いたので、もっと近づけということらしい。

 手招きが止まるまで村長に近づいた少年だったが、かなり近い距離だった。ほぼ膝同士がくっつくか否かという状態である。

 ここまで村長に近づいたことのない少年は、目を瞬かせた。


 やがて村長は少年の耳元に口を近づけると、ぼそりと呟く。

 しかし、その内容は少年には理解できなかった。

 困惑した表情を浮かべる少年に、村長は苦笑いを浮かべる。


「お前の傍にいた男に、今言ったことを聞けばよい」

「爺やは昨日からいません」

「なに? いない?」


 村長の表情が一変した。

 その変化に驚き、少年は座ったまま村長から離れるように少し下がった後、頷く。


「はい。昨日、聞きたいことがあって探したんですけど、僕が行けるところにはどこにもいなくて」

「あれにはお前が山神様の下に行くまで付きそうように言いつけてある。いなくなることはありえん」

「え……」


 では、老人はどこへ。


 ますます困惑した少年だったが、その時、廊下から人影が現れた。

 そちらへふたり視線を向ければ、先ほど少年が寝起きしている離れに向かった女性であった。

 その手には薄手の布が広げてあり、少年が言っていた押し花が載せられている。


「お持ちしました」

「……押し花とやらは、それで間違いないか」

「は、はい」

「これに渡してやれ。それと、これの付き添いを命じたあの男を見かけたか」


 薄手の布を軽く畳んで、押し花を包んだ状態で少年に渡した女性に村長は問いかけた。女性は「いいえぇ」と首を横に振る。


「こっちからあっちまで、往復しましたけれど、あの人は見かけてませんねぇ」

「探させろ」

「はい」


 女性は軽く頭を下げると、すぐに座敷から出て廊下へと消えていった。

 包まれた押し花を、少年は自分の袂に崩さないように入れる。

 まさか一緒に布まで渡してくれるとは。山神様に見せたいと言ったからだろうか、と少年は僅かに首を傾げた。


「仕方がない。準備を進めよう」

「はい」

「まずは着替えだ。用意してあるから、ついてきなさい」


 村長の言葉に少年は頷いて、立ち上がり廊下に出た彼に続いて立ち上がり、歩き出す。


 少年は母屋をほとんど歩いたことがない。

 当然、今歩かされている廊下は今まで入ったことがない場所で、少年は少し緊張した面持ちで歩いていた。

 周囲を見渡すのは良くない気がして、じっと前を歩く村長の背中だけを見つめて、足を動かす。


 やがて彼が立ち止まり、少年を振り返って目の前の部屋を指し示す。


「入りなさい。中の者たちの言うことをよく聞くように」


 言われるまま、少年は部屋に足を踏み入れた。

 そこには、この屋敷で働く女性たちが数人、揃っていた。

 袖を広げた状態で着物が干してあり ―― 衣紋掛け、という言葉を少年は知らなかった ―― 、その着物は浅い知識しかない少年でも高価に思えた。


 あれよあれよという間に少年は身ぐるみ剥がされ、入ったことのない温かい水に入れられて身を綺麗にされた。

 干してあった着物と用意されていた袴を着せられ、そんなに長くもない髪を結わえて、何かを被せられた。

 そして少年が唯一持っていきたいと言った押し花が包まれた布を持たされる。


 村長はいつの間にかいなくなっていた。



 太陽が空のてっぺんに昇った頃。

 村から山へと通じる山道の入口に連れてこられた少年は、村長ほか、会ったこともない村の大人たちに囲まれた。

 いつも傍にいた老人の姿は見えない。誰も言わない。

 そのことに少年はほんの少し怖ろしいと感じながら、村の大人たちから拝まれる。


 一通りそれが終わり、手すりと座る場所だけがある屋根も壁もない輿(こし)に乗せられた少年は、ゆっくりと担ぎ上げられた。


「どうか、山神様の恵みがありますよう」


 村長の一言にあわせて、村人たちが頭を下げる。

 そうして、少年の乗せられた輿はゆっくりと山道を登り始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ