第10話
押し花を包んだ布を抱えた少年を乗せた輿は、男4人に担がれてゆらゆらと僅かに揺れながら山道を登っていった。
天気は出発したときと変わらず晴れている。
山のあちこちで、春に咲く花が凛と咲いて、風に揺れている。また、山肌に桜色が見え始めていた。
小さく呼吸音が聞こえる。
輿の上に少年が乗っているだけでも重いだろうに、多少整えられているとはいえ山道を登っている。
少年は降りることを申し出ようかとも思ったが、先ほど、村を出発するときの様子を思い出して留まった。
少年は社殿がある山頂を見上げた。
まだ視界に社殿は見えない。今は山の中腹だろうか。
木々が鬱蒼と茂っている中で、春らしい花々が咲き始めている。山菜もちらほらと生えているのが見えた。
(爺やはどうしたんだろう)
結局、老人は少年が出発するときまで姿を現すことはなかった。
行動を制限されていた幼い頃から老人は少年の近くにいた。母屋に呼ばれるようなこともあったからずっと一緒だったわけではないが、近くにいたのだ。
特にここしばらくは、少年がお役目に選ばれたということもあってずっと一緒だった。
彼がいないことが、不安で仕方がない。
少年は布を抱き込もうとして、ハッとして力を緩めた。慌てて畳まれた布を開くと、少年が作っていた押し花はきれいな形を保っている。
ほっと安堵の息を吐いて、少年は視線を空へと向けた。
雲が、ゆっくりと太陽を隠していく。
雲の大きさからして、しばらくすればまた顔を出すだろう。
―― そのときだった。
ピタリと、輿の動きが止まった。
空を見ていた少年はガクンと前につんのめる。
「―― お前ら、何してんのか分かってんのか」
輿の左前を担いでいた男が、唸るような低い声で告げる。
少年が前方を見ると、そこには数名の若い男が道を塞いでいた。そして皆、いずれも鍬や鋤を握り込んでいる。
(あのときといっしょだ)
ぶるりと少年の体が震えた。
目の前の光景は、弥兵衛が見た、あの。
こちらと対峙する男たちの目つきは嫌に鋭い。
輿を担いでいた男たちは小声で何か言葉を交わすと「下ろすぞ」と少年に一声かけて輿をゆっくりと地面に下ろした。
戸惑う少年に、右後ろを担いでいた男が手を差し出す。少年はほんの少し迷った様子を見せたところ、少年が抱えているものに気づいたらしい。
「ごめんよ」と少年の左脇と膝に手を差し入れ、ひょいと持ち上げて輿の手すりを越え、地面に下ろされた。
「神事じゃぞ、何考えとんじゃ!」
「御神託を疑うんかお前らは!」
こちらの男たちの指摘に、向こうにいる集団の先頭にいた男がぎゅうと鋤の柄を握りしめて叫び返す。
「かたわの忌み子が選ばれんのがおかしいじゃろうて!」
一瞬、こちらの男たちの言葉が詰まったのが少年でも分かった。
抱えている包みをほんの少し強く握る。
(この人たちも)
ずり、と少年の足が後ずさった。
少年の額から冷や汗が流れる。
(やっぱり)
もう一歩、少年の足が後ろに下がりかけたそのときだった。
「バカ言うな!! お役目に一等真面目に取り組んだのはこの子じゃ!!」
「そうじゃそうじゃ! あの子らは何もせんどころか、荒らしただけではないか!」
庇った。
そう、少年を庇ったのだ。
少年の目が大きく見開かれる。
その視線の先には、少年よりも大きい男たちの背が見えた。
「長から聞いとらんのか! 『此度の役目は、あの兄弟の中の子に頼もう。それで見逃してやろう』とこの前、御神託があったんじゃ! なんでこの子が名指しされたか分からんのか!」
「分からんなぁ、分からんッ! 真面目だろうがなんだろうが、かたわが山神様のお世話なんてできるはずないじゃろうが!!」
「ええい頑固モンめ!!」
「おい」
言い争いの中、少年の腕がない方の左裾が引っ張られた。
振り返れば、輿の右前を担いでいた男が少年に合わせるように少し身を屈ませていた。
なるべく小声で、男は少年に話しかける。
「今のうちじゃ、行くぞ」
「行くって」
「山神様んとこじゃ。こっちに抜け道がある」
「でも」
「俺らは村ん中でも頑丈だからな。あれくらい大丈夫だ。3人もいりゃあ時間稼ぎにもなる。それに事が終わりゃあ、あいつらはちゃんと罰せられるよ」
こっちじゃ、と男は少年の手を引こうとして、少年が抱えていたものに気づいた。
ほんの少し考えて「それをお前さんの懐に入れてもいいか」と尋ね、少年は頷く。
片手では懐に綺麗にしまえなかったからずっと持っていたが、男の手によって押し花が入った包みは丁寧に少年の懐にしまわれた。
行こう、と男が少年の左手を握る。
少年は後ろ髪を引かれながらも、男に手を引かれてやや小走りで抜け道とされる獣道へと向かった。
少年たちが動き始めたのに気づいたのだろう。
背後からわあわあと騒ぐ声が聞こえたが、少年は男に連れられて獣道を駆けていった。
少年の視界に、パチパチと閃光が走る。
(ああ)
(そっか、そうか。僕は)
「お兄さん」
「なんじゃっ」
「僕、僕っ、山神様のところで生きてゆきたいです!!」
「おうっ!? だから向かっとる……」
振り返った男と、少年の目が合った。
ふたりの足が自然と止まる。男はほんの少しの間、少年の眼差しを受けて呆然としていたが、やがてふと笑った。
「なんじゃあ、ガキのくせに一丁前の男の顔しやがって」
「わっ」
男は空いている左手で少年の頭をわっしゃわっしゃと撫でた。
少年の左手をもう一度握り直し、前へと男は振り向く。
「この獣道を知っとる奴ぁあんまおらん。だが油断すんな」
「はい」
少年も男の手をしっかりと握って、男とともに道とも言えぬ道を進んでいった。
体調不良で熱出して寝込んでおりました。
最近はインフルやらコロナやら流行っているようですので、皆さまもご自愛ください。




